「なんだ、どうなってるんだ……!」
イオリは、戦場の中心で、違反者へと弾丸を撃ち込みながら、ひっきりなしになり続ける緊急回線を開く。
内容は当然のように、違反者の通報。
そんなことはわかっている。イオリは既にそのやり取りを
「なんでいきなり……!!」
確かに、懲戒委員会との活動連携を始めて以降、違反者達の取り締まりが厳しく、徹底化され、抑圧されたフラストレーションが貯まっている兆候は見られていた。
しかし、だからと言って、なんの前触れもなく、なんの切っ掛けもなく、ある日突然、これほどまでに様々な事件が起こるなど。……通常では、考えられない。
災禍と混乱の中で、イオリは戦場を駆ける。
「くそっ!くそっ!くそおっ!」
今はとにかく、一つでも事件を。一人でも違反者を。
彼女は、歯を食い縛り、悪態をつきながら、戦場を駆けた。
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────センジョウはその日、いつかの日のようにシャーレで一人で仕事をこなしていた。
そんな彼の通信機器に、一本の電話が届く。
発信元を確認すれば、画面には『ゲヘナ:銀鏡イオリ』の文字。
先日以降、ヒナに関してやり取りを良くしていた……というわけではない。
現在の風紀委員会は、イオリを中心とした再構成を果たしたばかりで、まだまだこれからと言ったところだ。その最中にあまり部外者の干渉はするべきではない。とセンジョウは考えていた。
加えて、最近はゲヘナの事件数も減ってきていた為に、余計にその名前が、しかも『電話』という、緊急性の高いであろう連絡手段をとっていたことが、いつになく奇妙な事のように彼の目に映った。
加えるなら、今のイオリは『風紀委員会の長』である。
そんな彼女が、わざわざ自分に電話を寄越すという事態には、何かがあると考えて然るべきだろう。
チリチリと神経を焦がすような、そんな嫌な予感を覚えつつ、センジョウは端末を手に取った。
「はい。こちらシャーレ、蒼井センジョウ」
『よかった……繋がった』
開口一番、誰でもわかるような憔悴した様子のイオリの声が電話口から聞こえ、センジョウは顔を顰める。何かがあったことは間違いがなさそうだ。
彼が、いったい何が。と聞くよりも早く、イオリが言葉を続ける。
『────力を、貸して欲しい』
弱りきった様子で、口から溢れ出るように溢れた言葉に、センジョウは神経が鋭くなる感覚を覚えた。
「10分以内に行く」
何があったのか、何が起こっておるのか。
────その答えを。この目で確認する必要がある。
センジョウは通話を切ると、壁に掛けていたコートの袖に手を通す。
そして、そのままシャーレの窓を大きく開けて、そこから身を乗り出した。
「ヌィル・ヴァーナ!」
──ポジティブ。
センジョウの呼びかけに応じ、フライングボード状態となったヌィル・ヴァーナがシャーレの外壁へと機体を寄せる。
「行くぞ、ナル」
センジョウはコートをなびかせながら、窓からヌィル・ヴァーナに飛び乗ると、体を機体上部に固定する。
──ポジティブ。マスターの搭乗を確認。目的地、ゲヘナ学園に設定。
「飛ばせ!!」
──ポジティブ。加速します。
センジョウの声にナルが答え、彼は空を駆けた。
フライングボードのブースターが唸りを上げ、空を裂き、センジョウは自身の体に押し付けられる空気の壁に振り落とされぬよう、姿勢を低く保ったまま先を睨む。
────キヨミの言っていた言葉が、彼の中で依然として燻っていた。
『秩序』の為の『力』
確かに、『力』が存在しない『秩序』には『影響力』が不足してしまう。『力』があることは重要であることは、センジョウ自身にも理解はある。
キヨミ自身が、『力』にリスクがあることぐらい理解している生徒であると、センジョウは考えていた。
しかし、どうにも昨日の彼女の発言には、違和感がぬぐえないでいた。
そんなことを考えながら、キヴォトス上空を飛ぶ飛行船などに干渉しないルートをナルに調べさせ、空を行けば、ゲヘナ学園の、風紀委員会拠点へとたどり着いた。
