時系列が大幅に異なるのでご注意下さい。
具体的に言うと、本編完結から約1年後、本編中3年生たちが卒業したりした後の話になります。
手慰みで書いただけなので、いつもの半分ぐらいの文量ですので、ご了承下さい。
「お疲れ様です。センジョウ先生」
「おう、お疲れ」
ある日のトリニティの一室に、教師と生徒が居た。
その日の仕事を終えたらしい二人は、ソファーに並んで腰を下ろし、生徒の淹れた紅茶を味わいながら、その日の仕事の疲れを癒す。
当然、その程度で肉体の疲労が万全になるわけではないが――心のコリは、一気にほどけて行った。
「最近はどうだ?ティーパーティーのホストとしての仕事は」
「まあ、なんとか……。ナギサ様から直々の指名があった時には、どうなることかと思いましたが……」
「ま、シュウコの手腕と人望を見て。だろうな、ナギサは“見る目”があるし」
「とはいえ、フィリウス分派を取りまとめる程の家柄では……」
「“初代当主”は何にだってある。って事だろ」
簡単に言う。と、私は呆れの混じった視線を目の前の男へ向けた。それは、私なりの抗議でもある。
「よく頑張ってるよ。シュウコは、本当に」
「そう思うなら、ご褒美を頂きたいです」
「ご褒美?俺から?」
「はい。頑張った生徒を労うのも、先生の仕事だと思います」
我ながら図々しく物言いだ。なんて、そんな思いを欠片も表情には映さず、私は強かに彼に求める。
生徒に求められた男は、困ったように眉をハの字にして、後頭部を軽く掻いた。
「……今度茶菓子でも持ってくるよ」
「物で釣るなんて。手慣れてますね?」
「じゃあ、百鬼夜行の旅行券」
「そんな時間、取れると思いますか?」
「…………しばらくの当番休暇?」
「ゼロ点です」
「ゼロぉ!?」
厳しい評価に、教師である男は頭を抱えてうめき声を上げる。
こういう事に鈍いのは、昔から変わらない。
――いや、違う。
分かっている。分かっているのだ、彼にとっての“一番”を。よく知っているから。
私の心がわかるはずなどない。わかる必要はないし、分かるべきでは、無いのだから。
――けれど
「――ん」
座ったまま、彼に向けて両手を伸ばして、体を開く。
まるで幼子みたいだ。なんて、恥ずかしさを覚えてしまう。
「……ん?」
察しの悪い彼は、私の行動に訝しげな表情を浮かべて、首を傾げた。
「わからないんですか?」
答えは知っていても、聞かずには居られない。それは、誰の為でもなく――私の為に。
「ぎゅって。してください」
「……えぇ?」
甘えている。私は、彼に甘えている。
断られる事が分かっていて、これが、許されない事だと分かっていて。
私が“子供”で、彼が“大人”だから。
察しの悪い彼は、答えを探して、私の顔を見て。
少しだけ、頬が熱くなるのを感じた。
「――冗談です」
限界だな、そう思って私は両手を下ろして座り直した。
答えが無いのは、分かっていた。
身なりを正して、目の前の紅茶に手を伸ばす。なんだかじっとは、していられなかったから。
不意に、私の頭の上に何かが、むずっと覆いかぶさった。それは、暖かくて、強引な柔らかさがあった。
ゆっくりと、ソレが私の頭を撫でる。絹糸を梳くようにして、優しく、穏やかに。
妙に手慣れていたその手つきは、愛おしいものに触れるというよりは、大切な物を傷つけんとするような、そんな大らかさがあった。
「……先生」
「なんだ」
「急に女の子の頭を撫でるのは、セクハラですよ」
「ンがッ!?お前なァ!!」
私は頭の上にある彼の手を退かすこともせず、少しだけ、意地悪をした。
だって私は、貴方の娘じゃないのだから。
私の言葉に、彼の手が離れていく。柔らかな温かさが離れて行くことに、寂しさと、ほんの少しの後悔を感じた。
浅ましいけれど、彼から触れてもらえたことが――嬉しかったから。
「ありがとうございます。センジョウ先生。……でも、あんまり他の子にしたらいけませんからね?」
「分かってるよ」
本当にわかっているのだろうか?この人は。
「……本当に、変なところで気が回らない人ですね」
「悪かったな」
すねたような言葉を言うのは、子供のようにも見える。
けれど、彼は子供ではない。私と同じ、生徒ではない。
「……ねぇ、センジョウ先生」
ふと、心のなかにしまっていた、1つの言葉が顔を出す。
「もし。もしも。ですよ」
軽い弾みに、口を通して、形を成した。
「センジョウ先生がキヴォトスに来て――」
それは、何度も考えては否定した。私の中の、小さな小さなわだかまり。
「一番最初に出会ったのが――」
――“あの人”ではなく。
「私、だったら――」
――私と貴方は、どうなっていたんでしょうか?
いつの間にか、私はじっと、彼の瞳を覗き込んでいた。
そして彼は、私のそんな言葉に――
「……ホシノと言い、お前と言い、何でそんな事を聞きたがるんだ」
「ホシノさんが?」
予想外の人物の名前に、私は思わず思考が止まる。
小鳥遊ホシノさん。現在、シャーレで教員の勉強をしている方だというのは、私も知っている。けれど、いったいどんな経緯で――。
「まあ。答えは同じだな、多少意味は違うが」
「……それは」
「“わからない”だ。……少なくとも、それは、その世界の俺は、“俺”じゃない」
小さく首を横に振って、センジョウ先生は背もたれに大きく寄り掛かる。
「知ってるだろ。昔の俺が、どんな奴だったか」
「…………」
――勿論。よく、知っている。
「バカで、子供で、無鉄砲で。自分のことも分からないような、そんな世間知らずのクソガキだよ。ここに来たばかりの俺はな」
自嘲気味な笑みを浮かべながら、彼は語る。
どこまでも真っすぐで、一生懸命で。迷いながら、傷付きながら、それでも歩みを止めなかった。
それが――“蒼井センジョウ”。
「でも、そんな俺が今の俺になった理由なんて、1つしかない」
そんな彼が、どうしてこんな“大人”になれたのか。なんて、そんな事。私もよく知っている。
彼は優しく微笑みながら、愛おしそうにその名を呼んだ。
「ユウカが隣にいてくれたからだ」
…………ああ。そうだ。そんな事、言われる前から――知っている。
「だから、今の俺は、ユウカと出会った俺だから。“俺が一番最初のユウカ以外と出会う”なんてことは、有り得ない」
1人の若い少年が、1人の優しい少女に出会い。
共に歩んで、恋をして、2人で大人になっただけ。
これは、そんな単純な話だと、私は最初から――知っていた。
「……そう、ですね」
けれど、それでも。そんな分かりきった言葉があると知っていても。私が言葉にしたのは。
「センジョウ先生」
私は、精一杯の笑顔を浮かべて、彼に言う。
「ありがとう、ございます」
――これできっと、私も大人になれるから。
今日の紅茶は、なんだかちょっぴり、苦い味がした。
別タイトル案:シュウコのメモロビ
ちなみに、ホシノがセンジョウに「もしも」を聞いたのは、原作のアビドス3章に当たるストーリーの話です。
それは、現在ちまちまプロット作成中の“アビドス大火編”の話になるのですが……、それはまた別のお話。
また次の機会にお会いしましょう。それでは。