青空DAYS   作:Ziz555

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2023年11月19日、20時13分。青空DAYS、投稿開始。

作品開始から一周年を記念して、この作品を送り出します。





一周年記念作品 『BeforeSunrise』

 

「ここが、父さんの居るキヴォトスか」

 

 

 サンクトゥムタワーの頂上。雲すら突き抜けた上空に位置する、大きく広がる青空(そら)を突き抜け、果ての見えない宇宙(ソラ)に迫るその場所で、1人の少年がしゃがみながら眼下に広がる世界を覗き込む。

 

「んー。やっぱ実際見ると結構違うな。そもそも、こんな塔が無いし。いつ無くなったんだか」

 

 額に手を当て、太陽の光を遮ることで視界を確保しながら世界を見下ろしていた彼は、そんな事をぼやきながら立ち上がると、ぐいと背筋を伸ばした。

 

「ま、それは今はいいか。とりあえず、まずは父さんと合流して、やること済ませないとな」

 

 よし。と、両手でパシンと頬を叩いてから、少年はビルから一歩、宙へと足を踏み出した。

 当然、その体は重力に引かれ、大地へと落ちてゆく。

 

 少年は、口の端を釣り上げて、挑戦的な笑みを浮かべてから、大きく息を吸い込んだ。

 

 

 

 

 

「行こうぜ!『Nuill』!!」

 

 

 

 

青空DAYS:外伝

─Before Sunrise─

 

 

 

 

 

 シャーレの朝は早い。

 

 とはいえ、それは以前と比べればかなり常識的な物になっていた。

 教育実習を終え、正式にシャーレの2人目の『先生』として仕事を始めた青年、『蒼井センジョウ』。1人目の『先生』こと『蒼井キョウヤ』の義理の息子であり、家族である彼の協力により仕事の効率は格段に上がっていた。

 

 それぞれの自宅から、いつもの様にシャーレへと出勤してきた彼らは、互いの業務を進める為に各々の席へと座る。

 キヴォトスに生きる生徒たちから届いた苦情や嘆願、報告や要請は、日々増え続ける。連邦生徒会の体制も変化を繰り返す以上、変わらず頼れる『生徒の味方』であるシャーレにそれら生徒の声が届くのは必然の事であり、そして同時に、『シャーレ』が生徒たちに広く受け入れられている証拠でもあった。

 

 そんなシャーレに、1人の助っ人が現れる。

 

「おはようございます、先生」

「"おはよう、ノア"」

「よっ。忙しい中悪いな」

「センジョウくんも、おはようございます」

 

 ミレニアムサイエンススクールに通う少女、生塩ノアはにこやかな笑みを浮かべ、先生に頭を下げてから、センジョウへと手を振る。シャーレにおける『日直』とでも言うべき制度、生徒たちが行う日替わりの助手『当番』であるノアは、挨拶を済ませると、『先生』の座る机へと向かった。

 

 センジョウは自分の背後を通り過ぎるノアに顔を向け、声を掛ける。

 

「学校でのナルはどうだ?」

 

 上体をノアへと向けて、背もたれに肘を預けるような姿勢でノアの方を向くセンジョウに、ノアは足を止めて振り返る。

 

「元気にしていますよ。セミナーの会計として、ユウカちゃんの後を継いで頑張ってます」

「迷惑とかかけてないか?」

「まさか。いつも明るくて、私達も一緒に仕事をしている時の癒しになってますよ」

「そうか。なら、いいんだ」

 

 ノアの話を聞いて、頬をわずかに緩めるセンジョウを見て、ノアはクスクスと笑みをこぼす。

 

「……なんだよ」

「『お父さん』、やってますね」

「はぁ?」

 

 ノアの言葉に、センジョウは目を細める。

 今し方話題に上がった少女、『蒼井ナル』。それは、他でもない『蒼井センジョウ』の一人娘だ。

 と言っても、センジョウとナルの間に血の繋がりはない。そんな彼らの間には複雑な事情があるのだが──そんな些細なことは、今の彼らには関係が無い。

 

「"ミレニアムの書類を見る度にソワソワする癖があるぐらいだからね。まあ、自分の子供のことが気になるのは当たり前だけど"」

「んなっ!?わかってるなら言えよ!」

「"まあまあ。私も経験したことあるから、わかるよ"」

 

 恥ずかしそうに苦言を呈するセンジョウを見て、『先生』とノアは思わず笑みをこぼした。どんな理由であれ笑いの種にされたという事実に、センジョウは不服そうに椅子に座り直す。

 

「ったく……」

 

 返す言葉も見つからず、そんな悪態をこぼしながらも仕事に戻るセンジョウの姿に、『先生』とノアは顔を見合わせてから、静かに笑うのだった。

 

 そんな、他愛の無いコミュニケーションを交えつつ、互いに必要なやり取りを適宜口頭で交わしながら黙々と書類作業などを進めていく。分担された役割により効率化された作業は、滞り無く進んでいき、あっという間に午前中の作業時間が終わろうとしていた。

 

 そんな時、センジョウの端末に通知が届く。

 

 生徒からの緊急の連絡の場合もある為、仕事中とは言えその内容を確認しないわけにも行かない。故に、仕事中であってもセンジョウがポケットからスマホを取り出して、その画面を開くことを咎めることは無かった。

 

「……マツリから?」

 

 画面に表示されていたのは、今年トリニティに入学したばかりの一年生の少女の名前だった。

 内容は一言。『助けてください』の文字と、添えられた泣き顔の絵文字。

 

「何やったんだか……」

「"どうかしたの?"」

「悪い、ちょっと出てくる」

 

 センジョウは椅子の背もたれにかけてあった上着を掴むと、袖に手を通す。

 

「"私が行こうか?センジョウ、ウタハから頼まれてる仕事もあるんでしょ?"」

「『新型』開発の事なら気にしなくて良いさ。どうせ一朝一夕で出来るものでもないし、それはウタハもわかってる」

 

 自分の事を気に掛ける父の姿に、センジョウは苦笑を浮かべながら振り返る。いつになってもわが子のことを心配するのは、親として自然な事だと、センジョウも理解していた。

 

「オヤジとノアはそのまま仕事進めててくれ。何かあったらすぐに連絡するよ」

 

 羽織ったコートの内側に、最低限の貴重品をしまい込んだセンジョウは、そのまま執務室の出口へと向かう。

 

「じゃ、ちょっくら行ってくる」

 

 振り返って、一言。

 

「"行ってらっしゃい。気をつけてね"」

 

