ここら辺を描きたくて始めた小説なので、もうしばらくお付き合い下さい。
ネバー・ファイティング<continue world>
センジョウは、装備を整えたヒナを後ろに乗せたまま、ヌィル・ヴァーナを走らせる。
背中にぴったりと張り付く彼女の体温を感じながら、暗がりの街を駆け抜けて行く。
「……本当に大丈夫なのか?」
「そんなに弱く見える?」
「そりゃ……あんなの見たらな」
先程までの、力なく弱りきった姿を見てしまったセンジョウにとって、ヒナは最早、最強の風紀委員というだけの存在ではない。
彼女も、必死に戦う、一人の少女だ。
「そうね。あんな姿を見られたからには、ちゃんと最後まで責任とってもらうから」
「それはまあ、しかた……ん??」
含みのある言い方に、センジョウは背筋が冷えるのを感じる。
心なしか、自分の腹部に回された腕の力が、少し強くなった気がした。
「あ。ッスー……ええっと、それってぇ……一体ぃ……?」
途端に慌てふためくセンジョウに、ヒナはクスクスと笑い声を上げる。
「冗談よ。本気にしたの?」
「……急にかましてくるなよ……こっちは運転中なんだぞ」
声だけで相手の本心がわかる程の経験は、センジョウにはない。
だが、恐らく。こちらの反応は筒抜けなんだろうなぁ。等と思いつつ、背後のヒナの表情を想像する。…………全くわからん。
「まあでも、仕事の愚痴ぐらいは聞いてもらうつもりで居てね。どうせ一度見せたなら、何度見せても同じでしょう?」
「……それで少しはヒナが楽になるなら、いつでも相手ぐらいしてやるよ」
「そう」
そっけなく返すヒナに、センジョウは少し平静を取り戻した。
「少し飛ばすぞ、ちゃんと捕まってろ」
返事の代わりに、自分を捕らえる手に、力が込められるのがわかった。
ヌィル・ヴァーナの出力をあげ、加速していく。
────目的地のアビドスは、そう遠くはない。
「本当に送るだけでよかったのか?」
アビドス市街地近郊でヒナを降ろしたセンジョウは、ヒナへ問い掛ける。
「私は大丈夫。ちゃんと貴方が先生から託された物を繋いでくるから」
ヒナは、センジョウをじっと見上げる。
「私は、私の頑張りをするから。貴方は貴方の頑張りをしなさい」
行くべき所が有るんでしょう。と、センジョウの背中を言葉で押す。
「……ああ。ここは、任せる」
「ええ。『任せて』」
小さく、しかし確かに頷いたヒナを見届けて、センジョウは再びヌィル・ヴァーナを走らせる。
まだ、託された物は残っている。
────ヒナは、走り去るセンジョウの背中を静かに見送っていた。
「……任せたわよ」
託し、託され、思いを繋ぐ。
今まで、風紀を一人で担っていたヒナにとってそれは、始めての経験だった。
頼れる部下はいても、彼女達を率いるのはいつもヒナが一人でやっていた事だ。
だから、自分にできないことを、誰かを信じて、誰かに託すことが。
「わるく、ないわね」
センジョウの背中には、あの人のような安らぎは感じない。
深い愛情とか、包み込むような暖かさは、彼にはない。
けれど、『共に歩む仲間』としては……確かに心強かった。
ふと、初めて彼に会った時の事を思い出す。
彼に感じた、あの人とは違う感覚。それは。
『支える者』と、『共に行く者』の違いだったのかもしれない。
彼が『先生』になったとしても、それはきっと、『あの人』とは違う姿をしているのだろう、なんて。そんなことを思う。
「……私も、私なりに。信頼に応えよう」
今はただ、彼と行く道のために。
ヒナをアビドスへと送り届けたセンジョウは、そのままトリニティへと戻って来ていた。
「…………さて、まずは」
この物語の因果の起点と、向き合うとしよう。
「この……!お飾りのトップが!」
「アンタなんて所詮血筋だけの存在なのに!図に乗るんじゃないわよ!」
ひどい侮蔑と、思い上がりだ。
胸ぐらを捕まれ、酷く歪んだ怒りを向けられるミカは、そんなことを思っていた。
結局、自分の大切にしていたトリニティという世界は、一皮むけばこんなものなのだろうと、醜い権力闘争と、傲った自尊心の暴走を、まるで他人事のような目で見ていた。
────だが、それも自分の起こしたことの結果だった。
友人の願いを踏みにじり、招いた悪魔が、間違いを犯した自分に、それでも味方してくれた、大切な人さえ奪い去ってしまった。
自分も目の前の醜い女と同じだと思って、酷く、心が冷え込んだ。
こんな女は、きっと、裁かれるべきなのだろう。
報われてはいけないのだ。
救いのない絶望のなかで、ただゆっくりと死を待つしか。ないのだと。
そんなことを考えていた。
そんな時だった。
「ちょっと!!何してるのよアンタ達!!」
桃色の髪の少女が、制止の言葉を投げ掛ける。
声のした方向を向けば……そこには、補習授業部の下江コハルがいた。
「なんだかよくわからないけど、暴力はダメ!禁止!」
「正義実現委員会……?」
「今さら何様のつもりでそんな指図をしているの?こんな状況になったのも、この女の責任なのよ!」
「だからって、一方的に暴力をふるって良いわけないもの!!」
なぜ。この子は、自分は、確かに補習授業部の子達にとって敵だった筈なのに。まるで私を護るような事を言うのだろうか?
