線路を突き進んだ先、その終点は、薄暗い洞穴だった。
薄暗く、ひんやりとした空洞の中を、点々と供えられた松明が周囲を照らしていた。
静まり返った空間を静かに空気が循環し、この洞窟がどこか先へとつながっていることを感じさせていた。
計画的に掘られた形跡こそあるものの、ところどころに苔が生えているところから見るに、作られてから相応の時間が経っていることが見て取れるその空洞を、トロッコから降りたセンジョウたちは先へと進んでいた。
「天然の洞窟に手を加えた……としても、この規模か」
FA形態であったNuill-Vanaのウェポンユニットを統合し、バックパックのようにして背中にまとめて収納してたセンジョウは、洞窟の先へ熱源探知を繰り返しながら、隊列の先頭を進んでいた。
カタコンベとは、地下に掘られた死者を弔うための墓地の事である。
それらは人為的に掘られたもののほかに、自然にできた洞窟を利用する形で作られたものもあり、オウカが利用しているこの洞窟も、天然にしても、過去に作られたカタコンベの穴を活用しているにしても、相当な規模だった。
「ここまで罠がないのも不自然に思えるけれど……」
「この通路の用途は純粋な移動のためであって、迎撃用の拠点という訳ではないのかも」
アルとヒナの会話の通り、トロッコから降りた彼らが進む道には、罠という罠が存在しておらず、少々歩きにくい程度の洞穴がただただ延々と続いている。
しかし、だからと言って警戒を解けるという訳でもない。彼らは今、『宍戸オウカ』のテリトリーに踏み込んでいるのだ。
そうして、しばらく道を進むと……洞穴の『出口』が見えてくる。
薄暗く、細長い通路の『果て』を潜り抜けると……途端に、広い空間へとつながっていた。
そこは、様々な装飾の施された壁面が広がり、それまで自分たちが歩いていた通路とは完全に雰囲気の異なる世界が広がっていた。
それは、センジョウにとって見覚えのある空間だった。
「……ここは」
センジョウが、無貌の怪物との決着をつけた。『親父』から託された、超えるべき壁を打ち砕いた。その場所だった。
「遅かったな」
ふいに掛けられた声に、その場にいた全員の視線がその方向を向く。
祭壇に腰掛けるその少女の名を、ヒナは口にした。
「宍戸、オウカ」
「よぉ。待ってたぜ、先輩」
ヒナの言葉に、オウカは軽い様子で挨拶を返すと、祭壇から降りる。
オウカの動きに合わせ、ヒナ以外の全員が自分の武装を手に取り、臨戦態勢を整える。
警戒を強めるセンジョウたちに対し、ヒナは手で彼らを軽く制すと、ゆっくりと前に出た。
「一つ、聞きたいことがあるのだけれど。……いいかしら」
「オレとしては話なんか置いといて、今すぐ決着をつけたいところだが」
そんな言葉を言いながら、オウカも同じように少しだけ前に出ると、その場で足を止める。
ヒナはそんなオウカを正面から見つめ、口を開く。
「あなたは、その道の果てで。誰も並ぶもののない、『頂点』へ辿り着いた、その、後。……あなたは、何を求めるの?」
その問いは、オウカへ向けたものであり、そして、過去の自分へ向けた問い。ただの『最強』であった自分と、『オウカ』を重ねた。そんな問答。
その問いに、ヒナは一縷の望みを織り込んで、想いを託して、彼女へ放つ。
そして、オウカは。
「さあな、そんなものに興味はない。そうなったらその時に考えるさ」
そのすべてを、一蹴する。
「……そう」
ヒナは、落ち着いた様子で、静かにオウカの言葉を受け止める。
もう、彼女に言葉は届かないと。そう、理解してしまった。
「話はここでおしまい。……はじめましょうか」
「そうか」
ヒナは静かに、『デストロイヤー』と『ガーディアン』を抜き放つ。
「ごめんなさい、みんな。……ここは、私一人でやらせてほしい」
ヒナの言葉に、センジョウとアルが静かに頷く。……今のヒナの背中からは、彼女の覚悟が、伝わってきていた。
────これは、『私』が向き合うべき問題だ。
そんな、彼女の決心を、センジョウは、アルは尊重したいと考えた。それに、……今の『空崎ヒナ』が、『最強』如きに負けるはずはないと、そう確信していた。
「いいのか?オレは全員まとめて相手をしてやってもいいんだが」
「あなたの相手は私でしょ?よそ見、しててもいいのかしら」
挑発するようなオウカの言葉に、ヒナも応えるように言葉を返し、オウカはニヤリと口角を釣り上げた。
「いいぜ。それならそれで……サシで決着をつけてやる」
その言葉と共にオウカも武器を手に取った。それも、『左右同時』に。