「ヌィル・ヴァーナは上空で待機。ステルス忘れるなよ」
──ポジティブ。
少々高いポジションから、飛び降りるようにしてセンジョウは着地すると、そのまま扉へと駆けていった。
建物の中へ入ると、センジョウはそのまま可能な限りの最短ルートをたどって、イオリが待つはずの執務室へ駆け込んだ。
「イオリ!」
バン!と勢い良く開いた扉に、イオリは驚いた表情を見せ、センジョウの姿をみて表情を緩めた。
「センジョウか……本当に早かったな」
そんな安堵の息をつく彼女は、髪は乱れ、普段は整えられているリボンはヨレており、羽織るコートには至るところに埃や汚れがついていた。
まさに限界と言わんばかりの様子に、センジョウはイオリの元へ駆けよった。
「なにがあった」
「それが……」
「────万魔殿にしてやられました」
イオリの言葉を遮ったのは、チナツだった。
彼女は、所々に血のにじんだ服装のまま、椅子に座っていた。
「チナツ、その怪我は……」
「前線指揮の機会が増えましたから。……医療が本分というのに、情けない話です」
イオリが欠けた分を補うため、以前以上に前線へ立つ機会の増えたチナツは、少しでも身を守るために、それまでは着ていなかった風紀委員の防弾制服を羽織るようになっていた。
しかし、それでもやはり本分ではない戦闘は彼女にとって負担だったようだ。
彼女も又、消耗していた。
「それより、現状の……『万魔殿』についてです」
「してやられたって言ってたが……万魔殿の風紀への嫌がらせは、懲戒の介入で止まったんじゃなかったか?」
事実、数日前まで風紀委員会が平穏だった理由の一つは、懲戒委員会の介入という要素が大きい。
行動が過激とは言え、取り締まりの人員増加、連携改善、万魔殿への業務介入等、やり方はともかく、懲戒委員会の活動はいずれにしても『秩序』に対して真摯な取り組みをしていた。
そんな状況で、『万魔殿』がなにかをしたところで、ここまでの被害が出るとは考えにくい。
そう、センジョウは考えていた。
「────『赦免制度』です」
チナツの言葉に、センジョウは思考が止まる。
「……『赦免』?ゲヘナでか?」
「はい。いつの間にか、整備されていました」
赦免。罪を赦し、免除する。それはたしかに、時には必要な行為だ。
だが。この場合においての『赦免』が意味することとは。
「…………今のゲヘナでは、お金さえ払えば、違反行為が容認されています」
「……………………は?」
突拍子もない言葉に、センジョウは思わず口を開ける。
いくらなんでも、あり得ない。
「待てよ、なんでそんなことになってる。確かに、罰金みたいなもんかもしれないが、順序が逆なんてあり得ていいのか?」
「少なくとも、『常識的に考える』なら、あり得ないというか……政策としては最低の部類でしょうね」
「いくら万魔殿でもそんなことまでやるのか?」
「どうでしょうか。……ただ、事実として、今のゲヘナでは、それがルールです」
「少し前ならそもそも『どうせ破るルールにわざわざ金なんか』って空気もあったけど……今は『宍戸オウカの断罪』っていう明確な恐怖があるからな……」
チナツは苦虫を噛み潰すような表情で、イオリの言葉に、重苦しく言葉を続ける。
「まさか、こんな手段に出るとは思ってもいませんでした。……万魔殿はろくでなしの組織でしたが、『分別のつく』組織ではあった筈です」
「いくら嫌ってたヒナ委員長がいなくなったからって……まさか、こんなことまでしてくるなんて」
消耗しきった様子で項垂れるチナツとイオリ。
「……いくら『赦免制度』があっても、全部の生徒がそれで救われる訳じゃないし、ただ一方的に『被害』に逢う生徒達がいる以上、私達は『風紀委員』として、その生徒達を守る責任がある」
項垂れたまま、イオリは言葉を続ける。
「けど、『赦免』されている以上……『処罰を執行』するのが本分である懲戒委員会は動けない。だから、コレまで以上に事件は増えてるのに、人手だけが足りてないんだ」