 返事は、二言。

 センジョウは、それに無言で手を上げてから部屋を後にした。

 

 

 

 どういう事情か分からずとも、助けを求める生徒の元へ急ぐのが、彼の信じる先生なのだから。

 

 

 


 

 

 

「待ちやがれぇ〜!!」

「うえぇぇぇん!なんで追いかけてくるんですかぁ〜!!」

「お前が逃げるからだろうが!」

「追いかけてくるから逃げてるんですよぉ!」

 

 D.U.の中心部から離れ、少しばかり人気の減った町並みの中、1人の少女が涙で瞳をうるませながら走っていた。その後方には、そんな彼女を追い立てる不良が3人、武器を片手に彼女へ迫る。

 

「ちょーっと一緒に遊ぼうって言ってるだけだるるぉ!?」

「嘘です!これから一緒に遊ぼうって人に銃口を突きつける人は普通じゃありません!」

「楽しすぎて記憶がブッ飛ぶ様なことするだけだって!」

「普通は楽しくても記憶が飛んだりはしませんよぉ!!」

 

 少女は、半ベソをかきながらも妙に的確に不良たちの言葉に正論を叩きつけながら逃走を続ける。どれだけ走ろうと距離が付かず離れずに居るのは、逃げる少女の必死さ故か、追いすがる不良の執念故か、それとも両方か。

 ともかく、そうこうとしているうちに、ドタバタと音を立てる少女の賑やかな逃亡劇に、大きな転機が訪れた。

 

 少女と不良の間に、大きな鉄の塊が飛来した。

 

「うぉぉっ!?」

 

 急に出現した障害物に衝突しまいと、不良達は走らせていた足を止め、その勢いを押し殺す。

 そんな光景を見て、涙目の少女の表情がぱぁっと明るくなった。そして、そのまま鉄塊が飛来した方向を見上げて、声を上げる。

 

「センジョウ先生!!」

「大丈夫か、マツリ」

 

 マツリと呼ばれた少女が見上げた先には、VanaDisの飛行能力で中に浮かぶセンジョウの姿があった。

 名前を呼ばれたセンジョウは、輝くような期待の視線を自分へ向けるマツリに苦笑を浮かべて、彼女の元へと着地する。

 

「今回は何をやらかしたんだ?」

「ひどぃ!?そんな毎回毎回私がなにか失敗してるみたいな!!」

「大抵トラブル起こしてるのはお前だろうに」

「ひぅん……。た、確かに、私はいつもおっちょこちょいで、不注意かもしれませんがぁ……」

 

 自分の過去のやらかしを思い出し、グスグスと涙を流し鼻をすすりながら人差し指を突き合わせるマツリの姿に、センジョウは再びかすかな苦笑を浮かべてから、彼女を追い立てていた不良たちの方を見た。

 

「で。お前たちはお前たちでまだ懲りてないみたいだな?」

 

 障害として展開していたユニットを回収しながら、今度はセンジョウは呆れたように少女たちを見た。

 

「リム」

「うっ……」

「ルゥ」

「ぐっ……」

「レン」

「チッ……」

 

 センジョウに名前を呼ばれた3人の不良少女は、それぞれの不服そうな声を上げてセンジョウを睨みつける。

 

「カツアゲなんてカッコ悪い真似はやめろって前にも言ったろ?なんでまたやってるんだよ」

「うるせぇ!コレがあたしらのやり方なんだよ!」

「そんな簡単に人が変われると思うなよ!」

「開き直るなよ……」

 

 忠告にも耳を貸さず反論を口にする2人に対し、センジョウは額に手を当てて首を横に振った。若いと勢いで回りが見えなくなるのは、想像の範疇ではあるが、そんな彼女達に正しい道を示さないというわけにも行かない。

 

「2人の言うとおりだ。オレたちの生き方はオレたちで決める。お前が先生だろうが、指図を受けるつもりはない」

 

 しかし、センジョウの思いとは裏腹に、2人が姐と慕う少女、レンはセンジョウに対して敵意を隠すこと無く銃口を向ける。

 

「そうだそうだ!レンの言う通り!」

「それに今回は何も考え無しじゃねぇ!」

「…………」

「……考え?」

 

 リムとルゥの声に、レンが顔をしかめる様子を見たセンジョウは静かに首を傾げる。

 

「ここまで来たのも、全部あの人の言った通りなのよ!」

「まるで未来を知ってるみたいな口ぶりで、最初は詐欺かと思ったけど、その力は本物なんだ!」

「オレからすれば、信じ切るには値しないと思うんだがな……」

「……誰かに指示されたのか?」

「おうさ!ここに追い込んだのだって、その人の指示通り────」

 

 生徒を唆し、狙い通りに動かすことで利を得ようとする大人は、このキヴォトスには少なくない。おそらく、レン達もそれに類する者に騙されたのだと。そう、センジョウは考えた。

 

 

 

 だが。

 

 

 

「うんうん。ちょいと目算ハズレはあったけど、まあ概ね許容範囲かな」

 

 声が聞こえた。

 

 センジョウとマツリが振り返ると、その視線の先に人影が見える。

 

「シャーレに直接行っても、なんだかんだで不在の可能性もあったし。事件があれば駆けつけるだろうと踏んでこっちのプランを選んで正解だったぜ」

 

──最初から、『シャーレの先生』が狙いか。

 

 謎の人物の口ぶりに、センジョウは警戒を強める。

 ソレは、目深にフードを被り、ローブのような物で全身を覆っているため、正体はわからない。だが、声はや背丈は若い少年のそれのようにも見える。ヘイローは、無い。

 

 大人とは、考えにくい。

 

「少しばかり到着が早かったのは……ま、この際目的達成したしOKって事で!」

 

 快活に笑いながら、少年はローブを脱ぎ捨てた。

 

 

 

 

 

「計画通り、ぱーぺきぃ〜♪っと」

 

 

 

 

 

 藍の髪を持つ、自信に満ちた表情の少年が一人。そこにはいた。

 

 ヘラヘラと浮かべる笑みは、しかし嫌味を感じさせず、彼自身が自分へ向ける絶対の信頼を窺わせる。

 

 自慢げなその笑い方は、どうにも、センジョウには見覚えがあった。だが、それがどこで見たものなのか、どうにも思い出せない。

 誰がそんな笑い方をしていただろうか。

 

「じゃ。協力ありがとうな。帰っていいぜ」

「「はぁ!?」」

「……はぁ」

 

