今日は、数日ぶりにヒナがシャーレへと訪れる日だ。
ヒナがゲーム開発部の面々との日常を受け入れてから数日、それ以前と同じような日常が繰り返され、センジョウ自身も、シャーレでの仕事に明け暮れていた。
そんな中、ヒナが『学校の様子を見たい』と申し出た為、センジョウはその申し出を快諾。ヒナを当番として定めている日にゲヘナへの出張を組み込むことで、シャーレ所属の生徒として、停学措置を無視して彼女を学園に連れ込むこととした。
シャーレの超法規的な能力の悪用と言えば悪用だが……それも生徒の願いのため。多少のことは仕方がないだろう。
「おはよう、センジョウ」
センジョウが支度をしていると、シャーレの制服を着込んだヒナが扉を開けて入ってくる。彼女の様子を見れば……その日常が充実していることが見てとれた。
目のクマもなく、肌の張りも、髪の艶も以前とは比較になら無い。
そして、その表情に浮かぶ笑顔が……以前に比べてずっと柔らかくなっていた。
「大分変わったな。……ゲームは楽しいか」
「ええ。本当にいい経験をさせて貰ってるわ」
上機嫌に笑うヒナに、センジョウは笑顔を返す。
「そりゃいい。……とはいえ、ゲームばっかりじゃなく、勉強とかも欠かすなよ?」
「わかってる。内容は違うけど、モモイたちと一緒に時間はとるようにしてる」
その言葉に、ごねるモモイを制し、ゲーム開発部のメンバーたちと勉強をするヒナの姿を思い浮かべる。
「……よくやるよ」
「そう?みんな素直で良い子達だと思うのだけれど」
きょとんとした表情でこちらを見上げるヒナに、センジョウは苦笑を浮かべる。どうやら、気質と言うものは何処へ行ってもそう変わらない物らしい。
「さて、じゃあそろそろゲヘナに向かうか」
「そうね。今日もバイク?」
「ま、ヌィルが俺の足だからな」
「ふふ。……あの日以降、なんだかよく乗ってる気がする」
ヒナはクスクスと笑い、センジョウに視線を流した。
「あそこは私の特等席なのかしらね?」
「別にそういう訳じゃねぇよ」
「そう。それは残念」
久しぶりのからかいを軽く流すと、センジョウはコートを掴み……ヒナの荷物に違和感を覚えた。
何が違うのか。なにかが足りないような感覚を覚えたセンジョウは、腕を組んでまじまじとヒナを見つめると──その変化に、たどり着く。
「ヒナ、お前────」
センジョウの感じた物足りなさ、それは。
「────武器、どうした?」
────彼女の愛銃、『デストロイヤー』の形が、そこにない。
「武器?武器ならここに……」
センジョウの言葉に、ヒナは懐に手を伸ばすと、服の内側から、一丁の拳銃を取り出した。
それは、マグナムであるとかの類いですらない、本当に、ただの、何処でも手に入るような一丁のシンプルな拳銃。
ヒナの差し出した『武器』をみて、驚いた表情のままセンジョウはヒナの顔を見る。
「……『デストロイヤー』にも、お世話になったけれど。今の私には少し過ぎた武器だから」
ヒナはどこか少し寂しげな、懐かしそうな、そんな表情で今の自分の『新しい相棒』を撫でる。
「『私一人』の身を守るなら、これで十分でしょう?」
その言葉は、センジョウにとって衝撃的な言葉でもあった。
ヒナが、他の誰でもない、『自分一人』を守ると。そう言ったのだ。
それまでのヒナでは考えられない変化。それが、センジョウの前で展開されていた。
「いいのか?」
センジョウは思わず、そう口にする。
彼女の想いを、決断を否定したいわけではない。ただ、彼女の真意を……知りたかった。
「……うん。決めたから」
センジョウの気持ちを知ってか知らずか、ヒナは、静かに頷いた。
迷いや、悩みがない訳ではない。きっと、ヒナ自身も不安に思う部分はあって、それでも。彼女自身も『変わること』を望んでいる。
変化する環境を、彼女なりに受け止めようとしているのだ。
「────そうか」
センジョウは、少し。間をおいてから頷いた。
それが彼女の選んだ道なら。選んだ答えなら。
それを支えるのが、『先生』としての役割だと。そんなことを考えていた。
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支度を済ませた二人は、ヌィルを駆り、ゲヘナの校内へと向かっていた。
