最後にふさわしい話をかけたと思っていますよー
「シャーレに、帰る?」
ある日のミレニアムの執務室で、ユウカはセンジョウの言葉に目を丸くした。
「父さんの治療をシャーレでやる事になった以上、寝たきりで一人残してって訳にはいかないしな」
センジョウは手に持った書類をまとめつつ、ミレニアムで世話になった作業デスクに広がる私物の片付けを進める。
突然の情報にユウカは完全に固まったまま、ポロリとペンを手から落とした。
「……何をそんなに驚いてるんだ?エデンのゴタゴタの前から話してただろ」
「え、いや。だって、え??」
目を白黒させるユウカに、センジョウは溜め息をつく。
「別に今さら俺がいなくなっても仕事に問題でないだろ」
「……わ、私たちが良くても、貴方が不味いんじゃないの?」
「少し前まではな。……今ミレニアムだけじゃなく、トリニティからも『当番』の申し出が上がってきてる」
先代先生が倒れたことで、センジョウに受け継がれたシャーレだったが、生徒達がシャーレの業務を手伝う『当番』の制度が形骸化していたのがこれまでだった。
ある日突然担当が代わり、それと合わせて『エデン条約』の時のいざこざがあれば、多くの生徒が、縁の薄いセンジョウより、自分の通う母校の心配をするのは当然とも言える帰結である。
故に、文字通りシャーレには今までの倍──厳密には『アロナ』のサポートも無い分、それ以上──の仕事がのしかかっていた。
それに対する対応策として、ユウカのフォローを受けて仕事をしていたのが、今日までのシャーレの体制だったのだ。
しかし、アリウスでの一件から、ティーパーティーの信頼を獲得し、ミレニアムで生活を送ることで、ミレニアム生達のと交流が深まっている。
又、引き継ぎのゴタゴタが落ち着いて、他校を回る余裕が出来たことで、少しずつではあるが、シャーレの信頼が回復してきた。
そう言った経緯で、センジョウがミレニアムに残らなくてはならない理由は解消したのである。
「長い間世話になったな、ユウカ」
ユウカはぽかんと口を開けて、茫然自失といった様子だった。
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ミレニアムから出ることになった。とは言え、何も今日今すぐ出発しなくてはならないと言うわけではない。
ある程度前倒しぎみに荷物をまとめ始めつつ、合間合間に、ミレニアムの校内を散歩していた。
単純に過ごした時間だけで言えばシャーレとそこまで変わらない気もするが、父が倒れ、様々な事を経験したここ数ヶ月の出来事は、センジョウにとってとても大きな意味を持っていた。
──ユウカに救われたあの日から。ミレニアムは、センジョウにとっての『帰る場所』となっていた。
自らの心の弱さに負け、過ちを知り、人の温もりを知り、対話の価値を学び、責任の重さを学び、守ることの難しさを学び。
──そして、『生きること』の意味を体感した。
あの日、あの時。ユウカが声をかけてくれなければ、きっと自分は『此処ではない何処か』へと飛び去ってしまっていた。
そんな確信が、センジョウにはあった。
今にも泣きそうで、それでも自分のためにあんなに懸命に怒ってくれた、一人の少女の姿を思いだし、センジョウは人の温もりを思い出す。
人は、一人では生きていけない。
そして、自分一人の犠牲で他人の運命を変えようとするのは、とても傲慢な行為で。
そんな、大事なことを学んだ『ミレニアムサイエンススクール』は、センジョウにとって、大事な母校だ。
だが、学んだからこそ、彼は一人で前へと進まなければならない。
自分はもう、『生徒』では居られない。
「あれ、センジョウ、どうしたの?」
ぼんやりと校内を歩いていると、偶然各務チヒロと遭遇した。
センジョウは片手を上げて軽く挨拶をすると、足を止める。
「ここを出る前に、記憶に焼き付けておきたくてな」
「……ああ、そっか。シャーレに行くのもうすぐだったね」
「折角だし、少し歩かないか?時間があれば、だけど」
「ヴェリタスの部室までなら」
構わない。とセンジョウは返し、チヒロの隣へ並ぶ。
「シャーレのセキュリティチェック、頼んで悪かったな」
「いいよ別に。先生の時にもやってたことだし……ホワイトハッカーの仕事だしね」
センジョウがシャーレへと帰る予定が出た時に、一番最初に声をかけたのがヴェリタスの面々だった。
父から以前、シャーレのパソコンはヴェリタスにメンテナンスをして貰っている事を聞いていた為、今後自分が仕事で使う上での注意事項等を聞いておく必要があると考えた為である。
その経緯で、チヒロはセンジョウがシャーレへと帰ることを、ミレニアムでもっとも早く知っていた。
二人は他愛ない会話をしながら、廊下を歩く。
「俺も多少のネットリテラシーはあるけど、セキュリティにまでは流石に詳しくないからなぁ」
「ユウカの話を聞く限り、先生より全然マシ。あの人は警戒心が無さすぎたから」
