ナギサとの会談を終えたセンジョウは、そのままミカの元へと向かった。
ナギサの着けた『トリニティの英雄』という箔は効果
ミカの独房を守る守衛も、同じようにセンジョウに敬意を払い、素直に彼を室内へと案内してくれた。
独房へはいれば、部屋の隅で静かに座り込み、膝を抱き抱えるようにして小さくなっている少女が居た。
「心が折れたのか?」
「……来たんだ」
ひどく落ち込んだ顔で、センジョウを見上げるミカに、彼は溜め息をつく。
「らしくないな……俺に負けて全身ボロボロだったお前の方が元気だった記憶があるぞ」
「じゃあ、今、その時みたいに戦う?」
「この体でやったら今度こそ俺が殺されるだろうが」
包帯に包まれた右腕と左足を見せびらかすように動かす。
すると当然、折れた骨に激痛がはしり、センジョウは体をちぢこませた。
「ってぇ……」
「……少し考えれば解りそうなのに、なにやってるの」
「解ってても癖で動かしちまうんだよ……」
苦痛で目を細めたセンジョウは、深呼吸をして痛みが落ち着くのを待った。
「約束、果たせてないんだってな?」
「……うん。そう。私には、できなかった」
苦しげに、悲しげに。今にも泣き出しそうにミカは続ける。
「君が戦いを終わらせて、トリニティを救った。……君はちゃんと、私との約束を守った」
センジョウは、静かにミカの言葉に耳を傾ける。
「だから、私も逃げないって、そう決めたの。……けど、それでも、セイアちゃんは私を拒んだ」
何度でも。何度でも。
「でも、当然だよね。だって、自分を殺しかけたような人と仲直りなんて……又、友達になんて、なれないよ」
「ねえ、キミは、今私がトリニティでなんて呼ばれてるか、知ってる?」
「裏切り者の『魔女』……それが私」
歪んだ笑顔で、センジョウを見る。
「あはははっ……凄いよね。凄く、似合ってる」
「わがままで、自分勝手で、回りを傷つける、不幸を振り撒く。それって、まるっきり私の事だもん」
「大事にしてたアクセサリーも壊されちゃったけど。こんなの、私が奪ってきた物に比べたら、大したことないよ」
そうでしょう?
そう、センジョウへ問いかける。
父を奪った自分を、お前が許せる筈はない。そうだろう。
「……奪ったから奪われて当然。何て考えは俺は好かない」
センジョウは真剣な表情で言葉を……本音を返す。
「それなら、なにも持たない人は、誰から何を奪おうと罪に問われる事はない。受けられる罰が無いんだからな」
それは、さみしい物の考えだと、彼は言う。
「奪ったことを悔いるなら、奪ったものより大きなものを相手へ返すべきだ。……それがどんなに難しい事か、なんて。俺には解らないけど」
その言葉が、ミカの救いになるとは、思わない。これはただの理想論だ。
人はそんなに、簡単じゃない。強くはなれない。
「……だから私に、逃げるなって言うの?」
「…………」
ミカの言葉に、センジョウは目を逸らす。
彼女の心は、自分ほど強くはない。それに……現実は確かに、彼女に牙を剥いている。
「それができるなら、私は最初からこんな風にはなってないんだよ」
「…………」
聖園ミカの心は。完全に折れていた。
「センジョウくんは、私から『逃げる事』さえ奪うの?」
────黒く、深く濁った瞳が、センジョウを見つめていた。
「…………もし、そうだとしたら」
センジョウの絞り出したその言葉に、ミカは。
「────あはっ」
狂った様に、笑顔を向ける。
「そうしたら、後もう一回。もう一回だけ、頑張ってあげる。貴方のために、貴方のワガママのために」
でも。
「それでも、上手く行かなかったら」
────私と一緒に、地獄に落ちよう♪
その言葉に、センジョウは息を飲む。
命の責任を、問われている。覚悟を、問われている。
人の命と、自分の命。
ミカのその言葉は、本心からで、本気の発言だろう。
ここで肯定して、それで、うまく行かなければ。
彼女は今度こそ、間違いなく本気で自分を殺しに来る。
「どうする?『逃げても』いいんだよ?」
ミカの問いは、問いではない。喉元に突きつけられたナイフのような脅しは。センジョウの精神力を確かに削り取っていた。
『先生』ならこんな時。どうしていたのだろうか。
そんな疑問が頭に浮かぶが、その答えがセンジョウにわかる筈がない。
彼には、経験が足りていない。彼は、『彼』とは違う。託されていたとしても、その道を進む方法までは、同じにはならない。
