壊れかけた『白いNuill-Vana』を駆るセンジョウは、アトラ・ハシースの通路を、そのコアを目指して突き進んでいた。
──ジェネレーターが破損し、システムが完全にダウンしていた筈の『Nuill-Vana Period』は、センジョウの存在を認識した瞬間、再起動を果たした。
原理や、理屈など、センジョウにはこれっぽっちも解らなかったが。それでも、センジョウには『動く』確信があった。
なぜなら。
アトラ・ハシースのコアと同調し、互いにその実在性を補完し合い、多次元解釈からその存在を補強し合っているのが──この、『
最初は、仮説だった。
けれど、どうにもその仮説が真実であると、センジョウは感じていたし、『Nuill-Vana Period』に触れた瞬間。彼は、確信した。
理由などない。だが、解るのだから仕方ない。
だから、もう。この状況で『アトラ・ハシース』を完全に破壊する方法は。一つしか、思い浮かばなかった。
『Nuill-Vana Period』と、『アトラ・ハシース』のコアが互いに存在を補強し合うのであれば。それらを同時に破壊すればいい。
つまり。
────『Nuill-Vana Period』を、『アトラ・ハシース』のコアの前で自爆させる。
それが、残された手段だった。
ジェネレーターの破損箇所から、蒼い粒子が、血飛沫のように吹き出し続ける。
当然、漏れ行くエネルギーを補うために、センジョウはこれまで以上に、『炉』に心をくべていた。
そして、それはつまり。極限まで、『Nuill-Vana』と同化することを、意味している。
背筋の凍るようなプレッシャーと、心臓を直接捕まれるような、そんな息苦しさに、センジョウは『色彩』の影響力を知る。
一瞬でも気を抜けば、その『狂気』に呑まれてしまうだろう。
一体、『蒼井センジョウ』は、どんな気持ちで、このおぞましい感覚を押さえ込み、蝕まれる自我を保ち、それで世界の為に抗っていたのだろう。
「ったく……こんなもんと戦ってたのかよ、『俺』は……!!」
センジョウは、歯をむき出しにして、狂気的に笑う。
自分が今、正気なのかどうかすら解らない。
いや。
「死地に赴く兵士が、正気なわけねェか……!」
『Nuill-Vana』の自爆のためには、『炉』をオーバーロードし、暴走させる必要がある。当然、炉にくべる魂が必要な以上、遠隔操作など出来るわけがない。
つまり、センジョウは────
「自分の不始末の責任を、自分でつける……、最後の最期に、『大人』らしいことが、ようやくできるなァ!『俺達』は!!」
────世界のために。皆のために。愛する、ユウカの為に。その命を。捧げるのだ。
仕方ないから。ではない。
それをすべきだと。それをやるのは、自分だと。そう、思ったから。
「もっと……もっとだ!行くぞ!『
──同調率上昇。145%。ジェネレーターの出力を上昇させます。
『Nuill-Vana』が、蒼い輝きを放つ。
アトラ・ハシースを破壊しようとしている都合。当然、容赦なく残存兵がセンジョウへと集結する。
そうしてセンジョウは、立ちはだかる雑兵へ、右腕のライフルを構えた。
「ぶっ飛べ!!」
バギュィィィン!!
