『この事件の黒幕は、宍戸オウカです』
ヒナの通信機より放たれたイロハの言葉に、ヒナとキヨミは息を飲んだ。
「バカな!宍戸が黒幕だと!?やつは確かにゲヘナの秩序に対し、誰よりも真摯に取り組んでいた!向き合っていた!故にその力を磨き、『力の象徴』である『ゲヘナ最強』という修羅の道を選んだのだぞ!」
『……ええ。あなたは彼女に入れ込んでいましたからね。そう考えるのも無理はありません。逆に、私達もあなたの事を誤認させられていた様ですから』
「どういう、事だ……?」
もっとも信頼していた腹心の裏切りの報せに、キヨミは動揺と混乱を隠せず、顔を青くする。
『赦免制度は、オウカが万魔殿と共謀することで生まれた政策です』
「……………………そんな」
『信じ難いのは頷けます。しかし、事実です』
衝撃のあまり、言葉を失うキヨミをよそに、淡々とイロハは言葉を続ける。
『彼女は、正しく『力』による『秩序』を成そうとしています。そう、『力』が、全てを支配する秩序を。……ではもし、それが、その『秩序』がゲヘナに成された時。ゲヘナの頂点に立つものは、誰か』
「ゲヘナにおける、『最強』…………」
「最初から、そのために?」
ヒナは、オウカの言葉を思い出す。確かに、彼女の『最強』という肩書きに対する執着は、並々ならぬ物だった。
「そんな、まさか。……宍戸の目的は」
『ええ。ゲヘナの支配。完全なる独裁です……いえ、それすら彼女の野望の始まりに過ぎないかもしれません』
イロハの言葉に、ヒナはこの事件の発端。自身の停学に関してのやり取りを思い出す。
「オウカは、私に先んじて停学の件を話してくれた。『休暇』になる、と。……私の悩んでいた、風紀委員会の成長には丁度良いから、と」
『成る程。現最強であるヒナさんの停学も、彼女の計画の一部だった。と言う訳ですか……随分と根深い計画のようですね』
「バカな。一体、何時から……宍戸は、私は……」
「キヨミ。今は」
混乱するキヨミに追い打ちをかけるかの様に、彼女の端末に着信が入る。
当然、キヨミは焦りを隠そうともせず、反射的にその通話を開いた。
「宍戸!お前、今どこに────!」
『無事だったのですね。岩動さん、……その様子ですと、空崎さんに負けた上で、無様に情けをかけて貰ったと見えますね』
「宍、戸……?」
その声は、確かにキヨミのよく知る『宍戸オウカ』のモノだった。しかし、その声から受ける印象は、それまでの彼女とは全く異なるものだった。
『ご苦労様です。万事計画通り、とまではいかなかった訳ですが。まあ十分役に立ってくれたこと、感謝してますよ』
「宍戸、お前は。何を言って」
『はぁ……』
『────負け犬に用はねぇ。そこにいる空崎ヒナにとっとと代われ』
突き放すような冷たい言葉に、キヨミは、ポロリと端末を手からこぼす。
愕然とした様子で、膝から崩れ落ちるキヨミに、ヒナは表情を曇らせる。……その様子から、通話の相手に、察しがついた。
ヒナは、床に転がった端末を拾い上げる。
「宍戸、オウカ」
『よぉ。さっきぶりだな、先輩』
声は確かに、宍戸オウカその物だ。しかし、その言葉遣いや声色は、彼女の印象とは大きく異なったものとなっている。
いや、おそらく。
「それが本当のあなたなのね」
『察しが良くて助かるな。最も、今更だって言うのも事実だ』
隠すこともせずに、ヒナの言葉を肯定するオウカには、もう隠す意味も、必要もないと言うような意図を感じた。
『アンタが戻ってきたお陰で、多少計画に狂いは出たが。もう遅い、ゲヘナの動乱は……止まらない』
「オウカ。これがあなたの求める、あなたの掲げる『秩序』なの?」
『秩序?……ああ、そうだな。確かに、これがオレの唯一にして、絶対の秩序。原初にして、絶対のルール』
『所詮この世は弱肉強食、強ければ生き、弱ければ死ぬ』
『わかりやすいだろ。先輩?』
からかう様な、嘲るような様子でそう問いかけられ、ヒナは険しい表情のまま口を開く。
「これっぽっちもわからない。わかりたくもない」
『そうか?アンタは正に体現者だと思っていたんだが。……なあ、『先輩』』
嫌みと、皮肉のこもったオウカの言葉に、ヒナはいつの間にか手のひらに力がこもる。
