「やあ、先生。初めまして」
「私は百合園セイア……おや?その反応は、私の事を知っているのか」
「ここは、君の夢の中……いや、私の夢の中かもしれない」
ふわふわとした感覚の中で、先生は目の前の少女に問い掛ける。
「センジョウはどうなったか、知ってる?」
「……自分の事より優先して知るべきなのかい?」
「今の私にとっては」
迷わず答える先生に、セイアはやれやれと肩を落とす。
「無事だよ。君の身を案じて泣いてはいるが」
「そっか」
いつの間にかそこにあった椅子に腰掛け、トリニティの夜空のような空を見上げる。
「残念だったね。先生。……結局、この話は、痛く、虚しいばかりだった」
「君が信じたエデンは、アリウスの悪意に乗っ取られ、古の亡霊は悪意の尖兵となった」
「互いを信じられぬトリニティとゲヘナは、ただ怒りのままに争いを続けるだろう」
「君が家族を後回しにしてでも救おうとしたミカも、今となってはトリニティの悪意に晒されている」
「白州アズサは……己の罪と戦うため、大事な繋がりさえ武器にして、友を護るために『人殺し』へと落ちる」
たしかに、救い様のない話だ。
そこかしこに悪意が広がって、痛みと、悲しみと、嘆きばかりが広がって行く。
「そうして、君でさえ暴力の前に倒れ伏した」
「もう、この物語はここで終わったんだ」
セイアは、疲れきった顔でそう告げる。
けれど。
「そうだね。私の物語は、きっとここで終わりだ」
「けれど、それでも。私には救いたいみんながいる。諦められない、世界がある」
それはまるで、子供のわがままで。
「だからまだ、あとすこしだけ。私にはやることがあるよ」
ゆっくりと、椅子から立ち上がる。
「……この後のエピローグへの参加権は、今の君にはない。私と同じように、あとはこの夢の世界から眺めることしかでき──」
そこまで言いかけて、セイアは目を見開く。
「まさか、君は…………!!」
その反応に、先生は肯定の頷きを返す。
「そんな馬鹿なこと…………どうしてそんな、選択ができる……?」
「君が立ち向かってきた物の大きさは、戦っていた君自身が一番よく知っている筈だ」
「残酷だ……残酷すぎる」
先生の考えの先にある『呪い』に、セイアは顔を青くする。
「そうだね。今私の考えていることは、きっと先生としても、親としても最低な事かもしれない」
「当然だ。君の前に立ち塞がっているのは、憎悪と不信、長きにわたって積み重ねられた────」
「だから、私一人じゃ解決できなかった」
それでも。
「このまま眠るわけには行かないから」
「すこしだけ行ってくるね」
────目を開ける。
そこには、泣き腫らした顔の、少年がいた。
「……オヤジ?」
「ああ。おはよう、センジョウ」
────身体は……動かない。
なんとか力を振り絞り、ポロポロと涙をこぼすセンジョウの頬を撫でる。
「ごめんね。センジョウ」
「なんで謝るんだよ。オヤジは、まだこうやって、生きてる。まだ、まだ、時間はたくさん……」
「そうだね、本当なら、私もゆっくり君と話したいんだけど、さすがにそうも言ってられなくて」
情けない自分に、嫌気がさす。
力のない自分に、怒りもある。
「それでも、君に……話さなくちゃいけないことがある」
今の自分には、彼を信じることしかできない。
センジョウは、そんな自分の顔を見て、涙を拭った。
「……ありがとう」
立派な息子に、今度は自分が涙をこぼしそうになる。
それは、嬉しさか、悔しさか、寂しさか。
「今の、キヴォトスには……沢山、困ってる子達がいる」
「ああ。そうだな」
「ヒフミ、コハル、ハナコ……それに、アズサ」
「補習授業部」
「ミカと……セイアに、ナギサ」
「ティーパーティー」
「きっと、ヒナも……真面目な頑張りやさんだから、塞ぎ込んでるかも」
「かもしれないな」
ポツポツと、生徒達の名前を呼ぶ。
まだ、これから沢山の未来を持っている。夢や、思いを、持っている生徒達……。
「……当然、君も」
「……ああ、そうだよ。俺だって、困ってる」
目の前の少年だって、自分の大切な生徒で……でも、それ以上に。
「センジョウは、私の大事な……息子だよ」
「ああ、わかってる」
だから。
「……私にはもう、みんなを助ける、力はないから」
「…………」