「らしいと言えばらしいけど、自覚がなぁ」
「変なところで子供っぽいからね」
「ちがいない」
「……アンタも、だけど」
チヒロの言葉に、センジョウは苦笑いを浮かべる。
「手厳しい」
「甘やかしてほしいって柄でもないでしょ」
「まあ、まだまだ未熟者だからな」
そんな話をしていると、いつの間にかヴェリタスの部室前へとたどり着く。
「じゃあ、私はここで」
「ああ、色々ありがとうな」
妙に改まったセンジョウの言い方に、チヒロは疑問符を浮かべる。
「別に今生の別れって訳でもないでしょ」
「それは……まあ、確かに」
むしろ、シャーレのパソコン関係の諸々で、案外すぐに再会する可能性も大いにあるのも事実だった。
「……私も『当番』、たまに立候補しておくから、気が向いたら呼んで」
「お、おう」
「なんで照れてるの?」
突然の宣言に、妙にキョドったセンジョウをみて、クスりとチヒロは笑った。
「それじゃ、またねセンジョウ」
「ああ、また」
部室へと入っていくチヒロを見送って、センジョウは再び、当てもなくミレニアムの廊下を歩きだすのだった。
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次にセンジョウ"を"発見したのはゲーム開発部のメンバーだった。
「見つけた!」
どうやらセンジョウを探していたらしいモモイがセンジョウの後ろ姿を見て、大きく声をあげる。
気づいたセンジョウが振り返り、声をあげるより先にモモイはセンジョウを指差した。
「アリス!捕獲!」
「わかりました!」
「は?……ぐはぁっ!?」
モモイの指示に従うようにアリスはセンジョウに飛び付くと、そのままの勢いでセンジョウを張り倒し、お腹の上に馬乗りになる。
「任務……完了!」
「い、いてえ…………」
仰向けに倒れたまま、強打した後頭部を手で押さえながら、呻き声をあげる彼に、モモイとミドリが駆け寄る。
「だ、大丈夫ですか!?」
「あちゃー、少しやりすぎちゃった?」
「マスターはそんなに弱くないので大丈夫だと思います!」
「いつも怪我だらけだからって怪我させて良い訳じゃないだろ……!」
センジョウは扱いに不服を申し立てるが、アリスは依然として退く気配がない。
「で、なんで捕獲されてるの俺は」
当然の疑問を投げ掛けると、モモイが怒りを露にする。
「勝手にミレニアムから出ていくって言うからだよ!」
「魂の抜けたユウカが村人Aみたいに繰り返してました!」
「ユウカが?……そこまでショック受ける内容でも無いだろ……」
「それは……どうだろう……」
ユウカの様子を聞いて疑問符を浮かべるセンジョウの様子に、ミドリはユウカの苦労を思い、苦笑を浮かべた。
「どっちにしても俺は元々シャーレ所属だぞ?ミレニアムに来てたのは元々出向で……」
「そう言う問題じゃない!」
センジョウの言葉を遮るようにモモイが口を開く。
「センジョウはもう私達の仲間で、友達だよ!それが別れもなしに出てっちゃうなんておかしいでしょ!」
「いやそれはそのうち順々にだな……」
「そう言うことじゃないの!」
なんでわかんないかなー!と頭を抱えるモモイに、センジョウは困ったような表情を浮かべる。
「センジョウ……」
「ユズ?」
どうやら才羽姉妹の後ろに隠れていたらしいユズが、暗い表情のまま、センジョウに歩み寄る。
「センジョウは、オンラインゲームで仲の良かった人が、突然仕事を理由にゲームの参加時間が減ったらどう思う?」
「どうって……」
そうして、その言葉の先を言おうとして、センジョウは彼女達の想いを知った。
「……悪い。少し、考え無しだった」
「ホントだよ!」
「解ったなら、後でユウカにもちゃんと謝ってくださいね」
ミドリの言葉に、センジョウは静かにうなずく。
確かに、どんなに簡単に会えるとしても、物理的に距離が離れるのは事実だ。
それを、すべての生徒が素直に受け入れられる訳でもない。……ユウカがそう感じているのは、意外だったが。
「……学校から離れて、先生になるって言うと、すこし、『卒業』みたいだね」
ユズの言葉に、アリスがなにかを閃いたように目を輝かせた。
「それです!ユズ!」
「え?あ、どれ!?」
「『卒業』です!マスターはミレニアムサイエンススクールを『卒業』するんです!」
アリスの言葉に、ミドルとユズが疑問符を浮かべ、モモイがハッとする。
「そうだね!やろう!」
「はい!やりましょう!!」
アリスはセンジョウの上から立ち上がり、その手をぐいと引っ張って、立ち上がらせると、懸命に上に持ち上げた。
「「『卒業式』!!」」
────その宣言を聞いて、その場にいるモモイとアリスを除いた全員が、ポカンと口を開けていた。
~~~~~~~~
────数日後、センジョウのミレニアム『卒業』の報せは、あっという間にミレニアムへと広がり、モモイ、アリスの提案を受けた面々は、その案を受け入れ、あれよあれよという間に支度が進んだ。
