──君はアビドスの恩人の子
センジョウがゲヘナを訪れた翌日。シャーレビルの前に、二人の少女が立っていた。
「トリニティのティーパーティーとは、随分と余裕のある組織のようだな。突然の外的要因で半週近くも持ち場を離れようとも支障がでないとは。羨ましい限りだ」
「あら。それを言うのであれば、ゲヘナの懐の広さには感服いたします。大罪を犯した者であろうと、後任すら決めず、その実権を返還し尚信用を得ているのは、並みの結束力ではありませんから」
「…………」
「…………」
「あの……、準備、できた……んです、けど……」
バチバチと火花を散らす二人の間に、支度を済ませてビルから出てきたセンジョウがおずおずと入り込む。
「「遅い」」
「スミマセン…………」
二人の少女に凄まれ、肩身を狭くするセンジョウには、トリニティの英雄としての風格も、ゲヘナの盟主としての威厳も存在しなかった。
トリニティ生とゲヘナ生の仲が悪い。というのは、センジョウも知識としては知っている。
だが、実際のところ、直接的に生徒同士が喧嘩をしている様子を見たことがないセンジョウにとってのイメージは、やたらとゲヘナを毛嫌いするミカの様子を思い浮かべるのが限界だった。
シュウコもキヨミも、思慮深く、公私をはっきりと分けられるタイプの性格だと思っていたので、顔を合わせた時の懸念をあまりしていなかったセンジョウにとって、二人の相性の悪さは、予想外の出来事である。
どちらを先に迎えに行くか。等で争いになるよりは、シャーレで待ち合わせてしまった方が良い。という点で、二人は合意し、事実こうして、アビドスヘ向かうセンジョウの待っていたのだが……。
「まさか、こんなガッツリ仲が悪いもんだとは思わなかった……」
「すみません……。ご迷惑になるとは理解しているのですが……」
「こればかりはどうすることもできん。『そういうもの』なのだ、ゲヘナとトリニティは」
アビドスヘ向かう電車のなかで、センジョウを挟んで座るシュウコとキヨミは、ばつが悪そうな顔を浮かべていた。
「そもそも、ゲヘナとトリニティに確執があるとはいっても、その確執が直接的に生徒個々人になにか悪い影響を与えているか。とした時に、その答えは『否』となる」
「キヨミさんの言う通りです。結局のところ、私達の嫌悪感など、『なんとなく』でしかありません」
シュウコの言葉に、キヨミは静かに頷く。
「柳木嬢の言う通りだ。習慣、環境、隣人の空気……。積み重ねられた『過去』は、集団そのものの蓄積された『経験』と言っても良い。それは、集団に属する全ての者の心に少なからず影響を及ぼし、形を変える。…………アリウスの様にな」
「…………アリウスの件は────」
『アリウス』の名を聞き、シュウコは申し訳なさそうにキヨミの表情をうかがう。
しかし、そんなシュウコに対し、キヨミは静かに掌を立てる。
「良い。アレはこちらにも非がある。それに、あの悪意、過去のトリニティに起因するものであるとしても、今のトリニティに責の有るものではない。……あの一件は、『
「キヨミさん……」
キヨミは、静かに笑みを浮かべる。
「ゲヘナの無秩序は、そこに生きる者共の『自由』の発露でもある。そして、『自由』には『責任』が伴う。……罪だろうと、悪だろうと。己が信念の自由に責を持ち、その上で尚、我を通す我々は、我々なりに真摯に生きている。……それだけだ」
と、そこまで言いきって、キヨミは自嘲気味に笑う。
「とは言え、それでは『力』なき弱者が割を食い過ぎる。そう言う意味では、理路整然とした秩序の元、かくあるべしとした思想を掲げるトリニティの姿を見ていると、少し妬けてしまうな」
「いえ、良いことばかりではありませんよ。トリニティも。……弱者を守る規律。と言えば、聞こえはいいですが……それは即ち、弱者が弱者であることを肯定してしまうと言うことでもあります」
キヨミの言葉に、シュウコも苦笑を返す。
「成長をやめた人は、それでも『力』ある人へ嫉妬します。『力』を得ようとすることは困難で。けれど、『力』の有無による不公平は受け入れられない。……そんな、
ミカ様のように。と、小さく呟く。
