「……全身異常なし。どこからどう見ても万全な健康体ですね」
「バイタル数値も安定しています。脳波の値も特に変化は見られません」
「…………なあ。俺まだこうしてないとダメか?」
アリウスでの戦いを終え、トリニティへと帰還したセンジョウは現在、全身に電極シールを貼られ、脳波の測定装置をつけられていた。
「当然です。あれ程の重症が、予後不良の一つもなく、一晩で完治するなどあり得ません」
「私としても、今の貴方は調査対象として外せない状況です。『ヌィル・ヴァーナ』を貴方へ渡した責任もありますから」
センジョウの問いに、彼の全身のデータを確認する二人……ミネとヒマリは断固拒否の意向を示した。
「……仕事、帰ったらやらないとなぁ」
センジョウは諦めた様子で、自分のテーブルの上に積み上げられる書類の姿を思い浮かべていた。
────結果から言うと、アリウス自治区はトリニティの正義実現委員会の介入により制圧され、指導者である『ベアトリーチェ』を失ったことで、その機能が停止。
再建への道を歩むこととなるだろうが、その目処は立っていない。
ミカの為の聴聞会は、ナギサやセイアも揃って参加することが叶い、彼女の責任の所在の追求が開始されたが……ティーパーティー二人の寛容なスタンスと、ミカ個人の立場の都合から、最悪の結果は回避される流れとなっていた。
戦闘で服がぼろぼろになっていたセンジョウは、トリニティに残されていた数少ない男性服──シスターフッドから借り受けた神父服の上から、ぼろぼろなままのシャーレのコートを羽織り参加し、その一部始終を静観していた。
この件でサクラコにあらぬ噂が流れることとなるのだが……、それはまた別の話。
ユウカは部外者であるため、聴聞会への参加はせず、センジョウの着ていた制服と、破壊された『ヌィル・ヴァーナ』のコアユニットを持って先にミレニアムへと帰っていった。
それと代わるようにヒマリが到着し、聴聞会の終了と共に待ち構えていたミネがセンジョウを拘束。
聴衆の眼前でセンジョウを誘拐し──今へ至る。
「痛みを隠している、と言うわけでもない様子ですね」
「だから、なんか良くわからないけど治ったって言ってるだろ……」
もういいだろ。とセンジョウは勝手に起き上がり、全身の電極をプチプチとはがし始める。
「1時間以上もこんな状態で検査される俺の身にも成ってくれ」
「『先生』が昏睡状態のまま、意識の戻る気配もなく眠り続けているのです。同じ『キヴォトスの外から来た人間』である貴方の身体にも予期せぬ問題が起こらぬとも言いきれませんので」
ミネは真剣な表情のままセンジョウを見るが、しかし、ため息をついて医療器具の機能を落とす。
「しかし、ここまで検査をしてもキズ一つ見当たらないとは……これ以上の検査は無駄なのかもしれませんね」
ミネは、アリウスでセンジョウから聞いた『早瀬ユウカの手のひら』の症状を思い出す。
センジョウの証言が正しければ、彼女の左手はベアトリーチェの足に踏み潰され、手のひらの骨が折れるようなダメージを受けている筈だった。
しかし、本人にも自覚症状はなく、その場で行った触診でも、トリニティの病院で撮影したレントゲンでも、キズ一つ見受けられなかった。
まるで、そんな傷は『最初から存在しなかった』かのように……。
「(考えられるとすれば、あの『光』)」
ミネは、戦いの最中に自分達を包んだ『虹の光』を思い出す。
『
原理や、理屈のわからない、『奇跡』とでも呼ぶ他ないその現象が何か影響を与えたのだと。そう考えて間違いはない筈だった。だが、そんなことができるとすればそれは……。
「……『神の領域』ですか」
考え込む様子のミネに、ヒマリが声をかける。
「考えはお見通しと言うわけですか」
「いえ。読心術を修めていると言うわけではございません。ただ……」
二人は、ヒマリの持ってきた、セミナーのスーツにそそくさと着替えるセンジョウの姿を一瞥する。
「……彼の持つ、『ヌィル・ヴァーナ』に、少々気になるログが残っていまして」
『ヌィル・ヴァーナ』のシステム面の調整を行っているヒマリは、そのログを全て記録するために、遠隔でデータを抜き取り、彼女の持つデバイスに送信するシステムを組み込んでいた。
その中に残された記録。
『魂の接続』『Phase5』『奇跡の実行』
そして、ヌィル・ヴァーナの演算が狂うような、破綻したログと。それを『Phase6』と定義した、最終ログ。
