──お前は俺で。俺はお前で。
────一週間程前。
誰もが寝静まった後の、闇夜の夜で、街灯だけに照らされた二人が。そこにいた。
「────『
「ああ。多分な」
センジョウの話を聞いていた黒服が、静かにうなずく。
「突然デカルコマニーのような事を言い出したあなたに、少々面を食らいましたが……なる程どうして、筋の通る話です」
────この世界には。『本来の流れがある』。
それが、『ブルーアーカイブ』を見た、センジョウの答えだった。
プレナパテスが襲来した時、『色彩』に蝕まれた『
「『ブルーアーカイブ』において、『色彩』はキヴォトスへ……いや。キヴォトス以外にも破壊と破滅を振り撒く存在なのかもしれないが。とにかく、理由は解らないが、『ブルーアーカイブ』を破綻させようとする大きな『流れ』として、『色彩』が存在していることは、まず間違いはない」
センジョウが持つ、『ブルーアーカイブ』の知識は、何も『先生』が過ごしてきた、その物語の大筋だけではない。
確かに、その目でみて、聞いて、感じたのは、それだけだが。彼の頭には、その付随する背景を語らんとするような情報が、植え付けられていた。
そして。なぜ、『色彩』が『蒼井センジョウ』にそんなアプローチをかけるのか。
「…………『ブルーアーカイブ』の異物への干渉。完成し、綴じられた物語へと、後から書き加えられた汚点。ですか」
「ま。そんなところだろうな」
『蒼井センジョウ』の存在は。間違いなく『ブルーアーカイブ』を歪めていた。
本来であれば救われていた人が、より多くの葛藤を、苦悩を乗り越え。変化し、成長し。
世界は確かに、『変容』していた。
──その結果の良し悪しにか変わらず。それはまるで。
「『ブルーアーカイブ』の、破壊。完成された作品の陵辱」
「俺のやってきたことは、広義で見たら『色彩』と変わらないのかもしれないな」
それは、確信めいたものだった。
「俺は、『この世界』をめちゃめちゃにして、崩壊させられる」
文脈も、意図も、構成も。
その全てを破壊して、撹拌して、混沌とした、散文ですらない、支離滅裂とした、物語ですらない、『ナニカ』に。
だからこその────『
「…………私の見解としても。貴方が担う役割。『神の領域』へと至る、その特異たる性質が、その結論へ至ることに違和は感じません」
黒服は、顎に手を当てて、静かに思考に更ける。
「『色彩』への対抗手段としての『神の領域』。……それは文字通りの『色彩』と同等な存在の証明。ですか」
「『ブルーアーカイブ』の破壊者としては……俺ももう、一つの世界は崩壊させたようなものだしな」
────少なくとも、『Nuill-Vana Period』が生まれた世界は。『蒼井センジョウ』の手によって、終わりを迎えたのだから。
「だから俺が『
「…………ふむ」
今のセンジョウには、『神の領域』へ踏み込む切符だけが握られている。
もし、そんな彼の意思そのものへ干渉され、ねじ曲げ。その切符を、『色彩』に騙しとられでもしたら────。
「成る程。確かに貴方の存在は、この世界を終わらせてしまう」
「それはお前の望むところでは無いだろ、黒服」
「それで、わざわざを私を呼び出した。と言うわけですね」
そう。本来であれば、例えセンジョウが『キヴォトス』に来たところで、ただの一人の、非力な少年に出来たことなど、些細な誤差にしかならなかった。
けれど、そんな彼の『役割』を『調べ』、『整え』、『配剤』したのは。
確かに、『黒服』、その男だった。
「それで。私は貴方に何を提示していただけるのでしょうか?……私としては、貴方が『色彩』へと飲まれ、変容していく様にも、少なからず興味はあるのですが。……それ以上の見返りを提示できると?」
黒服は、己の有利を振りかざし。センジョウへと問いを投げ掛ける。
だが、センジョウは、ぶれない。
「お前の当初の狙いに乗ってやる」
「……ほう」
ニヒルな笑みを浮かべながら、センジョウは腕を組み、黒服へ一歩も引くこと無く、『取引』を提示する。
「お前が『色彩』への対抗手段を求めているのは知ってる。そして、それを俺に担わせようって言うなら……。俺が『色彩』を止めてやるよ」
「成る程。確かに魅力的な提案だ。……ですが、今の貴方にそれが出来るのですか?」
黒服は、値踏みをするような視線で彼をみる。