左手に握る、無骨な、漆黒のハンドガン。それは、先ほどの戦いでも使用した武器だ。
────それに対して、彼女が右腕で引き抜いた武器は。誰もが目を疑う武器だった。
納められていた、オウカの腰に備えられた筒から抜き放たれた『ソレ』。
グリップから先まで、わずかな曲線を描いて伸びた、長細い一片の鉄板。その構造は、銃身というには薄すぎる。
当然だ。それは、銃身ではない。『刀身』なのだから。
「……日本、刀?」
アルの戸惑いの声が、無音の空間に響く。
「少し違うな。コイツはオレが特注した『
オウカがその武器……『
しかし、そうだとしても、10人が見れば10人が『刀』と答えるであろうその武器を右手に持ち、肩に担いだオウカは、攻撃的に、挑発的に笑う。
「これがオレの本気……『二丁剣銃』だ」
その武器は、くしくも、今のヒナと同じ『変則二丁』。
「さあ。始めようぜ『先輩』。……ゲヘナの『最強』を賭けた、頂上決戦だ」
「何度でも言うわ。……そんなものに、興味は────」
「────ないッ!!」
宣言と共に、ヒナは『デストロイヤー』の引き金を引き、容赦のない弾丸の雨を降らせる。
先程オウカと戦った時と、セオリーは変わらない。右腕の攻撃方法が、グローブによる爆破から、刀剣による斬撃に変わっただけ。接近を可能な限り避けること。それが、ヒナの目指すべき展開だ。
オウカがどんな戦略を立ててくるのか。予想がつかない以上、鉄則を守って、それに従うことが、最善。
故に、ヒナは迷うことなく『デストロイヤー』の火力を前面に押し出す。
当然。オウカもそんな予想はついている。
故に。対策は当然用意されている。
オウカは、『無煉獄』の刀身を左腕のグローブの甲へと、添えるようにして押し付ける。
「セイハァ!!」
掛け声と共に刀身が勢いよく引き抜かれると同時、グローブより吹き出した火薬に、『無煉獄』の摩擦によって起こされた火花が引火する。
バゴォン!
空間を振るわせる程の派手な音を伴った爆撃は、ヒナの打ち出した弾丸を弾き飛ばし、同時に煙幕となった。
ヒナ自身、自衛手段の予想ができなかった訳ではない。しかし、それを盾にしてどう相手が距離を詰めてくるか。その手がわからない以上、次善作は、迎撃体制を整えるか、詰められないように攻撃を絶え間なく続けることである。
しかし、弾丸という限りがある以上、永遠に攻撃を続けることは叶わない。故に、ヒナは相手の煙幕を利用し、即座に消費した分の弾丸の再装填を優先する。
そして、次の瞬間。
ズゴォン!という、一段と重い発射音の直後、ヒナの右肩に、一発の弾丸が突き刺さった。
「くっ……ううっ!?」
ヒナの防弾服を裂き、肉を食い破り、その身体を貫通する。
直撃した傷から、赤い雫が宙を舞った。
「ヒナ!!」
彼女の被弾に、センジョウが声を上げる。
その驚きと心配は当然のものだ。……空崎ヒナの肉体は、キヴォトスに生きる生徒達の中でも特別頑丈なものであり、アルの狙撃を受けてなお、傷一つつかない肉体をしている。
そんな彼女の肉体が、たかだが『改造ハンドガン』の弾丸が貫くなどと言うことは、完全な異常事態だ。
────爆炎が晴れた先。宍戸オウカは、笑みを浮かべて銃口を向けていた。
「効いたか?先輩。言ったろ?コレが、『オレの本気』だ」
今度は、甲ではなく、彼女が左手に握る『失黒鉄』に『無煉獄』の刃がそえられていた。
「オレの『失黒鉄』は、元来単体で運用する武装ではない。コイツだけではただの『ちょっとばかし火力が高いだけ』のマグナムだ」
オウカは嗜虐的な笑みを浮かべて、言葉を続ける。
「そして、『無煉獄』の刀身には、ちょっとした細工が施されててな。……コイツの刀身は、細かく"ノコ"のように凹凸があしらわれ、極端に摩擦を起こしやすい上に、その溝に発火を促すための油が仕込まれている。……つまり、だ」
ギリリ、と音を立て、『無煉獄』と『失黒鉄』が、擦れ合う。
「『
言葉と共に、オウカは『無煉獄』を引き抜き、『失黒鉄』の火薬に、火を付ける。
それと同時に、トリガーを引くことで、『失黒鉄』の全爆破機構が完全解放され、その威力の全てが、一発の銃弾へと集約される。
「────!!!!」
ヒナは、考えるより先に、撃たれた肩を庇いながらその場を飛び退く。
一瞬遅れて、再び『ズゴォン!』という音が響き。直後、ヒナが飛び退いた場の床が、抉れて弾け飛ぶ。
およそハンドガンから放たれたとは思えぬ、凄まじい破壊力と貫通力の一撃。
「ミッドレンジ以降が安全圏だと思ってたのか?」
