「夏です!!」
「海だよ!!」
「「海水浴だーーーーっっっっ!!!!」」
何処までも澄み渡る、真夏の快晴の空の下、ギラギラと光を放つ太陽の光を反射して、白い砂浜が輝きを放つ。
そんな大地と空の境目に立つ、彼らの視線の先には──空に負けず劣らず、何処までも青い大海原が広がっていた。
「海!海です!それも砂鉄混じりの黒い砂浜でも、濁って黒い海でもない!思い描いた通りの海です!」
紺色の生地に、側面に青と赤のラインがデザインされたシンプルな競泳水着は、ナルの持つ生き生きとした活力を魅力として引き出していた。
「ホントに綺麗だよね!流石に私もここまで綺麗な海にこれたのはテンション上がっちゃうなー!」
そんなナルと並ぶミカは、黄色やオレンジ色と言った、暖色系のパレオを身に付けており、そのスタイルの良さと相まって、ミカの持つ快活さと美しさを見事に両立させている。
どちらもこの日のために用意した水着であるのだから、そんな事情も彼女達のモチベーションを高めていた。
わいわいと盛り上がるナルとミカは、目をキラキラと輝かせて目の前の光景に興奮する。
夏の日差しがうねる水面に反射する様は、宝石の煌めきを思わせる。海に来るのが初めてのナルは勿論、可愛いものや綺麗なものが好きなミカにとってもその光景は魅力的に映ったのだろう。
年相応というか、子供らしいというか、無邪気な素振りを見せる二人を、センジョウは何処か呆れた様な笑みを浮かべて後方から眺めていた。
そんな彼女たちの様子を眺めながら、センジョウは脇に抱えていたビーチパラソル等を手頃な場所へ下ろしてから、興奮を邪魔しない程度の声をかけた。
「盛り上がるのはいいが、泳ぐなら先に軽く身体を動かしておけよー。後、ナルは勝手に1人で遠くにいかないこと」
「「はーい」」
引率の先生のようなセンジョウの忠告に、ナルとミカは元気な返事を返してから波打ち際へと走り出していく。
そんな二人を横目に見つつ、センジョウはビーチパラソルやレジャーシートの設置を始める。
そうして黙々と作業をしている彼に、不意に一本のペットボトルが差し出された。
「あんなに喜んでもらえるなら、連れてきて良かったわね」
ミカと共に丁寧にストレッチをするナルを眺めながら、ユウカはセンジョウへ声をかける。
センジョウは差し出されたジュースに一言「サンキュー」と礼を告げてから受け取った。
「ま、ナルはまだまだこれから色んな事を見て、学んで、経験してくんだ。どんなことでも、できる限り見せてやりたいからな」
「ずいぶんと『それっぽい』事言うようになったじゃない」
「まあな。────こんなのでも、一応父親だし」
「格好つけちゃって」
ユウカは、ぺちん。とセンジョウの背中を軽く叩いて笑い、そんなユウカに対して、センジョウは少し恥ずかしそうな笑みを返した。
────今回の発端は、ナルの一言だった。
「お父さん、私、海に行ってみたいです」
何時ものように家族──センジョウとユウカ、ナルの三人──で食卓を囲み、食事をしている時の事だ。
テレビで特集されていたオデュッセイア海洋学校の映像を見ていたナルが、ふとそんなことを言い出した。
「海?……あー、まあ。ぼちぼちいい季節だしなぁ」
白米の盛られた茶碗を持ちながら、右手の箸をカチカチと交差させつつ、センジョウはそんな言葉を返す。
ユウカははしたなく箸を鳴らしたセンジョウをジロリと一瞥し、センジョウがそれに気づいて申し訳なさそうにするのを見届けてから、隣のナルへと顔を向けた。
「海水浴に行きたいってことよね?」
「はい。……私は、確かに海へ出向いたことはありますが、『海』その物を目的にしたことがありません」
「コユキの時の事ね。…………懐かしいわね。あの時から、随分と色々な事が変わった気がするわ」
それは、ナルがまだ只のAIだった頃の記憶。ユウカとナルの、初めての出会い。
その頃のユウカには、まさか自分に『娘』が出来るだなんて想像も出来なかった。けれど、ナルは……自慢の、大切な娘なのだ。
「センジョウ」
「ん、りょーかい。最近、揃って遠出もしてなかったし……次の休みの時にでも行くか」
「やったーーーー!」
ユウカの意図を汲み取ったセンジョウは、脳内でスケジュールを確認しながら予定をたて、それを聞いたナルは歓声を上げる。
──センジョウと、ナルと三人で海水浴。か。
ユウカはセンジョウの言葉に、家族水入らずのバカンスを想像し、思わず頬を弛ませる。