そうして、センジョウのミレニアム旅立ちの日に、センジョウはアリスとモモイに手を引かれるまま、多目的ホールへと導かれた。
「みんな!連れてきたよ!」
モモイが勢い良く扉を開くと、そこにはセンジョウと関わりのある面々が勢揃いし、その彼らの見守る中央に、ポツンと空席が用意されていた。
「……やらなきゃダメかこれ?」
「折角みんなが用意したんだよ?ここで逃げるのはどうかと思うなぁ」
モモイはそう言えばセンジョウが退けないことを知った上で、煽るようにそう言う。
センジョウはそんな彼女の言い方に苦笑を浮かべつつ、期待されているように振る舞う事を決めた。
──それに、こんなに盛大に送り出される経験は、始めてだった。
促されるままにセンジョウは席へと座る。
そうして、彼女達が用意した、卒業式が始まる。
「それではこれより、蒼井センジョウくんの卒業式を始めさせていただきます。司会は、セミナー書記、生塩ノアが勤めさせていただきます────」
演台の脇に立つノアが、粛々とした様子で式を進める姿は、何処か厳かで、それは、本物の卒業式にも劣らない雰囲気を伴っていた。
「……では、早速ですが。卒業証書の授与を行います」
挨拶や一通りの流れを済ませたノアの言葉に、いつの間にかセンジョウの背筋が伸びていた。
「──セミナー代表として、早瀬ユウカさん、お願いします」
ノアの言葉に従い、脇で座っていたユウカが席を立ち、中央の台に立った。
脇に抱えていた書類を台の上に置くと、ユウカはマイクに手を伸ばす。
「蒼井センジョウ。前へ」
ユウカの言葉に、センジョウは静かに、しかしはっきりと答える。
「はい」
彼は、静かに席を立つと、司会者と、自分を見つめる生徒達に頭を下げて、台上へ登る。
「……卒業生、蒼井センジョウ」
「はい」
ユウカは、センジョウの顔をまっすぐに見つめ、センジョウも同じように彼女の顔をみる。
「……勝手にいなくなろうとした事は、反省していますね」
「はい」
「なら、どうして私がここに立って、貴方がそこ立っているかも、解りますね」
「はい」
ユウカの言葉と、想いを正面から受け止める。
「……貴方が例えどこにいても。私達と貴方の絆は無くならない。それを忘れないこと」
彼は、静かに息を吸い、力強く答える。
「はい」
そんな彼の顔に、ユウカは固めていた表情を緩める。
「……卒業、おめでとう」
差し出された、その証書を……偽物でも、決して軽くはないその証書を、センジョウは両手でしっかりと受け取った。
「ありがとう、ございます」
深く、深く頭を下げる。
証書を受け取る彼の姿に、静かに拍手が起こる。
「……では、卒業生代表のセンジョウくん。答辞の方をお願いしますね」
「は?」
突然、それまでの流れを無視したような無茶ぶりにセンジョウがノアの方を振り向けば、いたずらっぽくこちらを見ている様子が伺えた。
「ほら、みんな待ってるわよ」
ユウカは台からいつの間にか退いており、センジョウに立つように促す。
演台から周囲を見下ろせば、その場にいる生徒の全員がセンジョウをみていた。
彼は、呆れたように溜め息をつくと、マイクの前に立つ。
「えーっと。まず、わざわざこんな場を設けてくれたこと、そして、集まってくれたことに感謝を。……本当に、ありがとう」
深く、深く頭を下げる。
そうして、静かに頭を上げたセンジョウは、息を大きく吸い込んだ。
「俺は、父さんじゃない。父さんにはなれない。あんなに立派で、みんなをまもり、導く、そんな力は、今の俺にはないかもしれない」
────けれど。
「俺は──俺達は一人じゃない。卒業したって、どこにいたって、過ごした記憶は、心のなかにあり続ける」
────だから。
「俺は、先へ進むよ。みんなと、これから先の『
「俺は────必ず、立派な先生になる」
そうして、彼は再び頭を深く下げた。
一瞬の静寂。
パチパチ。と、一人の拍手が聞こえ、次第に音が広がって行く。
「センジョウ」
ユウカの声に、センジョウは振り返り、彼女の顔を見る。
彼女は、呆れたように、けれど、優しく微笑んでいた。
「────信じてるわよ」
何を。とは聞かない。
きっと、これから先も、ユウカを頼る機会はあるだろう。
だからせめて、彼女に恥じない自分であろう。
そう彼は心に決めて、センジョウは笑う。
「────任せとけ」
この日、蒼井センジョウは、ミレニアムサイエンススクールから、旅立った。
旅立ちの日~という感じの話でした。
これから先は、言ってしまえば第二シーズン開始というところでしょうか。
センジョウ君が単独で動くので、これからは本編から大きくことなる展開も増えることでしょう。
その分執筆も時間かかりそうですが、気長にお付き合いください。
イベントはバニーチェイサーやります。コユキ書いておきたいので……。
その後、いよいよお待ちかね(?)のゲヘナ動乱編です。