オウカは、再び刃を『失黒鉄』へと押し当てる。
「────甘いんだよ。先輩」
甲高い金属の摩擦音が響き、立て続けに鈍く重い発射音が響く。
「くっ…………!!」
ヒナは、負傷して力のこもらぬ右手に握る『デストロイヤー』から手を離し、大きくその場を飛び退いて弾丸を回避する。
「逃げの一手か!先輩!!」
身の丈ほどもある『デストロイヤー』を手放したことで身軽になったヒナは、傷をおってなお、俊敏な動きでオウカに狙いを定めさせず、彼女の周囲を走り始めた。
鉄の塊である大型のマシンガンを放棄する事で、相応の素早さと身のこなしを獲得したヒナは、オウカの弾丸を的確に回避していく。
オウカの一撃は確かに強烈ではあるが、『刀を振り抜く』、『トリガーを引く』という、2つのアクションを組み合わせて行われる攻撃であり、特に『刀を振り抜く』アクションは、身体を大きく使う必要がある為……、銃撃戦に置いて、奇特な表現とはなるが、『大降りな一撃』である。
故に、回避に徹しさえすれば当たることはまずないと言えるだろう。
だが、それは裏を返せば……『デストロイヤー』という、敵を倒す手段を手放す必要があることを示していた。
「……ッ!!」
回避ばかりに徹しているヒナではない。攻撃の合間や、隙を見つけて、左手に持つ『ガーディアン』の引き金をオウカへ向けて、何度も引いている。
しかし、オウカはそれらの弾丸を意図も容易く回避するなり、『無煉獄』でいなすなりでかわしてしまい、攻撃が入ることはない。
一見、千日手にも見えるこの状況だったが。……ヒナは、肩に受けた傷から血をながし続けている。
消耗する速度の差は、語るまでもない。
故に。彼女は。
「やるしか、ない……!」
距離を保った回避から一転。ヒナは一歩、オウカへと踏み出した。
床を蹴り、身を低く保ち、駆ける。
「そうだ、そうするしかない……!」
それが例え、『宍戸オウカ』のテリトリーだとしても、『至近距離戦』に持ち込む他に、ヒナが決着を付ける術はない。
オウカはそれまでの射撃体勢をやめ、同じようにヒナへと距離を詰めるべく駆け出した。
互いに牽制の弾丸は放たない。どうせ、互いに距離を詰めるのが目的ならば、詰めた先のために戦力を残すべきだ。
瞬く間に互いの距離は0となり、オウカはヒナへと刃を振り抜く。
「セヤァッ!!」
「ふ……っ、んっ!」
刃に合わせるように、ヒナは『ガーディアン』の銃身を滑り込ませ、その横凪の一閃を弾き上げるようにずらす。
続く一撃である、『失黒鉄』による銃撃を読んでいたヒナは、銃口をこちらに向けるオウカの左手を素早く足を振り抜いて、その手に握られていた『失黒鉄』を蹴り飛ばす。
返す刃とばかりに、ヒナはガーディアンの銃口をオウカへ向けるが、オウカはそれに対し、ヒナの胴体を蹴蹴り飛ばした。
小柄なヒナは、その蹴りで背後へ飛ばされ、ゴロゴロと転がる。
そんなヒナに止めを刺すべく、オウカは即座に追撃に走る。
ヒナは、オウカに抵抗せんと『ガーディアン』を構えるが、オウカはお返しといわんばかりにその『右腕』を蹴り飛ばした。
「コレで終わりだ……!」
「そうね、コレで──」
刀を腰だめに構えたオウカは、ヒナの浮かべる笑みに気づく。
「……終わりよ」
そんなヒナの左腕には、いつの間にか『デストロイヤー』が握られていた。
────オウカは、ヒナの誘いにのったことで、彼女が放棄していた、『デストロイヤー』がある場所へと、誘い込まれていた。
いかに彼女が爆撃で銃弾を防げようとも。『至近距離』であれば、その防御も意味をなさない。
そして、ヒナは引き金に指を掛けた。
────パァン。
乾いた、一発の銃声が、聖堂に響く。
そして。
「……カハッ」
ヒナは、手に持っていた、『デストロイヤー』を取り落とす。
口から血をながし、力なく、膝を付く。
「言った筈だぜ。先輩。オレは『
一発の弾丸が、『無煉獄』の、柄の先から放たれていた。
不意を突く一撃は、ヒナの腹部を、その肉体を貫いていた。
「────じゃあな。先輩」
オウカは、左腕でヒナの首を掴むと、その甲に『無煉獄』の刃を当てる。
「破ぜろ」
籠手に仕込まれた火薬に火が点り、ヒナの喉元で大きく爆裂する。
爆炎と、黒煙に包まれ、ヒナは大きく吹き飛ばされ、その身体が宙を舞った。
そうして、最早痛みすら感じぬ、朦朧とした意識のなかで。
ただ。
「みん……な…………、ごめん……………」
力ない謝罪の言葉だけが。そこに残った。
は、ハッピーエンドにつながるんで……ご、御安心下さい……(震え声)