青空DAYS   作:Ziz555

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──お前は俺の自慢の息子




センジョウとキヴォトス(シャーレの場合)

 いつものように。目を覚ます。

 

 

 キヴォトスへ来て、未だに自分の家を持たないセンジョウは、家の広さの都合もあって、父の部屋ではなく、シャーレの居住区を仮の住まいとしていた。

 本来であれば、もっとずっと前に自分の家をキヴォトスへ見つけるべきだったとは理解しつつ、立場と都合がそれを許さなかった。

 

 

 キヴォトスに来て。先生の補佐となり。先生が倒れ、先生の代理となり。戦いの果て、全てを失い。先生が戻り、そして。

 

 

 

 彼は。

 

 

 

「ん、んー…………っと」

 

 センジョウは、ベッドからその身を起こすと、寝ている間に固くなった体を軽く伸ばしてから立ち上がった。

 

「さて。支度するか」

 

 窓から差し込む、朝の日差しに目を細めながら、センジョウはそんなことを呟いた。少し前までであれば、仕事だ何だと慌ただしい毎日を過ごしていたが、今の彼は『先生』でもなければ、その『補佐』でも、『代理』でもなく。ましてや、『生徒』ですらない。例えるなら、そう。

 

 大人でも、子供でもない。18歳の、モラトリアム。

 

 そんな、中ぶらりんで、曖昧で、ふわふわとしてあやふやな存在。それが、『キヴォトス』における、今の『蒼井センジョウ』だ。

 

 いてもいなくても。なにも変わらない。いや、余白を埋めている分だけ。いないほうがスマートなのかもしれない。

 少なくとも、彼の知る『キヴォトス』に。そんなキャラクターは──存在しない。

 

 けれど、センジョウはたしかにこうして、『この世界』に生きていて。こうして息をしている。

 

 そして。今日は、そんな彼の『約束』の日だ。

 

 顔を洗い、寝癖を整え。服を着替えて、朝食をすませ。歯を磨いて、片付ける。

 そんなことをしていれば、いつの間にか時間は過ぎて、シャーレへ一人の『大人』が現れる。

 

 センジョウはそんな彼を出迎えに行き、扉を開ければ。立派なスーツに身を包んだ『先生』が、そこにいた。

 

「"おはよう、センジョウ"」

「おう。おはよう、オヤジ」

 

 いつものように、二人はそんな挨拶を交わして、シャーレへと入って行く。だが、別にそれは、いつものように仕事をするためではない。

 

 

 

 いつか交わした。親子の約束を。果たすためだ。

 

 

 

 シャーレの休憩室に『先生』を通したセンジョウは、適当に珈琲の支度を始める。

 

「ブラックにするか?」

「"仕事中でもないし、砂糖とミルクがあっても良いとは思うよ"」

「りょーかい」

 

 カチャカチャと音をたてながらカップを用意し、珈琲マシンを操作して、二人分を用意する。

 暫しの静寂が訪れた。

 

「ほい。お待たせ」

「"ありがとう、センジョウ"」

 

 出来上がった珈琲を渡したセンジョウは、『先生』の隣に腰を下ろした。

 そうして、二人は並んだまま、珈琲を口につける。

 

「…………いつぶりだろうな。こうして話すの」

 

 口を先に開いたのは、センジョウだった。

 

「…………"本当に、いつからだったかな。少なくとも、キヴォトスにきてからは、こんな時間は無かったね"」

「お互い色々忙しかったからな。本当に」

「"そうだね。違いない"」

 

 二人は、しみじみと過去の日々へと思いを馳せる。

 

「オヤジ」

「"ん?"」

 

 センジョウは苦笑を浮かべながら、『先生』のほうを見た。

 

「"この喋り方、やっぱり疲れない?"」

 

 『先生』は、センジョウのしゃべり方に目を丸くすると、苦笑を浮かべる

 

「"センジョウもできるようになったんだね"」

「"まあ。なんだかんだずっと先生の背中を見続けてはいたからね"」

 

