思い思いの日々を過ごし、時は又、しばらく過ぎる。
トリニティの襲撃に関して、未だ幾つかの謎を残したまま、しかし、答えを得る間もなく、運命の日はやってくる。
エデン条約、調印式の日。
センジョウは、相変わらずミレニアムで過ごしていた。
「……やっぱり、このままミレニアムに残らない?」
「最近そればっかりだなお前」
センジョウとユウカは、ミレニアムの宿直室で、一つのテーブルにお菓子を乗せ、二人でテレビを眺めている。
そこでは、エデン条約に関する特集番組が放送されていた。
────結局。先生は一度訪れて以降、ミレニアムへ来たことはない。
だが、それは逃げているわけではない。
実際既に、先生とセンジョウの関係の修復は、モモトークでやり取りを行う程度には進んでいた。
しかし、現在はエデン条約という規模の大きな問題が先生のスケジュールを縛り付けていた。
その為、ゆっくりと話す機会が作れず、互いに落ち着いた時間がとれるまでは、直接話すことは避けることをケジメにしたのだ。
そして、そんな話が纏まった辺りから、妙にユウカがセンジョウを引き留めるようになった。
「やっぱり、センジョウと仕事してると楽だし……」
「まあ、それには同意見だけど」
「それにほら、ミレニアムの制服も良く似合ってるし……」
「いやまあ、俺がシャーレの真っ白な制服きてると妙にマヌケな印象与えるのは解るけども」
現在のセンジョウは、ユウカと同じように、ミレニアムのセミナーの制服を着用している。
センジョウの雰囲気に、黒のスーツは引き締まった印象を与えつつ、白いコートが親しみやすさを演出していた。当然さすがにズボンです。
だが、しかし。
「残らねぇよ。俺はシャーレに戻る」
そのうちな。と付け加えるセンジョウに、ユウカは不満そうな顔をしたまま、チョコレートでコーティングされたスティック菓子を口にくわえる。
「センジョウが『先生』に、ねぇ……」
「……あの。前に話したよな?俺の夢の話をね?」
話は数日前、センジョウが先生と文面でやり取りをするぐらいまで関係が回復した、ちょうどその頃に遡る。
あれほどまでにひどい喧嘩、仕打ちを受けて尚、『蒼井センジョウ』という人間は、先生の事を悪し様には思わなかった。
それはまあ、冷静になって自分の人生を振り返れば。という話だ。
自分を育てていないだの、危険から遠ざけていただのは、……それもまあ、本心だった。ずっと昔に、蓋をした。
もう、ずっと前に許していたはずの、子供じみたやっかみだ。
姉が死んだ時。確かに兄は泣いていた。
姉が死ぬ時。確かに姉は兄を想っていた。
だから、許したはずだった。
結局。心の奥底で、抱え込んだ不満が、いつの間にか肥大化して、自分の心すら蝕んでいた。
学んで、力をつけて、そして、『ヌィル・ヴァーナ』という、人智を越えた力を手に入れて……傲っていたのだ。間違いなく。
姉が死んでからの自分を見ていない?
バカを言う。「心配されぬように」と肩肘はっていたのは、自分自身だ。だが、それでも。時折自分の事を想ってくれている彼の姿を、自分は確かに思い出せる。
……優しくて、不器用で、臆病だけど、向こう見ずで。
誰かのために、一生懸命になれる。そんな、兄が。
姉も自分も、大好きだった。
だから、そんな背中に、幼心に憧れた。その背中に追い付こうと、兄の真似をして姉を支える真似をした。
だから、自分は。兄を支える手段に、『先生』を選んだのだから。
それは、ただの自分勝手な憧れで。自分自身の意思だと。
そんな話を、ユウカに話した。
……そうしたら、なんだかユウカは不思議な顔を──不思議『そう』ではなく、『不思議な』顔だ──浮かべて、こう言ったのだ。
「無理じゃない?」
と。
どうにも、ユウカにはセンジョウの掲げる目標が気に入らない様子で、それ以降、事あるごとにミレニアムのセミナーへの加入を誘ってくるようになった。という経緯があったりする。
「素直に応援してくれると思ってたんだがなぁ」
「あんな喧嘩に巻き込んでおいて、『やっぱりもとのポジションに戻ります!』なんて嬉々として言う奴を素直に応援できるとおもうの?」
「……デキマセン」
そして、これは小さな変化だが。
二人の言い合いが、センジョウが黙らされる形で終ることが多くなった。
それが何を意味するのかは……今語るべき時ではないだろう。
「まあ、なんにせよ。早く元通りになると良いわね」
「……ああ、そうだな」
今の忙しさが落ち着いて、また、みんなで笑いあえるような、平和で平凡な、そんな日々を思い浮かべる。
そんな、小さくて、ささやかな願いは────
────火と、灰に包まれ。虚無へと還ることになる。
テレビの画像が乱れる。
轟音、悲鳴、ノイズ。
明らかな、異常事態。
『た、大変です!!古聖堂が、突然何らかの攻撃をうけ、爆発した模様!ご覧ください!尖塔が……燃えています!』
「────センジョウ?」
ユウカが彼の顔を確認しようとした時には、既にそこにはだれもおらず、背後の扉が開いた音がする。
そこには、誰もいなかった。
────なんで
はしる。
────どうして、こんな
はしる。はしる。
────だって、折角、仲直りできたのに
はしる。はしる。はしる。
────また、俺は………………!