「トリニティに蔓延する、欺瞞と屈折した悪意は、『秩序』という盾に守られています。そして、弱者を守るための『秩序』は、必然的に『強者』へ牙を立て、それが、『いじめ』という形に変化するのです」
「…………なる程な。考えたことも無かった。トリニティ生とは『そういうもの』とばかり考えていたよ」
「私も、貴方の話を聞くまで、ゲヘナ生は『そういうもの』だとばかり思っていましたよ。……お互い様です」
キヨミとシュウコは、互いの顔を見合わせ、クスクスと笑い合う。
「結局。我々はどちらも同じ『子供』ということか」
「ええ。そう言うことかもしれませんね。……キヨミさん、あなたが良ければ────」
そういいながら、端末を取り出したシュウコを見て、キヨミも端末を取り出す。
「構わん。────私も今、同じことを考えていた」
そうして。二人は互いの連絡先を交換する。
「これで、私達は『お友達』、ですね?」
「ゲヘナの犯罪者とトリニティの役員が、『お友達』か。ふっ……。奇妙な縁も有ったものだ」
二人は、互いの顔を見て、柔らかい笑みを浮かべる。
センジョウは、そんな二人に挟まれながら。一人、目を閉じたまま満足げに笑っていた。
「…………あれ。キヨミさん、もしかして、そのストラップ…………」
「ん?これか?……似合わない自覚はあるのだがな。好きなのだ、ニコライ様」
「さ、様……」
「むっ……。さてはモモフレンズの良さが解らぬ類いか。……残念だ、それは人生の3分の2を損している……」
「そんなにですか?本当にそんなにですか???」
なんだか余計な情報が聞こえてきた気がしたので、センジョウは目を閉じたまま、狸寝入りを決め込むことにした。
アビドスヘ到着した3人は、電車から降りて、そのまま駅を後にする。
そうして、まだいくらか人の住む場所を離れ、少しずつ、砂漠の爪痕が深く刻まれた場所へと──アビドス高校の有る場所へと、向かっていた。
「アビドス……話には聞いていましたが。まさか、ここまでとは……」
「過去の栄華は見る影もない。打ち捨てられ、風化していくばかりの街か。…………見ていると、胸が苦しくなるな」
砂に覆われ、人の住めぬ極地と成り果てたゴーストタウンをみて、二人はそんな言葉を漏らす。
「そうだな。……だが、まだ諦めてない奴らがいる。この街も、まだ終わってはねぇよ」
センジョウは、渇いた道を歩きながら、ただ、まっすぐと前を見つめる。
「『国を作るのは人』と言うところか?」
「『未来を創るのは若者』かもしれませんよ?」
「大袈裟すぎるだろどっちも……」
冗談めかした二人の言い方に、センジョウはがっくりと肩を落とし、そんな彼の姿を見て、二人はクスクスと笑みをこぼす。
「とにかく。……アビドスの対策委員会の生徒達がいる限り、まだ希望はあるってことだよ。……みんな、『
「ん。私たちの事、大分解ってきたみたいだね」
「まあな、なんだかんだ色々──ん?」
不意に聞こえた声に、センジョウが背後を振り向くと、そこにはいつの間にか、見覚えのあるオッドアイの少女が立っていた。
「シロコ!?」
「そんなに驚くことでもないと思う」
驚愕するセンジョウに、シロコはどこか気まずそうに眉をひそめた。……が、なにも驚いているのはセンジョウばかりではなかった。
「お、音もなく背後を取られるとは……!地の利ばかりとは思えん……」
「成る程……、これが5人足らずで1つの学校を守る『対策委員会』の実力……!」
「ん……。なにもそんな、化け物を見るような目で見なくても…………」
戦慄の表情でシロコを見る二人に、当の本人は気まずそうに、というかどこか悲しげな表情を浮かべていた。
「悪かったよ。本当にただビックリしただけだ」
「ん……」
落ち込んでしまったシロコに、センジョウは気を利かせて声をかけるが、うつむいたままのシロコは顔を上げようとはしなかった。
「シロコ────」
そして、見かねたセンジョウが一歩。彼女へ近づいた時。
がっしりと。その手首を捕まれる。
「悪いと思っているなら。今日のノルマを稼ぐのを手伝ってもらう」
「え?あ?は?」
「ちょうど人手が足りなかったところ。本当なら先生に頼りたいところだけど、センジョウでもいいや」