『選択』は。違って当然だ。
「……わかった」
「へぇ、断ると思ってた」
歪な笑みを浮かべて、ミカはセンジョウの顔を見る。
「信じるよ。セイアとミカを」
「それは、『先生』なら生徒を信じるから?」
ミカの言葉に、センジョウは言葉を失う。
「……まあ、いいや。じゃあ、頑張ってあげる。だから、君も逃げないでね?」
この答えが、正解だったのかは、彼にはわからない。だが、それでも、彼にできることは前へ進む誰かの道を共に切り開くことで。
────進む力を失った者を、再起させる事ではない。
「……また来る」
「うん。次は聴聞会でかな?……楽しみにしてるよ」
失意の彼女を、それでも前に進ませた事は。果たして。
彼は、1人、来た道を戻っていった。
深く沈む気持ちに喝を入れ、後ろ向きになる心を前へと進ませる。
────セイアにもなにか理由があるなら、それを俺が解決してやれば、なんの問題もない。
それならば、ミカは再び、今度こそ自分の意思で前へと進むことができるだろう。
そうしてそれは、何も無理やりな話ではない。
セイアがミカを許しているという話は真実だ。単にタイミングが悪かっただけなら、次も上手く行かない、何て言うことは早々ないだろう。
いくら具合が悪いとはいえ、ただあって一言仲直りをするだけなら、さしたる問題ではない。
そう考えを改めて、センジョウはもう1人の件の相手、百合園セイアの部屋を訪れていた。
「……と言うわけで。ちょっとキツいかもしれないが、次は必ずミカに会って、ちゃんと話してほしい」
先程までの事情をそのまま伝えると、セイアはひどく困ったような顔をする。
「まさかそこまで思い詰めているとは……。済まない、今の私は夢と現の境が曖昧となっていて、……ミカに謝ったのは夢の中だったようだね」
「ただのすれ違いで人の命が消えかねないのどういうことなんだよ……」
頭を抱えるセンジョウに、セイアは困ったような表情を浮かべる。
「あの子は今まで甘やかされて生きてきていた。例えるならまるで、おとぎ話の『お姫様』のように」
「そんな彼女が今のような――世界から憎悪の対象になるというのは、間違いなく生まれて初めての体験だろう」
セイアは短く首を横にふるう。
「ましてや、罪の意識と、『人殺し』の意識を持っていた状況で、それでも自分の味方をしてくれた……王子様のような存在が、直接的ではないとはいえ自らの行動の結果、永い眠りへとついてしまった」
「そんな運命は、彼女が背負うには少々過酷すぎる」
セイアの言葉に、センジョウは表情を暗くする。
「心が折れても無理はない、か」
「今の彼女は自分の犯した罪の中でも大きな被害者は、私と……『先生』だと思っているだろう」
「だろうな」
彼女の絶望した表情を思い浮かべ、その言葉を肯定する。だからこそ、自分に対してあれだけの負い目を見せ、そして、その絶望の中で尚前へ進む自分との違いに、より絶望感を大きくしたのかもしれない。
自分だけが、絶望の暗闇の中に取り残されたような感覚には……覚えがある。
「我が儘で、浅慮で、衝動的で、欲張りなくせに自傷的……物語で言うなら、彼女は『悪役令嬢』がふさわしいだろう」
「それはあんまりな評価では……?」
ミカとセイアが喧嘩をする理由の一端これだろ。
「しかしそれでも、罪を犯した彼女は、童話ではなく、寓話の主題になってしまった」
「だとしても、その話に救いがないわけじゃないだろ」
なぜなら、この物語は……まだ、終わっていない。
「――そうだね。私は死なず、君も、君の父も、その罪を咎めるつもりはない」
「ミカの心は折れているかもしれないが……それでも、持ち直せるだけの環境は十分に整っている」
この話には、まだ『救い』がある。と、そう言葉を結んだセイアにセンジョウはため息をついた。
「今回は些細なすれ違いで済むから、なんとかなるか……」
「……この件は、そうだろうな」
しかし、セイアの意味深な物言いに、センジョウは顔を上げる。
「まるで別の問題があるみたいな言い方だな」
センジョウの問いに、セイアはしばらく考えた後、険しい顔をした。
「先生が居ない今。君に託す他ないのかもしれないな」
「俺に……?」
「ああ。……私の見た、『キヴォトスの終焉』についてだ」
物騒な言葉に、センジョウも同じように顔をしかめる。
「……終焉?」
「君は、私が未来視の力を持っているのは知っているね?」
