「初めまして!ミレニアムサイエンススクール、セミナー所属。青瀬ナルです!よろしくお願いします!」
ミレニアム自治区を一望できる、そんな高台の広場に、4人の少女達がいた。
そんな中で、元気に満ち溢れた声で、そんな自己紹介をしながら、一人の小柄な少女は深く頭を下げた。
そんな彼女の姿に、紹介を受けたヒナとミカは驚いた様子で目を丸くし、一度顔を見合わせてから、どこかぎこちない笑顔をナルへと向けた。
『青瀬ナル』。その名前を聞いたとき、ヒナ達の中で思い浮かんだのは、『Naill-Vana』の事だった。
『Naill-Vana』。それは、センジョウが使用、装備して戦う『強化外骨格』であり、その中には、センジョウが『娘』として可愛がる『ナル』と言う人格が宿っていた。
『ナル』は、センジョウを父、ユウカを母と呼び、三人の関係性は、正に親子と言った様子で、短い間ではあったが、3人の団欒の姿を見た生徒は少なくなかった。……最も、今となってはその記憶を持ち合わせているのは、キヴォトスにおいてヒナとミカだけの様だが。
ともかく。ヒナ達の知る『ナル』は、『Naill-Vana』に宿るAI人格であり、天童アリスのような物理的な肉体は持ち合わせていない。と言うのが、彼女達の認識だ。
だが、であるならば。今二人の前にいる『ナル』は果たして、いったい何者なのだろうか?
「……よろしくね。ナルちゃん」
「はい!こちらこそよろしくお願いします!」
ヒナは、その体の感触を確かめるために、挨拶を装って握手のために右手を差し出した。当然、ナルはそれに答え、両手でヒナの手を掴む。
その手は温かくて、柔らかい。血の通った、幼い子供の手のひらのようだった。
つまり────青瀬ナルには、明確な肉体がある。
それが、自分達と同じような肉体なのか、それともはたまた天童アリスと同じように、精巧なアンドロイドなのかまでは即座に判別できなかったが。とにかく、『青瀬ナル』は、たしかにここに生きていた。
「随分と驚いてるみたいたけど……やっぱり、ナルちゃんの事、なにか知ってるのね」
ヒナとミカの反応を見て、ユウカは真剣な表情で彼女達を見る。その様子は、まるで我が子を心配する母親の様にも見えた。
「うーん……。思い当たる要素は、あるにはあるんだけど……」
「そうね。少し、私達の考えていた事情よりも複雑になっている可能性はあるかも」
ユウカの問いに、互いの顔を見合わせた二人は、互いの意見が合致していることを確信する。
恐らく。この少女──青瀬ナルが、『Naill-Vana』である。と。
だが。果たして彼女が『Naill-Vana』その物なのか、それとも、『Naill-Vana』からナルの意識だけを切り取って体に移した存在なのか、それとも……そもそも、『Naill-Vana』の存在その物が、書き換えられてしまったのか。そういった細かい事情の見当は全くついていない。
「ゴメン。ちょっと相談タイム貰うね」
話の流れも、空気も読まず、ミカはそう言って強引にヒナの手を引いて、ナルとユウカから距離をとった。
「で。どうするの?頼みの綱だったナルちゃんがあんな感じじゃ、正直ユウカちゃんに思い出して貰うの、かなり至難の技だと思うんだけど」
「裏を返せば、ナルがセンジョウの事を思い出せば、ほぼ間違いなくユウカも彼の事を思い出すと、彼自身も踏んでいるのでしょう。だから互いに互いを記憶の蓋にして、センジョウはナルにユウカの事を託したのよ」
「それと同時に、子供になったナルちゃんの未来をユウカちゃんに託した。って訳ね……」
────センジョウの現実改変は、万能ではない。
彼が他者の意識へ干渉する場合、そこには当の本人が納得するだけの『説得力』が必要となる。
例えば、ある時間を境に、突然誰か一人の記憶を他人と入れ換えたとして。入れ換えられた当人達は、最初はその記憶を自分の物として受け入れ、そこから先の意識は入れ換えられたまま問題なく進行して行く。
だが、入れ換えられた当人同士の技術力や身体的能力にあまりにも差がある場合、過去にできていた『経験』の全てと矛盾すると同時に、そこから先の『選択』の中でその矛盾にいずれ気がつき、『違和感』を覚える。
すると、それを起点に、センジョウの施した上書きは『説得力』を失い、個人の意識へ干渉する力を失い──結果として、書き換えた筈の意識は、矛盾を解消する為に、世界の修正力とも呼べる力に背中を押され、もとの姿を取り戻してしまう。
端的に言えば……『センジョウ』のポジションを、過去に遡ってそのまま丸々全て『先生』へ置き換えることは不可能なのだ。
当然だ。彼らは、違う人間なのだから。
だが、これを可能にする方法も当然存在する。
それは、過去の記録と、干渉対象の微細な情報の全てを、完璧に入れ換えてしまえばいい。そうすれば当然、そこに矛盾は発生しない。