無我夢中で、とにかく足を動かす。急ぐ。急げ。とにかく。速く。早く、はやく!!!
「……死ぬなよ!死ぬんじゃねぇぞ……オヤジィ!!」
センジョウは、無我夢中でキヴォトスを走る。
ミレニアムからトリニティの古聖堂までは、お世辞にも近いとは言いがたい。
それでも、一刻も早く。父のもとへ。
胸騒ぎが、止まらなかった。
「ヌィル・ヴァーナァ!!」
それが、自分の慢心を誘った力だとしても。今は、その速さが必要だった。
~~~~トリニティ:古聖堂付近~~~~
「はぁ……はぁ……」
"ヒナ!"
「ようやく倒れたか」
「うわぁ……凄く痛そうですね……辛そうですね……」
「巡航ミサイルの直撃を受けて、まさかここまで持つとはな」
先生は、ヒナに護衛されつつ、とにかく安全な場所へ逃げるため、古聖堂より逃走していた。
しかし、それを阻む『アリウススクワッド』の攻撃を受け、ヒナは、古聖堂を襲撃した巡航ミサイルと、『ユスティナ聖徒会』との果てしない戦闘の果て、スクワッドの攻撃を受けて、ついに倒れ伏す。
……エデン条約調印式は、アリウスの仕組んだ罠だったのだ。
祭典の儀式の横取り、そして、トリニティとゲヘナを一度に破滅させるための、大がかりな罠。
「……さて。お前がシャーレの先生だな」
スクワッドのリーダー……錠前サオリは、憎悪の宿った、氷のような視線を彼へ向ける。
「お前が、一番厄介な変数だと……作戦におけるイレギュラーである。と言うように『彼女』は言っていた」
"彼女……?"
「今から死ぬお前には、関係のない話だ」
銃口が、先生へと向けられる。
「……全ては虚しい」
「オヤジィ!!!」
戦場に声が響く。
スクワッドが声の方向を向けば、凄まじい速度で突っ込んでくる一台のバイクの姿が目に映った。
「回避しろ!」
サオリの指示で、スクワッドの面々は、突撃してきた黒いバイクを回避すると、そこには一人の少年が立っていた。
"センジョウ!!"
「逃げるぞオヤジ!!今はとにかく!!」
先生の手をつかみ、アリウスから距離をとろうとする少年の姿を、────サオリは、確かに狙っていた。
「好都合だ。纏めて此処で───」
"危ない!!"
「う、あああああ!!!」
ヒナが、残った力を振り絞り、アリウスへと抵抗を示す。
しかし、それでも。
銃声が響く。
飛び散る、赤い飛沫。
そうして、彼の目に写るのは。
自らを庇うように、アリウスとの間に割って入る、父の姿。
「……オヤ、ジ…………?」
"セン、ジョウ……、怪我は……?"
「……なぁ、何やってんだよ、あんたは。今、何をしたんだよ」
力なく、センジョウへ倒れ込む大人の身体を、彼はしっかりと受け止める。
「先生!!……ッ!!」
すこし遅れて、一台の車両が近づいてくる。
「セナ!」
車両後方から身体を出す少女の名を、ヒナが呼ぶ。
「センジョウ!セナの手を掴みなさい!!」
「……っ!!ああ!!」
「救急車……!?」
刹那。ヒナが車両へ飛び込み、センジョウは先生を抱えたまま、セナの手を掴む。
そうして、力なく倒れ伏す先生を、ヒナと合わせて3人で救急車へと引きずり込むと、そのままの速度で救急車は戦場から離れて行く。
「逃げられたね」
「だが、問題ない。子供の方はやれなかったが、あの数の弾丸の直撃だ……先生は終わりだろう」
「痛そうでしたね……でも、きっとあれなら、すぐに楽になりますよね……?」
仮面の少女は、手話で「少年のほうはどうする?」とサオリへ問いかける。
「……いや、奴は取るに足らない子供だと伝えられている。追撃の必要もないだろう」
それより今は。とサオリは言葉を続ける。
「……トリニティとゲヘナに、ツケを払わせる」
その言葉には、憎悪が込められていた。
「オヤジ!オヤジ!!なあ!しっかりしろよオヤジ!!」
「下がってください。救急医療部です。先生の処置は私がします」
────走り続ける救済車の中で、倒れ伏した先生に、センジョウは声をかけ続けていた。
「約束したじゃんか……!!折角また!昔みたいに!話そうって!!」
「離れてください!処置の邪魔です!」
「センジョウ、今は」
ヒナが、センジョウの手を引き、先生から引き剥がす。
"……ああ。よかった"
先生は、薄れ行く意識の中。泣きじゃくるセンジョウの顔を見て、満足げに笑う。
"今度は、まもれた"
────そうして、先生の意識は、深い闇の底へと、落ちて行く。
「オヤジ?……オヤジ!!」
「兄さァァァァァァァァァん!!!!」
センジョウの慟哭が。響き渡る。
静かに、雨が降り始めようとしていた。
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