青空DAYS   作:Ziz555

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──君はミレニアムの卒業生




センジョウとキヴォトス(ミレニアムの場合)

 

「あ、久しぶりー。センジョウ先輩、今日は奥さんいないよー?」

 

「先輩!久しぶりですねぇ。また取っ替え引っ替えですか?」

 

「お前を……◯す」デデン!!

 

 

 

「……ふむ、随分他とは空気感が違うな」

「みたいですね。親しげと言うか、気兼ねがない、というか……」

 

 ミレニアムへと訪れていたセンジョウを出迎えたのは、いつも通りの日常風景だった。

 すれ違う度に、気さくな挨拶や軽い冗談を繰り出してくる生徒達の姿は、自分達の知る『蒼井センジョウ』と生徒達の距離感とは、また少し違った関係性に、キヨミとシュウコは珍しいものを見るようにセンジョウを見た。

 

「まあ、俺はここのOBみたいなもんだからな」

「OB……?卒業生、ですか?」

 

 シュウコの言葉を、センジョウは肯定する。

 

「一時期、しばらくミレニアムで世話になってた時期があってな。その時にセミナーの仕事を諸々手伝ってたんだよ」

「それはシャーレとしての仕事ではないのか?」

「それもあるけど……それよりもうちょい個人的な側面が大きくてな。……ほら、それこそ親父が寝込んで、俺が代理人やってた最初の時期だよ」

「なるほど」

 

 ミレニアムサイエンススクールは、センジョウにとってキヴォトスに於ける母校と言っても過言ではない。

 紛い物とはいえ、多くの生徒達が協力して自分のために卒業式を開いてくれた事もあり、センジョウにとっても他に比べて特別に思い入れのある学校だ。

 

「先生を目指すんなら、個人的な贔屓とかはあんまりしない方がいいんだろうが……どうしてもな」

 

 そういいながら、センジョウは困ったような笑みを浮かべて、二人を見た。

 

「別に、少しぐらいはいいんじゃないでしょうか?」

「同感だ。『母校』と言うものが特別であるのは、誰にとっても変わるものではない」

「そうか?……そういうもんか」

 

 一つの学校の学生である時間は、長い長い人生から見るのであれば、ほんの一瞬の、極めて短い、5%にも満たない時間かもしれない。

 けれど、そこに通い、そこにいきる学生達本人にとっては、それまで過ごしてきた自分の人生の中の大半を過ごす『自分の居場所』でもある。

 

 過ごしてきた日々は、積み重ねた時間は。たしかに、その生き方に大きな『跡』を残す。そして、その積み重ねを──『経験』と、呼ぶのだ。

 

 学校とは。『経験』を積む場所なのだ。

 

「…………まだまだ気づかされることも多いな。全く」

 

 センジョウは、自嘲の笑みをこぼしながら、独り言を呟いた。

 

 

 


 

 

 

 

『あ、お父さん!来てたんですね!』

「元気そうだな、ナル」

 

 エンジニア部の部室へ訪れたセンジョウを迎え入れたのは、1機の小さな球体ドローンだ。

 そのスピーカーから響く声は、『ナル』のものであり、現在のナルは、エンジニア部の作成した小さなドローンを用いて他の生徒達とコミュニケーションを取っていた。

 

「やあ、センジョウ。娘の調子でも見に来たのかい?」

「ま、そんなところだ。ナルの世話、任せてすまんな」

 

 ナルの反応に、作業デスクに向かっていたウタハが振り返り、軽く手を上げてセンジョウと挨拶を交わす。

 

「構いはしないさ。私としても、『Nuill-Vana』……いや、『Naill-Vana』の変化には、諸々興味はつきないからね。ナルちゃんの話はどれも興味がつきないものさ」

『私も色々お話しできて楽しいです!』

「良かったな、ナル」

 

 センジョウは、声の弾んでいるドローンをポンポンと右手で撫で。それに喜ぶようにナルはドローンをぐいぐいとセンジョウの右手に押し付けた。

 

「ここは……何かの工場?いえ、研究室……?」

「エンジニア部の部室だよ。俺の『Naill-Vana』の修理やメンテナンスをやってくれるのがエンジニア部なんだ」

「ほう。あの超兵器を産み出したと言うのか。……凄まじい技術力だな」

 

