ストック?
そんな……書き上がったものを熱いうちにお出ししないなんて僕にはとても……
「……本当に、いいのか?」
センジョウの答えに、驚いたように目を見開くサオリに、逆にセンジョウは眉を顰める。
「いや言葉の真意聞いたのそっちだろ……」
「それは、そうだが……」
サオリの申し訳なさそうな視線と、その言いかけた言葉の先から、何を意図しているかは明確だった。
「父さんの事か?」
考えていたことを当てられ、サオリは口を閉じる。
そんな彼女の様子に、センジョウはガシガシと頭を掻いた。
「いいんだよ。……いや、良くはないけど。いいんだ」
死んだわけでもない。それに、父の意志は、今も確かに自分の中で生きている。
「本当に後悔してるなら、素直に幸せになってくれ。父さんもそれを望んでる」
「それが『先生』、か……」
どこか納得したように、サオリは言葉を返した。
「そのために力が足りないなら俺が力になる。そのために俺はシャーレの先生を受け継いだんだからな」
迷いのない、力強い言葉に、サオリは言葉を失い。しばらくした後に。
「ありがとう」
とだけ返した。
その後、センジョウは大まかな事情をサオリから聞きつつ、ユウカへは帰りが遅くなる旨の連絡を済ませた。
現状としては先ほど聞いた通りで、ミサキ、ヒヨリとは追撃から逃れる最中にはぐれてしまったらしい。
「行動してもらう上で、これを渡しておこう」
そういったサオリの手には、何かの起動装置が握られていた。
「『ヘイローを壊す爆弾』の起爆装置だ。これがなければ、爆弾は絶対に作動しない」
「……それを俺にどうしろって?」
訝しげな表情に、サオリは黙ったままソレを突き出す。
「どんな理由があろうと、私が過去にお前たちに敵対し……銃を向けたのは事実だ」
「だから、裏切らない証拠に自分の命を懸けるっていうのか」
サオリは、その言葉にうなずいた。
「もちろん、それで完全に信用してもらえるとは思っていない。必要なら──」
サオリの言葉を遮るようにして、装置を奪い取った。
「その言葉で充分だ、が」
センジョウは、奪い取った装置を全力で地面にたたきつけ、車椅子の車輪で粉砕した。
「そういうのはナシ」
「なっ……!?」
突然の行動に、サオリは目を丸くする。
「そんなもんなくても、もう俺はお前を信じてる。余計なものは必要ないだろ」
それに。とセンジョウは続ける。
「『生徒』が危険物を持っていたら没収するのが『先生』だしな」
「……」
あっけにとられるサオリだが、しかし。
だからこそ、サオリは敵だった自分に手を伸ばしてきた彼の言葉を、信じたのだ。
「よし、じゃあまずはほかの『スクワッド』を迎えに行くぞ」
「……このまま向かうのか?」
センジョウが車椅子を進めたところで、サオリは彼を呼び止める。
「……何かほかにあるのか?」
「いや、車椅子で戦場というのは」
さすがに装備として心もとない……と言いかけたサオリに、センジョウは納得したように深く頷いた。
「安心してくれ、これ、『ヌィル・ヴァーナ』だ」
バンバン、と自分の自走式車椅子をたたくセンジョウに、サオリは目を丸くする。
「え、いや。あれはパワードスーツじゃなかったのか……?」
「最初にお前たちの前に突っ込んだ時に乗ってたバイクも『ヌィル・ヴァーナ』だ」
「ぬ、ヌィル・ヴァーナは、何かの総称なのか……?」
混乱するサオリに、センジョウは笑顔で返す。
「可変パワードスーツと思ってくれ。メンテナンス頼んだら、妙な機能増やされてたんだよ」
「そ、そうか……」
妙ににこにことした笑顔でそう答えるセンジョウに、サオリは頷く他に無かった。
男の子はこう言うのが好きなのだが、それがわかるほどサオリは世間には明るくなかった。
~~~~~~~~
