「あら、もう起きたのね。あの人もまだ来ていないし、もう少し寝ててもいいのよ?」
「……いや、なんでアンタいるんだよ」
シャーレの朝。いつも通りに目を覚ましたセンジョウが朝食の仕度のために給湯室へ向かうと、そこには扇喜アオイがたっていた。
「……あの、総決算の仕事って昨日の晩で終わりって話だったと思うんだが」
「そうね。終わりよ」
「じゃあなんで今ここでアンタはオヤジの分のコーヒーも仕度してるんだよ」
「仕事があるのだから当然でしょう」
「いやいやいやいやいや」
おかしい。話が通じているのに成立していない。言葉が通じているのに会話の成立しない違和感とはこれほどまでに奇妙なものなのか。
「総決算。とは銘打っているけれど、その中身は決算とは関係の無い話だと言うのはアナタも知るところでしょう?」
「オヤジとアンタのお人好し大作戦ということは知ってるな」
総決算。というのは、財務室長たるアオイが仕事を行うための、いわば大義名分であり、その実情として七神リンの仕事を勝手に肩代わりして負担を減らそうというだけの実務である。
となればまあ、いくらでも仕事を増やそうと思えば増やせるのはその通りだろう。だが、だとしてもである。
「この頻度で行われる決算を総決算と呼ぶとは思えないんだが……?」
「……仕方ないじゃない。その題目が一番都合が良いのよ」
自分でも苦しい言い訳だと言うことを自覚しているらしく、恥じらいの表情で視線を反らすアオイ。だからと言って、許すとかそう言う話ではない。
「それに、連邦の財務室が関わることでアナタにとっても経済的にプラスな筈よ。もう少し聞き分け良くしてくれても良いと思うのだけれど……」
「小遣いねだる息子かなにかだと思われてます??」
「……仕方ないわね。あの人の子供だもの、少しだけよ」
「俺がおかしいの?俺が聞き分け悪い子供なの?」
「アナタにも苦労をかけている自覚ぐらいあるわよ。親子の仲に急に割って入ってごめんなさい」
「いや、あの…………ハイ……ダイジョウブデス」
謎の親密感と、自分に対するなんとも言えぬ距離感が、まるで父の再婚相手なのではと錯覚させられ、センジョウは対処法を見失い、おとなしく引き下がる。
「ふふ……アナタ、やっぱり素直で良い子ね」
微笑を浮かべるアオイに、センジョウは背筋がぞわぞわとするのを感じた。
そんな様子のセンジョウを見たアオイは、ハッとした表情に変わる。
「ごめんなさい、少し、失礼だったかしら」
わかってくれたか!
「アナタはあの人の息子で……私の子供ではないのに、馴れ馴れしかったわよね」
「アア……イエ……キニシナイデクダサイ……」
ワカッテナカッタ……。
諦めと絶望の表情のまま、センジョウは踵を返す。
「あら、どこへいくの?朝食はまだだと思うのだけれど」
「あー……材料減ってるの思い出したので、外で済ませてきます。ついでにそのまま今日は外回りに」
「そう?……あまり遅くならない様にね。何かあったらすぐに連絡するのよ。私もあの人も心配するから」
「ハイ」
突然発生した謎の現象から逃げるようにして、センジョウはシャーレを後にする。
背後から「行ってらっしゃい」の声が聞こえた気がするが。きっと気のせいだろう。うん。そうだよ、だって俺に母さんはいない。そんなことを言ってくる女性なんていない筈だもの。
そんなことを考えながら、モモトークを開く。
『緊急:シャーレへ向かう前に合流するべし』
そんな文言を送る相手は、今日の当番……早瀬ユウカである。
『急になによ、何かあったの』
『今ありのままに起こったことを話すぜ……
シャーレの総決算が終わったと思っていたら、総決算が始まっていた……』
『な……何を言ってるのかわからねーと思うが……俺も何をされたのかわからなかった……頭がどうにかなりそうだった……催眠術だとか超スピードだとかそんなチャチなもんじゃあ、断じてねえ……もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……』
『……はぁ?アンタ頭おかしくなったの?だってあの女ようやく帰るって昨日のあんなに清々しい顔で話してたじゃない』
『……』
『……ちょっと、なんとか言いなさいよ』
『神は死んだ』
『……え。ねぇ、ちょっと嘘でしょ?嘘っていいなさいよ。さすがに言って良い冗談と言っちゃダメな冗談があるわよ?私もさすがに怒る時は怒るからね?』
『……………………………』
直後、通話が鳴り響き、次にユウカの怒号が鳴り響く。
ああ、きっと今日は俺も死ぬほど疲れるんだろう。
早く総決算、終わらないかな。なんてことを、ぼんやりとセンジョウは考えていた。
本編とは世界の繋がりの無い外伝です。よかったねユウカちゃん!