 そんな少年は、レン達に気さくに感謝を述べて、あっさりと終わりを告げる。そんなを呆気ない態度に、少女達は同じ様に声を上げる。とはいえ、1人だけはその意味合いが大きく違うのだが。

 

「か、帰っていいって……どういう事だよ!?」

「簡単に大量の小遣いが手に入る方法を教えてくれるんじゃなかったのか!?」

「うん。そこに来た『先生』からバイト教えてもらえば、恨みも買わなくて済むだろ?」

「「そんな事なら最初から仕事探してるんだよ!!」」

 

 この少年は、完全にこの場の主導権を握っていた。

 

 レンは少年へ苦言を呈す2人に眉間にシワを寄せて首を横に振り、センジョウは突然現れた少年に『責任』を押し付けられ、苦笑いを浮かべるしかない。

 押し付けられた、と言っても、たしかにそれは元々のセンジョウの役割と責任でもあり、それを促したという意味では少年は間違った事はしていないのだが、どうにも他人行儀というか、無慈悲なまでの『正論』に、センジョウは苦笑いをする他になかったのだ。

 

「お前……最初から騙すつもりだったな!?」

「悪かったって。俺もちょーっとばかし時間がなくてさ。あ、そこのお嬢さんも、巻き込んでゴメンな。埋め合わせはきっと、そこのオニーサンがやってくれるから」

「え、えぇ……?」

「責任を勝手に押し付けようとするんじゃない」

 

 何から何まで尻拭いを自分にさせようとする不遜な少年の姿に、センジョウは呆れ混じりの視線を向けて、そのふてぶてしい態度を咎める。

 

「そこはほら。まあ、子供の責任を取ると思って」

「大人は子供の責任を取るものかもしれないが。だからといって子供が責任のすべてを最初から放棄するのは間違いだぞ」

「あー、……いや。まあ、それはそうなんだけど。事情があるって言うか……」

 

 センジョウの指摘に、開き直る様子もなく、気まずそうに頭を搔く少年。以外に素直に自分の言葉を聞き入れた少年に、センジョウは少し面を喰らいつつも、少年の言う『事情』を聞こうとし────

 

「細かい事は移動しながらって事で。頼むよ、『父さん』」

「移動しながらって、一体どこ────ん?」

 

 センジョウは、少年の言葉に妙な引っ掛かりを覚え、首を傾げる。

 

 

 

「…………『父さん』?」

「そ、『父さん』」

 

 

 

 少年は、センジョウを指さしながら、白い歯を見せていたずらっぽく笑う。

 

「ああ。そっか、自己紹介がまだだったな」

 

 奇っ怪な言葉をいい出した少年に、その場の空気が固まる中で、少年だけがペースを崩さず言葉を続ける。

 

 

 

 

 

「俺の名前は、『蒼井ユウジ』。正真正銘、父さんの血を継ぐ息子だよ」

 

 

 

 

 

「─────はぁ!?」

 

 

 

 センジョウは、周囲から突き刺さる軽蔑の視線の痛みを感じながら、少年の口から発せられた言葉に悲鳴じみた声を上げるのだった。

 

 

 


 

 

 

「……なぁ。何処からどう見ても、俺とお前はそこまで歳が離れてないと思うんだが?」

「そりゃそうだろ。俺今15だし。……あ?いや、この場合は15歳って数え方で正しいのか……?」

 

 場所はD.U.を離れ、アビドス自治区。見渡す限り岩と砂がばかりの砂漠地帯をセンジョウとユウジは2人で歩いていた。

 

 

 

 『蒼井センジョウの息子』を自称する少年、『蒼井ユウジ』の発言に空気を乱された事を察したレンは、「面倒事に首を突っ込む程バカじゃない」と、リムとルゥを引き連れその場を離れた。それにより危機を脱したマツリも、センジョウに礼を告げてからその場を後にしたことで、人気のない路地裏にはセンジョウとユウジのみが残された。

 その後、センジョウに同行してもらいたい用事があると頭を下げたユウジに対し、センジョウは事情聴取の都合と合わせて、困っているらしい『生徒』の頼みを無下にするわけにも行かず、ユウジに連れられるままにこうしてアビドス砂漠まで移動をしていた。

 

「父さんはどう思う?俺って今、何歳って言うべきかな?」

「何歳って……、俺の娘はそもそもナル1人だし」

「ナル(ねぇ)か、そっか。そりゃそうだよな。ナル(ねぇ)は俺よりずっと前に産まれてんだもんな」

「ナル、(ねぇ)……」

「弟が姉の事を(ねぇ)さんって呼ぶの。フツーだろ?」

 

 どこへ向かおうとしているのか、端末から投影されるホログラムを見ながらセンジョウを先導していたユウジは、時折いたずらっぽい笑みをセンジョウに向けて来た。丁度、今のように。

 

 センジョウとユウジは、他愛のない会話を続けていた。最近、どんなものが流行っているのか、とか。どこどこのご飯が美味しかっただの。ユウジが今学生生活で苦労していることなど。それは、日常的に交わされるような物で、突飛な要素はほとんどなく、『蒼井ユウジ』の事情を察せるようなものではあまりない。

 

 少なくとも、センジョウにとって眼の前の少年は、自分の息子を名乗る正体不明の不審人物であり。そして同時に、『自分の守るべき生徒だろう』、という曖昧な認識しかすることか出来ない。

 

 それでも少年は、少なくとも自分に悪意や敵意、害意を向けているとは到底思え無かった。むしろ、そこには親愛や尊敬があり。それはまるで、自分が『父親(先生)』に向けているような────

 

 

 

「──さん、父さん!」

 

 

 

 自らを呼ぶ声に、センジョウは考えを現実へと引き戻された。声をした方を向けば、少年がこちらを向いて、少し呆れたように苦笑いを浮かべていた。

 

「歩きっぱなしで疲れたなら言ってくれよ。休もうぜ」

「あ、あぁ……」

 

 そんな言葉とともに差し出されていたペットボトルを、センジョウは受け取った。

 

 

 

 手ごろな岩に腰を掛けながら、センジョウとユウジは水分補給を兼ねた休息を取った。

 と言っても、水分補給自体は砂漠を歩いている間中、こまめに行なっている。ならば、どうして休息を取るのか。そう考えれば、センジョウが少年の真意に気づくのは容易いことだった。

 

「事情。話してはくれないんだな」

 

 センジョウの言葉に、ユウジは一度目を丸くすると、今度は決まりの悪そうな表情を浮かべた。

 

「あー。悪いね、父さん。そこん所話そうとすると、どうしても時間かかるからさ。俺、今あんまり時間なくて」

「マツリ達を巻き込んだのもそれが理由か?」

 

