というか本来はこのぐらいの長さのやつを気軽にポンポン投げたい作品
センジョウがアビドスへ外回り研修へ向かった日のこと。
センジョウがシャーレへ来てから、いつも彼か、彼と当番の生徒が居たシャーレのオフィスは、久しぶりに先生が一人残されていた。
"……懐かしいような、寂しいような"
彼が来てから、そこまでの時間が経っている訳ではない。だが、賑やかな毎日は以前とは異なる密度で先生の記憶に残り、たくさんの思い出かできていた。
"さて、仕事仕事"
とはいえ、今日も仕事は山積みだ。最近はセンジョウの手助けもあり、以前に比べてかなり生活環境は改善されている。それに、息子の前で教育に悪い極端な残業などできるはずもない。
先生にとってセンジョウは……大事な人の忘れ形見で、約束でもあるのだから。
"……キョウカ"
ポツリ。と、その場に居ない誰かの名を呼ぶ。懐かしさのせいか、寂しさのせいか。……誰にも届かない、すがるような、そんな、声で。
自信なんて、あるわけもない。自分が上手くやれているのか、これっぽっちもわかりはしない。
ただ、みんなの『先生』として。子供達の未来を願い、思い。自分にできることを、自分に嘘をつかないで。ただ、ただ、ただ…………
「折角二人きりになれましたのに……他の女性の事を考えていらっしゃるなんて、あなた様は随分と意地悪な事をしますのね……」
"うわぁ!?ワカモいたの!?"
突然、背後の至近距離から聞こえる声に先生は悲鳴を上げて、背筋か伸びる。
「はい。ご一緒にご子息様をお見送りいたしました」
"ああ……その時に入ってきたのか……"
一瞬の隙だったかもしれない。だが、それでも。ワカモにとっては十分すぎる余裕だ。その事を理解している先生にとっては、それで納得には十分だった。
"独り言の盗み聞きは、あんまり誉められないよ?"
「あ……いえ、私、そんなつもりは……」
先生に指摘され、さぁっと顔の血の気が引くワカモだが、先生もそこまで咎めるつもりがあったわけではなく、ちょっとした注意のつもりだった。
むしろ、思考の沼から引っ張り上げてくれたことを、感謝さえしている。本人にその自覚は無いのだろうけど。
"会いに来たなら、ちゃんと正面から、ね?"
「……はい。申し訳ございません」
しゅん、とした様子で落ち込むワカモの頭を、"ちゃんと謝れて偉いね"と軽く撫でる先生。当然、そんなことをされたワカモは恍惚の表情を浮かべるが、先生には仮面で見えない。
"それで、今日はどうして来たの?"
「あなた様に会うことに、理由が必要でしょうか……?」
"センジョウの事でしょ"
「……本当につれないお方なんですから」
扇情的な誘いには惑わされず(ギャグじゃないよ!)、先生はワカモの本心を見抜き、話を進める。
"言っておくけど、血は繋がってなくても、センジョウは私の大切な息子だよ"
「……そこまで真摯に向き合っていただけるご子息様には、少々妬けてしまいます」
ワカモは呆れと、少しの寂しさを滲ませながらそんなことを返す。
「率直に申し上げますと……今のご子息様は、少々危険すぎます」
"………そうかなぁ、センジョウはかなりしっかりしてるし、周りも良く見えてると思うんだけど"
「たしかに、先生に良く似て、聡明な方だと見受けられます。そして、素直でもあると……。血の繋がりはなくとも、あなた様の子供なのですね」
その言葉に、驚きと、喜び。子を誉められて、嬉しくない親などいない。
「……しかし、彼は先生ではありません。まだ若く、脆く、ひどく不安定な、一人の子供です。彼は、
"……そうだね。まだ、先生は子供だから"
「ではなぜ、あなた様は彼を一人の生徒ではなく、『蒼井センジョウ』として扱うのでしょう」
"……………"
言葉に詰まる。
「同じ男性だから、先生を目指しているから、自分の子供だから」
────想い人の忘れ形見だから?
先生は、ワカモの言葉に言葉を失う。彼女は本当に、良く『先生』の事を見ていた。
「……私は、私の心も身体も、あなた様のものです。彼を失う事はきっと、あなた様にとっては耐え難い事なのでしょう。………それは」
言葉を言いかけて、ワカモは口を閉じる。
仮面で、表情は見えない。
「私は、貴方に泣いてほしくないのです……」
かすれきった声で、すがるように先生に訴えかける。ワカモは、心のそこから先生の事を想っていた。
"……心配かけちゃったね。色々話してくれてありがとう"
そっと彼女を労い。感謝の言葉を告げる。
"大丈夫。私は、みんなの先生だから"
「……その言葉に、嘘はございませんか?」
"うん。約束するよ"
本当なら、自分だけの先生であってほしい。そんな想いは、ワカモの中にもある。だが、それでも。先生の心は、形の無いものには、触れられない。
彼女には、先生が、自分の知らない『彼』が過ごしてきた軌跡には、触れられないのだ。
そこにどれだけの想いや、願いや、心が込められていようと、届かない。
息子に見せる笑顔の特別さに、ここにいない『だれか』に語りかける郷愁に、自分は入っていない。
それでも、だとしても。自分の気持ちに嘘偽りはなく、『先生』の事を慕っている。
だから、彼女は、彼の言葉を受け入れる。
「……私の力が必要であれば、いつでもお呼びください。貴方の剣となり、楯となり、ご子息様を必ずや御守り致します」
"ありがとう。頼りにしてるよ"
先生は『いつもの笑顔』でワカモに微笑みかける。
今のワカモには、その笑顔を見ていることが辛かった。
「……わたくしは、そろそろお暇いたします」
"うん、気をつけてね"
「また、お逢いできる時を、待ちわびております」
一礼をし、ゆっくりとした足取りでシャーレの執務室を後にする。そんな彼女の背中を、先生は優しい笑顔で見送る。
そして、彼女がシャーレが出た後。力無く椅子に座り込む。
"……ダメだなぁ、俺"
その独り言は、こんどこそ誰にも届かず。無機質なコンクリートの壁に吸い込まれて消えていった。
感想にも来てたし……そろそろゲヘナ行きたいねぇ