放たれた光条は、進路上の敵を薙ぎ払い、貫き、粉砕する。
しかし、同時に、その反動に耐えきれなくなった『Nuill-Vana』の右腕部が、接続部から千切れ飛んだ。
「チッ……!」
遠距離攻撃手段を失ったセンジョウは、大きく舌打ちを一つ。
そして、左腕のパルスブレードへと、稼働以外のすべてのエネルギーを集約していく。
「止められるなら、止めてみろよ……!」
通路の脇道から、ぞろぞろと兵力が集結してくる。当然、敵性反応を知らせるアラートは、前方だけではなく、後方にも反応を示す。
だが、立ち止まることも、振り返ることも、ない。
「俺は────」
「ここに!!居るぞォォォォォ!!」
その叫びに、『魂』に。
『Nuill-Vana』は。呼応する。
──『魂』の完全同調を確認。シンクロ率──
──200%
蒼い輝きに、緑色の輝きが混じり合って行く。
──『奇跡』を
そして。
──実行する。
彼は再び。虹の先へ、飛び立った。
「ナル!ナル!!お願い!離して!!言うことを聞いて!お願い!!!!」
蒼と朱の混じり合う、明け方の空の上で、ユウカは一人。『Naill-Vana』に拘束されたまま、身を捩っていた。
「私は戻らなきゃ行けないの!センジョウを一人には出来ない!!私は、私は!!あの人と一緒に居るって、決めたんだから!」
『…………できません』
「ナル!!!!」
『できません!!』
ユウカの訴えを。ナルは、それでも否定する。
『今ユウカを開放しても、ユウカにはお父さんの場所までたどり着く翼も無ければ、たどり着いたとしても、できることはなにもありません!!ただ死にに行くだけです!!』
「じゃあセンジョウを見殺しにしろって言うの!?」
『そうです!!お父さんは、それでもユウカに生きてほしいと……!そう、望んだんです!!』
「どうしてそう、あなた達親子はワガママなの……!」
ユウカは、もどかしさと苛立ちを隠そうともせず、自分の体を拘束するナルを見る。
「あの人が私に生きて欲しい様に、私だってあの人に生きていて欲しいの、ナル!」
『そんなの!私も一緒です!!』
ナルの叫びに、ユウカは目を見開く。
『私だって……私だって!お父さんに生きていて欲しいです!でも、それと同じぐらい、ユウカにも生きていて欲しいんです!……私は、私は!そのどちらもを失う事は……耐えられないんです……!!!!だから、お父さんに託されました。お父さんから、任されたんです、ユウカの事を……!!』
「…………ナル」
ナルは……泣いていた。
機械の体で。電子の心で。
誰にも気づかれず。一人で。
『仕方ないじゃないですか……!アトラ・ハシースのコアと、それと共鳴した『Nuill-Vana』を同時に破壊するには、もう、これしか……方法はないんです』
「────バカ…………ッ!!」
ナルの言葉に、ユウカは、センジョウの意図を理解する。
「折角、折角。仲直りできたのに……!ようやく、二人で、一緒に一歩、踏み出せたって言うのに……!!」
そうして、だからこそ。
「自分だけ言いたいこと言って!私にはなにも言わせないで!一人で、先に行こうとするなんて──納得、出来るわけ無いでしょ!!」
怒りで、『心』に、火が灯る。
「────ナルちゃん」
そうして。ユウカは、ナルに問いかける。
「ナルちゃんは、私とセンジョウ。どっちが大切?」
『え?……ゆ、ユウカ……?』
「答えて」
突然の問いに、ナルは困惑するが、ユウカは答えを促した。
『……ど、どっちもです』
「そうよね。……私もね、同じ」
『……ユウカ?』
そうして、ユウカは。
ナルと、向き合う。
「いつの日か。話したわね。……二人で、センジョウを支えていこう。って」
『……はい。覚えています。』
センジョウが、ゲヘナで無茶をした。あの時の話。
「私一人じゃ、あの人を守れない。……あなた一人じゃ、あの人を止められない」
『はい』
「でもね」
あの時の約束を。
「──私達、二人が『心』を重ねれば。きっと、そのどっちもが出来る。あの人を連れ戻して、あの人を守れる」
『心を、重ねる……』
「ええ。……ナルちゃん。私は、センジョウを守りたい。助けたい。……だから……お願いがあるの」
今、果たす時だ。
「貴方の『翼』を。私に貸して欲しい」
一人でダメでも。二人なら。きっと。
「…………私が、ナルちゃんの『お母さん』になるの。嫌?」
『────そんなこと、あるわけないじゃないですか!!』