センジョウのシャーレでの仕事が軌道に乗るにつれて、何かと理由をつけて外へ遊びへ出る回数が減っていた事を、仕方ないとは理解しつつ残念に思っていたユウカにとっても、ナルの提案はとても魅力的だった。
ナルが肉体を得る前の時の様なデート──とは言っても、当時はそんなつもりはなかったのだが──をするのはなかなか難しくなってしまったが、それでもユウカはセンジョウと『そう言うこと』をするのが嫌いになったわけではない。
久しぶりに、自分の気持ちを優先してもいいのかも知れない、なんて、そんなユウカの思惑は────
「みんなと一緒に海水浴です!」
────ナルの『みんな』と言う言葉に、あっけなく打ち砕かれるのであった。
結局。ナルの要望通り、今回の海水浴に来ているのは蒼井家──先生であるキョウヤは別件でこれなかったが──だけではない。
具体的に言うと、ミカを含めて他に3人の────『少女』たちが、同行している。
水着への着替えを先に済ませたナル、ユウカ、ミカとは違い、水着への着替えを遅れて済ませていた内の1人が、パラソルの設営を一区切りさせた頃合いのセンジョウへと声をかけた。
「センジョウ先生、言われていたものをお持ちしました」
肩から大きなクーラーボックスを下げた少女────柳木シュウコがセンジョウへと声をかけた。
「ああ、悪いなシュウコ、重いものを任せ──」
センジョウは、そんな彼女の姿に、思わず言葉を失った。
シュウコは、混じりけのない純白のビキニを身にまとっており、透き通るように白いその肌を惜しげもなく晒していた。
見ようによっては、大胆というか、少々刺激の多い水着を着ているという事実は、普段のシュウコの落ち着いた様子から想像ができないモノであり、センジョウはぽかんと口を開けてしまった。
「いえいえ、パラソルの設営をお任せしているのですから、これぐらいはご助力させていただきます」
「……そ、そうか?こういう仕事は男がやるもんだと思うが」
「だとしても、私がセンジョウ先生に感謝しない理由にはなりませんよ」
「それは、まあ。確かに……?」
そんなセンジョウの姿を見て、ユウカは大きく眉間に皺を寄せる。仮にも自分の夫が、年の近い他の女性の、大胆な水着姿に『妙な』反応を返したのだ。当然、不快でないわけがない。そこに他意が無いとしても、だ。
理性ではセンジョウに『そういう』考えが無いことを理解しつつも、感情ではそれを納得できずにいるユウカは、話題逸らしと自分へのごまかしを兼ねて、シュウコへ声をかける。
「シュウコさん、ヒナの様子はどうだった?」
「ヒナさんも、もうすぐ来ると思いますよ。やはりどうしてもあの髪の量では着替えも大変なようでしたので、ある程度はお手伝いしましたし」
最後の1人、空崎ヒナは、それこそ身の丈ほどの長い長い髪の毛を持っているため、着替えに要する時間は他者と比べるとどうしても長くなってしまう。もちろん、それだけが理由のすべてではないのだが、折角一緒に遊びに来たというのに、ヒナだけが取り残されているというのは、ユウカにとってもあまり望ましい展開ではなかった。
なんて、そんな話をしていると────
「────ごめんなさい、ずいぶんと待たせちゃったかしら」
それは、まるで一枚の絵画を切り抜いたようだった。
つま先から髪の先端に至るまで、シュウコとは比べ物にならないほどの、白く、なめらかな美術品の様な肌の少女がそこにいた。
彼女は、真っ白いワンピースの様な水着を纏っており、それには色鮮やかな南国の華たちが描かれており、神秘的な美しさの中に、可愛らしい魅力が彩られていた。
そうして、その白さを脅かす日光を遮るように、ひときわ大きな麦わら帽子を深く被っていた。
「お待たせ、みんな」
『可憐』を体現した少女が、麦わら帽子の下から、照れくさそうな笑みを浮かべて、センジョウ達を見ていた。
「──その、そんなに無言で見られると、恥ずかしいのだけど」
まるで時間が止まったかのように、一言も発することなく見つめられていたヒナのそんな言葉に、ユウカはハッと意識を取り戻す。
「えっ、あっ。ご、ごめんなさい、ヒナ」
「すみません、ヒナさん……その、よくお似合いです」
「そう?……正直、少し不安だったから、そういってもらえると嬉しい」
遠慮がちなヒナのそんな様子を見て、ユウカとシュウコはただ、『ずるい』。と、そう感じていた。
「ねぇ。センジョウ」
「お、おう」
ヒナは、呆然とするユウカとシュウコの脇を通り抜け、ビーチへ座り込むセンジョウの前へ立つ。