「ようやく追い詰めたぞ」「観念しろ!」
アリウスの生徒に囲まれ、銃口を突きつけられるヒヨリは、青ざめた顔のまま、その場に腰を下ろした。
「は、はは……そうですよね、逃げきるなんて不可能だったんですね……私の人生、本当に痛いこととか、辛いことばっかりだったなぁ……」
「ヘイローを壊す爆弾はお前には必要ない。壊れるまで弾丸を打ち込み続けてやる」
「ひぃぃぃ……!そんな、そんなに痛いのなんて……どうしてこんなことになってしまったんですか……」
無慈悲なまでの宣言がなされ、アリウス生がその引き金を引こうとした時。
「イジメはカッコ悪いって先生に習わなかったのか?」
路地裏に、突如声が響く。
「誰だっ!」
ヒヨリから意識をそらし、周辺を警戒すれば……近くの屋根の上に、その男はいた。
「『蒼井センジョウ』……!!」
「『先生』、な」
向けられた敵意に、センジョウはニヒルに笑い、左手を空へ掲げる。
「マダムからの命だ!奴を見つけたなら即座に射殺して構わない!」
「何かするつもりだが、構わん!撃てぇ!」
統率された陣形のまま、一斉に放たれる銃弾。しかし、それがセンジョウへ届くことはない。
「すべて、はじかれた……!?」
「パルスフィールド……車椅子だからって展開できない訳じゃないんだなぁコレが」
当然、常時展開しているわけではないが、それでも自衛には十分な程だった。そうして彼が注目を集めているなら。
「警戒が甘いな」
「なっ……!?錠前サオリ!?」
『スクワッド』のリーダーである彼女が接近するには、十分すぎる隙だ。
サオリは、流れるような手際の格闘でアリウス生の意識を刈り取ると、そのままセンジョウへ合図を返した。
「流石に手際がいいな。火力支援要らずか」
「まだこれから本題がある。補給が望めない以上、可能な限り節約した方がいい」
「それは……まあそうか」
車椅子のまま、パルスフィールドを駆使して屋根から飛び降りたセンジョウは、そのままサオリへと近づく。
「あ、蒼井センジョウ……?どうしてリーダーと一緒なんですか……??ま、まさかリーダーを洗脳して……!?」
「それはマンガとかの読みすぎだろ」
混乱した様子のヒヨリに、センジョウは呆れたようにツッコミを入れる。
「安心しろ、ヒヨリ。センジョウは今は私たちの味方だ」
「……信じて大丈夫、なんでしょうか。だって、私達は……」
「生徒裏切るような真似はしないから安心してくれ」
センジョウのなげやりな言葉に、ヒヨリは怯えたような視線を向けるが、サオリがそれを諌める。
「時間がない。……ミサキはどうしたんだ」
「えっと……リーダーとはぐれた後、いつの間にかはぐれちゃいました……すみません」
「気にするな。……生きていてくれただけで、十分だ」
「リーダー…………」
ヒヨリの肩をつかむサオリの顔は、今にも泣き出しそうにも見えた。
だが、今は泣いている時間すら惜しい。
「ミサキの居場所にアテはあるのか?」
センジョウの問いに、サオリは立ち上がる。
「……予想はつく。急ごう」
~~~~~~~~
サオリの案内にしたがって夜の町を駆ける3人がたどり着いたのは、破壊された橋だった。
そして、その橋の上に、1人の少女がぼんやりと立ち尽くしている。
「……来たんだ、リーダー」
橋の上に立つ少女……戒野ミサキは、自らに近づく人影に気づくと、その顔を見て溜め息をついた。
「ああ。……無事で良かった」
「無事?……リーダーは今の状況を本気で『無事』だとおもってるの?」
冷めた声で、突き放すようにそう言い放つミサキ。
「アリウス全部が敵。助けてくれる味方はいない。アツコも捕まった。……私達だって、1度は捕まりかけて、バラバラ。何度やっても、また同じことになる」
だから無駄だと。そう言いたげな顔でサオリの顔を見た。