不可解な点が多いとはいえ、エンジニア部とヒマリ自身が干渉できる以上、『ヌィル・ヴァーナ』は魔法等ではない、技術である。
しかし、技術と言うには、あまりに荒唐無稽な単語の羅列がそこにはあり、『特異現象捜査部』の部長である彼女にすら理解の及ばない記録だ。
「……『Nuill-Vana』は、私達には過ぎた代物なのかもしれません」
「『涅槃』ですか。……あまり、いい気はしませんね」
『死』『完全な無』『静寂』
『輪廻からの解脱』
「……人はいずれ、死ぬものです。どんな人であろうと、死は平等に存在します」
ミネは意識を失ったまま目の覚めない先生の姿を思い浮かべる。
「ですがもし、人が全ての『傷』を。……死すら克服してしまったら、それは果たして、『人』であると、言えるのでしょうか」
彼女の見つめる一人の背中には、『二人分』の運命がのし掛かっているように見える。
「それでも、彼が私達……生徒の未来を思って行動しているのは事実です。……彼の信じた、私達の信じた、『先生』のように」
ヒマリの言葉に、ミネは静かに頷く。
「ええ。そうですね。……私達も信じるべきなのでしょう。彼のことを」
誰よりも傷つき、誰よりも弱く、誰よりも孤独な彼を。
それでも、生徒達のために、戦うことを選んだ彼を。
~~~~~~~~
トリニティで手の怪我の検査を終えて、ユウカがミレニアムについた頃には、時間は朝の10時を過ぎていた。
この時間とも成れば、学校には多くの生徒が集まっている事は簡単に想像がついたし、センジョウからの連絡をみて、なにも考えずに全てをノアに任せて飛び出してきてしまった事を考えると、帰ってきた場面を誰かに見られるのは非常に都合が悪かった。
加えて、ぼろぼろになっているとはいえ、センジョウの着ていた服を手に持っている姿を見られたら、何を言われるか、たまったものではない。
それに対する『完璧』なユウカの作戦は──
シンプルに人気の少ない裏門からはいると言う、味気もへったくれもない作戦だった。
完璧でもなんでもねぇよ。というセンジョウの言葉が聞こえてくるような気がしたが、勝利を確信したユウカは余裕の表情で門をくぐり、
「あ!!朝帰りのユウカです!!」
冒険中のアリスに見つかった。
「あ、アリスちゃん!?誰に教わったのそんな言葉!?」
「ミドリが言ってました!男女が夜に出掛けて、翌朝帰ってくる時にヤってることは一つだって!!」
「モモ……ミドリ!?」
いつものごとく、余計なことをモモイに吹き込まれたのかと思ったユウカは、ミドリに教わったという事実に驚愕する。
「アリス知ってます!帰るタイミングをずらすことで二人でなにかをしていたことを隠そうとしているんです!」
「ちが、ちがう!誤解よアリスちゃん!大体私がセンジョウとそんな──」
そう言いかけて、全身を包んだ温もりを思い出す。
女性とはちがう、筋肉質で、がっしりとした、彼の身体の感触────
いつの間にか、ユウカの顔は真っ赤に火照っていた。
その顔を、アリスに見られていることも忘れて。
「た、たいへんです……!みんなに知らせなくては……!!」
「え、あ!ちょ、ちょっと!アリスちゃん!!??」
ショックを受けた表情で走り去るアリスに気づき、ユウカは彼女の後を追って走り出す。
「ユウカが……ユウカが大人の階段を登りましたぁーー!!」
「誤解!!誤解なの!!!アリスちゃん!待って!!」
結局、逃げ回るアリスが出会った生徒に片っ端からその話をした結果、『なにやらユウカとセンジョウがくっついたらしい』という噂は一日の間にミレニアム中へ広がることとなってしまった。
遅れて帰ったセンジョウは、妙に生暖かい視線を向けられながら、訳もわからないまま、不機嫌なユウカに突っぱねられて、しばらく避けられることとなってしまった。
「……なんで????」
お前のせいだよ。
この後は少し幕間の外伝と、ここまでの設定を踏まえたキャラ紹介を挟んでから、イベストかカルバノグをやる予定です。
その後が完全オリジナルの『ゲヘナ動乱編』かなぁ……。カルバノグより先にやってもいいかもしれない。
なんにせよしばらくユウカの出番はお預けになるかもしれませんね(?)
次に上がる、キャラ紹介とあわせて、今までの私の活動報告なんかにもこの作品について言及してるので良ければ是非。