「水着。どうかしら?」
ユウカ達の反応で答えなど、分かっているのに、ヒナはセンジョウへあえてそう問いかける。
なぜか?と聞くのは────
「────よく似合ってるぞ。ヒナ」
そんな彼の、分かりきった答えに、それでもヒナは花の様な笑顔で答える。
「────ありがと」
────あまりに、無粋だろう。
そうして、センジョウ達蒼井家の面々に、ミカ、ヒナ、シュウコを加えた6人は夏の海を満喫する。
「行きますよ、お母さん!」
「運動は得意じゃないけど、逃げるわけにもいかないわね」
「遊びでも手加減はしないからね!……足引っ張らないでよ、空崎ヒナちゃん」
「今回『は』、息を合わせましょう。聖園ミカさん」
2対2のビーチバレーに興じたり。
「見えた……『波の道』が!」
「お父さんかっこいいです!!」
「『ヴァナディースユニット』はサーフボードじゃないんだけど!?!?」
センジョウが意外な才能を開花させて波を乗りこなしたり。
「見てみて!シュウコちゃん!この貝殻きれいじゃない?」
「欠けのない見事な貝殻ですね……アクセサリーにでも使いますか?」
「貝殻のアクセサリー……可愛くていいかもしれないわね」
「ユウカちゃん、もしほしいなら一緒に作る?作り方は教えらえるよ!」
海岸できれいな貝殻を拾い集めてみたり。
「そのまま真っすぐです。センジョウ先生」
「えー!違う違う、もっと左だよ~!」
「いいえ、前方左48度に80センチメートル前進してから、そのまま右側へ60度ほど回転を────」
──お父さんのオペレーションはなれていますから。私を信じてください!
「ふふっ。……センジョウは誰の言葉を信じるのかしらね?」
「だぁぁぁぁぁ!俺は玩具じゃねぇぇぇぇぇ!!」
センジョウをラジコン代わりにスイカ割りをしたり。
ほかにも、ビーチフラッグをしてみたり、砂の城を作ろうとしてみたり────
「……ふぅ」
波打ち際でわいわいと水をかけあうナル達を眺めながら、センジョウは1人、パラソルの下に腰を下ろした。
「元気だなぁ。あいつら」
「何年寄り臭いこと言ってるの。アンタもそんなに年齢変わらないでしょ」
しみじみと語るセンジョウの隣に、後からやってきたユウカが座る。日差しを避けるパラソルの作る日陰は、単純ながらも十分な効果をもたらしていた。だが、じりじりと肌を焦がすような光を遮ることはできても、夏の強く熱された空気のすべてを防ぐことはできない。
二人は、肌が触れ合うほどの距離で、しかし、夏の厚さよりも熱いその命の温度を、確かに感じていた。
「で」
「ん?」
ユウカは、センジョウのほうを向くことなく、彼に言葉を伝える。
「何か。言う事は?」
なにを。という事はない。いや、本当なら、聞く必要なんてないのだ。だって、そんなこと。言葉にしなくたって、ずっと前から、伝わっているから。
でも、それでも。……『言葉にする』のは、大切なのだ。
それをわかっているからこそ、センジョウもユウカの言葉に応える。
「奇麗だよ。ユウカが、一番」
────ユウカの着ている水着は、上下の分かれた紺色のツーピースのシンプルなウェアだった。
それには飾り気もなく、ただただ実用的なだけのデザインで、フィットネスの為にユウカが買いそろえたものだ。それはつまり、今回の海水浴の為に水着を用意した彼女たちとは違う。
だが、それでも。
センジョウにとっては──ユウカが、一番魅力的に見えていた。
「ま、可愛いのはナルだけどな」
「そこで私って言ってたら怒ってるから、その答えで正解」
我が子の可愛さには絶対の自信を持つ二人は、海辺できらきらと輝く笑顔を振りまくナルの姿にほほを緩ませる。
「ただね、センジョウ」
「うん?」
ユウカは、それまで一度も見ていなかったセンジョウの顔を見てから、ニヤリと笑みを浮かべる。
「────本当に、『お
「ぶほぉッ!?」
「今日はダメだからね。我慢しなさい」
「べ、別に期待してねぇよ!!」
羞恥で顔を真っ赤にしたセンジョウの苦し紛れの様子に、ユウカはくすくすと笑みを浮かべる。
「お父さーん!お母さーん!」
ナルの、自分たちを呼ぶ声に、二人は顔を海へとむけると、そこにはこちらを見て大きく手を振る愛しの我が子の姿があった。
「行くか」
「ええ。行きましょう」
どちらからともいわず、立ち上がった二人は、そうして再び、青空と海の間に歩き出してゆく。
────二人は、平和な日常の幸せを。確かに感じていた。
平和な日常。これには作者もにっこり