 まるで鏡写しの様な、瓜二つのしゃべり方をする二人の男たちは、互いの顔を見合わせて、同時に吹きだした。

 

「プッ……はははは!似合ってないぞ、センジョウ!」

「言うなよ!俺だって思い返して似合ってない事ぐらい自覚したんだから!」

 

 センジョウとキョウヤはそうして、二人してゲラゲラと笑いあう。

 似ているからそこ、そっくりだけど、その言葉が違う人間から出ている事実が、妙に面白おかしく聞こえていた。

 

「はー……おかしい。いつの間にできるようになったんだよ、そんなの」

「オヤジが寝てる間の、わりと最近の方だな。……どうやったら上手く『先生』をやれるかって考えてたら、オヤジのやり方をまるまる真似しちまえばいいやって思ってさ。あとは、やったらできた」

「見よう見まねってことか。……クククッ。道理で似合わない訳だ」

 

 センジョウの話し方を思いだし、キョウヤは笑みを噛み殺して笑った。

 

「で。成果はどうだったんだ?上手く行ったのか?」

「…………んー。とりあえずのその場しのぎは、かな。正直、無理をしてた自覚はあるし、あの喋り方やってると、正直息苦しいっていうかさ。考える余裕とか全然ないんだよ。なぞるので精一杯」

「そりゃそうだ。お前自身が考えた答えって訳じゃないだろうからな」

 

 キョウヤはニヤリと笑う。

 

「俺が一体、ここに来るまで何年かかったと思ってるんだよ。そう簡単に追い越せるとおもうか?」

「託したんじゃなかったのかよ」

「それはそれ。コレはコレ。ってな……それに俺は、なにも『先生になれ』何て言った覚えはないしな」

「本当にな」

 

 キョウヤの言葉に、センジョウは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 

「ほんっとうにな……」

「なんだ。解ってなかったのか?」

「伝わる訳ないだろ!アンタ反省したんじゃなかったのかよ!!これっぽっちも伝わってねぇわ!」

 

 きょとんとするキョウヤに対し、センジョウは鬼の形相で詰め寄る。

 

「俺がどんだけ間違えて悩んで苦労して……!」

 

 しかし、そんな息子の訴えに、それでキョウヤは笑みを崩さなかった。

 

 

「でも。辿り着いただろ?」

 

 

 ただ。それだけ。

 

「……ッ!……~~~~!!」

 

 その言葉が何を示すのか。今のセンジョウには意味が理解できた。これ以上ない程に解るからこそ、なにも言い返せない。

 

「ハッハッハッハッ!怒るな怒るな。苦労して、体験して、考えて、自分で出した答えだからこそ、身に付くもんだよ。『経験』何てモンはさ」

「放任主義がすぎるんだよ……!!」

「そうだな。……ま、それに関しては本当に悪かったよ」

 

 キョウヤは、そんな言葉ともに、膝に肘をのせて、俯いた。

 

「結局。お前に言われた、あの日になるまで。俺もずっと、足踏みしてたからな」

「…………オヤジ」

 

 キョウヤは。己の過ちを悔いるように、言葉を続ける。

 

「結局。俺はずっと自分勝手だった。お前の言うように、逃げてたのさ。自分からも、お前からも、現実からも、責任からも。…………そして、キョウカからも」

 

 必死にもがいて。足掻いて。それでも、どうにもできなくて。諦めるしかなくて。妥協するしかなくて。現実は、それでも、牙を向いて。自分の心をズタズタにしようと襲いかかってきた。

 

「『大人』に、なったつもりだった。なろうと、していた。だから、『先生』になって、ならなくちゃいけなくて。必死で、がむしゃらで、無我夢中で。…………ただ、ただ。とにかく、とにかく、キョウカの好きだった俺を────」

 

 彼女の。最後に残した言葉を。

 

「『誰かのために頑張れる俺』であり続けようと。……失ったキョウカの為に、せめて、胸を張れる俺であり続けようと……必死だった」

 