 センジョウの言葉に舌を巻くキヨミだが、その言葉にウタハは苦笑を浮かべて首を横に振る。

 

「残念だけど。『Naill-Vana』は廃墟から発掘されたロストテクノロジーを、私達が使えるように手直しとチューニングを施しただけの物だ。作品とは言えないね」

「何かと規格外だとは思っていましたが……そんなものを使っていたんですね、センジョウ先生」

「そうでもしないとなんにもできねぇからな」

 

 事実、キヴォトスの外から来た人間であるセンジョウとキョウヤ……『先生』は、ヘイローを持つ彼女達と比べると、余りに非力で、貧弱である。

 『先生』の持つタブレット端末、『シッテムの箱』が解析不能のオーパーツであると同様に、センジョウの持つ『Naill-Vana』もそれに匹敵する力であった。

 

「幸いなのは、コアユニット以外のパーツはこちらで用意したものをいくらか流用できる。と言うところだね。解析ができずとも、コアユニットより提供されるエネルギーの運用手順は明確だ。むしろ、既存のエネルギー源に比べて、ほぼ無尽蔵で、比較になら無い出力を持つ『Naill-Vana』のジェネレーターありきで、本来なら運用することが現実的ではない数々の作品を完成させることができたのは……私達にとっても、僥倖だった」

 

 早口ぎみに、感動を噛み締めるようにそう語るウタハの姿に、シュウコとキヨミは苦笑を浮かべ、センジョウはその背後で作成中らしき装備に気がついた。

 

「これもそれの一つか?」

「む?……ああ、コレかい?そうだよ、これも『Naill-Vana』の為の新装備さ。と言っても、コレは────」

『お母さんの為の新装備です!』

 

 ウタハの言葉を遮るように、興奮気味のナルが二人の間に割って入る。

 

「ユウカの?」

「そうだとも。……ユウカが『Naill-Vana』を起動できるようになった事は確認したが、彼女は君程操縦に対する適性が無くてね」

『加えて、お母さんの適性は守勢に寄っていましたので、その為のユニットを設計したんです』

「ほー。まあたしかに、俺とユウカじゃ戦闘スタイルも考え方もまるっきり違うもんな」

「とは言え。完成にはまだ少し時間がかかる。試運転の際には、ユウカは勿論、君にも立ち会って貰う予定だから。その時はよろしく頼むよ」

「りょーかい。まあ、できたら声かけてくれ」

 

 ウタハの言葉に、センジョウは承諾を返し、視線をナルへと向ける。

 

「それじゃ、俺はもう少しミレニアムに用があるから、ここら辺で失礼するよ」

『わかりました。今日は私もシャーレに帰れると思いますので、一緒に帰りましょう』

「わかった。終わったら迎えに来るよ。……夕飯はユウカとオヤジもさそって、みんなで食うか」

『わぁい!なら、私から連絡しておきます!』

 

 センジョウの提案に嬉しそうに声を上げるナルを、最後に一撫でしてから、センジョウは護衛の二人へ目配せをした。

 

「じゃあ、また後で」

「ああ、また」

『お父さん。また後で』

 

 最後に、簡単な別れの挨拶をし、センジョウはその部室を後にするのだった。

 

 

 


 

 

 

 その後もセンジョウは、ミレニアムの顔見知りの所へ会いに向かった。

 ゲーム開発部では、久しぶりにユズとガチの対戦を繰り広げ。C&Cでは、トキとパワードスーツ談義に花を咲かせ。ヴェリタスでは、『ナル』に関しての話をしたり、と。

 方々でそれぞれのやり取りをし。

 

 そして、最後に。

 

「……悪い。二人とも。ここには、俺一人で行ってもいいか?」

 

 セミナー執務室。その前で、センジョウはシュウコとキヨミへ振り返り、申し訳なさそうに手を合わせた。

 そんなセンジョウをみて、二人は顔を見合わせると、大きな溜め息をつく。

 

