──対象の鎮圧を確認。移送手配完了済みです。
「次だ、ナル」
数日前から風紀委員会の仕事を請け負ったセンジョウは、彼女達のデータベースとナルをリンクさせ、通信などを全て、ヌィルを通して行っていた。
捕獲、拘束した違反生をその場に残し、センジョウは機体を空へと昇らせる。
──ポジティブ。マップ上に通報地点と被害Lvを表示します。
「……確認した。ポイント、D-6へ向かう」
──ポジティブ。…………。
センジョウの言葉に、ナルは妙な沈黙を返す。そんなナルの、これまで見たことの無い反応に、センジョウは首をかしげる。
「どうした」
──いえ。ただ……連日続けての長時間戦闘は、初めてですから。
「バイタルデータは管理してるんだろ」
──そうなのですが……そうでは、無く。
機械とは思えないような、はっきりしない態度でナルは、もどかしそうな態度を見せていた。
──すみません。忘れてください。サポートを再開します。
「……無理はするなよ」
──それは。
AIに『無理』を心配すると言うのも妙な話だったが、センジョウにとってヌィル・ヴァーナ……『ナル』は、大切な相棒だ。愛着もある。
『それ』は、彼にとっては極自然な、違和感のない感情だった。
そんな彼の言葉に、『ナル』はなにかを言いかけて、言葉を止める。
──……失礼しました。作戦の予測制限時間と、進路を表示します。
どこか不満げなナルの様子に、センジョウはどこか心のそこが濁るような、罪悪感めいた物を覚えた。
「…………すまん」
感謝ではなく、謝罪の言葉を口にして、センジョウは空を駆けた。
『赦免制度』が実施されて数日。ゲヘナ自治区には以前にもまして混沌とした環境が広がっていた。
半ば『無法地帯』としての様相が広がりつつあるゲヘナを見過ごすことは出来ない。と、風紀委員会としては『赦免制度の登録の有無、申請規模の合致』の確認を名目に、違反者達への取り締まりを続けていた。
しかし、何度とらえたところで『赦免制度』により、移送後には懲戒委員会に『無罪放免』とされ、そして彼らが再び事件を起こす……という、文字通りの時間稼ぎが限界な状況が、彼らの現状だった。
終わらない、負と罪の連鎖の循環に、次第に風紀委員会は疲弊してゆく。
生徒達は消耗し、そもそも活動への参加が困難になる者もいれば、終わらない戦いに心が耐えられなくなる予兆が出る生徒も生まれていた。
この地獄を打開するために、アコは連日のように万魔殿への抗議を申請しているか、マコトの『嫌がらせにはとことん回る頭』に乗せられ、言葉巧みにかわされてしまっていた。
しかし、これ程の地獄のなかで、しかしそれでも風紀委員会が崩壊していないのは……皮肉なことに、『万魔殿』の影響が大きい。
『赦免制度』による収入は、これまでのゲヘナ生徒会長の財政を一変させ、その恩恵の多くが『万魔殿』『風紀委員会』『懲戒委員会』へと与えられていた。
加えて、現状の治安維持への貢献への報酬として、『万魔殿』は、『赦免制度』による収入の3割近くを『風紀委員会』へと注いでおり、その財政状況の改善から来る予算を用いた備品の設備や、医療行為の補填でもって現在の『風紀委員会』は何とか体制を維持していた。
混沌とした中で、歪んだ『秩序』に、いつの間にか『風紀委員会』も組み込まれてしまっていたのだ。
センジョウは。この現状が間違っていると……間違っている筈だと。そう考えている。
だから、その改善のためにゲヘナに来ていると。その為の『シャーレ』だと。『先生』だと。
そう、考えている。
────だが、現実はどうだ?
センジョウは武器をとり、目の前で暴れる生徒達を制圧しながら、そんなことを考える。
俺がやりたかったことは。こんなことではない。
悲鳴を上げ、怒りを露にし、銃口をこちらへ向ける生徒たちをみて、センジョウは、バイザーの下の顔を曇らせる。
戦わなければ。力のある自分が、『風紀委員会』の足りない力を補わなければ、イオリは、チナツは、アコは。『風紀委員会』の生徒達は。間違いなく今まで以上に傷つき、倒れていく。
だが、だからといって、今目の前にいる彼女達を倒すことが。相対する事が本当に正しいのか?
自分の持つ『力』は。掲げる『力』は。信じる『力』は。
本当に……正しいのか?
