「────チッ。余計な手間だけ残しやがって。だから『鍵』になるようなものは全部壊せって言ったんだ」
声が、聞こえた。
「誰っ!?」
聞きなれぬ声に、ユウカはナルを庇うように自分の背中に回し、声が聞こえた方を向く。
そこには、いつの間にか、全身に包帯を巻いた、不気味な立ち姿の少女が一人。
「誰か。と言われたところで……お生憎様。『
異質で、異様な空気を纏った少女は、『
「オレの国盗りが終わる前に、『色彩』とやらに世界を横取りされるのも不本意なんでな。────『青瀬ナル』には、ここで死んで貰う」
「死──っ!?」
その言葉は、子供の喧嘩で飛び出るような、そんな軽い敵意ではなく。どす黒く、煮えたぎるように熱い、明確な『悪意』が籠っている。
「そんなこと……させない!」
ユウカは、ロジック&リーズンを構え、包帯の少女の前に立ちはだかる。
「ゆ、ユウカ……!」
「逃げなさい!ナル!とにかく、ここから離れるの!!」
「娘を庇う母親か?涙ぐましい努力だな。感動的なシーンだぜ」
刀を担いだ少女は、悪辣な笑みを浮かべて二人を眺める。
「だが。お前らを助ける『蒼井センジョウ』は……この世界には存在しねぇ」
「また、その名前……!なんなのよ、『アオイセンジョウ』って!」
「なに。と問われりゃ……そうだな」
少女は、ユウカの問いに顎に手を当ててすこし考えてから、ニヤリと笑って答えを返す。
「『
言葉と共に、少女は強く地面を蹴って、ナルへと刀を振りかぶる。
「させない!!」
それに対するように、ユウカはロジック&リーズンを盾代わりに割り込んで、その刀を受け止める。
「ナル!早く逃げて!」
「で、でも……!ユウカが……!!」
「お願い……!貴方は、あなただけでも……生きて!!」
ギリギリと刃に押されながら。それでもユウカはナルの身を案じ、逃げるように促した。
「お願い……お願い、だから…………ナルちゃん……!!」
その言葉に。
「────ッ!!」
ナルは。溢れる涙を必死にこらえ、踵を返して、その場から走り去る。
「テメェを殺すのは危険だと。そう言われてる、今すぐ退くなら見逃してやってもいいが?」
「笑わせないで……!私が、ナルちゃんの事を、諦めるわけ……無いでしょう!!」
つばぜり合いの中、ユウカはその言葉と共に少女の頭目がけて、頭を振り下ろした。
ガツン!と言う音共に、大きく少女は仰け反り、体制を崩す。
「うぅんッ!!」
続けて、体制を崩した彼女の腹へ向けて、ユウカは蹴りを放ち、その体を蹴り飛ばした。
少女は反撃を受けて、距離を放されるが……痛みを感じていないのか。怯む様子一つ無く、悠然と体勢を立て直す。
「邪魔するなら仕方ねぇ。……腕や足の一本は、覚悟して貰うぜ」
向けられる、本物の『殺意』に、ユウカはぶるりと身震いする。だが、それでも。
「それでも────ナルちゃんは。私が護る」
残された物。失いたくないものを。────託されたから。
決意に満ちた、その瞳は。まるで。
「…………チッ。またその目かよ」
少女は、そんな視線にうんざりとしたように舌打ちをした。
「これからどうするの?」
「まずは……『先生』に話してみましょう。信じて貰えなくても、彼だって思うところはある筈」
「まあ、そうなるよねぇ。……記憶がなかった頃の感覚がまだちょーっと残ってて、『先生』に会うの、なんだかすこしむず痒いんだよね」
「自分ではない自分の記憶。……センジョウがいったい、どうしてこんなに鮮明な私達の『記憶』を持っているのか、それもすこし引っ掛かるところね」
「なんかこう。確かに私自身なんだろうけど、ここにいる私はその『選択』はしてない。みたいなね?」
ナル達と別れ、今後の計画を検討しながら歩く、ヒナとミカのもとへ。一人の少女が駆け寄る。