いつの間にか、センジョウは私の手を握っていた。
強く、強く。暖かい、その手で。
「だから、私を……助けてほしい」
「…………ああ、もちろんだ。勿論だよ、父さん」
ぼろぼろと、押さえていたであろう涙が、センジョウの瞳からこぼれ落ちる。
こんな、不甲斐ない男を。血の繋がりもない、偽物を。
それでも、父と呼んでくれる。
それが、センジョウの優しさだ。
「……シャーレの、私の机の引き出しに……書類が、ある」
「いつか必要になるとおもって、いつか、センジョウの力になれるとおもって。作っていた、書類……」
────シャーレの、実質的な権利移行。
「────君に、託す」
遺せるものを。遺して、託す。
それが結局、大人が、子供にできる事。
そうして、過去から未来へ、脈々と受け継がれていく、願い。
それを、受け取ってくれるなら────
「……わかったよ。俺は……確かに、受け取った」
────こんなに幸せなことは、ない。
「ああ……よかった」
センジョウの決意には、陰りは見えなかった。
だから、安心した。
「センジョウ」
────────誕生日、おめでとう。
今日は、センジョウの、18歳の誕生日だった。
ああ、キョウカ。私の願いは────
「父さん……」
自らの誕生日を、祝う言葉を最後に。彼は、再び目を閉じた。
「……母さん…………」
漏れそうになる嗚咽を、強く、強く噛み潰す。
「俺は」
そうして、彼は、『先生』の羽織っていた、血で濡れた、白いコートの袖に手を通す。
「行くよ」
迷いはない。
ここから先は、託された彼の物語。
先達の示した道を、憧れた背中を追い越し、自ら暗闇を突き進む物語。
遺されたものは、託されたものは。立ち向かうべき命題だけではないのだから。
だから、きっと大丈夫。
救護騎士団に、自らの父の身を任せ、彼は進む。
────まずは、託された物を。受け取るために。
~~~~シャーレ~~~~
「……ここに来るのも、久しぶりだな」
補習授業部の一件以降、センジョウはシャーレへ来ることはなく、かなりの期間をミレニアムで過ごしていた。
そうなると自然に、シャーレには懐かしさを覚える。
感傷に浸りながら、父と過ごした日々を思い出す。
……どれも、大事な思い出だ。
だからこそ、護らなくてはならない。
今は疲れて眠っていても、父が起きた時に、今の自分と同じように、『居場所』へ戻ってこれるように。
覚悟と友に、父のデスクから書類を取り出す。
そこには、彼のしてきた仕事のコツのメモや、彼がキヴォトスに来てからの日記が共に仕舞われていた。
──こんな形で受け取るのは。予想外だったろうか。
それとも、父は既に覚悟していたから、用意があったのか。
今となってはもう、それもわからない。
「……これで、よし」
既に承認印の押されていた、センジョウをシャーレの実質的な最高責任者にするための書類に、自らの名前を書く。
そうして、判子を押せば……これでもう、センジョウは『教育実習生』ではなくなる。
形式は違えど、シャーレに所属する……二人目の先生。
「それじゃあ、初仕事とするか」
軽く伸びをして、センジョウは書類をデスクにしまい、鍵を閉める。
そうして、シャーレの戸締まりを済ませてビルを後にしようとした時。
「……行くのね」
かけられた声に、センジョウが振り向くと、そこにはユウカが立っていた。
「ああ。託されたから」
ハッキリと、そう答える。
「強がり……とかじゃなさそうね」
センジョウの顔を見て、呆れたようにため息をこぼす。
「言っておくけど、そこから先は地獄の道よ」
善意で舗装されたその道を行く彼を、引き留める術を、ユウカは知らない。
「大丈夫」
そう答えて、センジョウは歩き始める。
「……馬鹿な人」
そんな彼の背中をみて、ユウカは言葉をこぼし、同じようにシャーレを後にする。
きっと彼は、無茶をするだろうから。
そんな彼を、指を咥えてみているだけと言うのは……彼女の計算結果にない答えだ。
~~~~空崎宅~~~~
次にセンジョウが訪れたのは、ゲヘナ風紀委員長、空崎ヒナの自宅だった。
「ヒナー?」
チャイムをならす。
……返事がない。
「おーい?」
居ないのか?疑問が浮かび、ドアに手を掛けるが……。
「……開いてるってことは」
センジョウは怒られることを承知で、そのままヒナの家へ上がる。
