皆さん感想ありがとうございます。
色んな意見感想が貰えて恐悦至極でございますわよ
粛清会議と呼ばれる、裁判もどきが終わり、停学処分の決定したヒナは、その準備のために風紀委員会の執務室へと向かった。
そんな彼女を追うようにして、イオリ達とセンジョウは執務室へ向かい、扉を開く。
すると、そこではヒナが引き継ぎのための書類を作成していた。
その姿は一見すれば、普段通りの書類作業をしているようにも見える。
「な、なぁ……委員長……本当にいいのか……?」
いつになく力ないイオリは、不安そうな声色を隠そうともせず、ヒナへとそう問いかけた。
「良いも何も、決まったことでしょう。なら、従うしかない」
「やっぱり納得いきません!もう一度直訴して、判決を……!」
「アコ」
顔を真っ赤にして息巻くアコに、ヒナは静かに首を振る。
「私の事を気にしてくれてるのは嬉しいけど、必要ない」
「ヒナ委員長……?」
ヒナは席を立つと、 肩に羽織っていたコートの袖に手を伸ばす。
そうして、そのコートについていた『風紀委員会』の腕章を外す。
「……私はいずれ、ゲヘナを離れる。それが少し、早くなっただけ」
ヒナは、手に持っていた腕章をそっとアコの手に握らせた。
「今のゲヘナには、懲戒委員会もいる。そんなに心配しなくても……きっと、貴方達なら私がいなくても大丈夫」
まるで、彼女自身が、以前からそう決めていたかの様に。ヒナは、穏やかな覚悟を示しながら言葉を続ける。
「アコは、気負いすぎないようにね。普段通りにやれれば、貴女は頼れる参謀で、司令塔よ」
続いて、一歩。チナツへと歩み寄る。
「チナツも、普段から色々ありがとう。これからも、アコとイオリの事をちゃんと支えて上げてね」
最後に、一歩。イオリへ。
「イオリは……もう少し回りを見られるようになりなさい。ただ突き進むだけじゃなくて、時にはちゃんと立ち止まって、回りも見ないと」
二人とは少し違う声色に、イオリが不思議そうな顔をした瞬間。ヒナは肩に掛けていたコートを脱ぎ、イオリへと差し出す。
「────これからの風紀委員会は、貴女が引っ張っていくのよ」
それは、直接の指名。……ヒナ自身が、自分の後継を選んだという事実が。そのコートに込められていた。
ヒナの言葉と、差し出されたコートの意味を受け止めきれず、イオリは思考が停止し、ポカンと口を開ける。
それは何も、イオリだけではない。アコも、チナツも。同じようにその光景に唖然としていた。
そんな三人の様子にヒナは少し困ったように眉間にシワを寄せる。
「……ほら、早く受け取って」
ずい。と更に少しコートをイオリへと近づけると、ハッとしたようにイオリは首を横に振った。
「む、むりむりむり!無理だよ!私じゃできないって!それに!委員長っていうなら、私よりアコの方が……!」
「アコの強みは委員長であることよりも、今の行政官としての立場の方が活かせるのは、イオリもわかっているでしょう?」
「それは……そう、だけど」
ヒナの言葉を聞いて尚、イオリの表情は暗く、不安に満ちていた。
────自信がないのだ。自分が、『空崎ヒナ』のようになれるとは、イオリにはどうしても思えなかった。
そして、その思いは、その不安は。その葛藤は。
ヒナは、チラリと、彼女達の後ろへ立つセンジョウへと視線を向ける。
彼は、静かに、腕を組んだままこちらを見つめていた。
ヒナは、ぼんやりと、あの夜のセンジョウの姿を思い出す。
彼も、同じように不安だった筈だ。託された責務を、想いを、背負う重圧に耐え、それでも彼は前へと進んだ。
そんな彼の背中は、とても大きく、強くヒナの目には映っていた。
そして、ヒナには……イオリには、その力があると、感じていた。
いや、信じている。という方が正しいのかもしれない。
彼女は未熟だが、とにかく素直で、真摯だった。だから、きっと、いつかその背中は、人に勇気を与える背中になるだろうと。ヒナはイオリの事を信じている。
「イオリ。……大丈夫。貴女ならできる」
今はただ。その想いが少しでも伝わることを願って、ヒナは彼女の瞳を見つめた。
幾ばくかの沈黙の後、イオリはいつの間にか引けていた腰を立たせる。
「……わかった。委員長。私、頑張ってみる」
イオリは静かに、けれど、力強い言葉でヒナにそう伝えると、差し出されていたコートを、僅かに震える手で受け取った。
