何て思いつつ書き上げました。
その日の朝は、極端に静かだった。
それまでの連日の違反者騒ぎは一夜にして鳴りを潜め、平穏を通り越し、不気味なまでに静かなその一日の始まりは、風紀委員会のメンバーの不安をあおるには十分な不穏さを秘めていた。
しかし、だからと言って仕事がなくなるわけではない。
イオリ委員長をはじめとしたメンバーは、この間にすこしでも事務作業を済ませんとして業務に励んでおり、アコも同じように、今日は抗議に行くよりは風紀委員としての本来の仕事を勧めようと、風紀委員本部の執務室で業務に励んでいた。
センジョウもまた、朝から風紀委員の執務室へと出向しており、パソコンとヌィルを併用する形式で、シャーレの作業を進めていた。
「あーもう、折角出動がないっていうのに、これじゃ気が休まらない……」
「弱音はほどほどにしてください。イオリ委員長。委員会全体の士気に影響します」
「うっ……それは、そうかもだけどさ」
ぐでー。と、書類の上に倒れこむようにして伸びるイオリに、アコは厳しい言葉をかける。
しかし、そういっていたアコ本人も、人目もはばからずに大きなあくびを見せていた。
ここにいる全員の疲労が、限界に差し掛かっていた。
「本当にどうすればいいんだ……こんな時、ヒナ委員長がいてくれたら……」
「イオリ。その気持ちはわかりますが……」
「わかってるよ。……結局、今のこの状況だって、私たちがヒナ委員長に頼りすぎてた事は、原因の1つなんだ」
『空崎ヒナがいたのなら』。その言葉の意味が、彼らには重くのしかかっていた。
風紀委員会は、以前より『空崎ヒナがいなければ取るに足らない』と評価されていたし、事実として、ヒナの存在を欠いた風紀委員会では満足な治安維持行為ができず、結局時間を稼いだ果てにヒナが全てを解決していたり、むしろ『ヒナがいない』ことを知られた結果、ならず者が集結し、被害が拡大したという事例すら実際に存在してる。
それだけ以前までの風紀委員会は、空崎ヒナという個に依存した『組織』であり、それはもはや、『組織』と呼ぶには不完全な環境だった。
イオリが委員長を引き継ぐのを敬遠した理由の殆どはここにある。
イオリは、逆立ちをしてもヒナのような超人的なワンマンプレーをできるとは思わなかったし、それになれているからこそ、それ以外の『委員長の姿』が想像できずにいた。
しかしそれでも、必要に駆られた今回は、彼女なりに答えを探し、仲間を頼り、十二分に『長』としての役割を果たしている。
果たしているのだ。
しかし、それでも現状が芳しいとは言い難かった。
「……本当に、タイミングが悪すぎる」
「珍しく、と言う程ではありませんが。意見が合いますね」
センジョウの呟きに、アコが同意を返す。
「新体制への移行の際に、様々な問題が起こることは必然と言っても過言ではありません。……特に、今回はゲヘナの運営機関である、『風紀委員会』と『懲戒委員会』が同時多発的に体制を変化させているので、相応の規模になるのも、理解はできます。ですが」
「『赦免制度』は致命的だったな」
「……ええ。本当に。今までの数々の嫌がらせの中でも特に、というか、ここまでの悪辣さは初めての手ですね」
アコは苛立ちを隠そうともせず、手袋の親指の先をギリギリと囓る。
「あのタヌキがまさかここまで考え無しの間抜けだとは思いませんでした……!!これで万が一にも『
そして、そこまで言いかけて、センジョウとアコは目を見開く。
意図に、気づく。
「────まさか。いえ、そんな。だって」
「だが、抗議をひたすらに誤魔化す、ただの時間稼ぎの説明もつく」
「今は『断罪部』が存在していますが、それでも……いえ、『断罪部』の設立もその為……?」
「え、なに。何?なにか解ったのか、二人とも?」
バイザーを上げ、真剣な表情で口元に手を当てながら考え込むセンジョウと、同じような表情で考えにふけるアコを見て、イオリが目を白黒とさせる。
「……最悪の展開です。イオリ委員長」
「これ以上に悪い展開があるのか……?」
「ええ。一つだけ、分かりやすい、けれど非現実的『だった』展開があります」
アコは真剣な表情のまま、イオリへ視線を向ける。
