──あなたは私の最愛の人
ある日。センジョウとユウカはいつものように二人でミレニアムを歩いていた。
いつも、と言っても、二人が共に行動するのは、プレナパテス襲来以降、実ははじめての事であった。
治療が終わるまでの間は、ユウカもつきっきりでセンジョウの看病をしていたが、センジョウは一人で立って歩ける程に回復した直後に、ナルをユウカに預け、キヴォトス中を見て回っていたからである。
そうして、約1週間ほどの期間を開けて。ようやく、センジョウはユウカへと声をかけた。
「今日は一日、二人で過ごさないか?」
と。そんな、他愛の無い誘いを、ユウカは快く受け入れた。
そんな二人の話を聞いたナルは、装備開発の事もあり、又、夫婦──正しくは、まだ夫婦関係にはない──水入らずの時間を。と考え、エンジニア部の元に残ることを決めた。
だから、今。二人は────
「なんか、懐かしいな」
「そうね。こうしてゆっくり二人で歩くのなんて、本当に久しぶりな気がする」
普段通りの、いつも通りの──いや。それよりは、ほんの少しだけ近くなった距離感のまま。二人はミレニアム自治区の町並みを歩く。
「そっか、……そうだな。俺達。喧嘩……してたもんな」
「喧嘩と言う程の物かと言われると、少し怪しいけどね」
改めて言葉にしなければ、『久しぶり』と言う感覚もない。そのくらい、自然な距離感で。自然な関係性が、そこにはあった。
「…………ユウカ。その…………」
モゴモゴと、言いづらそうに、センジョウは伏し目がちに言葉を濁す。
そんな彼の姿に、ユウカは一つ大きな溜め息をついた
「ミカさんのこと?」
沈黙をするセンジョウ。都合の悪いことになるとすぐに言葉数のへる癖は、相変わらずだった。
「そうねぇ。別に気にしてない──って言ったら、嘘になるかもしれないけど。……別に。元々私達は付き合ってた訳でもないんだから。別にいいんじゃない?」
すこし、意地悪だっただろうか。なんて、そんなことを考えながら、ユウカはセンジョウの様子を横目でチラリと確認する。
「それは、そう、かもしれないけど」
「……まさかまだ実は別れてないとか言わないでしょうね」
「別れたよ!さすがに、さすがにな!?」
自分の指摘に、慌てふためくセンジョウを見て、ユウカは白い目を彼へと向けた。
「俺は……だって。俺は。他のだれでもない。お前と──早瀬ユウカと。一緒にいたいと思ったんだ。……そんな気持ちで、ミカと付き合い続けても。それは、ミカにとっても良くないだろ」
その言葉は、自己中心的で、思い上がりの激しい言葉にも聞こえたが。しかし、それがセンジョウの飾り気の無い本心であることは、ユウカにははっきりと伝わった。
そして、だから。
「──ふーん。そうなんだ」
素っ気ない返しをして。ユウカはセンジョウから顔を背ける。
「私なんかより、ミカさんの方が可愛いと思うけど」
「ユウカの方が可愛い」
「…………ミカさんの方が、女の子らしいと思うけど」
「ユウカの方が魅力的だ」
「………………ミカさんの方が、貴方の事を、受け入れてくれると思うけど」
「それは違う」
センジョウは、ユウカの言葉を否定する。
「俺は。俺を受け入れてくれる人といたいんじゃない。俺と一緒に前に突き進んでくれる人といたいんだ。……だから。俺は。お前がいいんだ。ユウカ」
真っ直ぐで。単純で。シンプルで。味気ない。
そんな。そんな、彼の安い言葉に。
それでも、ユウカは。
「────そう」
どうしても。緩む頬を、止められなかった。
彼は。他のだれでもない。
『
その事実が。どうしようもなく、嬉しく思えた。
ずっと、ずっと。彼の事を想っていた。彼の事を考えていた。彼の事を──愛していた。
最初は。ちょっとした興味だった。
少し気になる、頼りないけど、かっこいい大人の『先生』に、じぶんと同じ位の年齢の息子がいると知って。彼と、偶然、最初に知り合った。
生意気で、粗野で、能力ばかりが高いからか、プライドも相応に高くて、鼻につく男だと。そう感じていた。
けれど、そんな彼はいつも懸命に『先生』の為に、真剣に彼の事を考えて、必死に仕事をしていた。
かといって。それが彼の行動理念の全てではなかった。
些細なことでも、誰かのために、ただ、純粋な『優しさ』で頑張れる。
それが──『蒼井センジョウ』という、少年だった。
だけど、それは。裏を返せば、彼の行動原理の大半が、他者によって与えられている、と言うことでもあった。
人の心は。不安定だ。
脆くて、弱くて、不完全で。けれど、『自分』という存在を軸に持つから、私達は自分の足で立ち続けることができる。
『蒼井センジョウ』には。『それ』がなかった。
常に誰かの為に、自分ではない、誰かの道を歩き続けている彼は。ふらふらとしていて、ふわふわとしていて。その形を、姿を。どうにか、『先生』を軸にかき集めた、雲のようで。