────ヌィル・ヴァーナの持つ戦闘力は、『蒼井センジョウ』の戦闘力は。これまでのいくつかの死線を潜り抜けたことで、飛躍的に上昇していた。
確かに、並大抵の生徒では、センジョウを抑えることは出来ないだろうし、センジョウ自信も、相手に大きなダメージを与えること無く、効率的に無力化することも容易くなっていた。
だから、その『選択肢』が、頭の中にこびりついて剥がれない。
それしか、自分にできることが……わからない。
漠然とした焦燥感と、泥のように重い罪悪感が、センジョウの心のなかにぐずぐずとした塊を成していた。
けれど、立ち止まることは許されない。背負った責任からは逃げられない。
義務を果たす。成すべき事を成す。
『大人』として、『先生』として。自分の立場に沿うべき事を、成さねばならない。
言い訳でも、歪んだ正当化でも、自分の行動に意味を持たせて、納得させて、感情を飲み込んで。それでも前に進まなくてはならない。
前に立つものとして。道を開くものとして。
それが、自分の。『蒼井センジョウ』の意味なのだと。彼はそう、考えている。
────ふと。あの日の父の顔が思い浮かんだ。
皮肉な事だ。今になって。父のあの日の言葉を思い出す。理解する。
『"キミは、守るべき生徒を傷付けておいて。なんで嬉しそうなんだい"』
あの日父は、そう言った。言っていたんだ。
俺は。
「俺は────」
また、溢れそうになる涙を、歯を食い縛って、怒りを押さえつける。悔しさを、不甲斐なさを、情けなさを。
泣き虫で、格好悪い男だ。
本当に。
「────なんの、ために」
その嘆きは、誰に届くこともない。
その後も、センジョウは延々と違反者の取り締まりを行い……通報が落ち着いた頃には、空の半分が暗く染まっていた。
イオリからの連絡をうけ、その後の対応を風紀委員会へと任せたセンジョウは、最後に執務室へと顔を出しに向かった。
「お疲れ様、みんな」
センジョウが執務室につくと、そこにはいつもの3人……イオリ、チナツ、アコが揃っていた。
入り口から入ったセンジョウの『顔』を見た三人は、呆れ顔や、苦笑い等。それぞれの表情を向ける。
「ソレ、外さないのか?」
イオリは、苦笑いのまま、自分のこめかみの辺りをトントンと人差し指で叩く。
それはつまり、センジョウが装着したままである『バイザー』を取り外さないのか。という意味を持っていた。
「悪い。シャーレの仕事を少しでも進めておきたくて」
「ほぼ丸々1日中戦闘をしていたと言うのに……頭脳労働も、疲労には繋がりますよ」
「ある程度はAIがサポートしてくれてるからそこまででもない。まあ、便利な相棒のお陰だな」
チナツの心配に、センジョウはおどけるように方を竦めて答え、ソレを見たアコが大袈裟な溜め息をついた。
「過度な労働はパフォーマンスの低下を引き起こします。いくら貴方がまだ若いとはいえ、体力にモノを言わせたその仕事のスタイルは愚かと言わざるをえませんね」
「自覚はあるさ。……とはいえ少し、失礼が過ぎたか」
そう言ってセンジョウはバイザーを持ち上げ、額の辺りで固定する。
「改めて、お疲れ様」
「ええ。お疲れ様です」
「お疲れ」
「お疲れ様です。……と言っても、私の方は特に進捗はなかったのですが」
アコが大きく溜め息をつき、手に持っていたカップのコーヒーを飲む。
「苦戦してるみたいだな」
「ええ。本当に。…………本当にいつの間にここまで周到な用意をしたのか、検討もつきません」
アコは苦い顔を浮かべたまま、カップを持たない手のひらを力強く握りしめる。
「エデン条約の時のように、何かしらの『裏』があると勘ぐってしまいたくなりますね」
「『万魔殿』も操られている。ってことか?」
「ええ。正直、今の状況は何もかも『出来すぎ』ています。……ただ、そう考えてしまうのが楽というだけで、どれだけ粗を探しても『万魔殿』に不自然な動きは無いのですが」
なんなら普段の見当違いな政策の方が不自然です。と唾棄するようにアコは言葉を締める。
「何か手伝えそうなことは?」
「現場の対応をしていただいているだけで結構です」
きっぱりと断られ、センジョウは苦笑を浮かべる。
「みんな感謝はしてるんだ。センジョウの助けがなかったら、私達も倒れてたかもしれないしな」
フォローのつもりか、イオリがそんなことを言いながら、カップを一つ、センジョウへと差し出した。
「飲むか?」
「ああ、貰うよ」
センジョウは差し出されたコーヒーの入ったカップを受け取るために右手を伸ばし───
────ポロリ。と、手から滑り落とした。
ガシャン!と音を立ててカップをは砕け散り、センジョウとイオリの服を濡らす。
「熱っ!……大丈夫!?」
はねたコーヒーの熱に驚き、その場から半身を引くようにしていたイオリは、自分以上に液体のかかっていたセンジョウを見上げる。
彼も、同じように『驚いた』表情をしていた。
だが、その驚きは、熱さに驚いているより、なにか、ショックを受けているようにも見てとれた。
「…………センジョウ?」
「……あ、ああ。すまん。ボーッとしてたもしれない」
イオリの声に引き戻されたらしいセンジョウは、気まずそうに、ひきつった顔のままイオリに謝罪する。
「思ってるより、疲れてるみたいだから、悪いが俺は今日はここで失礼するよ。……必要ならクリーニング代はシャーレに請求しておいてくれ」
そして、そのまま流れるように、と言うよりは、どこか焦ったような様子でそう告げると、センジョウは執務室の扉に左手を掛けた。
「じゃあ、また明日」
それだけを言い残して、彼は扉をパタン。と閉めた。
「……随分疲れてるな」
「そうですね。すこし、頼りすぎかもしれません」
「頼り続けるのも不本意極まりないというのに。全く」
三人は、彼の姿にそんなことを口にしながら見送った。
センジョウは一人、廊下を歩きながら自分の右手を眺める。
カップを落とした時、センジョウは疲れている時特有の脱力感や気だるさは感じていなかった。
イオリからカップを受け取った時。その瞬間。
『何も感じていなかった』
重さも、熱も、質感も、何も。
だから、掴み損ねて、カップを落とした。
明らかな違和感。力を込めても、指が目の前で動いていても、『指が動く感覚』がない。
頭をよぎった仮説に、バイザーをかけ直し、ヌィル・ヴァーナとのリンクを回復させる。
すると、途端に右手の平に血の通うような感覚が蘇り、視界に映る手の動きと、自分の意識がリンクする。
そうして、彼は確信する。
「…………時間が、ない。か」
それでも。
────彼は、前に進む以外の道を、知らなかった。
( ^ω^)