タッタッタッタッ、と。全力で走り寄るその足音に気づいた二人が振り返えると────
「追い付き……まし、た……!!」
青瀬ナルが、汗を長し、息を切らせて、必死な様子で現れた。
「ナルちゃん、どうしたの?」
「……けて、下さい」
息も絶え絶えになりながら、ナルは。泣きそうになりながら。二人へ助けを求める。
「────お母さんを、助けて下さい!!」
その言葉に。二人は武器を握りしめると。事情も聞かずに、ナルが来た方向へと、駆け出した。
「はあっ……はあっ……はあっ……!」
「他愛ねぇ。他愛ねぇな。早瀬ユウカ」
二人の実力差は、歴然としていた。
初撃の肉弾戦以降、1撃たりとも攻撃を受けてない少女に対し、ユウカは全身の17箇所に大きな切り傷を作っており。すでに、左腕は銃を握る力も入らず、ダラリと下がるだけの重石と化していた。
だらだらと全身から流れる鮮血は、白いユウカの上着を赤黒く染め上げ、さらに、溢れた雫は、彼女の足元へと小さく赤い水溜まりを作り始めていた。
────血を、流しすぎた。
「ここらでやめとけ。本当にヘイローが砕けるぞ」
少女は、欠片も本気を出してはいない。いや、出してはいないからこそ、17箇所も切られていながら、ユウカはその一つも致命傷となるほどの一撃は貰っておらず、身をよじり、なんとか戦い続けられる程のダメージに抑えていた。
だが。それももう限界だ。
────ああ、駄目ね。考えもうまく、まとまらない。
どれだけ呼吸をしても、苦しさがなくならない。視界は揺らぎ、立っているのが精一杯になりながら。
それでも、ユウカは。
「……わた、しは……ナル、ちゃん……を…………!」
ただ。決意と気迫だけで。限界を超えた肉体を動かし、武器を構える。
「それ……でもぉ!!」
血反吐をはいて。それでもと。
「…………せめて、楽にしてやるよ」
少女は、見苦しい抵抗を続けるユウカに対し、刀を鞘に押し当て、一気に振り抜いた。
刀身が、バチバチと火花を立てて────一際大きな『焔の嵐』を纏う。
その焔を見て。ユウカは自らの『終わり』を悟る。
────ああ。ごめんね。
その心には。恐怖ではなく。後悔が。
────結局。また……守れなかった。
大切なものを。また失う、喪失感。
────ごめんね。ナルちゃん。
「ごめんね。せん────」
「────ここから先は進ませないよ」
弾丸が飛来し。少女の刀身に纏う焔の嵐を吹き飛ばす。
「────逃れることはできない」
それと同時に、暴力の嵐が。少女へと殺到する。
「チッ!!」
危険を察知した少女は、強く刀を振り下ろし、残った焔の嵐を爆散させて、降り注ぐ弾丸の嵐を打ち落とす。
「ごめん、お待たせ」
「後は任せて、ユウカは休んでて」
二人の少女が。ユウカの前に立っていた。
「ミカ、さん……、ヒナ、さん…………」
二人の『最強』の姿に、少女は、苛立ちと────興奮を、隠さない。
「オイオイオイ。なにが、なにも残さない。だ。…………いるじゃねえか。そこに、『
好戦的な笑みを浮かべる少女に対して、ヒナは一つ溜め息をついて、デストロイヤーとガーディアンを構える。
「ゲヘナの学籍が消えていたから。なにか貴方も絡んでいるとは思っていたけれど。やはり、なにか知っているのね──宍戸オウカ」
「久しぶりだな。先輩」
少女──オウカは、ヒナにそんな挨拶を返しながら、懐から一丁の拳銃を取り出す。
そして、それとは別に。オウカの姿をみたミカは。
「あはっ。そうかな。とは思ってたんだけどね。…………やっぱり貴方が、『宍戸オウカ』なんだね」
「ああ。そうだったな。……その節はお世話になったな。『
────ミカに、アリウスへの道を教え。エデン条約が崩壊する遠因を作った、張本人。それが。『宍戸オウカ』。