「味方ならいる」
「蒼井、センジョウ……」
かつて敵だった男。自分達の被害者であり、自分達の最大の障壁となった存在に、ミサキは顔をしかめる。
「────そうしてすがっても。アリウスと同じ結果になる」
自分達はまた、『使い捨てられる』のだと、そう言いきった。
「ミサキ!」
「こないで」
ミサキは、一歩後ずさる。
彼女の背後に道はなく、橋の下を流れる川は雨の影響で流れが速く、落ちてしまえば……後の結果は、想像に難くない。
もう、生きるつもりはないと。こんなに苦しい生など欲しくはないと、彼女は訴えかけてきていた。
しかし。
「……無駄だ。ミサキ」
それでも、サオリは彼女へ歩み寄る。
「飛び込んでみるか、ミサキ。例え飛び込んだところで、私も飛び込んで、必ずお前を川から引きずり上げる。お前が何をしようと、必ず生かす」
それが、自分達の呪縛から解放され、飛び立った彼女の──白洲アズサから学んだ、『
彼女はもう、迷わない。
諦めることは、ない。
そんな、強く、鋭く光るサオリの視線に当てられたミサキは、静かに目を閉じて。
「……はぁ」
深く、溜め息をついた。
「……変わったね。リーダー」
呆れたような、諦めたような。そんな声をだし、サオリへと歩み寄る。
「……アツコを、助けに行くんでしょう?」
「ミサキ……」
「別に、そこの男を信じた訳じゃない。私は、リーダーの事を信じただけ。それだけは勘違いしないで欲しい」
ミサキに睨まれたセンジョウは苦笑を浮かべる。
「これからまた、辛くて苦しい事が始まるんですね……」
「全ては虚しい事、その事実が変わる訳じゃない」
ヒヨリと、ミサキの言葉に。けれども、サオリは言葉を返す。
「……『それでも』。進み続けることで、アズサは答えを得たなら。私達もすすもう」
その言葉に、二人は静かに、けれど、確かに頷く。
その光景を見ていたセンジョウは、満足げに頷くと、車椅子を前に進める。
「結論は出たみたいだな」
その声にサオリ達がセンジョウを見ると……すこし、驚いた顔をする。
「今さら何を驚いたんだ?……これで全員揃ったなら、さっさといこ────」
「そうね。『全員』。揃ったわね」
声が。聞こえた。
センジョウは、その声に体がまるで石になったかのように固まる。
体は動かないのに、うるさいほどに心臓が鳴り響く。
「い、いまぁ……なんかぁ……、聞こえる筈のない声がぁ……聞こえた気がするんだけどぉ……」
恐る恐る、振り返らないように細心の注意を払いながら、サオリ達の顔を見る。
そっと、目を逸らされた。
「はっはっはっ!まっさかぁ!此処に来て小粋なジョークだよな!なぁ!?」
動揺したまま、そう声を出す。
「そうね。まっっっっっったく、笑えない冗談だと思うわ」
また、声が聞こえた。
サオリは、静かに首をふる。
恐る恐る、センジョウが振り返ると。
「うわぁぁぁぁ!!なんでぇぇぇ!?」
「逃がさないわよ」
ユウカは、咄嗟に逃げ出そうとしたセンジョウの肩をガッチリとつかみ、振りほどけないように固定する。
「遅くなるって言っただろ!!なんで来た!!」
「突然あんな連絡寄越したアンタの考えが解らないとでも思ったの……??」
ユウカは、笑顔のまま、しかし、これっぽっちも笑ってない目でセンジョウを見る。
「さ、流石ユウカだなぁ……」
「誤魔化しにすらなってないわよ」
全身から吹き出す汗に、肝を冷やしながらセンジョウはユウカの顔を見る。
「……えっと……お、俺……これからちょっとぉ……急いでやらなきゃならない仕事がぁ……」
「見れば分かるけれど?」
それで?という言葉の気迫に圧されつつ、センジョウは言葉を続ける。
「だからそのー……ユウカは、先に帰ってて大丈夫だぞ……?」
「却下」
笑顔のまま、バッサリとその意見を叩ききる。
