でもそこまで気が回らんのですね。
自分が楽しいので
──システム、正常に作動。
──ジェネレータ稼働率、100%。
──機体損耗率、7%。動作に影響無し。
──バイタル安定。人体負荷計算終了。
──『最大稼働』終了まで、残り300秒。
頭に直接、情報が流れ込んでくる。
透き通るように頭が冴えて、まるで、自分が透明になったような感覚。
────気分がいい。今なら、どこまでも飛べそうだ。
ヌィル・ヴァーナと、自分の身体の境目が希薄になっているのを感じる。悪くない気分だった。
「3分で終わらせる」
宣言ではない。これは、確定事項だ。
「また大口叩いて、恥をかいても知らない──」
目の前の敵が口を開いているが、待ってやる義理もない。
体を前に、進ませる。
次の瞬間。ミカの身体は宙を舞っていた。
「(…………へ?)」
ミカは一瞬、何が起きたのかの理解ができなかった。何も見えなかった。ただわかるのは、自分の左半身からくる激痛と、自分が凄まじい力で吹き飛ばされた事だけだ。
次の瞬間にはグラウンドの地面に叩きつられ、天と地が目まぐるしく入れ替わる。そこではじめて、自分が屋根から叩き落とされたことを理解した。
地面を転がりながら、腕を使って身体を跳ね起こし、地面を足を立てて勢いを殺す。
自分が飛んできた方向を見れば、そこには脚部を上げて、蹴りの残心をしているセンジョウの姿があった。
「(蹴り飛ばされたの?一瞬で?)」
思考を巡らせる。あり得ない、さっきまでとはまるで何もかもが違う。なにかが、起きている。
次の瞬間、センジョウの姿がブレる。
「こっちだ」
背後の声に振り返れば、そこにセンジョウがいた。
「やっば……い!」
ミカは本能的な危機感に、それまでの滑らかな回避とは違い、大地を転げ回るようにしてその場から身を動かした。
振り下ろされたヌィル・ヴァーナのアームが大地へ振り下ろされ、凄まじい風圧と衝撃を伴う。
速度も、威力も、先程までとは比べ物にならない。
たかが、見た目が変わっただけで。何がこんなに変わるのか。ミカは、その変化に恐怖すら覚える。
対して、センジョウの心は無気味なまでに穏やかだった。
『調整剤』の効果により、ヌィル・ヴァーナとの同調率が限りなく100%……つまり、完全な同一化へと近づいたことにより、センジョウの脳内には、ヌィル・ヴァーナの全てが流れ込んできていた。
武器を搭載したマニピュレーターは、自らの腕のように動く。足も同じだ。脚部裏にある、移動用のパルスフィールド装置でさえ、指先のひとつを動かすように繊細に出力を動かせる。背中にあるバーニアは、自分に翼がないのが嘘のように、空を飛ぶ感覚を自分に与えてくれる。
それに加えて、ヌィル・ヴァーナの見せる戦況予測は、センジョウから得られる情報の制度が上がることで、数秒程度の先を見せる『未来予知』の領域に至っている。
───自由だ。
肉体が精神の檻である。等という考えを信じているわけではないが。それでも、普段の自分の身体がどれだけ不自由なのかを感じてしまう。
だが、だからこそ。
「……へぇ。やっぱり、その力はダメな感じなんだ。そうだよね、そんなズル。ありえないもん」
「お前を倒すには十分だ」
……バイザーから、そして、鼻からボタボタと血を流すセンジョウを見て、ミカは確信する。
外傷によるものではない。身体が、ヌィル・ヴァーナのもたらす負荷に耐えきれていない証拠だ。
3分という宣言は、勝ちを確信したものではない。自分の戦える限界時間なのだと。
そう、誤認した。
「続けるぞ」
センジョウは再び、バーニアを吹かし、加速する。
グラウンドへミカを叩き込んだのは、『逃げ場を与えないため』だ。
脚部パルスフィールドの出力を変化させ宙を蹴り、バーニアで加速と急制動を繰り返し、縦横無尽に、不規則な軌道を描いて、単独でミカを包囲する。
「今度はちょっと……気合い入りすぎだとおもうな!」
ミカは動きを予測し、センジョウが足を止めた一瞬を狙って引き金を引く。
だが、弾丸がそこへ届く頃には、もうそこにセンジョウはいない。
センジョウは高速機動を維持しつつ、腕部マシンガンをミカへ向けて掃射する。
不規則な軌道を描く弾幕を、ミカも必死に避けようと身体を捻るが、回避した先には既に次の弾丸が打ち込まれている。
一発一発のダメージはさほど大きくなくとも、痛いものは痛い。そして、痛みは集中を削ぎ落としていく。
「女の子にこんなことして……!」
そんな悪態を受けるが、それでもセンジョウは無慈悲に弾丸を浴びせ続ける。
だが、それだけで勝てるほど、ミカは甘くない。
──両腕武器、残弾0。パージします。
ミカの体力と精神力がつきるより先に、センジョウの武装の弾丸が尽きる。
グラウンドへ落下する武装を見て、ミカは笑顔を浮かべる。
「ようやく弾切れみたいだね、それじゃあ次は……」
弾丸がなくなったならば、残っているヌィル・ヴァーナの武装は一つしかない。
それに、これほどの高速機動が肉体に負荷をかけない訳がない。
つまり、相手の行動は一つしかない。
ミカの予想通り、センジョウはバーニアを吹かし、真っ正面から突撃を仕掛ける。
銃撃が通用しないとしても。確かに肉弾戦の一撃は通じていた。
そんな相手が、真っ正面から突っ込んできていた。なら、その速さも上乗せして、迎撃してやればいい。