見た目より、ずっと。ずっと重く感じるそのコートに、不思議な熱を感じながら、イオリはヒナから受け取ったコートを両手で抱えるように持った。
ヒナは、その姿を見て、満足そうに笑顔を浮かべ、頷いた。
「応援してるわ。イオリ委員長」
「うぇぇ!?い、いきなり!?」
突然の不意打ちにイオリはあわてふためき、目を白黒とさせ、ヒナはそんな姿にクスリと笑みをこぼした。
「アコも、チナツも。……ちゃんとイオリの事を支えてあげて?」
「委員長が仰るなら……」
「アコ。……私はもう、委員長じゃないのよ」
ヒナの指摘にアコは言葉をつまらせ、そんな二人の様子にチナツは溜め息をついた。
「……既に先が思いやられます」
「二人の分まで、チナツがしっかりしないとね」
「委員ちょ……ヒナ先輩、本当に雰囲気変わりましたよね」
チナツの疲れたような表情に、ヒナは穏やかな笑みを浮かべたまま首をかしげた。
「そう?……そうかもね。センジョウ?」
「急に俺に振るな。俺は今回外野だぞ」
我関せずを貫いていたセンジョウは唐突に話を振られ、険しい顔のままそう返した。相変わらずアコからの視線が怖い。
「……ま。委員長になったところで、仕事の量が変わるだけだ。イオリ自身がすぐ何かに変わる訳じゃないだろ」
「その『仕事』が心配なんだよ……」
なんでもないように言いきるセンジョウに、イオリは肩を落としてそう返す。
「私はヒナいいん……先輩みたいには成れないし」
「それでいいんだよ。元々お前とヒナは別の存在だろ」
センジョウの言葉に、イオリは疑問符を浮かべる。
「仕事が同じでも、行う人次第で手順やアプローチなんて物はいくらでも変わる。『全く同じ』なんてのはできるわけがない以上、お前なりのやり方を見つけるしかないってだけだ」
「……簡単に言ってくれるよなぁ」
「言うは易く行うは難し。それでも、やらなきゃならないってだけだろ」
自分がそうだったように。と、心のなかで付け加える。
「でも……」
「それでも、信じて、託されたんだろ。……できるさ、イオリなら」
「う……」
センジョウの力強い言葉と信頼に、イオリはコートを抱える腕に少し力がこもった。
「それでもダメなら──」
「センジョウを頼りなさい。きっと、助けてくれるから」
センジョウの言葉の先をヒナが掠めとり、センジョウは姿勢を崩した。
「オイ」
「だって、貴方いつもそれでしょう?……『先生』だもの」
見透かしたような視線を向けられ、センジョウはむず痒くなる背中を誤魔化すように姿勢を正した。
「……まあ、そう言うことだ。一人でダメだと思ったら素直に立ち止まって、回りに助けを求めてみるんだな。案外、思わぬところから助けが来るかもしれないぞ」
少なくともここに3人はいるしな。とセンジョウは言葉を結び。イオリはセンジョウ、アコ、チナツを順に見た。
「……そうだな。うん。頑張るよ」
そうして、イオリは少し穏やかに成った表情で、深く、ゆっくりと頷いた。
────風紀委員会は、きっと大丈夫だろう。
そんな確信が、彼らの心の中に、ぼんやりと輪郭を現していた。
~
風紀委員会の委員長をイオリへ引き継ぐための諸々を済ませる頃には、すっかり日が暮れ、夜の帳が空を覆い始めていた。
余りの業務量に、イオリの心が折れかける事件こそあったが、つつがなく業務の引き継ぎの終わったヒナは、いよいよゲヘナの校舎に残る理由が無くなってしまった。
常日頃から仕事に追われ、楽しかった想い出など、数える程もないヒナだったが……それでも、それまでの生活の……自分の大半を占めていた『風紀委員会』との別れが惜しくないかと言われれば、……それは、嘘になる。
そんな、彼女にしては珍しく感傷に浸りながら薄暗がりの校舎を歩いていると。
「終わったのか?」
不意に背後からかけられた声にヒナが振り替えると、そこにはセンジョウが立っていた。
「帰ったんじゃ……」
「一回な。……当番の生徒に事情を説明して、俺だけ外回りに変えさせて貰った」
この時ばかりはユウカが当番でなくて良かったと、センジョウは内心安堵しつつ、笑顔で送り出してくれたホシノへ感謝をした。
別に悪いことしてる訳じゃないのに、何故かユウカが不機嫌になる気がしていた。
そんなことをぼんやりと回想したセンジョウは、思考を振り払うと、ヒナへ視線を向ける。
「少し歩かないか?時間はあるんだろ」
センジョウの誘いに、ヒナは静かに頷いた。
二人は、生徒も居らず、静まり返ったゲヘナの第一校舎の中を、静かに歩いていた。