どうして、こんな私の味方を、してくれるのだろうか?
「貴方、もしかして補習授業部の……」
「待っ……」
怒りの矛先が、いつの間にか私から彼女へと向いていた。違う、その子は無関係で、私が罪を、罰を──
「シャーレの先生の教え子の下江コハル。父さんの立派な、教え子達の一人だ」
血で汚れたコートを纏った、一人の男がそこに立っていた。
「あ、貴方はシャーレの……」
「先生2号。父さんの後任だけど……君達は何をしてたのかな?」
にこやかに、しかし、凄みのある笑顔で彼は暗に言う。「見逃してやるから、さっさと帰れ」と。
責任や原因を、他人に求めてしまう様な、弱い彼女達には、それは効果バツグンだったようで、そそくさとこの場を後にする。
「……やれやれ。ちゃんと反省してくれればいいんだが……ああ言うのはそう簡単に変わらないからなぁ」
がさつに頭を掻く彼は、その言葉とは裏腹に、自分の知る様子とは、全く別人のような様子で、そこに立っていた。
「……蒼井、センジョウ……」
「二回目の『久しぶり』だな、聖園ミカ」
自分を敗北へ追い込んだ、私の敵が、そこにいた。
「せ、センジョウさん……」
「さっきの啖呵、めっちゃカッコよかったぞ、まさに『正義』って感じだった。父さんにも見せたかったぜ」
腕を組んで、深く頷くセンジョウに、コハルは途端に顔を赤くする。
「さ、さっきのはだって!見てられなくて!」
「……恥ずかしい事なんかじゃない。誰かを護るために、立ち向かうべき相手に立ち向かえるのは、素晴らしい事だ」
センジョウは、コハルを真っ直ぐに、しっかりと見つめて、言葉を伝える。
「暴力を暴力で止めるのは簡単だ。でも、暴力に立ち向かうのは、簡単じゃない。……それでも、自分の正義に素直に従えたんだ。……誇れ、今の君は、最高にヒーローだったぜ?」
「えっと……は、はい……」
少し、茶化したような、格好つけた言い方が、逆にダサく見える。
でも、その、少し間の抜けた誉め言葉が、逆にコハルの心に、正しくその言葉を届けた。
そうして、センジョウは、聖園ミカへと向き直る。
「怪我は、大分治ってきたな」
「……誰かさんに随分酷くやられちゃったからね。全身が痛くて大変だったんだよ?」
「それは、まあ。お互い様って事にできないか……?」
痛いところ突かれた。という表情を向ける。
「どうかな。……私は、貴方の目の前で貴方の大切な人を奪った。……それも、2度も」
一度目は、先生が私の事を案じて。息子である彼より、私の事を優先したから。……あの時は、先生の『私の味方』であると言う言葉を、ちゃんと護ってくれた事に驚いたし、嬉しかった。……けれど、だからこそ目の前で見た、センジョウの取り乱し方と、絶望をしっている。
二回目は、今も倒れたままの、先生だ。
直接的に被害を出した訳ではないが、この騒ぎは、自分がアリウスを招いたことで起きた悲劇であり……彼から、大事な家族を、二度も奪い取った、敵である筈だ。
だから、私は。
「それでも、俺は君を父さんから託された」
センジョウの言葉に、顔を上げる。
「ミカが、どうしてあんなことをしたのか。……本当に、ゲヘナが嫌いってだけで、あんなことができる人なのか。……俺自身、信じられない部分は、有ったからな」
────あの時、センジョウは確かに。自分に倒され、倒れ伏すミカが、どこか救われたような表情をしていたことに気づいていた。
「……なあ、お前。あの日、先生の前に現れたのは、先生に全部話したのは」
────止めてほしかったから、じゃないのか?