そうして家のなかを進めば、ヒナの部屋の前へとたどり着く。
コンコン、とノックすれば、扉のおくから、白いモジャモジャが顔を出した。
「……先生?」
「残念、新任の方だ」
明らかに弱りきった様子のヒナに、申し訳なさそうにしながら、センジョウはそう答える。
「……やっぱり、先生は」
「まだ寝てる」
「……そう」
ヒナが、扉を大きく開く。
「……入って、良いわ。立ち話させるのも……悪いし」
「ならお言葉に甘えて」
招かれるまま、ヒナの部屋に入ると、綺麗に整えられた、可愛らしい女の子の部屋がそこには広がっていた。
「……センジョウは、何をしに来たの?」
「託された物を、受け取りに」
センジョウの言葉に、ヒナは疑問を浮かべる。
「……私は、あなたに渡せるものは何もない」
「そうでもない」
「……私はもう、戦わない」
ぎゅっ。と寝巻きの裾を弱々しく握りしめ、ヒナは泣きそうな顔で続ける。
「……私は、小鳥遊ホシノみたいには、なれない……」
ぽつり、ぽつり、と本音がこぼれる。
「小鳥遊ホシノは、大切なものを失って、想像もできない様な苦しみを受けても。それでも、アビドスに残って、戦い続けた」
「私だって……私だって頑張った!」
悲痛な叫びが、彼女の口からこぼれる。
「先生に誉められたかった!先生に優しくしてほしかった!でも、それでも!私は、そんな先生すら護れなくて……!!」
怒りと、悲しみと、無力感。
そんな彼女の姿に、いつしかセンジョウは、どことなく自分を重ねていた。
「貴方だって、……いえ、貴方の方こそ、私なんかよりもっとずっと辛い筈なのに!なんで、なんで今そんな顔で、そんな服で!私の前に……私の前で……先生の話をするの……」
センジョウより、ずっと強くて、優しくて、頑張りやだからこそ。誰よりも抱え込んでいた。塞ぎ込んでいた。
「……俺は、父さんみたいにはなれない」
「……」
だからだろうか。なんとなく、すこし、自分の話をしたくなった。
「俺だってそうだった。父さんに憧れて、父さんに認めてほしくて頑張って。けど、うまく行かなくて、喧嘩をして」
うまく、纏められる気はしないが。言葉は止めない。
「俺は、先生みたいにヒナを誉めたり、優しくしたりできないかもしれないけど。」
そんなものが、今の彼女のためになるのか、わからなくても。
「……俺は、ヒナの気持ちは、すこしわかる気がするよ」
ただ、すこしの共感。その寂しさと虚しさと、悲しさの、肯定。
「ごめんな。ヒナだって辛い思いをしたのに」
彼女に触れることはできない。その資格は、今のセンジョウにはない。
センジョウが来なければ、きっと彼女は先生を護れていたと、センジョウは思っていた。
だから、その罪を、彼女の悲しみを背負うことをきめる。
「……どうして、そんな顔ができるの……?」
決意に満ちたその顔を見て、ヒナはセンジョウに問い掛ける。
「……父さんは、俺の事を信じて、託してくれたから」
────その気持ちに、応えたい。
そういって、センジョウは立ち上がる。
「……邪魔してごめん。ヒナは、ゆっくり休んでいてくれ」
そういって、背中を向けたセンジョウの、血に濡れたコートをヒナは掴む。
「……待って」
弱々しく、しかし、先程とは違う様子でセンジョウに問い掛ける。
「……先生が、託したものって……」
「……君の事も託された。きっと、頑張りすぎで疲れちゃってるだろうから。って」
「心配、してくれてたんだ」
「してたよ」
少し、ヒナは下を向いて、手を離した。
「……私も行く」
「え?あ、いや。でも」
「もう、大丈夫」
その顔は少し、スッキリしていた。
「『先生じゃない』あなたが頑張っているなら、私もきっとまだ頑張れるから」
「……そうか」
きっともう。空崎ヒナは大丈夫だろう。
そうしてセンジョウは、託された絆を、一つ、一つ集めていく。
さあ、次へ進もう。
2024/5/5追記
チキ・ヨンハさんから(https://x.com/TyongeTyon_nise?t=-C6Qn_AgwAxaMJIE6AmeMA&s=09)
センジョウとユウカのワンシーンのファンアートを頂きました!!
【挿絵表示】
こんなんもう挿し絵やん……挿し絵貰っちゃいましたよ……。
本当にありがとうございます!