 自分に用がある。というだけであれば、シャーレに足を運べばそれでいい。時間はかかるだろうが、連絡の手段はいくらでもあるし、最悪『先生(オヤジ)』もそこにいる。そんな事がわからない子では無いだろうと、センジョウも理解していた。

 だからこそ。そこまで分かった上で、『迷惑をかける』と理解して、その上でマツリにレン達をけしかけたことを、センジョウは許せなかった。

 

「……まあ、うん。そうなる」

「俺が来なかったらどうするつもりだったんだ」

「でも」

「『来なかったら』の、話をしてるんだ」

 

 センジョウは、真剣な表情で少年の眼を覗き込む。

 

 すこしだけ、瞳が揺れた。

 

「…………その時は、俺が止めてたさ」

「どうやって」

「そりゃ……」

 

 言いかけて、少年は上げていた手を一度おろした。

 

「いや、そういう話じゃないよな。ゴメン、父さん」

 

 静かに、少年はセンジョウへと頭を下げた。

 

「……わかってるなら。良いんだ」

 

 センジョウは少し素直すぎるようにも思える、目の少年の言葉に驚きながらも、言葉を続ける。

 

「どんな理由があっても、進んで誰かを傷つけるような選択は、肯定されるべきものじゃない。ましてや、それが『正しい』なんて、思うべきじゃない」

 

 まるで、おためごかしの綺麗事だ。上っ面だけの、欺瞞のような言葉の様だと。センジョウはそう感じながら。それでも。

 

「誰かを傷つける事を正しいと認めてしまえば、傷つけることに慣れて、他の方法を見失ってしまうことだってあるんだ」

 

 過去の自分の痛みを、過ちを、苦悩を。せめて、少しでも伝えられるように。言葉を選んだ。

 

「…………ごめんなさい」

 

 少年は、頭を下げて、俯いたまま謝罪の言葉を言う。

 

 自分の言葉のどれだけが、彼に届いただろうか。上から、言っただけの、高圧的な言葉になっていないだろうか。そんな悩みを感じながら。

 

 

 

「──それでも」

 

 

 

 そして。優しくその頭を撫でる。

 

「お前がそれでも、精一杯、『そうならないように』って考えてたのなら。それで今は十分だ。お前はよく頑張ったよ」

 

 芯のある、すこしゴワついた男の子らしい髪に親近感を覚えながら、センジョウは少しの間、少年の頭を撫でた。

 

「子供のワガママの、失敗の、間違いの。その、『責任』を撮るのが、『大人』の役割なんだ。今のお前は、それで良いんだよ」

「父さん……」

 

 かつて、父が自分にそう言ってくれたように。父が、そうあったように。自分に見せてくれた、その背中を思い出して。けれど、自分の感じた心のままに、センジョウは少年へ笑う。

 

「時間がないんだろ。急ごう。話は、用事を済ませてからでも遅くない」

 

 そんなセンジョウの言葉に、ユウジはパッと表情を明るくし、立ち上がる。

 

「────あぁ!行こう、父さん!」

 

 センジョウは、自分へと差し出された少年の手を握り、彼と同じ様に立ち上がった。

 

 

 


 

 

 

 休憩を終え、そのおかげか軽くなった足取りのまま、2人はアビドス砂漠を、市街地から離れ、更に奥へ奥へと進んでいた。

 

「結局。用事ってなんなんだ?」

 

 センジョウは、隣に並びながら、相変わらずホログラムウィンドウを眺める少年に当然の質問をする。冷静に思い返すと、彼の目的について、センジョウは何も聞かされていなかった。

 

「探し物だよ。探し物」

「探し物?」

「そ。言い換えるなら、宝探し」

 

 『宝探し』。そう言われて思い浮かべたのは、半年ほど前に起きたアビドス絡みの大騒動だった。ホシノの話してくれた梔子ユメが言っていた『宝』の話をしているのだろうか。

 

「アビドス生徒会の残した?」

「いんや。それとはちょいとまた違う。埋めたとかそういうんじゃなくて、もっとシンプルに、採掘みたいなもんかな」

「……この砂漠で、採掘……?」

「あ、その目は信じてないなぁ?別に、オアシス掘り当てようって話じゃないし。大丈夫だよ」

 

 センジョウの怪訝そうな様子に対し、ユウジはホログラムモニターを示しながら、「そのためのセンサーだって用意してるから。俺の計画に抜かりは無いぜ」と鼻高々に笑う。

 

 よほど自信が有るらしい。

 

「でも宝探しってだけなら、『先生(オヤジ)』でも良かったんじゃないのか?」

「あー、爺さんか。いやまあそれも考えたんだけど、俺のプラン的にはそいつはちょっとリスクがデカくてさ」

「俺じゃないと不味いって事か?」

Exactly(御明察).」

 

 リスクと言われ、センジョウは首を傾げる。『困っている生徒を助ける』という行動指針には、センジョウも『先生』も大きな差は無い。むしろ、呼び出す為の問題行動をしなくても済む分、シャーレにいるであろうどちらかに声を掛けるという方がスマートであるはずだ。つまり、『生徒の味方』である事よりも。『蒼井キョウヤ』ではなく、『蒼井センジョウ』である。と言うことが重要な要素であると彼は言っていた。

 

 であれば。その理由は。二人の間にある『持っている力の性質』の違いにあるわけで。

 

「……まさか、お前」

「どーしてもこの辺りを通るとなると、な」

 

 瞬間。大地が揺れた。

 

 地震ではない。大きな何かが、砂の海を押しのけ、潜り、波のようにうねらせている。

 

「たっはー。こればっかりは計画通りのぱーぺきじゃなくて良いんだけどなぁ〜。当たっちゃうよなぁ」

 

 ユウジは天を仰いで、右手で顔を覆いつつ、展開していたホログラムをしまった。

 その横で、センジョウは足を開いて腰を落とし、予測される展開に身を構えた。

 

「俺じゃなきゃならない理由って────」

 

 

 

 目前の砂が。盛り上がり────吹き上がるように、白く、大きな『蛇』が、彼らの前に現れる。

 

 

 

「────『コレ』か!?」

 

 

 

 機械の体を持ちながら、その頭上には円環を備えた、『デカグラマトン』の預言者が1機。

 

 『BINAH(ビナー)

 

 ソレは、己の聖域を踏み荒らす不届き者を排除する為に、その姿を表した。

 

 