「今の貴方には、力がない。貴方が持っているのは、ただの『切符』だ。『神の領域』へと至る手段は、既に貴方自身の手でその力を失い、この世界で生きる一つの神秘へと変容しています」
とんとん。と、人差し指で自らの腕を叩きながら、黒服は続ける。
「加えて、今の貴方は、この世界に大きな『未練』がある。貴方を引き留める『絆』がある。……果たして、そんな状況で、世界の理から逸脱した、『神の領域』へと、本当に至れるのでしょうか?」
黒服の問いに、センジョウは人差し指を突き立てて。彼を指し示す。
「そのお膳立てをするのがお前だ。黒服」
「……聞きましょう」
静かにうなずく黒服に、センジョウは不適な笑みを崩さないまま、言葉を続けた。
「『Nuill-Vana』を用意しろ」
「ほう。今の貴方の駆る、『Naill-Vana』ではなく──『Nuill-Vana』ですか」
センジョウは腕を組み、黒服へ視線を向ける。
「『Nuill-Vana Period』を修理してくれ。それが条件だ」
「…………ずいぶんな無理難題を提示してくれますね。アレは方舟の崩壊と共に失われたものでしょう?」
「破片が見つからなかった。……どうせお前が回収してるんだろ」
「………………」
センジョウの鋭い指摘に、黒服はしばらくの沈黙をし。
「────クックックッ。そうですね。『本来の世界』の私を知っているのであれば、私の内面の予想も容易い。と言うことですか」
愉しげに。彼は笑みをこぼした。
「これは交渉ですらない。一方的に知りうる手札を、貴方が思い通りに動かしているだけだ」
「そうだ。それでも構わない」
「で。どうする。乗るのか、乗らないのか?」
その問いに。彼は答えた。
「一週間ほど、時間を頂いても?そうすれば、貴方の納得の行く『神化装置』をご用意して見せましょう。───ゲマトリアの名にかけて」
そうして、言葉通り、黒服は見事に『Nuill-Vana』を修復し、センジョウはそれと引き換えに、『色彩』への反抗を、『世界』への反逆を約束し。
最後に一つ。ユウカから、欠片ほどの勇気を貰って。人の境を乗り越えて、虹の彼方へ、飛び去った。
『ブルーアーカイブ』が歪んだ原因は、端的に言ってしまえば『蒼井センジョウ』の存在だ。
だが、だからといってただセンジョウがキヴォトスから去ったところで、彼の残した『痕跡』まで消えることはない。
記録や、記憶。着ていた服や、仕事に使った端末。もちろん、『痕跡』はそういう、物理的に残されているものだけではない。
出会い、共に過ごした記憶も、彼が繋いだ『縁』すらも。そこに『蒼井センジョウ』がいた証拠になりうるだろう。
そんな『綻び』を。『色彩』は、『無名の司祭』きっと、見逃さない。
ならば。どうするか?答えは簡単だ。
────『書き変えてしまえばいい』
蒼井センジョウが『ブルーアーカイブ』を上から書き変えたように、もう一度。『蒼井センジョウがいない世界』で書き潰してしまえば。なんの問題もない。
その手段が。世界を思い通りにする『神』の力が。『Nuill-Vana』には備えられている。
だが。世界の全てを書き変える事は出来ない。当然だ。センジョウが『書ける』世界は、センジョウが『書けるもの』だけなのだから。
センジョウは、『ブルーアーカイブ』の作者ではない。だから、一度失われた『ブルーアーカイブ』を完全な形で再現し、その仔細まで書き連ねて『上書き』することなど、できはしないのだ。
『蒼井センジョウ』の痕跡を消したことで生まれた『空白』を残してしまえば、それも又、『色彩』の付け入る隙になりかねない。
だから。彼は必死に、『
そうして、一つ一つ。丁寧に。確実に。的確に。正確に。自分のいた証を、自分の手で消して。そこに代わりの誰かを埋め込んで。
自分が残した書類や記録を。誰かと過ごした日々の記憶を。重ねて歩んだ、これまでの『経験』を。
繋いで、消して。ねじ曲げて。歪めて。書き変えて。
思い通りに。世界を綴る。
自分を消して。世界を。みんなを騙して、歪めて。納得させろ。
違和を与えるな。疑念を与えるな。不安を与えるな。
なんのために、『神の領域』に踏み込んだのか。
そんなの、ただ。みんなが────ユウカが、幸せであってほしいから。ただ、それだけの理由で十分じゃないか。
俺が壊した物語を。俺が壊した『幸せ』を。その、償いを。