しかし、それでは結局、全てが同じ結果にたどり着くだけで……『干渉』を起こす前と後で、全く同じ結果が残るだけとなる。『スワンプマン』の思考実験のような事態を引き起こすだけだ。
故に、センジョウが『意識』へ干渉する場合、そこには微細な調整と、いくらかの『それっぽい嘘』を織り混ぜる必要がある。
普通なら、誰も気づかないであろう。そんな、ちっぽけな嘘。
────だが。センジョウが思っている以上に、彼の存在は、大きなものだった。……少なくとも、ミカと、ヒナにとっては。
ミカが違和感に気づいたのは、『先生にプレゼントした筈のペンダント』からだった。
ある日、何時ものように目覚めたミカは、その休日を憧れの『先生』の為のプレゼントの修理のために費やそうと考え、自分の羽根をあしらった、そのペンダントを手に取った。
プレナパテス決戦の最中、『先生』を守り、ボロボロになったと言うその『ペンダント』を手に取りながら。ミカは『先生』とのデートの事を思い出し。プレゼントを渡した、その日の事を思い出して幸せに浸りながら、好きなアクセサリーを弄っていた。
だが、そんな時。彼女はふと気づいた。
『本当に自分は、ペンダントを先生に渡せるのだろうか?』
それが、ただのペンダントだと言うのなら、まあ。わからないでもない。何かの名目で自分の秘めた想いを託して渡す。のれは、まあ想像できる。
だが、『自分の羽根』の一部を毟って、それをアクセサリーにして贈る。なんて、そんな重くて、思いきったことを。自分がどうやったのか。全く思い出せなかった。
そう考えると。そもそも、どうやって先生と二人きりで、まるで恋人のようなデートをしたのか。そんな距離感に、どうして踏み込めたのか。
少なくとも、私は『王子様』相手には。そんなことは出来ない。
そう断言して。彼女は、『彼』の影にたどり着いた。
ヒナが違和感に気づいたのは。引き出しに仕舞われた、『一丁の小さな護身用の拳銃』からだった。
最初は、『デストロイヤー』が使えない事情の時にとっさに使うための非常用の装備だと。そう考えていた。
けれど、戦うことしか出来ない自分が。そんな、『自分を守るためだけ』の状況に陥るのだろうか。
基本的には、自分が出張ればゲヘナの異変は概ね鎮圧できるし、自分が動けなくとも、イオリ達が代わりに戦える筈だ。
であれば。なぜ、こんな小さな、力もない装備を、懐かしく思うのだろうか。
『今の自分』には、必要がない。そんなちっぽけで非力な存在。
本当に?
そう考えて。その拳銃を手にとって。その頼りなさに、『弱さ』に気づいた。
『私は。いつ、この弱さに。気づいたのだろうか』
『先生』が教えてくれた?……いや、違う。『先生』は私が弱さを見せたとき、そっと温かく支えてくれる。その弱さに震える私を、私の代わりに受け入れて。私の恐れを解してくれる。
けれど。私の記憶にある、私は。そんな自分の『弱さ』と、向き合って。受け入れて。乗り越えて。
誰かの背中に。憧れて。
自分の背中の前をみて。彼女は、『彼』の影にたどり着いた。
二人は。『蒼井センジョウ』と出会い。それが、どんな形でも。確かに、彼との『日々』を、『経験』した。
だから。自分の考えを、思いを、意思を。彼の与えた『ブルーアーカイブ』ではない。『今』を『選択』した。
『ペンダント』も、『拳銃』も。それは、ミカとヒナにとって。『蒼井センジョウ』と過ごした日々の、変化の『象徴』だったから。思い出せたのだ。
だから、キヴォトスで唯一、『蒼井センジョウ』を思い出した二人は。世間を騒がす『白い強化外骨格』の噂の正体へたどり着き。
数日前から音沙汰のない、彼の元へたどり着くために、彼がキヴォトスで最も関わった、『早瀬ユウカ』を、訪ねたのだ。
『早瀬ユウカ』と、『Naill-Vana』が。『蒼井センジョウ』を連れ戻すための鍵だと、そう信じて。
『Naill-Vana』さえ見つかれば。『早瀬ユウカ』が『蒼井センジョウ』を思い出すと、そう信じて。
そして、二人のその考えは。間違っていない。だから、センジョウは……大切だからこそ。『ユウカ』と『ナル』の記憶だけは。他のだれより、何より。大切に、丁寧に。自分の『幸せ』を、二人に分配して、託したのだ。
センジョウは、自分とユウカの関係性を『ナル』と『先生』に割り振り、自分とナルの関係性を『ユウカ』と『先生』へと割り振った。
センジョウは、自分の存在の穴を、『先生』『ナル』『ユウカ』の3人へ割り振ることで、自分との思い出を、適宜3人の中で補完できるようにしたのだ。
例えば。ユウカが傷ついたセンジョウを受け入れたあの日を、記憶喪失のナルと出会った日に。
例えば。ヒエロニムスとの戦いを、本来のあり得た姿のように先生とユウカに。
例えば。ナルの家族の役割を、ユウカと先生に。
そして……。ナルの存在を『記憶喪失の生徒』へと変えることで、『先生』の庇護を与えた。