そんなヒナをよそに、オウカは言葉を続ける。
『弱肉強食。それが、この世の絶対的な真理だ。文明が発達し、直接的な『暴力』が否定されようと。それは単に『力』の基準が『暴力』から『権力』に変わったにすぎない。そうだろう?』
『結局のところ、
『お前もしってるだろ?『アリウス分校』の惨劇を。『大人』に搾取された、あわれな『子供達』の悲劇を』
ヒナにとってそれは、エデン事変の事後処理のなかで聞いた報告に過ぎない。
エデン条約の裏で暗躍していた、『アリウス分校』の悲劇。
血塗られた歴史の果てに、『悪い大人』に良いように利用された……搾取された。あわれな生徒達の悲劇。
だが、仔細には公にされていないその事情を。オウカは知っていた。
彼女の言葉には、生々しい感情が、こもっていた。
『あの『大人』よりアリウスが強ければ。トリニティより、ゲヘナより、アリウスが強ければ。あんな悲劇は起こらなかった。そうは思わないか、先輩?』
「……何が言いたいの」
『『弱肉強食』には『子供』も、『大人』も。関係がないって話だ』
吟うように論ずるオウカに、ヒナは通話のその先で、オウカが嗤う姿を幻視した。
『オレは、搾取されるだけの人生なんてうんざりだ。なら、どうすれば良いか。……答えはシンプルだ』
静かに、しかし、地の底で燃えたぎる確かな業火を燃やしながら、オウカは言葉を続ける。
『オレが天下を獲る。文字通りの、『天下』をな』
オウカの言葉は、時代錯誤の戯れ言のような言葉だった。
だが、ヒナはそれを笑うことは出来なかった。
それだけの凄みが、彼女にはあった。
『そこでだ。先輩に一つここは『果たし状』を叩きつけてやろうと思ってな』
「……果たし状?」
『ああ。そうだ。……アンタの『最強』。国獲りのおまけの、錦の御旗程度に考えちゃいたが。どうも、その名は伊達じゃなかったみたいだからな』
クツクツとオウカは、くぐもった笑みを漏らす。
『ゲヘナを獲るその前に、アンタの首を頂くこととする。決闘と行こうじゃねぇか。逃げも隠れも、今度こそナシだ』
「一度逃げておいて、油断できる立場なの?」
『油断?……これは『余裕』と言うもんだ』
「ふぅん……なら、受けて立つわ。どこでやるの?なるべく早いと助かるのだけれど」
ヒナの言葉に、オウカは声色一つ変えずに答える。
『オレはいつでも良いぜ。なんなら今すぐにでもな。……ただし、場所はこちらで指定させて貰う』
「そう。……それで、どこに向かえば良いの?」
『恐れもナシ、さすがは『先輩』だな。……場所は────』
『────エデン終焉の地。古聖堂地下の、カタコンベだ』
その言葉を告げると。オウカは返事も待たずに通話を切る。
「……センジョウ」
『どう考えても罠だ。行くべきじゃない』
──ヒナは、通話を聞きながら、片手で自身のの端末を操作し、センジョウ達との共通回線を開いていた。
全ての内容が聞き取れていた訳ではない。しかし、ヒナが何らかの誘いに乗ろうとしていることは、明白だった。
「どのみち時間はないわ。彼女が何をすることでこの動乱を成しているのかわからない以上、彼女自身を止めなければ解決は出来ない」
『……止めても無駄、なんだろうな』
「ええ、そうね。センジョウなら良くわかるでしょう?」
ヒナの言葉に、センジョウは深くため息をつく。……その気持ちは、センジョウにとっても、いたいほどに良くわかるからだ。
『なら、俺も行く。それは止めないだろ』
「ええ。むしろ私からお願いするつもりだったから、助かる」
『その話。私達も同行するわ』
二人の会話に、アルが口を挟む。
「アル、ここから先は、本当に危険な橋になる。あなた達はついてくる必要は……」
『何を言っているの?私達便利屋68の受けた仕事はまだ終わっていないわ。……宍戸オウカを止めるまで、依頼主の、あなたの目的は達成されてないのでしょう?』
アルは、端末の向こうでニヒルに笑う。
『途中で降りるなんて、三流じみた真似、私達がすると思う?』
『とかなんとか言いつつ、内心は不安なんだろ』
『そ!そんなわけないでしょ!?』
『くくくっ……。わかるぜリーダー。格好つけたくなるもんな?こういう時は、な』