いつの間にか。ずっと、目で追っていた。
今思い返せば。その頃にはもう、彼に夢中だったんだろう。
『何時から彼の事が好きなの?』と問われたとして。私はきっと。その問いには答えられないだろう。
格好悪いのに。格好つけたがりで。
弱いのに。強がりで。
寂しがりやなのに。一人で先走る。
本当に────本当に。どうしようもない。けれど。常に一生懸命で。真剣で。本気で。
そんな。そんな、彼の姿が。どうしようもなく。好きだった。
そんな彼の、支えになりたくて。そんな彼を、繋ぎ止めておきたくて。
だから。彼が、彼であるために必要だった『先生』が倒れたあの日。
彼が。『先生』の道を歩き始めた。あの日。
それが間違っていると解っていても。
それが、センジョウの進むべき道じゃ無いとしても。
私は。彼を支えようと。そう、思った。
けれど、それは間違いで。結局。最後にはその道の果てに……私は一度。『蒼井センジョウ』を失った。
考えてみれば、当然な話だ。
その時の彼が進む道は……『先生』の道であって。『蒼井センジョウ』の道ではない。
であるならば。その道の果てにある未来は、当然『先生』のもので。そこに辿り着いたのであれは。それはもう、『蒼井センジョウ』ではないのだから。
きっと。怖かったんだ。私は。
私が彼を引き留めても。私には、彼の道が分からなかった。どんな道を彼がゆくべきなのか。どんな道を進んでほしいのか。答えがないまま、そんなまま。彼を引き留めて。もし、彼の進む足が止まってしまって。彼を形作るものが、無くなってしまったら。
彼が、そんな私を拒絶して。突き放して。否定して。関係性が壊れてしまった。
そんな、『もしも』が。どうしようもなく恐ろしくて。
けれど。傷ついていくだけの彼を、見ていることもできなくて。
そんな自分が嫌いで。気持ち悪くて。
────『聖園ミカ』が。羨ましかった。
まるで、物語のヒロインのように、彼に劇的に救われて。
私達の積み重ねた時間を嘲笑うかのように突然彼のとなりにおどりでて。
私にはできなかった、彼への道の提示もやってのけて。
女の子っぽくて。力もあって。かわいくて。それで。
だから。センジョウとミカさんが付き合ったって聞いたとき。
『負けたんだな』
って。思った。
ああ。勝てないんだって。私は、彼のとなりにはもういられないんだって。
私は、もう。『蒼井センジョウ』にとって。必要がなくなったんだって。
そう。思ってた。
なのに。それでも。彼は。
センジョウは。
────俺は!!お前が、好きだ!!お前を、愛してる!!……お前が──欲しい!!!!
彼のそんな声は。はっきりと脳に焼き付いている。
恥ずかしくて、バカっぽくて。思い出す度に。顔が熱くなってくる。
それはきっと。恥ずかしさだけじゃ。無いのだろうけど。
だからもう。私も迷わない。
「センジョウ」
「ん?」
隣を歩く。愛しい彼の手を取って。私は笑顔で。想いを伝える。
「私。……今、すっごく幸せ」
溢れる想いを。この心地よい熱を。今はただ。享受してもいいんだと。そう、思うから。
あなたも、そう思うでしょ?
「……ああ。俺も幸せだよ」
きゅっと。彼は私の手を強く握って。そう返した。
その日の二人は。離れていた間の時間を取り戻すかのように。二人きりの時間を楽しんだ。
町を歩き、食事をし、日用品をみて、洋服をみて、旅行の予定を夢想したり、観に行けなかった映画の話をしたり、昔した喧嘩を思い出して笑ったり。
特別でも。なんでもない。ただの、いつもの日々のから切り取った様な。そんな、よくある、けれど、尊い日々の。そんな中の、一日を。過ごした。
そうして、いつの間にか日が暮れて。暗く染まった夜空に、高く月が上がる頃。
ユウカは、センジョウにつれられて、辺りを一望できる高台へと、訪れていた。
「久しぶりに沢山歩いた気がするわ……」
「付き合ってくれてありがとうな。ほれ」
ベンチに座り込むユウカへと、センジョウが近くの自販機で買ってきた缶を一本。投げて渡した。
「……この時間にエナドリ?」
「この辺りはこれしか売ってないんだよ」
苦言を呈するユウカに対し、センジョウは苦笑で返す。
しかし、文句はあれど、喉を潤すだけでいいなら、エナドリでも事は足りている。
二人は、缶のプルタブを引き上げた。
カシュッ。と、ガスの抜ける音ともに、炭酸の弾ける音がした。
ごくり。とそれを飲み込めば、少ししつこいぐらいの甘さはあれど、冷えた炭酸が、歩いて火照った体に気持ち良かった。
「今日は本当に楽しかったわね」
何気なく。ユウカはそんな言葉を呟いた。そんな、ユウカの言葉に、センジョウは────
「────ああ。本当に。…………本当に、楽しかった」
まるで、なにかを噛み締めるかのように。そう、呟いた。
