青空DAYS   作:Ziz555

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それは、青い記憶。懐かしい日々。


出会えたことを忘れたなら、きっとどんなに楽だろう。

それでも、出会えたことを。幸せと呼ぶんだ。


ハッピリィ・エヴァー・アフター

 

 ミカからの話を聞いて尚。それでも先生は補習授業部のメンバーの事を信じていた。

 

 ヒフミと繰り返していた、深夜のミーティング(意味浅)にハナコを加えたやり取りを経て、問題だったハナコの協力を得られた事も大きい。

 アズサの行動に、気になる点が全く無いかといえば嘘になる。だが、彼女が補習授業部と過ごす姿に嘘の感情は見受けられなかった。

 

 先生は、こういう時に策謀を巡らせ、具体的な案を講じるのが得意というわけではない。

 だが、真摯な彼女達の努力は。確かに、少しずつでも形を成してきていた。

 

 

 そんなある日。さまざまな不運の重なった彼らは、紆余曲折をへて、嵐の日に水着姿で体育館に集まっていた。

 

 ……本当に紆余曲折があったので。詳細は省こう。

 

 とにかく、勉強どころではなくなってしまった彼女達は、互いの胸のうちを明かしたり、噂話に華を咲かせる。

 

 そうなると、当然。合宿の噂話となれば、恋バナははずせない。

 

「と言うわけで先生!奥様との蜜月の日々を、熱い情動の交わりをぜひ!」

「ちょっと!なんか言い方がおかしいでしょ!普通に身の上話でいいんだからね?」

「コハルちゃんも気にはなるんですね……とは言いつつ、私も気になるなぁ~なんて……」

「家族の話……」

 

 それぞれがそれぞれがの来たいの眼差しを、先生へと向ける。

 

"……あんまり面白い話じゃないと思うよ?"

「面白いとか面白くないじゃないの!私達は先生の恋バナが聞きたいんだから!」

「こ、コハルちゃん……」

"仕方がないなぁ……"

 

 

 

 そうして、俺は。過去へ思いを馳せる。

 

 

 

 

 俺の妻。『蒼井キョウカ』と出会ったのは、ちょうどみんなと同じぐらいの頃だった。

 

 当時の俺は、新しい学校と、新しい環境に心を踊らせていた。若く、勢いのあった俺は、自身の青春を確信していた。

 部活に励み、勉学に勤しみ、友と出会い、淡い恋をして、彼女を作って、自転車の後ろに彼女を乗せてみたり。なんて、そんな事を考えていた。……自転車の2人乗りは危ないからやっちゃダメだよ。

 

 そんな俺の学校には、一人、不思議な子がいた。

 

 その子は、学校を休みがちで、いつも眠そうにしていて、部活にも入らず、早退だってしょっちゅうで。朝はいたのに、昼になったらいなくなってる。なんて日もあった。

 

 そんな彼女はみんなから奇異の目でみられていたし、実は子供を産んでるだとか、夜遊んでるから学校でよく寝てるんだとか、そんな噂話もちらほらあった。

 

 けれど、俺はその子がそんな悪い子には見えなかった。

 

 

 

 だから、不思議と気になって。ある日、昼休み、学校から出ていく彼女の後をつけることにした。

 若さってのは酷いもので、当時の俺はそれが犯罪行為だなんて思わなかったけどね。今やったら捕まるようなことでも、当時の俺には興味が抑えきれなかった。 

 

 

 そうして、たどり着いたのは、小さなアパートだった。

 

 

 家族暮らしとするには、少し狭すぎるような気もするそのアパートに、確かにキョウカが入っていくのを見て、俺はそのまま彼女の入っていった部屋を覗くことにした。……いや、ほんと今考えると最低だよねやってること……。

 

 ……そこでみた光景に、俺は腰を抜かした。

 

 キョウカが、一人の赤子を大切そうに抱き抱えて、哺乳瓶から、ミルクを与えていたんだ。

 