「でもいいや?今お前でもいいやって言ったな!?」
「ん。気のせい。妥協してる訳ではない」
「やっぱお前妥協してんだろ!?」
「被害妄想が激しい……。そんなのじゃモテないよ」
「いいんだよモテなくて!もう相手いるんだから!!」
「ん。自慢話は良くない」
「じゃあなんならいいんだよ!?」
猫を被っていたシロコに捕獲され、センジョウはそのままズリズリと引き摺られて行く。
「シュウコ!!キヨミ!!出番!出番だからこれ!!」
「…………すまない。私の力では、どうにも」
「私も……戦闘は得意ではないので……」
「ん。二人は先にアビドス高校へ向かってて。お客さんが来たって知ったら、きっとみんな喜ぶ」
「ほう。突然の来客であれど歓迎してくれるとは……懐の深さ、感服する」
「ありがとうございます。……正直、少し歩き疲れているので、休めるだけでも助かります」
「お前らぁぁぁぁぁぁ!?」
一瞬の迷いもなく自らを裏切った護衛の二人への怨嗟をの声をあげるセンジョウは、抵抗むなしくシロコに何処かへと連れ去られてしまうのだった。
南無三。
「で。ボロ雑巾みたいになるまでシロコちゃんに付き合わされていた。と」
「………………」
夕方の教室で、机に突っ伏したままよセンジョウは、頭を机に置いたまま、ホシノの問いに無言でうなずいた。
「ま、許してあげてよ。あれで結構、センジョウ君が色々元に戻ったことは喜んでるみたいだからさ」
「…………そうなのか?」
「うわ。過労死寸前のサラリーマン?」
突っ伏したまま、顔だけを横に向けたセンジョウの、やつれきった顔を見て、ホシノはひきつった笑みを浮かべた。
「正直、俺はお前達とは余り縁は深くないし、そんなに気にされてないもんだと思ってたんだが」
「一応、そんなのでも『先生』の息子さんだからねぇ。……それに、解ったふりしてショボくれた寂しい背中見てるより、前向きに顔あげて突き進む背中見てる方が好感はモテるでしょ?」
「そんなもんか……?」
「そんなもんだと思うなぁ」
センジョウの問いに、ホシノは適当な調子で言葉を返す。
「少なくとも、おじさんとしては、今のセンジョウくんの方が見ていて安心できるかなぁ。……いやぁ。青春に向けて走る少年の背中は絵になるねぇ」
「年齢ほぼ変わらねぇだろ」
「そうだねぇ。センジョウくんも結構老けちゃったもんねぇ」
「お前の中での俺はサラリーマンなのか少年なのかおじさんなのかどれだよ」
「さぁ?センジョウくんはどう思う?」
ケラケラと軽い笑みをこぼしながら、ホシノはセンジョウの問いをはぐらかし、答えるつもりがないことを汲み取ったセンジョウは、大きくため息をつく。
そうしてセンジョウは、一度頭を正面へ戻すと、突っ伏していた上半身を引き起こして、ホシノに視線を向ける。
「────悪かったな、ホシノ」
「うん?」
「気、使ってくれてたんだよな」
「…………あぁ」
ホシノはセンジョウの言わんとしていることを汲み取り、苦い笑みを浮かべる。
「別に。私はなにもしてないよ」
「何もって事は──」
「『なんにも』だよ。……だって、結局センジョウくんは私の言葉で立ち直った訳じゃないでしょ?」
「それは……」
ホシノの指摘に、センジョウは言葉を喉につまらせる。確かに、ホシノの言う通りで。結局のところ、ホシノの言葉は、センジョウを救ったわけではない。
「だから気にしなくていいよー。おじさん、そういうの慣れてるから」
へらへらとした笑みを浮かべながら、ホシノはセンジョウの肩を叩く。
「良かったね。大切な人を守れて、さ」
その言葉は。どこか、寂しげで。
「ホシ──」
「センジョウくん」
センジョウが彼女の名前を呼ぶより先に、ホシノはそのまま、センジョウの横を通りすぎながら、言葉を続ける。
「大切なんでしょ?────君は。ちゃんと、守り通しなよ」
ただ、それだけを残して、ホシノはセンジョウを一人教室へ残し、その部屋をあとにした。
「────言われるまでもねぇよ」
そんな、去っていった彼女の背中に。センジョウは届かぬとは知りながら、静かに。けれど、力強く答えた。
「必ず。絶対に、最後まで守り通す」
その言葉の決意の固さを表すように。彼の拳は、力強く握りしめられていた。