そう考え、ミカは拳を突き出した。
「悪いが、その拳は届かない」
……それすら、見えてる結果だった。
「……あはっ。ちょっと不公平すぎない?」
ミカの拳は、パルスフィールドに止められ、センジョウへ届くことはなかった。
ジェネレータの出力が上がれば、防壁の強度も上がる。考えれば、当然の思考。
センジョウが倒せもしないミカを相手に銃弾を撃ち続けたのは、思考を奪うための策だった。
そこまで含めての、『3分』。
センジョウは、ミカの頭をマニピュレーターで逃さぬように掴む。
「……っ!?」
「終わりだ」
全身のブースターと、ジェネレータの余剰エネルギーでさえ、その全てを推力へと変換して、加速する。
「う……ぉぉぉぉぉおおおおおお!!!!」
速さだけではなく、全力の一撃を込めて、前へ進む。加速する。何よりも速く。
「俺のォ!!」
そうして、その勢いのまま、ミカを壁へと叩きつけた。
「勝ちだァ!!」
圧倒的な速度と質量を伴った突撃は、壁を容易く粉砕し、ミカをその建物の内へと叩き込む。
勢いは止まらず、何度が床をバウンドしたミカの身体は、そのまま対面の壁に叩きつけられ、そのまま倒れ伏す。
「……痛いなぁ……。全身、ぼろぼろだし、指一本動けないや……」
「……」
──敵戦力の沈黙を確認。『最大稼働』を終了します。
ヌィル・ヴァーナのジェネレータは稼働を落とし。赤熱していた装甲は排熱を伴い、本来の黒い色を取り戻していた。
だが。
「ダサいなぁ……なんで勝者のキミもそんなにボロボロになってるの?」
「むしろなんでお前はそんなに余裕そうなんだよ……」
バイザーを非戦闘マウントにすると、センジョウの素顔は、血と汗でぐちゃぐちゃだった。
だが、確かに。それでも勝者はセンジョウで、敗者はミカだった。
「……ここまでだ、聖園ミカ」
「あーあ、まさか、本当にキミに負けるなんてなぁ」
そんなことを言うミカの言葉には、どこか清々しさのような物を感じた。
……彼女にも、何か思うところが有ったのだろうか。センジョウも、悪意を感じた訳ではない。だが、それでも罪は罪だ。
「……お前には、まだ聞きたいことがある。悪いが、オヤジから許可を得て正式に拘束するまでは……」
"やっぱり、ここだったんだね"
声が響く。
ミカとセンジョウがそちらを向けば、先生がこちらへ歩いてきていた。
「オヤジ。勝ったぜ、それで、ミカの今後なんだが……」
語りかけるセンジョウを無視して、先生はミカへと駆け寄る。
「────え?」
"ミカ、大丈夫?"
ミカへ寄り添い、傷のようすをうかがう先生に、ミカも目を見開く。
「え、あれ?なんで、どうしたの先生?」
"どうしたも何も、こんなに傷だらけの生徒を心配するのは当然だよ"
「で、でも。だって、私は先生を騙して、傷つけようとして」
「そ、そうだ。だから、俺は、オヤジを守るために」
"センジョウ"
先生は、振り返り、センジョウを『睨み付ける』。
"少し黙ってて"
「……!?」
明らかな怒りがそこには滲んでいた。
「ど、どうしたんだよオヤジ……?何をそんな怒ってるんだよ」
"なにを?"
そんなこともわからないのか。とでもいいたげな様子で、センジョウを見ることもなく、ただ的確にミカの応急処置を始める。
"キミは、守るべき生徒を傷付けておいて。なんで嬉しそうなんだい"
「なんでって……俺は、オヤジを守って」
"私は、生徒の味方だよ"
それは、つまり。
"生徒を傷付けるなら、センジョウだとしても私は許さない"
「……わーお」
ミカは、その言葉に目を見開き、センジョウは、言葉を失う。
「嘘だよな……オヤジ。だって、俺は、オヤジのために」
うわ言のように、震える声で問いかける。
"頼んでもいないことを勝手にやって、誉めてもらえると思ってるの?"
突き放すように、冷たく応える。
「……っ!?」
"勝手な真似で、他人を傷付けて、自分も危険に晒して。……そんな子に育てた覚えはないよ"
「育、てた……?」
その言葉に。センジョウは自分の何かが切れるのを感じた。
「ふざけるな!育てた?あんたが?俺を!?」
「俺がどうして、あんたに拘るのか!どうやってここに来たのか、あんたは何も知らない!!」
塞き止めていた感情が、濁流となって溢れ出す。
「姉さんが死んだとき!あんたはなにもしなかった!仕事が忙しかった?俺と家庭を守るために?違うだろ!!」
「逃げたんだ!あんたは!弱っていくだけの姉さんを見ていられなかったから!」
「今回だってそうだ!守るふりをして!理由をつけて!自分から遠ざけて!目を逸らして!自分で背負い込んだつもりになって見逃して!」
声が裏返り、喉が張り裂けそうになる。
「俺は!それでも!姉さんが愛して、信じた、兄さんを!託されたから!不甲斐ないあんたを、一人にさせないために!俺は!!」
それでも、センジョウは。
「どうしてあんたが……!!!!兄さんが!!!俺を!!!」
"センジョウ"
"しばらく、シャーレから離れなさい"
息を飲む。
呼吸ができない。
今、目の前の男は、なんと言った……?
「────あんたまで、俺を捨てるのか」
思わず、センジョウはその場から逃げるように走り出した。
今は。もう、とにかく。
逃げたかった。
その後、シスターフッドへミカの身柄を預けた先生は、ヒフミ達をつれて、試験会場へ向かいます。
めでたしめでたし