「────『万魔殿』と『懲戒委員会』の目的は、『風紀委員会』の崩壊です」
「…………はぁ!?」
「そんな自殺行為があり得るのですか?」
すっとんきょうな声を出すイオリに対し、チナツが純粋な疑問を投げ掛ける。
「解らない。どこまでか本気で、ともすればマコトが単にやりすぎただけなのか……。だが、本気で風紀を潰しに来てるなら、様々な事象に納得がいく」
「事実がどうであれ、これは……そう考えて動いた方が良さそうですね。センジョウさん」
「…………手段としては下の下だが、四の五の言ってる時間はないか」
アコのアイコンタクトを受けて、センジョウは荷物をまとめ始める。
「何をするんだ?」
「『シャーレ』の超法規的権限でもって、ゲヘナ内政に干渉する」
「ちょちょちょ!それって不味いんじゃないのか!?」
いくら政治に明るくないイオリでも解るような危険な発言に、彼女は顔を青くする。
しかし、センジョウもアコも真剣な表情のまま作業を続ける。
「せめてもの後ろ楯として、『風紀委員会』の名義でシャーレに嘆願書を出します。それを理由にシャーレから直接『万魔殿』に圧をかけていただき、状況改善の起点にします」
「しかし、そんなことをすれば、シャーレが『学園の内政に干渉する組織』という不信が……」
「だが時間がない。目の前の非常事態に気を取られ過ぎて、気づくのが遅すぎたんだ。……アコ」
「もうやっています!」
カタカタとキーボードを叩くアコに、センジョウが声をかけると、アコは必死の形相のまま言葉を返す。
それを確認したセンジョウは僅かに頷くと、荷物を肩にかけた。
「シャーレに戻る。連邦生徒会にも報告が必要な案件だ、ここじゃ手続きが全部終わらせられない」
「完成し次第すぐに送ります。最優先事項ですので。くれぐれも、よろしく、お願いします」
「解ってる」
言葉を露骨に大きく何度も区切り、アコはセンジョウに注意を促し、それを受けたセンジョウが外へ向かおうと扉に足を向けた瞬間────
────勢い良く、扉が開かれた。
一人の生徒が、息を切らせて、肩を上下させていた。
「どうした!」
その様子に、イオリは椅子から思わず立ち上がり、少女の方を見る。
「も、申し上げます……!!」
少女は、息も絶え絶えのまま、姿勢をただすと、真っ青な表情のまま、口を開く。
「た、多数の不良生徒が、風紀委員会本部へ向かっています……!確認した限り、その全てが最新鋭の武器を所持しており、装甲車や、ヘリの存在も確認。…………その数、大隊規模です!!」
「嘘だろ!?なんでそんなことになってるんだ!!」
悲鳴じみた声をあげるイオリ。
その報告にセンジョウとアコは舌打ちをする。
「俺がでる。終わるまでには書類を完成させてシャーレに届けておいてくれよ、アコ」
「言われるまでもありません。……まさか、こんなに早く、本気で潰しに来るとは思いませんでしたね。……イオリ委員長!出撃準備を!『
「わ、解った!至急、本部内全員に通達!迎撃可能な生徒は全員出すぞ!!」
「かしこまりました!」
報告のために訪れていた生徒はイオリの指示を受けて敬礼を返すと、急ぎ足でその場を離れる。
「私は支援部隊の編成に入ります。構いませんね、イオリ」
「うん!お願い!」
イオリ自身も出撃の準備を始め、チナツはイオリに目的を告げると、足早に部屋を去る。
「アコ。風紀委員会に拠点防衛の経験は?」
「殆どありません。私も可能な限り指揮は取りますが、上手くできるかどうか……」
「奇遇だな、俺も拠点防衛は初めてだ」
苦い表情のまま、センジョウはアコにそう告げると、コートを脱いで近くの椅子にかける。
「戦車とヘリはヌィルで叩き壊す。戦線の維持はまかせるそ、イオリ」
「やれるのか、センジョウ?」
「やるんだよ。それしかない」
イオリの問いに、乱雑にそう返すと、センジョウはヌィルのバイザーを展開する。
──システム、オンライン。戦術支援を優先します。
脳内に響く声と共に、右手に血の通うような感覚が帰ってくる。
感覚の無い腕を動かすことには慣れてきていたが、やはりこの方が自然な感覚がある。
センジョウは、心の中で燻る苛立ちを自覚しながら、ネクタイに手を掛けて、少し緩める。
「行くぞ、ナル」
──…………。