「まー、そうだよなぁ。ナワバリを自分も理解できない技術の塊が闊歩してたら出てくるよなぁ」

「納得してる場合か!!クソッ!『VanaDis』!!」

 

 腕を組んで『うんうん』、と頷くユウジを他所に、センジョウは即座に自身の防御兵装であり、唯一の戦力である『VanaDis』を展開する。

 

「おい!備えろ!あるんだろ、『手段』は!」

「いやぁ……あるにはあるんだけど。ちょっと節約しないと不味いと言いますか。そこで父さんにはちょっとばかし頼み事がありましてね」

「いい!分かった!早く言え!!」

 

 2人が話しているのを待つような義理は、ビナーにはない。むしろ、動かないでいてくれるというのであれば都合がいいとすら判断したのか、即座に口内に備えられたビーム砲にエネルギーを充填し始めていた。

 

「攻撃はやるから、俺の事守ってくんね?父さんのそれ、どっちみち守勢の装備でしょ」

「なんで『VanaDis』知ってるかはこの際ツッコまないぞ!大体な────」

 

 

 

 ビナーの口から、超高出力の光線が放たれた。

 

 

 

 文字通りの光速に迫るそのビームは、一瞬のうちに2人の下へと着弾し、エネルギーの爆発と共に周囲の砂を巻き上げて、砂と爆発の煙を辺りへ撒き散らす。

 

 最大火力の一撃だ。直撃すればまともな装甲は塵も残さず燃え尽きる。それこそ、『小鳥遊ホシノ』を超えるような存在でもなければ。だ。

 

 

 

 

 

 だが。

 

 

 

 

 

「───どのみち、お前には一撃たりとも通す気はねぇよ!」

 

 

 

 『VanaDis』には。『蒼井センジョウ』には。彼が守る、『生徒』には。傷一つ、付きはしない。

 

 

 

「────さっすが父さん!!そうこなくっちゃ!!」

 

 

 初めて間近で見る、父の大きな背中に。ユウジの胸が熱く高鳴る。全身の血が沸騰したように、興奮は収まるところを知らない。

 

 自分の焦がれた、魅せられた、信じる背中の大きさに。憧れが。今、眼の前で最高の輝きを、放っているなら。

 

「俺達だって……負けてられねぇよなぁ!」

 

 

 

 それに目に物見せてやりたくなるのが────『男の子』だろ!!

 

 

 

「起動しろ!『Nuill(ヌィル)-Barth(バース)』!!」

 

 ユウジの掲げたデバイスが、一際大きな輝きを放つ。

 

 位相転移収納領域に収められた、『彼の相棒』が、形となってこの世界に現れる。

 

 

 

 白と蒼に塗られた装甲は、無機質ながらに輝きを放ち、武骨な鉄の鎧でありながら、洗練された機能美を見せる。

 

 背部に背負ういくつかの装備が複合したユニットと、それを繋ぐためのコネクターは、そのマシーンの拡張性を思わせる。

 

 ソレは──紛う事なき『強化外骨格(パワードスーツ)』!

 

「『Nuill』!?」

「の、発展機な!」

 

 過去の自分の愛機の名を冠する装備をまとったユウジに、センジョウは目を丸くする。そんな父の驚いた様子に、ユウジはイタズラが成功した子供のような無邪気な笑顔を向ける。

 

「じゃ!後は前衛よろしく!俺は後方下がるから!」

 

 その言葉とともに、ユウジは背部複合ユニットの内、大型のブースターが搭載されたものを展開し、右腕マニピュレータでそれを掴むと、前方に対してブースターを点火した。そのユニットに引かれる様にして、ユウジは後方へと高速で移動してゆく。

 

「あ、おい!!後で話を聞かせてもらうからな!」

 

 後方へと飛び去るユウジにそう告げるが、そんな父に対し、ユウジは「時間があればな〜」とへらへらと言葉を返しながら飛び去ってゆく。

 

 瞬間。センジョウの周囲が、影に覆われた。

 

 振り向いて見上げれば、いつの間にかビナーの巨躯が目前へと迫っていた。ビームが防がれるのであれば。圧倒的な質量差を活かし、防御の上から圧殺してしまえばいい。そう判断し、ビナーはセンジョウを噛み殺し、押し潰すべく距離を詰めていた。

 

「ったく……」

 

 そんなビナーの様子に恐れる様子もなく、一言悪態を漏らし。

 

「どいつもこいつも、俺の事をなんだと思ってるんだか!」

 

 VanaDisユニットで、そのビナーの顎をかち上げた。

 

 下部からの衝撃に、ビナーの頭部が打ち上げられ、その勢いが横へと逸れる。

 ズラされた一撃は、当然センジョウへとと解くことはなく、彼の真横を通り抜けるようにしてビナーは砂漠へと倒れ込んだ。

 倒れ込む際の衝撃と、撒き散らされた大量の砂をもう一方のVanaDisユニットで防ぎながら、センジョウは右手で頭をかく。

 

「守勢の防衛つっても。時間がないなら──」

 

 倒れ込んだビナーも、その程度でやられるわけもなく、再びその体を砂の海へと潜らせてゆく。その巨体が砂をかき分け、高速で潜っていく様を横目に見ながら、センジョウはVanaDisユニットを自身の周囲へと再展開する。

 

「──俺がコイツをノしても。問題は無いな」

 

 再び砂から首を出し、鎌首をもたげ眼前の脅威を見下ろすビナーを、センジョウはまっすぐ見据える。

 

「行け、『VanaDis』」

 

 振り上げられたセンジョウの右手に呼応するように、VanaDisユニットがビナーへと射出された。

 

 

 


 

 

 

 センジョウとビナーが戦闘を行う、そのはるか後方。肉眼ではそのビナーの巨躯すら白い糸くず程度にしか見えない距離で、ユウジは『Nuill』のスコープを覗き込んでいた。

 

「……うわぁ。スゲェや父さん。俺の計画なんかより全然すげぇ」

 

 そのスコープの中では、ビナーの猛攻に対し、たった2つのユニットを駆使し、防御と殴打を繰り返すセンジョウの様子が映っていた。

 『VanaDis』が、『Naill-VanaDis』における守勢専用のユニットであることは、ユウジも知っていた。そして、その守備力の高さと絶対性は一度目にしている。それが、殴打に用いれば強力な打撃になる事も予想はついていた。

 

 だが。

 

「アレが、父さんの『全盛期』かぁ」

 