「構いませんよ。……どのみち、ミレニアムに置けるセンジョウ先生の歓迎具合を見る限り、私達のいる意味も元々少なかった様ですし」

「セミナーが貴殿にとって特別である事ぐらい容易に想像はつく。我々がいても邪魔になるだけだろう」

 

 やれやれ。とでも言いたげな二人に、センジョウは深く頭を下げる。

 

「本当にすまん……。それと、諸々助かった」

「かまわん。護衛などというのは結局、出番が無いに越したことはないのだ。徒労などとは考えてはおらぬさ」

「キヨミさんの言う通りです。それに、私としては知見が増えて楽しかったですよ」

「友も増えたことだしな」

 

 キヨミの言葉に、シュウコは笑みを浮かべて同意を返す。

 

「私達の護衛は、ここまでです。……けれど、私達と、センジョウ先生との絆は、コレで終わるわけではありません」

「トリニティに、ゲヘナに、アビドスに、ミレニアムに。……そして、キヴォトスの様々な所に。『蒼井センジョウ』の『選択』の結果は、たしかに残っている。それは、お前の積み重ねた『経験』の結果でもある」

「はい。……少なからず、あなたの存在で、キヴォトスは変化しました。それは、貴方の望むと、望まざるとに関わらず。ですが」

 

 二人は、誰の言葉でもなく。自分自身の言葉で──センジョウへ、意思を伝える。

 

「ありがとうございました。センジョウ先生」

「感謝している。蒼井センジョウ」

 

 深く、頭を下げる二人に、センジョウは笑みをこぼす。

 

「俺のほうこそ、ありがとうな。二人とも」

 

 そんなやり取りは。まるで。自分が二人の『先生』になれたような気がして。

 

 

──今度こそ、本当の意味で。俺は。ほんの少しだけでも。『先生』になれたのかな。

 

 

 なんて。そんなことを彼は感じていた。

 

 

 

 歩き去る二人の背中を見送って。センジョウは一人、セミナーの戸を叩いた。

 

『どうぞ』

 

 部屋の内側から、一人の少女の声がした。

 別に、何か特別なことがあるわけでもないのに、センジョウはなぜか緊張している自分を自覚し、気持ちを落ち着けるために大きく息を吸い込み、ゆっくりと、細く、長く吐き出して行く。

 

 そうして、いくらか落ち着きを取り戻すと、センジョウはその扉を開く。

 

「あら、いらっしゃい。センジョウ君」

 

 開いた扉を見て、部屋のなかで作業をしていたノアがセンジョウへ微笑んだ。

 

「あー。……その。久しぶり、だな。ノア」

「そんなに久しぶりな気はしませんけどね。ユウカちゃんと会ってなかった時間のほうが余程長いはずですけど」

「うぐ……」

 

 怒っている……訳ではなさそうだが、しかしそれでも、ノアの言葉にはどこかトゲのようなものを感じた。

 

「どうしたんですか、席は空いていますよ。座ったらどうですか?────いつものように」

 

 ノアはそう言いながら、部屋の一ヶ所を指し示す。そうして、示されるままにセンジョウがその方を向けば。そこには。

 

「────これは、俺の」

 

 そこに在ったのは。いや、『残されていた』のは。あの日々を過ごした……センジョウの、セミナーでの作業机。

 

 勿論、資料の全てが残っている訳ではない。だが、それでも。たしかにそれは、そこに、ずっと在った。

 

「不思議ですよね。センジョウ君がセミナーで仕事をしていた時間は、そんなに長く無いはずなのに……今ではもう、そこにあなたがいないことのほうが、時々不自然に感じてしまいます」

 

 ノアの言葉に、センジョウはミレニアムで過ごした日々を思い出した。

 

 キヴォトスにきて。まだ、ユウカと喧嘩ばかりしていた頃から、シャーレを受け継いで、ミレニアムを卒業するまでの……ほんの、短い、けれど、大切で、濃密な日々は。目を閉じれば、昨日の事のように甦る。

 

「……俺も正直。シャーレで仕事してるより、こっちでお前達と仕事してるほうがしっくり来るよ」

「あら。そうなんですね?それは────少し、安心しました」

「なんでだよ」

 

 ノアの言葉に苦笑を漏らしつつ、センジョウは自らの席について、ノアの方を見た。

 