そんな中、先に口を開いたのは、センジョウだった。
「……結局。風紀は辞めるんだな」
それは、いつかの愚痴の中で聞いた話だった。
エデン条約が成立して、ゲヘナとトリニティの共同治安組織が成立した時に、戦いから身を引くつもりだった。という、ヒナの、『もしも』の話。
「そうね。……まさか、こんな形になるなんて、思ってもいなかったけど」
ヒナは静かに、センジョウの言葉を肯定する。
ヒナが受けた処分は、あくまでも停学処分だ。退学ではない以上、今もヒナはゲヘナの生徒の一人である。
その気になれば、復学した時に風紀委員会へと復帰することもできる筈だが。彼女はそれを望まなかった。
「……貴方を見て。すこし、考えることがあったから」
「俺を?」
ヒナは静かに頷く。
「……貴方は、先生から色々なものを託されたでしょう」
「…………まあ、そうだな」
───父が。兄が。凶弾に倒れたあの日。
目を閉じれば、昨日のように思い出せる。脳裏にこびりついて、忘れることなどできない。あの光景。
そうして、誰より憧れたあの背中を。夢より焦がれた、その景色を。
望むと、望まざるとを選ぶこともできず。けれど、それでも確かに。自らの意思で、あの手を取った。
忘れる筈もない。運命の日。
「貴方は、あの日。確かに大きくなった」
ヒナは、夜空に浮かぶ月を、窓から見上げながら言葉を続ける。
「始めて会った時から、不思議な人だとは思っていたけれど、その時の貴方には、今の貴方のような力強さはなかった」
「あの頃は……まあ、そうかもな」
センジョウ自身、あの日を境に、色々な見えてなかったものが目につくようになった。
『先生』という肩書きに合わせて背伸びをしたことは、無駄ではなかったと、胸を張って言える自信があった。
「それで、私も思ったの。……イオリ達にとって、私って邪魔なんじゃないか、って。……直接的な意味とかじゃないけど」
センジョウからは、ヒナの表情は見えなかった。
「私は、風紀委員の仕事は、面倒で、やりたくなかったけど、私しかできないから、私がやるしかないと思ってた。……だけどそれは、イオリ達の成長の機会を奪っていたのかも知れない。なんて、そんなことを考えるようになった」
ヒナは、足を止めて窓から教室を覗き込む。
「彼女達は、彼女達自身が思ってるより、ずっと優秀なのに、『ゲヘナ風紀委員会』は、私が一人が本命だなんて、そんなことを言われることもあって。……そう言うのが全部、私の責任なんだなって」
ヒナは、胸の内に秘めていた思いを、独り言のように続ける。
「そう思ったら。本当に私がしなきゃいけないことは、なんだろうって。そう思って。……そしたら、偶然。オウカが、ね」
「今回の件を先に教えてくれた。ってことか」
ヒナはコクリと頷くと、センジョウへ振り替える。
「私は、一人でも大丈夫だから。みんながもっといい方向に向かえるように、そう決めたの」
そう言いきるヒナの表情は優しく、しかし、決意に満ち溢れていた。
それはまるで、センジョウの知る父の姿のようにも見える。
今の彼女は、『託す側』の表情をしている。……そんなように、センジョウには見えた。
「それが、ヒナのやりたいことなのか?」
「……わからない」
「そうか」
困った様子で首を振るヒナに、センジョウは静かに肩をすくめる。
「ま、その答えが見えるまで。ゆっくり考えればいい。……時間はあるしな」
「そうね。そうするつもり」
ヒナは、ゆっくりと頷いた。
「……ま。話ぐらいならいくらでも相手になるから。悩んだら又何時でもシャーレに来ればいい」
センジョウの冗談めかしてその言葉に、ヒナは僅かに微笑みを浮かべる。
「ええ、頼りにさせて貰うから」
ヒナの言葉に、センジョウは満足そうに頷くと、二人は再び、夜の校舎を並んで歩き出した。
その日、二人は互いの学園での想い出を語り尽くすまで、夜の校舎を歩いていた。
受け継がれる風紀委員会。そして、学校を卒業したセンジョウと、風紀委員会を卒業したヒナの語らいのシーンでした。
ユウカとは又違った『対等な二人』としてえがいてるつもりなんですが……この話のヒナちゃん、本編より明らかにツヨツヨなのはこの話とかが理由だと思います。
設定を組んだあとにのせるキャラの造形までは作ってないので、なぜそのキャラがそう言う性質になるのか、自分でも書きながら気づくことがあるんですよね……。
これが……二次創作自給自足の旨み……!