「ナル?」
普段なら素直に返答を返してくれるナルが黙り込んだ。
それがどんな意味や、意図を持つのか。センジョウにはわからない。
──……わかりました。支援します。
いくらかの沈黙の後、何時ものような返事を返したナルに違和を覚えつつ、センジョウは早足のまま出口へと向かうのだった。
────同時刻。ヒナは一人、自宅の鏡の前で、自分の顔を見つめていた。
考えているのは……過去の自分の事だ。
やるべき事は、やらなくてはならない事は、見えている。
だが、それでも。過去の自分への思いが、泥のようにヒナの足に絡み付く。
自分のしてきた行為が、行動が。今の結果を引き起こしたのではないか。
自分はただ責任ばかりを残して、押し付けてきたのではないか。
こうして、又武器を取ることは──ただの、独り善がりなのではないだろうか。
そんな想いが、悩みが、悪魔の囁きのように彼女の心を掴んで離さない。
結局、めんどくさいと言いながら、その『面倒くさい』を理由にして、考えることを止めていたのではないかと。
理由を見つけて、自分を肯定して、それで、楽になりたいだけなのではないか。
自分は────弱い。だから、仕方ないのだ。
解らなかったから仕方ないのだ。
みんながやってれば私がこんなことをしなくても良かったのに。
だから。『私のせいじゃない』。
迷いが体を、心を縛り、締め付ける。
逃げてしまえば、全部諦めてしまえば楽なのに。
解っているのに。
────諦められない。
明日は来れない。と、ゲーム開発部のメンバーに伝えた時。みんなは残念そうに、けれど、私の目を見て、ちゃんと伝えてくれた。
『やりたいことをやってきなよ!』
諦めが悪くて、何度うまく行かなくても、『作りたいゲーム』の為に必死になって、苦しみながら、それでも前に進めたのは。きっと、あの子達の『本当にやりたいこと』だったから。
あの子達は、本当に、『ゲーム』が、大好きだったから。
────なら、私は?
私のやりたいことは。私の『好きなこと』は?
────ずっと。ずっと、忘れてた。目の前の事で一杯になって。疲れて、走り続けるばかりで。自分の顔を、良く見ていなかった。
「……がんばれ。私」
今はちゃんと。笑えている。
────だから。
私は、私の『やりたいこと』を、やる。
風紀委員長のコートの代わりに、シャーレの、『先生』が良く着ていたコートを肩に掛けて、相棒──『デストロイヤー』を手に取った。
「……よし。完璧」
身なりを整えて、部屋の電気を切り、火の元を確認して、玄関へ向かう。
そして、靴を履いて、扉を開けて。閉めて。鍵を掛けてから、戸締まりを確認する。
「────空崎さん」
名前を呼ばれ、振り替えれば、そこにはオウカが立っていた。
「休暇、止めちゃうんですか?」
名残惜しそうに、彼女は問いかける。
「ええ。……やりたいこと、ちゃんと見つけたから」
本心を伝える。たぶん、今までの中でも一番、はっきりと。自信をもって、そう言える。
「そっか。……そうですか」
オウカは、落胆したように、けれど、納得した様子で深く頷くと、くるりと背を向けた。
「けれど、今の空崎さんがゲヘナへ向かっても、あなたの居場所はもう、そこにはありませんよ?」
「そうかもね」
彼女の言葉は、『正しい』。正しいのだろう。
けれど。
「私はみんなのところへ行く」
胸を張って、そう答える。
すると、オウカは口元をつり上げて、「けれど」。と返し、歪んだ笑みを浮かべてヒナを見た。
「今は……私たちが『秩序』です」
彼女の言葉が何を意味しているのか。どんな意図があるのか、ヒナには解らない。
だが、解らなくても。構わない。
「『それでも』。……私は『風紀委員会』だから」
その言葉を聞いて、オウカはとたんに表情が抜け落ちたように無表情になると、次の瞬間には笑顔を浮かべていた。
「ふふ。やっぱりその方が『空崎さん』らしいですね。……頑張って下さい」
満足げにそう伝えると、踵を返し、オウカはその場を立ち去って行く。
「…………待っててね、みんな」
そんな彼女の背中を見送ることもなく、ヒナは『仲間』の元へと、駆け出していった。
さあ、急げヒナちゃん!
それはそれとして急げ俺の筆!!!!