 決して近いとは言えない距離だが、遠いとも言い難い。見慣れた光景には、少し。人が足りないが。

 

「センジョウ君」

「なんだ?」

「私は、ユウカちゃんの事が大好きです」

 

 それは、言われずとも解っていることだった。けれど、それを改めて言葉にしたノアに、センジョウは静かに耳を傾ける。

 

「私は、ずっとユウカちゃんと一緒に過ごしてきました。それこそ、センジョウくんとは比べ物になら無いほど。『先生』とだって、比べられない程に」

 

 ノアは、手元に置いた手帳の表紙を、そっと指でなぞる。

 

「私は、ユウカちゃんの事なら。なんでも知っています。好きなもの、嫌いなもの。身長、体重、ふとした癖。どんな人が好みなのか、どんな人と過ごしてきたのか。なんだって答えられる自信がありました。……私は、一度記憶したものを、忘れませんから」

 

 なにかを懐かしむように、慈しむように。ノアは、大切な人へ、思いを馳せる。

 誰よりもそばで。ずっと、一緒にいた。彼女の事を。

 

「ですが。ユウカちゃんと、センジョウ君が出逢ってからは──私の知らないことばかりでした」

 

 彼女が頑固なことや、負けず嫌いなことや、ちょっと、乙女な側面があることは。知っていた。

 けれど。それでも。あんなに感情を剥き出しにして。感情に振り回されて。

 

 怒って、泣いて、笑って。

 

 心のそこから、誰かを一途に思う彼女の姿を──ノアは、知らなかった。

 

「……正直なことを言うと。私は少し。センジョウ君の事が嫌いです」

 

 それは、そうだろう。だって。突然現れて、突然、自分達の日常に入り込んできて。いつの間にか、無くてはならない存在になっていて。

 

 そして、自分の大切な人の。『特等席(となり)』を、いつの間にか盗られてしまっていたのだから。

 

「それでも。ユウカちゃんが選んだのは……センジョウ君なんですよね」

 

 ノアは、寂しげに笑いながら、センジョウを見る。

 

「本当に。なんでユウカちゃんはこんなダメな男が好きなんですかね?頼りなくて、情けなくて、子供っぽくて、格好つけしいで、短絡的で、臆病者で、向こう見ずで、それで────」

 

 

 

 

「────振り返らずに、どこまでも。どんどん先に、行ってしまうのに。どうして。どこへ向かうかもわからないのに。その隣に。居たがるんでしょうか」

 

 

 

 

 そう、センジョウへ問いかけるノアの顔は。なぜだか、今すぐにでも泣き出してしまいそうで。

 

 

「センジョウ君」

 

 

 ノアは。嫉妬と、恨みのこもった視線で。センジョウを見る。

 

 

「ユウカちゃんのこと。ちゃんと幸せにして上げてくださいね」

 

 

 もし。……もし。また、あの時のように。彼女の事を泣かせるような事があったのであれば。

 

 私は。きっと。

 

 

「でないと。私は貴方への怒りを。恨みを。憎しみを。忘れられなくなってしまうから」

 

 

 幸せを。誰よりも祝うがゆえに。その思いが。呪いにならないために。

 

「センジョウ君」

 

 もう一度。ノアは、彼の名前を呼ぶ。

 

「ユウカちゃんのこと。よろしくお願いしますね」

 

 私はもう。隣には、居られないから。

 

 

 

「…………ああ」

 

 

 

 センジョウは。そんなノアの言葉を、受け取り、静かに頷いた。

 

 ノアの少ない言葉と、万の思いがこもった表情から。センジョウがいったいどれだけ彼女のことを理解できるだろうか。

 想いを、苦しみを、怒りを。

 

 

 願いを。

 

 

────けれど。もう。『わからない』では。すませられないのだ。

 

 

 

 だからせめて。少しでも安心して貰えるように。

 

 

 センジョウは、真っ直ぐにノアの瞳を見つめ。心の限りを、言葉にのせる。

 

 

「任せろ」

 

 

 ただ。短く。それだけを伝え。

 

 

 

「…………約束。忘れませんからね」

 

 

 

 ノアは。そう返した。

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