 懺悔の言葉。後悔の言葉。そんな独白に、センジョウはただ、静かに耳を傾ける。

 そんな彼の、真剣で、優しい姿に。キョウヤは自嘲の笑みをこぼす。

 

「お前はさ、……ずっと、俺たちの救いだったんだよ。センジョウ」

「……俺が?」

「ああ」

 

 俯いていたキョウヤは、顔を上げ。天井を見上げる。

 

「自分達のやってることが正しい確信なんて。これっぽっちも無かった。親を無くした女を養いながら、そいつのつれた赤子の弟を社会もしらない若造が育て上げる。なんて、どっからどうみても間違ってる。間違ってるのさ。俺の選んだ道は」

 

 彼の言葉は、正しくて。

 

「でも。それでも。その、『選択』が間違ってると解っていても……それでも、俺は。キョウカを。お前を。……幸せにしてやりたいと。本気で思ってた。幸せにしてやるんだと。覚悟を決めていた」

 

 馬鹿げていて。非現実で。夢見がちな、そんな。綺麗事の、理想論。

 

「それがおかしい事ぐらい。俺もどこかで解っていたのさ。……でも、それでも。お前は────そんな、俺達の『選択』で。笑ってくれたんだ」

 

 その言葉に、センジョウはいつかの日々を思いだす。幼いあの頃の記憶は。今でも覚えている。

 

「……俺は。兄さんが、姉さんが。誇りだったからな」

「そうだな、そう。思ってくれてたんだよな」

 

 センジョウの言葉に、キョウヤは目に涙を湛え。くしゃくしゃになった笑顔を向ける。

 

「だから俺は。頑張れたんだ。間違っているはずの、その『選択』に、『正しさ』を。『意味』をくれたのは────他のだれでもない。お前なんだよ。センジョウ」

 

 言葉と共に。キョウヤは、そっと息子を抱き寄せる。

 自分と肩を並べるほどに、大きく、強く成長したその体は。確かに、あの頃とは違うけれど。

 それでも、その温もりは。その存在は。あの日、彼女の残した欠片のまま。これっぽっちも、変わってなんていなかった。

 

「ずっと。ずっと。俺は、お前に救われてたんだ」

 

 ぼろぼろと、涙をこぼして。力の限りに、その暖かい、大切な、存在を。抱き締める。

 

 

 

「────ありがとう、センジョウ」

 

 

 

 それしか。言葉は見つからなかった。

 

 

「…………」

 

 

 震える背中は。けれど、いつかの『あの日』のような情けなさは、そこにはなくて。

 一人の男の。静かな涙の。その重さを──今のセンジョウは、しっていた。

 

「センジョウ。お前は……お前は。俺の、キョウカの。……俺達の。一番大事なもので。俺達の、始まりで。俺達の、答えで。それで…………」

 

 

 震える声で。男は。

 

「お前は……俺達の。自慢の、息子だ」

 

 伝えるべき思いを。彼へと伝える。

 

「ずっと……ずっと。伝えられなくて、悪かった」

 

 その後悔を。センジョウは、一つだけ溜め息をついて。小さく笑って、その男の背中を軽く叩いた。

 

 

 

「………………いいよ。もう、十分貰ったから」

 

 

 

 

 迷いも。悩みも。苦しみも。辛さも。悲しみも。怒りも。憎しみも。

 

 

 全部、全部、全部、全部。

 

 

 それでも。乗り越えて。俺達は────今。ここにいる。

 

 

 その『経験』の果てに。

 その『選択』の果てに。

 

 その────『積み重ね』の果てに。今の『蒼井センジョウ』は。立っているから。

 

「センジョウ…………」

 

 いつの間にか。本当に大きくなっていたセンジョウの姿に。キョウヤは、穏やかな笑みを浮かべる。

 

 

「なあ。父さん」

「なんだ、センジョウ」

「俺。やっぱさ────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────アンタの息子でいられて。良かったよ。

 

 

 

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