 自分の知らない『父親』の姿に、不思議な感慨深さを覚えながらそんな事をぼやく。父の姿は、幼い頃からよく見ていた、ずっと、ずっと、一緒に見ていた。若い頃の父の話も、母からよく聞かされていた。何度も、何度も聞かされていた。『VanaDis』の機能だって、ナル(ねぇ)に頼んでいくらでも触れる機会はあった。

 けれど。それでも。その姿を、その力を、その様を。この目で見るのは、それらの延長線の想像とは、全く違う感覚がした。

 

「百聞は一見にしかず。いや、マジでそうだな、こりゃ」

 

 こんな形でそれを経験できたこと、学べた事に感謝をしつつ。そんな父の勇姿をまだじっくりと見ていたい感覚もあるが、そういう訳にも行かない事情もあった。

 

「さ、て、と。……俺もそろそろ計画遂行と行きましょうかね」

 

 一度スコープから目を話したユウジは、ぐいと背伸びをしてから、背部の『B.A.R.T.H.』ユニットを操作する。

 

「BarthSystem、起動。モード、『B.R.』──」

 

 Nuill-Barthは、パイロットであるユウジの脳波を的確に読み取り、背部複合ユニットの内、2つの装備を分離、展開、そして。

 

「──『ロングレンジ・ブラストライフル』!!」

 

 遠距離装備の『Rifleユニット』を起点に、その銃身を最大まで延長。エネルギー装填発射機構に、瞬間火力増強装備の『Blastユニット』を接続。

 超弩級、超長距離狙撃特化火力装備、『ロングレンジ・ブラストライフル』へと合体変形を果たした。

 

 身の丈を超える程の方針を支える為に、Nuill-Barthの両腕部ユニットは本体より分離、砲身を支える支脚となる。同時に、脚部姿勢制御強化のスタンドが展開され、ユウジの体は大地に食い込むようにして固定された。

 

「すぅぅぅ……っ。……ふぅーーーーッ」

 

 大きく一度、呼吸を整え、ユウジは左手を添えて右手でライフルを掴み、そのトリガーに指をかける。

 

 スコープを覗き込み、Nuill-Barthの示す計測結果の一つたりともこぼさぬように、情報に意識を尖らせる。

 

「姿勢制御、安定。風速、磁場、誤差修正。距離再計算、修正」

 

 一つ一つ、障害を確認し、対処し、判断し。

 

「エネルギー残量、35%……。狙撃以外に関連する全てのシステムをシャット。残量5%になるまで……いや、15%で十分か」

 

 自分の計画を上回る父の力も考慮に加え、攻撃の出力を整える。

 筋力をサポートする機能すら切断したことで、ユウジの身体を覆うNuill-Barthは途端に鈍重な鉄の塊へと変わり、トリガーにかけた指以外を引く以外の動作のほぼすべてが縛られる。

 

 

 

 だが。引き金が引ければ、それで事は足りている。

 

 

 

 Nuill-Barthのジェネレーターが唸りを上げた。

 Blastユニットの機能により、爆発的に増幅されたエネルギーは、Rifleユニットによって指向性を持った狙撃へと転化する。

 

 無意識に、ユウジは唇を舌で舐めた。

 

「計画通り────」

 

 

 

 スコープの視界の中で、父の装備と白い大蛇が高速で交差する。

 

 照準は、動かさない。

 

 

 

 そして。

 

 

 

 大蛇の頭部が、照準の中へと打ち上げられる。

 

 

 

 

 

「────パーペキィ!!」

 

 

 

 

 

 引き金を引く。

 

 一筋の光が、砂漠の空を引き裂いた。

 

 

 

 

 

「…………計算通り」

 

 

 

 

 

 センジョウは、眼前の大蛇を見上げて、小さく笑う。

 

 

 

「かんぺき。だな」

 

 

 頭部を撃ち抜かれた大蛇が、その姿勢を大きく崩す。

 

 完全な破壊こそされていないが、その機能の大半を失うのには十分な損害だった。

 

 倒れ伏してゆく大蛇を尻目に、センジョウははるか後方へと視線を向ける。

 

「なるほど。確かにアレは『Nuill』か」

 

 肉眼では見えないが、その先にいるであろう少年に──いや。

 

「俺の息子、ねぇ」

 

 自分の()()の息子に思いを馳せて、どうしたものかとため息を付くのであった。

 

 

 


 

 

 

ビナー(あれ)は放置して良かったのか?」

「うん。ま、あれの倒された記録はもうちょい先の筈だし、とりあえず足止め出来てりゃ十分だからさー」

 

 日が傾き、辺り一帯が夕日の朱に染まる頃。センジョウとユウジは、大きな谷の底、その横に掘られた洞穴の中にいた。

 人工的に作られたと思わしきその穴には、所々に照明器具が吊るされており、しかし、それらは電源を失ったまま埃を被っていた。

 

 センジョウは、ゴソゴソと岩や土をどかしながら何かを探すユウジの背中を、近場の石の上に腰掛けて眺める。VanaDisを発光させて光源にしているので、一応仕事はしている。

 

「ていうか。聞かなくていいのか?後はもう探し物掘り起こすだけだし、答えられることは何でも答えるけど」

「『Nuill-Barth(あんなもの)』を見せられたら納得するさ。それに、もしお前が本当に未来から来てるなら……俺はあまり未来の事を知るべきじゃない」

「流石。話さなくてもそこまでは気付くかぁ」

 

 へらへらと笑うユウジを見て、センジョウは「手段まではわからないけどな」と漏らしながら小さくため息をつき、首を横に振る。

 

「隠す気はなかったんだろ。思い返せばお前の言動も、お前が未来から来たものとしたら全部合点がいく」

「ま。そうだなー。変に話して疑われるより、要素見せてから話したほうが説得力あると思って」

 

 拾い上げた石ころを眺めてはポイポイと辺りへ投げ捨てながらユウジは言葉を続ける。

 

「それに。父さんなら、自分の息子のことぐらい、わかってくれると信じてたからさ?」

 

 ちらり。と後ろを振り返り、ユウジは父の顔を見る。

 

「大人をからかうな」

「はーい」

 

 軽薄な言動を繰り返すこの息子は、一体誰に似たのかと、センジョウは腕を組んで頭を悩ませる。

 

──少なくとも、目元は少し、ユウカに似ていた。

 

「お、あったあった」

 

 ようやく何かを見つけたらしいユウジが、1つのこぶし程の大きさの石ころを拾い上げた。

 

 それは、角張ったクリスタルのような結晶体にも見える。青く、蒼く、透き通る輝きを放つ、その鉱石の名前は────

 

「────青輝石」

「父さんも知ってるんだ、これ。買ったことあるの?」

 