「うん。うん。私のやったことの全部があなたのせいだ。なんて、都合のいいことは言うつもり無いけどさ────」
ミカは、暴力的に笑う。
「ちょーーーーっとぐらい。仕返ししたって誰も怒らないよね……!」
「ハッ。化けの皮が剥がれてるぜ。裏切り者の『魔女』さんよ」
「別に『魔女』でもいいよ。センジョウくんなら、何度でも私を引き戻してくれるから」
「笑わせる。『センジョウセンセイ』は、もういねぇだろ」
『
『
「丁度いい。オレも、『鍵』はどのみち壊すつもりだった。────この場でまとめて『
「させると思う?」
「できるかな?」
『蒼井センジョウ』を否定する意思と。『蒼井センジョウ』を肯定する意志が。ぶつかり合う。
そんな彼女達をみて。ユウカは、ゆっくりと膝から崩れ落ちる。
「…………アオイ、センジョウ」
もう。立っていることもできない。
彼女達の言う、その、『アオイセンジョウ』がいたら。……自分を、助けてくれたのだろうか。
なんて、そんな取り止めない考えが頭を過り。
「───お母さん!!」
倒れ行く、血だらけのユウカを。ナルが抱き止める。
「ナル、ちゃん……」
「だめです。駄目なんです……!しっかりしてください、お母さん!」
何故か、自分を母と呼ぶナルに、ユウカは愛しさを覚えた。
「ごめん、ね……」
「謝らないで……謝らないで下さい!まだ、まだ終わってません!私の……私達の日々は!未来は!まだこれから、ずっと、ずっと、ずっと!続いていくんです!続けていくんです!」
ぽたり。と。暖かい雫が、冷たくなっていくユウカの肌にこぼれ落ちた。
「嫌です……嫌なんです!私が欲しかった幸せは!未来は!世界は!『物語』は!これじゃないから!!」
だって。ここには。
『
「私達の過ごしてきた日々には、毎日には!ずっと、ずっと!『
「私達の『
『物語』は。ただ、書かれるだけのものではない。
綴る人がいて。読む人がいて。知る人がいて。語る人がいて。考える人がいて。
例え。それを紡いでいるのが。記しているのが。一人でも。
産み落とされた時点でもう、それは。その積み重ねを、共に歩んできたのは。
最初から────一人では。無いのだから。
『
────『蒼井センジョウ』と、『早瀬ユウカ』の。出会った。あの日から。
「だから!!!!まだ終われません!まだ終わらせません!!この『
「────お父さんと、お母さんと!3人で、笑って過ごす!『
「だから!お母さん!!!!」
「迎えに、行きましょう!────『
その言葉に。
ユウカは。
「────本当に」
あの、懐かしい日々が。
「本当に。いつもいつも。無茶ばっかりで」
あの、尊い日々が。
「男の子って。どうしてこう。バカなのかしら」
熱く。熱く。蘇る。
「そうね、そうよ。私もね────」
脳裏に焼き付いて。離れない。あの言葉が。
「────私も、貴方が欲しいから」
だから。
「────センジョウ」
私は。私達は。何度でも。立ち上がろう。
「お母…………さん!」
「ナルちゃん」
────もう一度。私に力を貸して。
ナルは。
「────勿論です!!」
力強く。その手を握った。
ナルの姿が。光に包まれ。その光は、ユウカを優しく、温かく包み込む。
「出会いと絆を重ねて紡ぎ!」
透き通る空の『蒼』に、赤く燃える命の『赤』があしらわれ。
『歩んだ先の未来を掴む!』
燦然と輝く山吹色の輝きは、希望を照らし。
「『道無き闇が阻もうと!一つ掲げた答えを信じ!束ねた思いを道と成す!!』」
両肩の先に浮かぶ、堅牢なる盾は堅い意志を思わせる。
「『────
まるで、女神の様な神々しさを纏うユウカが、そこに降臨した。
「私は……」
「必ずあなたを、取り戻す!!」