ナルは、明るい声で。
『解りました。私が……私が、ユウカの、いえ』
はっきりと告げる。
『お母さんの、翼になります!!』
その声に。その姿に。
ユウカは、心から感謝し、喜びの笑顔を浮かべる。
「──ありがとう。ナルちゃん」
そして。
「私の────」
「私の『
二つの心が。『奇跡』を起こす。
「ハァ……ハァ……」
────アトラ・ハシース。心臓部、コアの前で。満身創痍のセンジョウは、立ち尽くしていた。
「うっ……ぐぅ……ッ!」
既に、『Nuill-Vana』の両腕部は破損し、どこかへ千切れて残された。
蒼と緑色に美しく輝いていた筈の光は、その半分ほどが紫色に塗りつぶされ、センジョウが纏う輝きも、美しさよりは、禍々しさの方が勝っていた。
彼の瞳には、『色彩』が移っていた。
「ざっけんじゃねェ……ぞ……。ここまで、来たんだ……」
だが。
「意地が……意地があるんだよ……こっちには!!!!」
それでも。彼は──諦めない。
心を、存在を、自分を蝕む『色彩』を振り払い。残された『自分』の全てを、『Nuill-Vana』の炉へとくべる。
──警告。これ以上のジェネレーター活性は、暴発の危険が。
「わかッてんだろ……わざとだよ、『
──…………。
「へっ……。死ぬのが怖い、なんて。今更思うなんてな…………」
センジョウの右手は、震えていた。
「別れも済ませて、想いも伝えて。もう、思い残すことなんて無いと思ってたのにな」
『死ぬ』のは。どうしようもなく、怖かった。
「…………死にたくねぇなぁ」
けれど。それ以上に。
「死なせたくないから…………」
だから。
「……じゃあな、皆」
──……『蒼井センジョウ』の意思を確認。
────────自爆します。
光が。『Nuill-Vana』から、溢れ出した。
────まったく。相変わらず『
────何が『必ず守る』だ。結局最後に放り出しやがって。
────『
────意地を見せたなら、最後まで貫き通せ。
────この『責任』は。『俺』が一人で持っていってやるよ。
────『俺』には、出来なかったが……。
────必ず守れよ。
『お母さんの……『心』を、『意思』を、『想い』を、受け取りました!……ユーザー登録……完了!』
『Naill-Vana』が、ナルの喜びを表すように、全身から山吹色の輝きを放つ。
『行けます、お母さん!!』
「ええ、行きましょう……ナル!!」
ユウカを押さえ込んでいた筈の鎧は。彼女を、『想い』の先へ連れ行く『翼』に生まれ変わる。
ユウカは、『Naill-Vana』の翼をはためかせ、墜ち行く『アトラ・ハシース』へと急ぐ。
「ナル!時間はどのぐらい!?」
『予測作戦時間……残り1分で──』
瞬間。
アトラ・ハシースが、一際大きな爆発を起こした。
『────ッ!?そんな!!だって、まだ!!』
「まだよ、ナル!!まだ、諦めないで!!」
完全に崩壊し、ぼろぼろと崩れ落ちるアトラ・ハシースの破片へと、ユウカは加速して行く。
「生きてる、センジョウは必ず生きている!」
『お母さん……』
「信じるのよ、ナル。……そんな簡単に、死ぬ筈がないって!」
『……解りました!!』
それは、強がりか。確信か。
だが、確かに。それは計算した答えでは、ない。
それでも。
『────いました!!!!』
『奇跡』は。起きた。
『お父さんです!!』
「センジョウ──!!」
崩壊するアトラ・ハシースの中、ぼろぼろな姿で、頭から落下していくセンジョウの姿を、ナルのセンサーが捉えていた。
「ナル!」
『加速します!!』
ユウカの意思を受け取り、『Naill-Vana』の翼が山吹色に輝きを放つ。
そうして、光のような速度で、墜ち行くアトラ・ハシースの破片をくぐり抜け、『彼』の元へとたどり着く。
「センジョーーーーウッ!!」
ユウカは、その手を伸ばし。
そして。
「つか……まえたっ!!」
彼の体を。受け止めた。
「……本当に、本当に!いつもいつも、無茶ばかりして」
「────お帰りなさい」
ユウカは、そっと。
意識の無いセンジョウに、口付けをした。
ガタンゴトン。ガタンゴトン。
センジョウは。いつの間にか、夕日か、朝日かで照らされたような。神秘的な雰囲気の電車の中に。一人、立っていた。
「────ここは、どこだ?」
──次回、最終編『あまねく奇跡の始発点』、最終回。
────『ブルーアーカイブ-Blue Archive-』