それは、『ナル』が『ブルーアーカイブ』へ、違和無く組み込まれるために、センジョウが苦心して作り上げた、虚構の筋書き。
彼が、家族の幸せを願った。甘くて、優しい『嘘』の形だ。
「はぁぁぁぁ……どーする?強引に全部話してみる?何かショックにはなるかもしれないけど」
「それで私達の信用を失えば、それこそ二度とチャンスは巡ってこなくなるかもしれないけど?」
「うぅぅぅん…………」
顔を合わせて、腕を組み。首を捻る二人に。後ろから声がかかった。
「……あの。大丈夫、ですか?」
その声に振り向けば、いつの間にかナルがそこに立っていた。
「私……やっぱり。何かいけないんですか?」
そう二人に問いかけるナルの表情は、不安げで、どこか、寂しげにも見えた。
「いや、いけないって訳じゃない……んだけど」
「…………本当に、そうなんでしょうか」
ナルは、思い詰めた様子で、俯きがちに言葉を続ける。
「私は。過去の記憶がありません。だから、どうしてここにいるのか、どうやってここに来たのか、……自分が何者なのか。わからなくて、不安になることが沢山有ります」
その肩は。小さく震えていて。
「いつも。いつも、ふとした時に思うんです。────私は、本当に『ここ』にいて、いいのかって」
「ナルちゃん!」
そんな彼女をみかねて、ユウカはそっとナルを背中から抱き締める。
「大丈夫。大丈夫だから。……あなたは、ここにいていいのよ」
「…………ユウカ」
優しくそう語りかけるユウカの言葉に、ナルは不安そうな様子のまま、そっと自分に回されたユウカの腕に触れる。
そんな二人をみて、何かを言おうとするミカを、ヒナが手で制し、一歩前に出る。
「ねぇ、ナルちゃん。……ひとつだけ、聞かせて?」
「…………私に、ですか?」
「そう、あなたに聞きたいことが一つだけあるの」
ヒナは、じっと。真剣な眼差しでナルの瞳を見つめた。
「ナルちゃんは────今、幸せ?」
「……私は」
ナルは、ヒナの問いを、真剣に受け止め。
きゅっ。と、ユウカの腕を握った。
そして。
「────はい。私は、ユウカと、先生と過ごす、この『毎日』に、幸せを感じています」
笑顔を浮かべて、はっきりと答えた。
「────そう」
その答えを聞き、ヒナは静かに瞳を閉じて、静かにうなずいた。
「…………なら、大丈夫。あなたはここにいていいのよ。ここは、間違いなく、あなたの居場所だから」
「ちょっと──」
「ミカ」
何かを言いかけたミカを止めるように、ヒナはその名を呼んで。小さく、首を横に振った。
「『これ』も。……センジョウの願いの形よ。それをわざわざ壊す必要はない」
「それは……そう、かもだけど」
「……ずっと、ずっと、ずっと。戦うことしか出来ないと、嘆いていた彼が、その『存在』を掛けてでも守ろうと、築き上げようとした『幸せ』を。私は壊したいとは思わない」
「……………………」
ヒナの言葉に、ミカは口を閉ざす。
「『家族の幸せ』を願わない父親は、いないもの」
ヒナは、小さくそうこぼし。ミカを見上げた。
「行きましょう。ミカ。彼女達を私達のエゴに付き合わせる必要はない」
「…………ま、それもそっか。別に私達だけで会いに行けばいいだけの話じゃん、ね?」
「そう言うことよ」
ミカとヒナは、仕方ない。と小さくため息をついて、ナル達の方を見た。
「ごめんね。変に騒がしくしちゃって」
「ええ。……ごめんなさいね。ナルちゃんの力になれなくて」
「それじゃ、私達そろそろ行くね」
そう告て、二人は視線をナル達から外す。
「またね。ナルちゃん」
「さようなら、ユウカ。又、縁があれば会いましょう」
二人は、そう小さく別れを告げて。その場を後にする。
そんな二人の背中を、ユウカとナルは。暫くの間、ただ呆然と眺めていた。
────『家族の幸せ』
ヒナの口からこぼれた。その言葉が、ナルの中に残ってて、反響して。繰り返し、繰り返し、繰り返される。
ずきり。と、ナルの心が。悲鳴を上げた。
────本当に。本当に、今の私は。幸せなんでしょうか?
ユウカの愛を疑うわけでもない。『先生』の優しさを受け取れないわけでもない。
けれど。やっぱり。なにかが、なにかが。足りない。
自分の記憶が無いからだとばかり思っていた、その『喪失感』の答えを求めて。自分を知ると話した、ミカとヒナに会う選択をした。
それが何かは。結局二人から聞けなかったし、二人の様子をみる限り、思い出さない方が、『幸せ』なのかもしれない。
────それは、『本当』に?
それで。その『選択』で。……私は、本当に。納得、できるのだろうか。
ナルは。掴んでいたユウカの手を握る力が。すこし、強くなる。
「───────おとう、さん」
なぜか。顔も知らない『父』の事が。恋しかった。
「────チッ。余計な手間だけ残しやがって。だから『鍵』になるようなものは全部壊せって言ったんだ」