「先日から解禁され、溜め込まれていた第一波は過ぎましたが……私達はもう、限界ギリギリの状況です」
「今のうちにアコちゃんに頼んで、何とか万魔殿と懲戒委員会に、この状況の改善を求められる策をって、交渉して貰ってるけど……」
そこまで言って、二人は口を閉じる。
状況は……最悪と言って、差し支えがなかった。
「……センジョウならどうする?」
イオリのそんな言葉に、センジョウは口元に手を当てて考え込む。
「……結局のところ、万魔殿を説得して、『赦免制度』を撤廃して貰うしか方法が思い付かないな。……けど、マコトがそう簡単に動くとは思えないし……動かすにも時間はかかる」
「ああ、なんでこんな……やっぱり、私達だけじゃ無理だったのかな……」
『そんなことはない』『なんとかなる』。なんて、そんな無責任な発言をする勇気は、センジョウにはなかった。
落ち込み、机へ突っ伏すイオリに、センジョウは掛けるべき言葉を見失う。
────俺に、できること。
必死にその答えを探して。
けれどやはり、センジョウはその答えを一つしか見つけられない。
これっぽっちも誉められないような。ただのその場しのぎ。
「……とりあえず。しばらくの間、平時の取り締まりには俺も参加する」
「ごめん、助かる……」
端末をとりだし、当面のシャーレの業務内容を整理して、ゲヘナに出向しつつ処理可能なものと、そうでないもの。当番単独で進められるものと、その連携が可能な当番の選出と連絡を進める。
────『力』に関して偉そうなことを言っておいて、これか。
結局のところ、センジョウの行っていることはシンプルな武力の行使でしかない。
今の彼には……センジョウにできることなど、その程度しかない。
それが如何に『先生』として相応しくないのか。
自分の未熟さに苛立ちを覚えて、センジョウは歯を食い縛る。
こんな姿で。こんな有り様で。俺は本当に、『先生』と名乗れるのか。
自分の選択に、考えに、自信が持てない。
自分は────『先生』に、なれているのだろうか。
そんなことを考えながら端末を操作していると……『空崎ヒナ』の文字を、連絡先の中に見つけ、操作する手が止まる。
────ゲヘナの事なら、頼るべきか。
そんな思考が、彼の頭をよぎる。
間違いなく、ヒナはゲヘナの治安のエキスパートだし、一日の長がある。だが、彼女は今、自らの新たな道を選び、歩きだしたばかりの、一人の生徒だ。
そんな彼女を、過去のしがらみに再び呼び戻すことが……果たして、本当に正しいのか。
それは、本当に、彼女が望むことなのか。
────いや。これは、俺が……『先生』が、解決するべき問題だ。
センジョウは迷いを振り払い、彼女の名前を見送る。
そうしてしばらく端末の操作を行い、支度を済ませてポケットへそれをしまう。
「待たせたな、イオリ」
「いや。大丈夫だ。ありがとうな、センジョウ」
「……こんなのでも、『先生』だからな」
イオリに、チナツに聞こえるように。自分に言い聞かせるように、そう伝える。
そんなセンジョウの顔をみて、イオリはすこし不思議そうな顔をしてから、苦笑を浮かべる。
「ああ、頼りにさせて貰うよ。『先生』」
冗談めかした言い方で、イオリにそう告げられて、センジョウも苦笑を返した。
そんなやり取りの直後、入り口の扉が勢い良く開かれる。
「チナツさん!委員長!通報が!」
駆け込んできた生徒が青ざめた表情で、息を切らせながら口を開く。
「俺が行く。場所は俺の端末に回してくれ」
「え、えっと。センジョウさんが行くんですか……?」
「イオリに頼まれたからな、しばらくは風紀委員会を手伝うよ」
「本当ですか……!ありがとうございます!」
パッと表情を明るくしたその生徒は、センジョウへ頭を下げる。
「えっと、随伴は……」
「必要ない。一人で出る」
「え、本気ですか!?」
「少しでもみんなは休んでてくれ」
それだけ伝えると、センジョウはイオリへ一言。「行ってくる」とだけ伝える。
────たとえそれが、最善でなくとも。
それが今の自分にできることだと、そう考えて、彼は歩きだした。