自治区の境界を越え、進んでいる途中。彼らの進む道の前に、見慣れぬ制服の生徒が2名、並んでたっていた。
センジョウは彼女らにぶつからぬよう、ヌィルを減速、停止させ、バイザーをあげる。
「何かあったのか?」
「この先で違反行為がありましたので、風紀委員会、及び懲戒委員会断罪部が対応中となります。ご迷惑をお掛けしておりますが、迂回の程をお願いしま──」
そこまでいいかけた辺りで、沈黙していたもう一人の少女が、センジョウの後ろに乗るヒナの存在に気がついた。
「ちょっと待ちなさい。何故停学中の空崎ヒナがここにいるのですか?」
言葉を遮るようにして発された問いに、センジョウは懐にしまっていた身分証を取り出す。
「俺はシャーレ所属、教員代行の蒼井センジョウだ。空崎ヒナは現在、当局の指揮下に置いて俺の仕事のサポートをして貰っている」
「シャーレ……貴方が岩動さんの言っていた『先生』ですか」
2人の生徒は互いの顔を見合わせると、軽く頷く。
すると、一人の生徒がその場を少しはなれ、胸元の無線を操作するのが見えた。
「シャーレの先生とは知らず、ご無礼を」
残ったもう一人は、丁寧にセンジョウへ頭を下げる。
「私達は懲戒委員会、断罪部の生徒です。オウカ部長の指示で行動しております」
「断罪部……?」
随分と物騒な名前をしていると、センジョウが怪訝な表情をしていると、ヒナが背後からセンジョウの耳元へ口を寄せた。
「懲戒委員会の『断罪部』は、謂わば実働部隊。ゲヘナの罪人を裁く『懲戒委員会』が、会議や判決を挟まず、処罰を即時実行する権利を持っている特殊な組織よ」
「お、おお……随分と過激だな……」
「ゲヘナだと一々すべての罪を精査していたら処分が間に合わないから。……風紀委員会の業務と干渉する領域もあるけれど、裏を返せば互いに協力関係にある組織でもあるから。心配は必要ないと思う」
『懲戒委員会』とは、謂わば『法の番人』であり、ゲヘナで罪を犯した生徒の罪を裁き、償いの罰を化す組織だ。
本来であれば、『治安の維持』と『罪人の確保』を風紀委員会が。『罪人の管理』と『罪の清算』が懲戒委員会の領分である。
しかし、無法者の集うゲヘナに置いて、この完全分業には『処理が追い付かない』という大きな欠点を抱えており、それに対する懲戒委員会の産み出した対応策が、『限定的な即時罰則行使』の権限を持つ現場組織、『断罪部』なのである。
しかしこれはともすれば、風紀委員会の領分を侵犯する組織でもあるため、運用が難しく、現行の生徒会……万魔殿の行政不全との問題の併発により、前懲戒委員会は事実上解散。
その結果が、ヒナが風紀委員会で委員長を行っていた頃のゲヘナの姿だったのだ。
────しかし。今は、少し状況が違っていた。
通信を終えたらしい生徒が戻ってくると、もう一人の生徒へ耳打ちをする。どうやら、なにか動きがあったらしい。
「オウカ部長の指示だ。現場へ先生をお通ししろと」
「俺を?……必要なら向かうが……」
チラリ、とセンジョウはヒナの様子を伺う。
元々は風紀委員会の様子を確認するための出向だ。風紀委員会の生徒も活動しているであろう現場に向かうのは、願ったりかなったりと言えなくもない。
そんなセンジョウの考えを察したのか、ヒナは静かに頷く。
「……案内してくれ」
「かしこまりました」
ヒナの意思を確認したセンジョウは、懲戒委員会の生徒へ案内を促し、『現場』へと向かうのだった。
案内されるままに、現場についたセンジョウとヒナが目の当たりにしたのは、戦闘を行う数人の風紀委員会と……そんな彼らを、後方から的確に支援する『断罪部』と思わしき生徒達。そして──
「────対象確保。執行します」
「まって!待ってください!謝ります、謝りますから!」
「貴方の破壊行為は処罰に値します。よって、断罪部最高責任者の『宍戸オウカ』が、この場で断罪を下します」
ガッチリと生徒の一人を組み伏せ、その脳天に黒い銃口をゴリゴリと押し付けながら、少女は、表情ひとつ変えずに取り乱す少女に言葉を告げる。
「体罰執行」
ドガァン!と、およそ拳銃から出るには鈍く、大きすぎる破裂音が聞こえ、組み伏せられた生徒の頭に押し付けられた銃口が火を噴いた。
当然、そんな衝撃を頭部に受けた生徒は一撃で気を失い、だらり。と力無く地面へ倒れ伏す。