「そんなわけ、ないじゃん」
ただ、その否定の一言を絞り出すのに、ミカは全身の力を振り絞っていた。
「だって、私は。ゲヘナとの和解なんて、受け入れられなくて、耐えられ無かったから、友達だったセイアちゃんを、殺すことも、いとわなかった様な、そんな、悪人で」
ばくばくと音を立てる心臓が、乱れた呼吸で、言葉を繋げる。
「だって。そんな悪い子が、そんなことあるわけ」
誰から見ても、自分は救い様のない悪人で、悪い子だから。だから、だから……。
「なら、なんで泣いてるんだ?」
──いつの間にか、ミカはぼろぼろと大粒の涙をこぼしていた。
「あれ……どうして、なんで?なんで、私は、だって、酷いことをしたのは、みんなを傷つけたのは、私なのに」
どうして、傷つけた、悪い自分がこんなに傷ついてるんだろう。
「……私だって、こんな、こんなことになるなんて思ってなかった」
ぼろぼろ、なにかが崩れていく。
「セイアちゃんは、いつもなに言ってるかわかんないし、ナギちゃんだって、私の事すぐにバカって言うし……」
涙が、想いが、止まらない。
「すこしでも、みんなが幸せになれたらって、そんな想いで、アリウスに声をかけただけで……。だって、セイアちゃんは、少しぐらい痛い思いしても、いいだろうって。ただ、死んでほしかったなんて、そんなこと思うわけないじゃん……!!」
なのに、それなのに。
「どうしてかなぁ……!!どうして、こんなことに、なっちゃったのかなぁ……!!」
顔をぐしゃぐしゃにして、泣き崩れるミカを、センジョウは静かに見守る。
「こんなことになるなら、こんなことしかできない私なんていらない、いらないよぉ……いなくなっちゃえばいいんだよ……」
彼女が許せないのは。他の誰でもない、自分自身。
だから、助けや救いを求めることすら、できなかった。
「……ミカ」
泣き崩れ、嗚咽をもらすミカに、センジョウは触れることはしない。
「大丈夫だ、ミカ。まだ、なにも終わってない」
「そんなこと!だってもう、私の味方は……!!」
先生は、もう。
「そうだ。父さんは今はいない。……俺も、父さんにはなれない」
「けれど」
「俺は託された。想いを、願いを。沢山の人の『明日』を。父さんの願いは、想いは、俺の一部になって今も此処にある」
「だから」
「必ず俺が、この悲しみの連鎖を終わらせる。……君からもう、これ以上なにも奪わせはしない」
……どうして、彼は。
「なんで……?私は、貴方から、奪ったのに……」
どうして、あの人は。
「俺を誰だと思ってる」
センジョウは、血濡れたぼろぼろのコートを翻し、腕を組んで宣言する。
「俺は、シャーレの先生を継ぐもの。生徒の…………キミの味方の……先生だ」
力強く、堂々とした宣言は、宣誓でもあった。
「約束だ、ミカ。この戦いが終わったら、セイアやナギサに謝るんだ。君自身が、直接」
「でも、そんなの……」
「俺も逃げない。だから、君も逃げたら駄目だ」
それは、あまりにも理不尽で、傲慢で。
「必ず守る。だから、君は君の戦いをしろ」
……けれど、不思議と勇気を与えてくれる。
「……わかった。約束。だから、破ったら許さないから」
その言葉に、センジョウは満足げに頷く。
「任せとけ」
彼女の歪んだ憎悪は、切っ掛けは、「みんなで仲良くしたい」という、小さな、優しい祈りだった。
ならば、それを護り抜こう。
その祈りも、俺に託された想いの一つだ。
センジョウ君、カッコよく書けてるといいんだけど……実際どうなんですかね彼。
一応作者の『好き』は詰め込まれてますので、私は結構好きですよ彼