その感情を。時間を。思い出を。
噛み締める様に。じんわりと。じっくりと。楽しそうに、嬉しそうに。
笑いながら。夜空を見上げて。
「…………センジョウ?」
何か。おかしかった。
「なあ。ユウカ。お前、『早瀬ユウカ』と……もう一人の自分と出会ったとき。どう思った?」
「どうって…………」
突然の質問に、ユウカは怪訝そうな表情を浮かべる。
「どうして、そんなこと聞くのよ?」
「いいから。聞かせてくれ」
「…………」
彼が強引なことは、今回がはじめてではない。答えるまでは、なにも話してくれないだろうと感じたユウカは、その問いに素直に言葉を返す。
「……正直。ゾッとした。一歩間違えたら、自分もああなっていたかもしれないと思うと。……彼女が自分であることが、どうしようもなく分かってしまうからこそ、怖かった」
センジョウは、そんなユウカの言葉を聞いて。ただ短く。「そうか」と、返す。
「……ねえ。どうしたの、センジョウ?なにか、変じゃない?」
「『変』。……『変』、か。そうかもな。変かもな」
センジョウは、一人何かに納得したようにうなずきながら、ユウカの言葉を反芻する。
「ユウカ。……俺はさ。キヴォトスの人間じゃないんだ」
「………?」
突然。解りきったようなことを言い出すセンジョウに、ユウカは疑問符を浮かべる。
「俺は元々。ここに来る予定なんて無くて。来る必要なんて無くて。でも、俺のわがままで、俺の都合で、『
「そうかもしれないけど……」
「俺がいなくても、俺のやってきたことは、『先生』のやるはずだったことの代わりでしかなくて。俺がいなくても、『
その言い方は。まるで。
「…………ねぇ。センジョウ。あなた────」
「俺がいなければ。なんて、今は考えてないよ」
言おうとした言葉を先に奪われ、ユウカは呆気にとられる。
彼女をみるセンジョウの表情は。確かに、悲壮感の欠片もなく。ただ、覚悟に満ちた、そんな表情だった。
「ユウカ。……俺、やっぱ『先生』にはなれなかったよ。お前の言う通りにな」
「……なにを、言って」
「でもな。……ようやく、見つけたんだ」
センジョウは、優しく笑って。ユウカの瞳を見つめる。
「俺にしか、出来ないこと。俺が進むべき、俺が信じる、俺自身の、やるべき事」
笑って。いた。
「俺は…………この世界が大好きだから。お前の生きるこの世界が。お前が。ユウカが。大好きだから」
そっと。センジョウはユウカの事を抱き締める。
「俺は、この世界を……護りたいんだ」
その言葉を聞いて。ユウカはバッと、センジョウの背中に両手を回す。
「────行かせない」
だって。その言い方は。
「また一人で無茶して!何処か遠いところに行こうって言うなら!私は今度こそ、本当にあなたの事を許さない!死んでも、絶対!この手を離さない!貴方を離さない!世界を護りたいなら、私も一緒に戦う!それが出来ないなら、私は貴方を──」
「ユウカ」
いつの間にか。ユウカの腕の中には。誰もいなかった。
声のした方を向けば。そこには、いつの間にか離れた場所に。センジョウがいた。
「なん、で……?」
それはまるで。世界が『書き変わった』かの様な────
「まさか────!」
ぶわりと。強い風が吹いた。
思わず目をつむったユウカが、ふたたび目を開いたとき。そこには──壊れた筈の、『Nuill-Vana Period』が。センジョウの隣へ舞い降りていた。
「センジョウ、あなた────!」
「『色彩』は。必ずキヴォトスへ牙を向く。それは、この世界が『ブルーアーカイブ』である限り、変わらない」
けれど。
「俺は。俺は、『
ユウカには。彼がなにを言っているのか。これっぽっちも、分からなかった。
けれど。一つの事を。思い出す。
それは。ユウカが、センジョウへ踏み出せなかった……最初の理由。
────…………私がもし、あの人にとって、本当に大切な人になっちゃったら…………きっと、もう。隣にはいられない
「俺は、『色彩』を止めるよ。みんなのために。……それが、俺にしか出来ないこと。……俺の、『役割』」
「センジョウ!!」
「俺の選んだ。俺の道だよ。ユウカ。…………だから、ごめん」
そうして、彼は。
「長い、長い別れになるかもしれない。……けれど、もし。俺が、なんとか帰ってこれて。その時。それでも、君が俺の事を忘れていなければ───」
そういいかけて、センジョウは自嘲ぎみな笑みを浮かべる。
「いや、『忘れてくれ』」
「そんなの──ッ!!」
その言葉を残して。センジョウは『Nuill-Vana』へと乗り込んだ。
「今までありがとう。ユウカ。この世界は、俺が護るから。だから、お前は────」
『幸せ』に。なれよ。
その日。
『蒼井センジョウ』は、『キヴォトス』から────姿を消した。
ハッピーエンドで終わる事は改めて宣言しておきますね!!!