 キラキラと輝きを放つ美しい宝石を父に見せながら、ユウジは首を傾げる。

 

「いや、俺は無い。オヤジが取引で使ってるをの何度か見たぐらい」

「へぇ……。この時代じゃまだまだ普通にあったってのは本当なんだな」

「この時代では……って事は」

 

 服についた砂埃を払いながら、ユウジは立ち上がり、センジョウへと歩み寄る。

 

「そ。俺のいる時代じゃもうほとんど取れなくてさ。あっても砂粒ほどの小さな欠片しか残ってないんだ」

「それでわざわざ取りに来たのか?」

「『Nuill-Barth(相棒)』の修理にどうしても必要でさ。みんなの力を借りて採りに来た。って寸法」

 

 目的の石をポケットにしまい込んだユウジは、そのまま洞窟の入口へ向けて歩き出す。

 

 もう、『此処』に、用はない。

 

「帰ろうぜ、父さん」

 

 振り返り、こちらを伺うユウジに対し、センジョウも座っていた石から立ち上がる。

 

「ああ、そうだな」

 

 

 

 そのまま、2人は並んで洞窟の外へと出た。

 その間、1つも言葉は、交わさなかった。

 

 

 

 洞窟を出ると、いつの間にか日は沈み、月の明かりばかりが辺りを照らしていた。

 

 センジョウは、我が子に問いかける。

 

「もう、行くのか?」

 

 ユウジは、父に答える。

 

「ああ。みんなが待ってる」

 

 別れの時が。来ていた。

 

 

 

「……いきなり来て、面倒な事に突き合わせて悪かったよ、父さん」

「いいさ、気にするな。我が子のワガママに付き合うのも親の役目だ」

「俺、まだ生まれてないのに?」

「それでも、お前にとって俺は『父親』なんだろ?」

 

 父の言葉に、ユウジは1度目を丸くしてから、優しく表情を崩す。

 

「────ああ、そうだよ。アンタは、俺にとって。最高の父さんだ」

 

 そんな息子の言葉に、センジョウは眉尻を下げて、腰に手を当てる。

 

「実感なんて無いけどな。俺は、まだまだ人に胸張れるような『親』じゃない」

 

 20にも満たない、あまりに未熟な人生で。1人の子供を大人になるまで世話ができるかなんて。センジョウには自信が無かった。自分の姿が、自分を育てた、自分が憧れた。あの立派な父の姿に近づけている確信なんて、欠片もないから。

 

 でも。

 

「少し。自信が出たよ」

「自信?」

 

 ユウジは、父の言葉に首を傾げる。

 

「ああ。……どんな形でも、俺はきっと、これからを生きる。これから生まれてくる、俺の子供に、恥じない自分で居られると。そう思う」

 

 いつの日か。自分の思いを、意志を、願いを。『より良い明日』を求める、ささやかな祈りを。きっと、絶やさないために。

 

「そっか」

 

 言葉はもう。不要だった。

 

 

 

 ユウジは、デバイスを天に掲げる。

 

 

 

 一筋の光が天に伸び。そこを通じて、世界に小さく、『孔』が開く。

 

「それじゃ。またな、父さん」

「ああ。……そっちの皆によろしくな」

「うん。父さんも、母さんによろしく」

 

 ユウジの体が、孔に吸い込まれるようにして少しずつ浮かび上がる。

 そんな彼の姿を、センジョウは静かに見送る。

 

 

 

「────母さんとこれからも仲よくな!じゃ無いと、俺!産まれてこないからさ!!」

 

 

 

 ユウジは、大きく手を振りながら、精一杯の声で父に言葉を告げてから、孔の先へと消えていった。

 

 

 

 孔が閉じ、痕跡の残らない夜空を見開けて。センジョウはため息を1つ。

 

「余計なお世話だ」

 

 今日の、奇妙な出会いに思いを馳せて。静かに月を見上げていた。

 

 

 

 


 

 

 

「ただいまー」

 

 家の扉を開き、玄関で靴を脱いでいると、ドタバタと足音が聞こえる。

 

「お父さん!!おかえりなさいです!!」

 

 家の奥から現れたナルが、ぴょん、とセンジョウの胸へと飛び込んだ。

 センジョウはそんなナルを抱きとめると、右手でそんな娘の頭を撫でる。

 

「おかえりなさい。今日は随分遅かったけど。何かあったの?」

 

 少し遅れて、ユウカがゆっくりと歩いてセンジョウを出迎える。

 

「少し急用が出来て、アビドス砂漠まで足を伸ばしてたからな」

「アビドス砂漠?」

「だからじゃりじゃりしてるんですね」

「……ちょっと。ちゃんと砂落としてから上がってよ?」

「悪い悪い……一応それなりにはたいたつもりだったんだけどな」

 

 ユウカの責める様な視線に苦笑を浮かべながら、センジョウはナルに離れるように促してから、上着についた砂を軽く玄関ではたき落とす。

 

「アビドス高校で何か問題?」

「いや、そう言うんじゃないんだけど……。すこし、探し物を」

「そう?……あんまり危険なことは、しないでね」

 

 ユウカは、センジョウが何かを言いにくそうにしているのを機敏に察して、それ以上の追求はしなかった。けれど、彼がすぐに無茶をするタイプであることを知っている以上、心配しないという訳にも行かなかった。

 

 そんな彼女の──最愛の人の、温かな思いやりにセンジョウは頬を緩める。

 

「大丈夫だよ。俺はもう、お前たちを残して1人でどこかに行くような真似はしない」

「……今度は。ちゃんと行動で信じさせてね」

「勿論だ」

 

 過去の自分の行動が、信用に値しないこと等誰よりも理解している。それでも、そんな自分の言葉を信じてくれるユウカの姿に感謝を感じながら、センジョウは彼女の瞳をじっと見つめる。

 

「……なに?」

 

 急にまじまじと見つめられたユウカは、不思議そうにセンジョウの顔を見返す。

 

「いや、大したことじゃない」

 

 そんなユウカに、センジョウは笑って語りかける。

 

「ユウカ」

「?」

 

 この気持ちは、きっと。ずっと、変わらない。

 

 

 

「愛してる」

 

 

 

 ただ、一言だった。

 

 それだけで、十分だから。

 

「そう」

 

 センジョウの言葉を聞いて、ユウカは静かに瞳を閉じて、呆れたようにため息を一つ。

 

 

 

「私もよ」

 

 

 

 2人は、静かに笑い合い。

 