そうして、真剣な表情のまま、口を開く。
「……そうやってまた。1人で危険なことに首を突っ込もうとして。私にはなにもさせないの?」
「いや……だってそれは……これは『先生』の仕事だから……」
センジョウのその言葉に、ユウカは自分の中のなにかが『ブチィッ!!』とキレる音を聞いた。
「つきもしない格好をつけるのも大概にしなさい!貴方のそれは心配でもなんでもない!ただのエゴの押し付けよ!!」
「でも……」
「でもじゃない!!」
「はい!!」
ユウカの剣幕に思わず背筋を伸ばす。それほどの凄みがそこにはあった。
「貴方はどうしてあの時……先生が何も言ってくれなかったあの日!無茶をしてまで1人で勝手に動いたのか覚えてないの!?」
「それ、は」
ユウカの言葉に、『過去の事』として、いつの間にか無意識に忘れようとしていた自分の失敗を思い出す。
「どうしてこう、貴方達はダメなところばっかり似てるの……!」
怒りに燃えている筈のユウカの瞳には、いつの間にか涙が滲んでいた。
「えっと……その」
……蒼井センジョウの人生経験において、女の子に怒られながら、同時に泣かれたことは、これがはじめてだった。
ただでさえ、家族にばかり偏重した人間関係を築いてきていた彼には、ユウカの怒りはまだしも……『涙』の理由は、想像もできなかった。
「……ごめん」
「ごめんじゃない。私が欲しい言葉は、それじゃない」
涙目で睨まれるセンジョウは、必死に答えを考える。
どうすれば『許されるか』ではなく。どうしたら、『泣き止んでくれるか』を。
その考えが、彼にとってどういう意味を持つのか。彼自身も解らないまま。
けれど、考えすらまとまらない。
どうして自分は、彼女の涙に此処まで心を乱されるのだろう。
諦めたように、ユウカは口を開く。
「私は、そんなに信用できないの……?」
その言葉に、彼は自らの過ちに、ようやく気づく。
────『
「…………私は、貴方の力に成れる。一緒に戦える。……そう、伝えたのに」
「私はまだ……貴方に、信じて貰えてなかった……」
…………いつの間にか、ユウカの表情からは怒りの火は消え去り、涙で顔を濡らしながら、けれど、センジョウを睨んでいた。
「ユウカ……俺は」
俺は。君を傷つけた。
だから──
そう言いかけて、センジョウは左こぶしで、力強く自らの顔を殴る。
鈍い音がし、口の中が切れた感覚ともに、血の味が広がっていく。
彼の突然の行動に、ユウカは驚いた様子で一歩踏み出すが
「いきなりなにやって……!」
「俺は!!」
センジョウの声が、その足を止める。
「俺は……まだまだ未熟で、半人前で!1人で出来ることなんて、殆ど無いかもしれない!親父に託されたことも!俺1人じゃ成し遂げられないから!みんなに頼った!」
だけど。いつの間にか、オヤジに言われた訳でもないのに。キミの事を守れると。そう、勝手に思っていた。
それが傲慢なことだと、キミは気づかせてくれた。
心の中で、そう付け加える。
「だから!」
──だけど。この気持ちを、言葉にはしない。
「……頼む。ユウカ」
──きっといつか。自分らしい答えが見つかる。その日までは。
──この気持ちに、自分の納得の行く『名前』が、付くまでは。
「────俺を、助けてくれ」
深く、深く頭を下げる。
「…………本当に、ほんっとうに。……世話の焼ける、しょうがない人」
そう言いきる、ユウカの表情は──センジョウには見えない。
「────当たり前でしょう。いつでも、何度でも、私は貴方を助けるから」
だから。
「『一緒に』行きましょう……センジョウ」
少女は、少年に手を伸ばし。
「……ああ!」
少年は、その手を掴む。
あぁ~ボーイミーツガールなんじゃあ~
これを見せられるスクワッドの気持ちは如何に