 噂が本当だったのか、とか、そんなことを思ったけど。次の瞬間には、そんな考えは吹き飛んだ。

 

 ……キョウカのその子をみる目が、本当に慈愛に満ちていた。

 

 それをみて、なんとなく理解したんだ。

 

 ああ、この子は、自分と変わらない年齢だと言うのに。この赤子の未来のために生きているんだって。

 

 彼女は確かに、心の底から、その子を愛していた。

 

 

 

 

 ……でまあ、その後キョウカに見つかって、ガッツリ怒られたんだけど。

 

 だけど、俺は。そんなキョウカをみて、自分の青春なんか、どうでもよくなっていた。

 

 俺もこの子のために生きる、君の背負ってるものを半分俺に分けてくれ。なんて、そんな感じの事を一生懸命キョウカに話して、何度も、何度も何度も、何度も何度も何度も頼み込んだ。

 

 そうして折れたキョウカがその子を俺に抱かせてくれた時、確信した。

 

──ああ、俺は。この子の未来のために生きられる──

 

 なんて事を。

 

 

 

 そこから先は、もう、とにかく必死だったから覚えていない。

 キョウカの両親は何処かに行ったっきりだっから、自分の両親を巻き込んで、必死に勉強して、必死に働いて、必死にその子の成長の為に、キョウカと色んな事をした。

 

 学校で何を言われようと、構わなかった。

 

 

 共に子育てをするようになって、キョウカの事がよくわかってきた。

 優しいけど、結構さっぱりしてる性格だとか。可愛いものと同じぐらいSFが好きだとか。料理は薄い味付けが好きだとか。

 学校でも、誤解されているキョウカを守るために、殴り合いの喧嘩をしたり、進級テストの成績のためにキョウカの勉強を見たり。

 

 

 もう、いつの間にか自分の青春なんかどうでもよくなっていて。とにかく、彼女とその子の為に頑張ることが、俺の全てだった。それが、どうしようもなく嬉しかった。

 

 

 俺達の努力が実を結んで、子供……センジョウは、すくすくと育っていった。

 

 

 そうして学生時代が終わって、大人になった時。私とキョウカは一緒になることを選んだ。

 

 私は子供と同じぐらいか、それ以上にキョウカの事を愛していたから。

 

 恥ずかしいけど、子は(かすがい)って事なのかもしれないね。こんな私でも、キョウカは受け入れてくれて、心から愛してくれていた。

 

 

 そうして二人で、約束をした。センジョウの事を守ろう。彼に、彼の望む未来を掴めるだけの環境を与えよう。

 私達は、間違いなく、センジョウの事を何よりも大事に思っていた。

 

 そうしてある時、私は、人に物を教えるのが得意だったから。人の事をみるのが得意だったから、先生になるのが向いてるんじゃないかってキョウカに言われた。

 

 キョウカは、私の『誰かのために本気になれる』事を、大好きでいてくれたんだ。

 

 

 

"……だから私は。センジョウの為に、妻との約束を守るために。先生になったんだよ。"

「お、おぉ……」

「な、なんだかすごいことを聞いちゃった気がする……」

「まさに情熱の物語、2人の愛の日々でしたね……」

"なんか恥ずかしくなるな……"

 

 尊敬と興奮した視線を向けられ、先生はむず痒くなった頬を掻く。

 

「それでそれで!今は奥さんはどうしてるの!?」

 

 興奮のまま、コハルが問いかける。まあ、はぐらかすのは無理があるだろう。

 先生は寂しそうな苦笑を浮かべて、口を開く。

 

"病気で亡くなったよ。3年前に"

 

 

 

 

────キョウカは、学生時代の無理が祟ったのか、大人になってから極端に体調を崩しやすくなっていた。

 