必ず。
それがどれだけ辛くても。怖くても、悲しくて、寂しくて。吐きそうになる程に胸が締め付けられたとしても。
それでも。幸せだった。『ユウカとの日々』が。この胸の中にあるから。
────俺は。みんなの中に。もういない。
帰れなくても。俺は、もう。十分な幸せを、沢山の思い出を。もう。貰ったから。
そうして、少しずつ。だんだんと、世界と自分の繋がりが薄くなっていくことを感じながら。
それでも。構わなかった。
────大事なのは、『経験』ではなく。『選択』。
積み重ねてきた全てが無駄で、泡のように弾けて消えて。それが虚空に消えようと。
選んだ『答え』が正しければ。それでいい。
だから。
世界の果てで。真っ白な、誰かの意識の、その果てに。
センジョウは、一人。立っていた。
「…………なんだ。ようやく来たのか」
虚空へ向けて。彼は話す。
「おあいにく様。『今回』の俺には、お前の付け入る隙はないぜ」
センジョウが『Nuill-Vana Period』へと歪められたのは。彼が、『
だが。今のセンジョウは……違う。
「俺は、俺だ。『Nuill-Vana』じゃない。『蒼井センジョウ』だ」
────Periodに飲まれた、別時間軸の自分自身と同調し。その魂を共鳴させることで。自我を保ったまま。彼は『Phase6』を、凌駕した。
今の彼は。神の領域を土足で踏み荒らす、ルール無用の無礼者。空気を読まない、マナー違反の嫌われ者。
「掴んだぜ。……使者を用いて干渉する以上。どんだけあやふやな『概念』だろうと、『根っこ』はあると思ってたからな。───いや」
がちり。と。なにかが噛み合う音がして。なにもなかった世界に、ぼんやりとした、のっぺりとした、人をかたどる『何か』の姿が浮かび上がる。
「俺が今『決めた』。『
強引に、そうと定めて。世界を書き換える。それができるから、彼は今、『色彩』と対峙する。
「どうやればお前がキヴォトスから消えるのか……俺には皆目想像も、検討もつかない」
そうして、センジョウは『Nuill-Vana』の炉に、意思をくべる。
「けどな。それが引き起こす現象に、ある程度の限界があるなら……。それを邪魔し続けてやれば、お前が『キヴォトス』にたどり着くことはない」
『色彩』は、到来するもの。……つまり、『到来』さえさせなければ。その影響力が『キヴォトス』へ至ることはない。
「そういう、ルールなら。俺も理解できるからな」
だから。彼は。
「────お前はここで、俺と永遠に戦い続けるんだよ」
終わりの無い、物語。
それが。『蒼井センジョウ』の選んだ。彼の、彼にしか出来ない、彼の物語の形。
『蒼井センジョウ』がしてきた事の積み重ねの、全ての、『
ぶるり。と、『色彩』を象る境界が震えた。
意識を介在しないであろう、『色彩』が、なぜ人の形を象るのか。それは、どこか不気味で、理由の無い嫌悪感をセンジョウへと与える。
やはり。アレは『敵』だ。そういうものなのだと、センジョウは本能で確信した。
「お前を、オヤジが。ナルが。……ユウカがいる、『
決意と共に。センジョウは拳を握る。
最後の敵との、終わらない戦いを前に。センジョウは……キヴォトスに来てからの毎日を、思い出していた。
戦いばかりで。情けなくて、助けられてばかりで。傷ついて、傷つけてばかりの。下らなくて、陳腐で、誰かに語るのも恥ずかしいような。そんな、毎日だったけど────
────今はもう。楽しかったことしか。思い出せない。
「行くぞ。色彩」
────俺たちの戦いは、これからだ。
完結じゃないよ。もうちょっとだけ続くんだよ。
と言うことで、ここから先が、最終章の一話のあとがきで言った『一定のライン』です。
ここから先、完結までのストーリーはおおむね完成しているからこそ、書ききって、完結してからこそ投稿したいと考えています。
と言うわけで。最後まで筆者の自己満足とさせて頂き、次回更新は5/2に、ここから完結まで、一気に、投稿させていただきます。タノシミィー!(?)
実は5/2、筆者の誕生日なんで、自分宛の誕生日プレゼントってことで、ここはどうか一つ、一気に1日に4話更新とか言うわがままを許していただけると……()
何て話はおいておいて、それでは、次回、5/2更新時、最終回でお会いしましょう!
俺たちの執筆は……これからだ!