「事件終わりの後に聞いた話だな。俺と親父しか知らない筈のやり取りを知ってたんだ。疑ってない」
彼の言葉に、セイアは話を続ける。
「私が最近見た夢……それが過去の記憶なのか、これから起こることの幻視なのか、それすら今の私にはわからない」
だが、それでも。と続ける。
「それがただの『悪夢』でないと、私の直感が告げているんだ」
「聞かせてくれ」
真剣な表情に応える様に、彼女の言葉に耳を傾ける。
――――天から巨大な塔が飛来し。虚空は緋色へと染まる。
――――不吉な塔は悲鳴を上げ、世界を少しずつ削り取り、世界の破片を『何か』へと被せていく。
――――削られた世界の破片が嵐のように吹きすさぶ世界は、やがて黒い光へ包まれて。
――――キヴォトスは崩壊し、虚無へと消える。
「・・・・・・そんな内容だ」
荒唐無稽な話に、しかしそれでもセンジョウは口元を押さえる。
「私は、その光景を明らかにするために、果てしない明晰夢の中を彷徨った」
「お前の力でそれを能動的にやるのは危険じゃないのか?」
「否定をすれば嘘になる。……先ほど言ったろう、『今の私は夢と現の境が曖昧になっている』と」
「無茶なことを」
「『トリニティの英雄』に言われたところで、説得力はないとは思わないかい?」
言外に「お前も似たようなものだろう」と言われ、言葉を失う。彼には何も言えなかった。
「これは、キヴォトスには存在しない、外部から到来したものだ。我々の理解を遥かに超えた、超常的な存在……」
「ここからは私の推測だが……あれを招いたのは『ゲマトリア』だろう」
「ゲマトリア……」
自らが取引をした相手。『黒服』の存在を思い浮かべる。確かにあれは、底知れない闇が意志をもって動いているようにも思える相手だった。
「彼らがキヴォトスの外からあれを呼び寄せ、キヴォトスを終焉へ導こうとしているのかもしれない」
――ならなぜ。『黒服』はキヴォトスの内の存在である『ヌィル・ヴァーナ』に興味を持ったんだ?
そんなシンプルな疑問が、センジョウの頭をよぎる。
「セイア。この話はいったんここまでだ」
「……しかし、このままではキヴォトスは」
「お前の言葉を疑ってる訳じゃない。ただ、間違いなく、今の俺たちには『情報』が不足してる」
考えるのは、対策を練るのは、もう少し状況を整えてからで遅くはない。
「やるなら、みんなの力を合わせてからだ。……その為に、明晰夢を彷徨うより先にやることがあるだろ」
彼の言葉に、セイアは目を大きく見開いた。
「君の言う通りかもしれない。……このままでは、トリニティのお姫様が、英雄を殺すなんていう、三流悲劇のような展開になりかねないからね」
「いやもう本当に……お願いします……」
それまでの真剣な様子から打って変わり、いきなり情けなく項垂れ、頭を下げて自分へ縋る、情けない『英雄』の姿に、セイアは苦笑を浮かべる。
「『英雄』は、君には荷が勝ちすぎているかい?」
「俺は父さんから託された者を必死に守ろうとしてるだけの一人の先生見習いだよ」
……目の前にいる『彼』は、『先生』とは違う。その立場と、想いと、力を託されたとはいえ、まだ自分たちとはそう大きく変わらない『子供』なのだ。
そんなことを実感しつつ、セイアは呼び鈴を手に取った。
「では、私は早速ミカに謝ることにしよう。……罪の中でも特に被害の大きい私と『シャーレ』が彼女について弁解をすれば、聴聞会での追及もいくらかは減刑できるだろう」
「そうしてくれると助かる。それから先のことは、目の前のことをとにかく片づけてから考えよう」
「その通りだろうね」
セイアが呼び鈴を鳴らすと、付き人の1人が部屋へと入る。
彼女にミカを呼ぶことを伝えると、セイアは椅子へと深く腰を掛けた。
「私はこのまま、彼女が来るまで一休みするよ」
「そうするといい。無理はするなよ」
「お互いに、だ」
セイアの物言いに苦笑したセンジョウは、別れの言葉を口にして、彼女の部屋を後にする。
これで、ミカの問題も解決しただろう。
聴聞会出席の準備のためにも、早くミレニアムへ帰る選択をした彼は、そのままトリニティを後にする。
――――世界の歪みが、少しずつ大きくなっているとも、知らずに。
というわけでミカが原作以上に追い詰められてる激ハードモードです。
先生「やばいぜサオリ!」
サオリ「くッ……」
センジョウ「大変だねあんたたち」
ミカ「〇してやる……〇してやるぞ蒼井センジョウ……」
センジョウ「!?」