「私も!お父さんとお母さんが大好きですー!」

 

 そんな2人の手を取って、ナルは満面の笑みを浮かべていた。

 

 

 


 

 

 

「────ミッション終了。お疲れ様です」

 

 とある研究所にて、孔より帰還したユウジを、1人の少女が出迎える。

 

 蒼く長い髪を持つ、背丈の小さなその少女は、不釣り合いなほど大人びた表情で笑顔を浮かべた。

 

「おかえりなさい。ユウジ」

「うっす。ただいま、ナル(ねぇ)

 

 自分を迎えてくれた姉に、ユウジは軽く右手を上げて挨拶を交わした。

 

「つっかれたぁ…………。ま、計画以上にスムーズに終わって良かったぜ〜」

「目的のものは回収できたみたいだね。ユウジくん」

「当然」

 

 モニターと計器に囲まれたブースから聞こえた声に、ユウジはビッと親指を立てる。

 

「コレでいいんだろ。ウタハ博士」

「……うん。間違い無い、青輝石だ」

 

 ユウジが懐から取り出したソレを、博士へと投げてよこすと、それを事も無げに受け取ったウタハは、軽く様子を確かめてから深く頷いた。

 

「コレで『Nuill-Barth』の修理も再開できる。……完了するまで、少し待っていてくれ」

「はい。ユウジも今回のミッションで疲れているでしょうから、今は休みましょう」

「ありがとうな、博士、ナル(ねぇ)。そうさせてもらうわ」

 

 ユウジはぐいと伸びをしてから、上着とデバイスをナルへと渡してから部屋の出口へと歩き出した。

 仮眠室へと向かうユウジを、ナルとウタハは見送りながら手を振り、ユウジは同じ様に軽く手を振って返す。

 

 扉を開けて、研究所の廊下を進む。

 

 まだ、胸の高鳴りは、収まっていなかった。

 

 

 

「"────お帰り、ユウジ"」

 

 

 

 廊下の先に、男がいた。

 

「うん。ただいま」

「"大変なミッションだったみたいだけど、どうだった?"」

「んー。まあ大体計画通り。結構楽しかったよ」

「"そっか。いい経験ができたみたいだな"」

 

 仮眠室へと歩き続けるユウジの横に、男は自然に並びながら、会話を続ける。

 長い廊下に、コツ、コツ、と。靴が床にぶつかる音が響いていた。

 

「ああ。そうだ、『先生』」

 

 ユウジは、隣の男──『先生』に、にぃっと歯を見せて笑いかける。

 

「昔のアンタも、カッコよかったぜ」

 

 『先生』と呼ばれた男は。そんな言葉に表情をほころばせると、自信に満ちた表情で、隣の『子供』に笑いかける。

 

 

 

「────当たり前だろ?」

 

 

 

 

 

 

 Before Sunrise

 

 ─Fin─







 登場キャラ紹介

・蒼井ユウジ
 蒼井センジョウと蒼井ユウカの実の息子。高校進学のタイミングでキヴォトスへの留学を開始、現在はシャーレ預かりの身として、様々な学校の授業を受けながら学生生活を送っている。
 「計画通り、ぱーぺき〜」は彼の口癖。
 彼の愛機、『Nuill-Barth』は白石ウタハが長年の研究と開発の末完成させた『Nuill』の後継機であり、発展機。様々な機能と役割も持つ『性能試験機』としての側面も持つが、それはまた別の話。

作者メモ:『蒼井センジョウ』が主役を譲るとしたら。のコンセプトで産まれた少年。彼も彼なりに『主人公』としての気質や性分を盛り込んでデザインされているが、センジョウと明確に異なるのは『家庭環境』か。キョウヤ、センジョウと受け継がれてきた願いが実を結び、産まれてからずっと幸せな家庭ですくすくと成長できた幸せ者でもある。



・マツリ
 トリニティ総合学園1年生。おっとりとした正確でありながらお調子者で、その結果かなりのおっちょこちょいのトラブルメーカーでもある。
 その性質上、入学早々センジョウの世話になる事となり、自分を助けてくれた『センジョウ先生』の事を頼りにしている。

作者メモ:ブルーアーカイブでありながら、『未来』を語る為に、その時間経過を見せる為に産まれた『新入生』。この世代の生徒たちにとっては、『蒼井センジョウ』は最初から『センジョウ先生』であるという意味も大きい。キャラ個人としてはジェネリックヒフミではある。



・リム、ルゥ、レン
 ドロップアウトした不良の三人組。リーダー核であるレンが2人を連れている光景が主だが、行動指針を決めるのはリムとルゥで、レンはそれに振り回されていることのほうが多い。
 リムとルゥは1年生。レンは2年生である。

作者メモ:ジェネリックヘルメット団。彼女たちも『センジョウ先生』の事をよく知る生徒達としての役割を担っている。命名基準は『"ラ"ブ』から初めて『リ』ム、『ル』ゥ、『レ』ン。である。



作者所感

 『青空DAYS』、ひいては『蒼井センジョウ』と真剣に向き合った結果、原作『ブルーアーカイブ』の二次創作と言うにはあまりにも原作キャラクターの出番のない話になってしまいましたが……。個人的には満足する作品を書けたかなと思っています。

 蒼井センジョウという一人の少年が大人になるまでの話が青空DAYSであるならば、その先にあるのはやはり、大人である彼の、その子供の話であるべきではないか?と、私は考えました。結果、原作『ブルーアーカイブ』からは乖離しつつ、しかし、彼らの生きた世界の根源たる『ブルーアーカイブ』へのリスペクトと感謝は忘れぬつもりでこの作品を書きました。
 『蒼井ユウジ』くんの話も、実は色々考えてまして。もしかしたら今後投稿することもあるかもしれません。そうなってしまえば本格的に『ほとんどオリジナルじゃねぇか』と言われてしまいそうなのがネックではありますね……。いや、本当に原作リスペクトはしてるんですけど。

 二次創作とは、キャラにしろ、世界にしろ、その要素をお借りして生み出される世界で、作品です。それがこんな形で大きく膨らみ、広がり、成長するとは、書き始めた頃……1年前は想像も付きませんでした。
 度々申し上げておりますが、これもひとえに皆様の応援あってこそだと思います。本当にご愛読ありがとうございました。

 これを最後……とするつもりはありませんので、またダラダラ気ままにこの世界の話を綴っていこうと思います。ですから、また気が向いたときにでも、この作品を見ていただければ幸いです。


 最後に。

 センジョウへ、1年間ありがとう。ユウカと幸せにね!
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