 ちょっとしたことで熱を出したり、寝込むことはしょっちゅうで。だけど、だからと言って私が仕事を休むことは、キョウカは喜ばなかった。

 稼ぎの事もあったけど、それ以上に、私自身が仕事をする事を彼女は望んでいたみたいだったから。私もそれに応えて仕事を頑張っていたし、それでも、できる限り時間を作って、家族で集まれるようにしていた。

 

 

 センジョウもある程度大きくなり、家事などの手伝いが出来るようになると、私達の事を考えてか、進んで家の手伝いに励んでいた。

 

 ……そのせいでどうやら、学校に友達はいないようだったし、なんど気にせず好きにするように伝えても、『これが俺のやりたいことだから』。と、わがままを一つも言わなくなっていった。

 

 だから、少しでも早く、センジョウとキョウカに余裕のある生活を送って貰うために。キョウカとの約束を果たすために、私は…………

 

 

 

 

 

 ……仕事に忙殺されて、見舞いがしばらく出来てなかった。

 

 そんなある日。職場に、センジョウから電話が着た。

 

 

 

────姉さんは、死んだよ。最後まで、笑ってた。兄さんの話を。してたよ。

 

 

 

 

 今でも思い出せる。あの喪失感は、……もう。二度と。味わいたくはない。その日は仕事なんて手につかなくて、すぐに家に帰った。帰って、一人で泣いた。

 

 

 

 

 

 

 後悔がないと言えば、嘘になる。

 

 けれど、それでも。キョウカの思いは、確かに受け継いだ。

 だから、センジョウはこうして立派に育っているし、歳の近い友達だって、ようやくできてきた。

 

 センジョウがキヴォトスに来ることを望んだ時には驚いたけど。本気でやりたいと願う彼の気持ちを、私は応援したかった。……久しぶりに聞く、『わがまま』だったから。って言うのもあるけど。

 ……まあ、だから、そのために出来ることを、一生懸命にやってきたし、今も続けてる。それが、今の私に出来る全てだから。

 

 

 

"だから、もう私は前を向いて進んでるんだよ"

"立ち止まったままじゃ、妻に笑われちゃうからね"

 

 

 4人の生徒達は、口を閉じたまま、先生の顔をみる。

 

 ……まあ、なにも言えないだろう。

 いつの間にか、嵐は止んで、空が晴れていた。気がつけば、いつの間にか電気も復旧しているようだった。

 

"さ、そろそろ話はおしまいにして、洗濯をやり直したりしよっか?"

「……そうですね。私としてはこのまま雨上がりの空気を肌身に感じるのもやぶさかではありませんが……」

「なに言ってんの!そんな変態行為するわけ無いでしょ!洗濯終わらせてさっさと服を着るわよ!」

「さすがこのままじゃあ風邪引いちゃいますからね……」

「体調管理も大切だ」

 

 そんな話をしながら、校舎へと戻っていく4人の背中をみて、雨上がりの空を見上げる。

 

 虹はかかっていなくとも、透き通った青空が、どこまでも、どこまでも高く見えた。

 

 

 だからだろうか。さっきまで、妻の事を思っていたからだろうか?

 

 ふと、懐かしい記憶がよみがえる。

 

 

 私の、数少なく、短い、けれど確かに刻まれている、青い記憶。

 

 

 

 

 

 

 

──ねえ、好きな季節っていつ?

──俺?……俺は夏だな。青空があんなに広く感じられる季節は他に無いし。

──じゃあ、私のお隣さんだね。

──私はね、梅雨が好き。

──梅雨……?なんか、独特だな……

──そう?でも、考えてみてよ。梅雨の後には夏が来るでしょ?だから────

 

 

 

 

 

"どんなに長い雨でも、必ず晴れるから。か"

 

 

 彼女のそんな言葉を思い出す。

 

 

 大丈夫。あの日の約束は、今もずっと生きている。

 

 

 ……夏の足音が確かに、近づいていた。

 

 

 

 

 あの日と同じように、今日も空は、高く、広く。青かった。





先生の原点。
思いの出発点。

それは、優しい祈り。
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