『センジョウ!?!!』
「ふふふっ……」
『ヒナまで!?』
ゲヘナの一大事だと言うのに、これから死地へ飛び込む話をしていると言うのに、日常と変わらぬやり取りをするセンジョウとアルにつられ、ヒナは笑みを溢した。
「ごめんなさい、社長。そこの外部顧問が子供っぽいこと言うものだから」
『俺かよ!?』
ヒナの自分への扱いに抗議の声を上げるセンジョウを無視して、ヒナは二人へ話しかける。
「ありがとう、二人とも」
『礼を言うのは、全部終わってからだろ?』
『ええ、謝礼は完遂してからよ!』
「ふふっ……そうね。じゃあ、よろしく」
端末に、合流座標が送られてきたことを確認したヒナは、通信を終了させ、端末をしまう。
「…………すまない、空崎。私が、……私が、宍戸を招いたばかりに」
「あなたは悪くない。……あなたの思いも、このままでは終わらせないから」
「空、崎……」
────彼女の思いを、願いを。ヒナは背負う事を選んだ。
どんなに重くとも、どんなに辛くとも、それが彼女の選んだ道なのだ。
誰かがやらなければならない。けれど、それは、強いられているものではない。
ヒナ自身が。覚悟をもって、一歩。前へと足を進めた。
────古聖堂地下、カタコンベに、その少女はいた。
チリチリと燃える炎を見つめながら、一人静かに、決戦に向けて思いを馳せていた。
宍戸オウカの始まりは、非力な一人の子供だった。
親をもたず、戦いの為の道具としての教育を施されていた彼女は、己の『アリウス』で生まれた不幸を呪っていた。
なぜ。自分がこんな目に合わなければならないのか。
なぜ。戦いのために生きなければならないのか。
なぜ。自分のものでもない憎しみを押し付けられるのか。
なぜ。
なぜ。
なぜ。
なぜ。
物心がついたその日から、ずっと感じていた理不尽。
他の誰もが思考を止め、抗うことをやめ、ただ、虐げられるままに、力に蹂躙される中で。
オウカの心に宿る火は、消えることなく、静かに燃え続けていた。
終わらない怨嗟と歪んだ地獄の日々の中で、オウカは確実にその力を身に付けていった。
そんなある日、訓練の最中の話だ。
オウカが、潜伏先に選んだ建物が爆発、倒壊と共に、火災が発生した。
一見事故のように見せかけられたこの事件は、オウカに個人的な鬱憤を持つ、少数の生徒達による暗殺計画だった。
オウカは他の生徒達と比べて、抜きん出て成績が良く、彼女と比較されることで、周囲の生徒達は彼女以上の虐待にも似た訓練を受けさせられていたのである。
それを災難だとは、オウカも考えてはいなかった。少しでも楽になるために出来る限りのことをしていただけなのだ。
『弱い』彼女達のこと等、眼中には、無かった。
倒壊し、燃え盛る炎と、自身の身体へのしかかる瓦礫の熱と、焼けるような痛みの中。オウカは悲しみも、絶望もせず。
ただ、『怒って』いた。
この世の『不条理』に。自分の『弱さ』に。
そうして、怒りと、炎の熱と、そのどちらで自分の血が煮えたぎっているのかもわからなくなっていたオウカは、一つの答えを得る。
『弱さは罪』である。と。
どんなに世界に生まれようと、どんな時代に生まれようと、どんな場所に生まれようと。
どんな大人だろうと、どんな子供だろうと、どんな敵であろうと、どんな味方であろうと。
『力』が。『力』さえあれば。
燃えて行く右腕を眺めながら、オウカは憎悪を、悪意を、怒りを。己の心の中に燃える、小さな意思の炎にくべてゆく。
憎悪が、悪意が、怒りが。自分の心に溶けていく程に、次第に意思の炎は激しさを増し、やがて炎は、オウカの心の全てを焼き付くし、地獄の業火に姿を変える。
いつの間にか。身体に灯る炎の熱を、苦痛とは感じなくなっていた。
その日。アリウスの生徒の一人が死んだ。
全焼し、完全に崩れ落ちた建物を見れば、中に取り残された生徒の消息など、探るまでもないとされた。
────だが、その火は。今だ尚、燃え続けている。
ジリジリと、誰にも気づかれぬまま、確実にキヴォトスの大地を焦がして行く。
「────さあ、早くこい。空崎、ヒナ」
虎視眈々と獲物を狙う、獰猛な怪物が。静かにその牙を研ぐ。