そうして、対象を無力化したオウカは、ゆっくりと立ち上がる。
──その光景を目にしていた、他の違反生達の顔が青ざめる。
「あ、悪魔……!!」
「……断罪部。前へ」
オウカは、その隙を見逃さない。
指揮が下がり、恐怖に歪んだ彼女達に追撃をかけるべく、後方支援に徹していた断罪部を前線へ投入する。
すると、当然。
「だ、だめだ……逃げよう!逃げないと!!」
そんな声が何処からか聞こえ、対峙していた筈の生徒達は、バラバラと撤退を開始する。
「総員各個捕縛」
「「「はいッ!!」」」
────それはもはや、『狩り』の光景だった。
戦意を失った生徒達を、断罪部が次々と捉え、捕獲していく。
そんな光景の中心に、彼女……『宍戸オウカ』はたっていた。
絶句するセンジョウ、複雑そうな表情を浮かべるヒナ。
そんな、二人の背後に、一つの影が近寄っていた。
「────過激だと。そう思いますか」
そんな声に二人が振り向けば、そこには『懲戒委員会』の委員長……岩動キヨミが立っていた。
「驚かせて申し訳ない。偶然とは言え、我々のやり方を体感していただくのに、都合の良い機会と考えましたので」
キヨミは、静かに、物腰柔らかな態度で二人にそう告げると、ゆっくりと歩いて隣へ並んだ。
「……オウカは、素晴らしい逸材です」
そう、漏らす様に告げるキヨミの視線は、戦場の中心で絶対的な存在感を示すオウカへと注がれていた。
「……あんなやり方、あんな。力で捩じ伏せるようなやり方は」
「正しくはないと。そう仰りたい気持ちもわかります」
キヨミは、センジョウの言葉を遮り、「しかし」と続ける。
「ゲヘナの『混沌』を制するには、絶対的な『力』が必要なのです。……ヒナさんのようにね」
その言葉に、ヒナは目を伏せ、少しばかり力を込めて手を握りしめる。
「我々には、貴女程の力はない。個々の力であれば、貴女には遠く及ばないでしょう」
淡々と、キヨミは言葉を続ける。
「しかし、『個』の力というのは、あまりに不安定で、曖昧だ。……だから、『秩序』には、『組織』という『力』が必要になる」
キヨミは、ヒナへと向き直ると、深く。深く頭を下げる。
「先日の非礼、深くお詫び申し上げる。……『組織』の為とは言え、敬愛する貴女にあのような態度……さぞや苦悩したことでしょう」
そして、キヨミは頭を上げ、ヒナを見下ろす。
「しかし、御安心下さい────」
「大丈夫ですよ。貴女がいなくても、ゲヘナには私たちがいます」
キヨミは、自信と、尊厳に満ちた表情で、そう言いきる。
「今は荒れ果てた混沌だとしても。必ずや、我々がゲヘナに秩序をもたらします」
しかし。それは。
「ですから。御安心ください」
……そう、言いきったキヨミの表情は明るく。しかし、ヒナは俯いたまま、小さく手を震わせていた。
「────『力』、か」
ぽつり。と、センジョウは小さくそう呟くと、キヨミとヒナの間へ割って入った。
「……キヨミ。今のお前のやり方は、いつか崩壊するぞ」
『力』には、代償がある。リスクがある。
それに溺れることは……危険であると、センジョウはよく理解していた。
しかし。
「理解していますよ。……その為の、『組織』です」
キヨミは、「いずれ理解して貰える筈だ」と、センジョウの言葉を一蹴する。
そんな彼女の姿に、センジョウは小さくため息をつくと、踵を返して、ヒナの背中を軽く叩いた。
「……風紀のみんなのところへ行こう」
「そう、ね」
キヨミは、そんな二人を見て、残念そうな表情を浮かべたまま、ヌィルに乗り、その場を去る二人を見送った。
「──センジョウ」
校舎へ向かう途中。ヒナが小さく、すがるように、彼の名を呼んだ。
「……なんだ」
センジョウは努めて冷静にそう返すと、自分の体に回す、ヒナの手が震えていることに気づいた。
「────私のしてきた事。間違いだった、の、かしら」
怯えるような、震えた声で、そう小さく漏らした彼女に、センジョウは少し言葉を失い。
けれど、確かな確信を持って答える。
「間違ってなんて無いさ。俺と……皆が保証してくれる」
その言葉に、ヒナは少し強く、額をセンジョウの背中へ押し付けた。
「……ありがとう」
────少しずつ、何かが、変わり始めていた。
動乱編の大体1/3ぐらい終わった!……はず。
ここからが本番です