「ヒナァァァァァァァ!!」
センジョウの叫びが、慟哭が、響き渡る。
あの日の光景が。フラッシュバックする。
────飛び散る鮮血と、倒れ行く人影。
心の底に、押さえつけていた泥が。封を破って、溢れ出す。
「ヌィル・ヴァーナァ!!!!」
背部に背負ったバックパックのスラスターを全力で吹かし、センジョウはヒナの元へと急ぐ。
「センジョウ!?……もう!全員、センジョウの援護に入るわよ!」
突如として飛び出したセンジョウに対し、アルは即座に社員達に指示を出すと、本人もスナイパーを構える。
手早くオウカへ照準を定めて、1発。
ギィン!
オウカが、アルの狙撃に対して即座に『無煉獄』を振るうと金属同士が擦れ合う音を響かせて、彼女の後方に2発の弾丸が着弾する。
いや、違う。
「嘘でしょ……
「狙撃の腕は大したもんだ。狙いを定めるのも早い。だが、2度は通じねぇ」
弾丸切りなどという芸当をやってのけて尚、動揺もせず、呼吸すら乱れず、オウカは静かにアルを見据えていた。
「本来なら、スカウトしたいところだが────」
オウカは、刀の切っ先をアルへと差し向ける。
「────狙撃の礼だ。次はお前を切る」
冷たさの中に、燃えたぎる憎悪と殺意の炎を秘めた視線にい抜かれ、アルは、本能的な恐怖を覚える。
「……コレは少し、不味いかもしれない、わね……!」
全身から吹き出る冷や汗を自覚しながら、アルは、銃を握る腕の震えを押さえるために、深く呼吸を整えた。
ちらり、と視線をオウカからはずせば、いつの間にかセンジョウはヒナの元へたどり着き、彼女を抱えてオウカから距離を取り始めていた。
目的は果たしている。だが、アルはどうにも『撤退』の選択肢が浮かばない。
逃げられるとは、思えなかった。
「(気合いをいれなさい、陸八魔アル!……ここから先は、1ミスで全てが終わる、文字通りのデスゲームよ…………ッ!)」
姿勢を整え、視界を広げ、狙撃の構えを取る。
陸八魔アルは、目の前にいる『恐怖』に、照準を合わせた。
「ヒナ!ヒナ!目を醒ましてくれ!ヒナ!!」
センジョウは、腕のなかで意識を失ったままのヒナに声をかける。
どうみても、血をながしすぎている。
「クソッ!クソッ!……クソぉッ!!」
センジョウは、ヌィルの装備を解除し、上着を脱いで、止血のためにヌィルの装備で服を裂く。
「ダメだ!ダメだ!ダメなんだ……!もう、なにも失いたくない、なにも!俺はまた……!そんなの!」
使わなければ最善だと思っていた、応急措置の知識を使いながら、何とか止血のための処置を進めていく。
その手は、ヒナの血で赤く濡れ、指の隙間から血がこぼれ落ちて行く。
ぬるりとした感触は。あの時のようで。
「俺は!おれは……!!おれ、はぁ…………!!」
その言葉の先が、喉を支えて、出てこない。
すくえなかった。
きずつけた。
まもれなかった。
俺には、
無かった。
失意の中で、目の前の光景に。怒りと、悲しみと、虚しさと。
どうしようもない憤りが、行き場を失った怒りが、嘆きが。
センジョウを支配していた。
「────余所見とは、ずいぶんと余裕だな。『先生』」
そんな声に、センジョウが振り向くと、その横になにかが投げ捨てられる。
それは、全身に切り傷と、焼け焦げた服装のまま、力なく倒れるアルだった。
「セン、ジョウ……」
「……ア、ル?」
「ごめん、なさ、い……」
彼女は、謝罪をのこして、意識を失う。
「アル、……おい。アル!しっかりしろ!」
「クククク……ハハハ…………!」
傷つき、倒れたアルに手を触れるセンジョウを見て、オウカは嗤う。
「ハァーッハッハッハッハッハ!!」
「何がおかしい!!」
センジョウは、怒りを隠そうともせず、笑い声を上げるオウカを見上げ、睨み付ける。
「何が?考えればわかるだろ。回りを見てみろよ」
オウカの言葉に、センジョウは視線をあげて、周囲をみる。
ヒナや、アルだけではない。
ハルカが、カヨコが、ムツキが、傷つき、その場に倒れ付していた。
その光景に、センジョウは言葉を失う。
「『似てる』よなぁ。『先生』。……この光景、見覚えはないか?」
────倒れ伏す、不良生徒達の姿が、呼びおこされる。
「なあ、『先生』」
「……黙れ」
「オレも、あんたも。『子供』でありながら、『大人』に匹敵する『力』を持ってるなぁ?」
「黙れ」
「その『力』の使い方。…………オレと、何が違うんだ?」
「黙れェ!!」
オウカの言葉を、センジョウは否定する。
「俺は!!お前とは違う!お前なんかとは違うんだ!!俺は!自分のために力を振るったことは、一度たりなんてありはしない!!」
「ほぅ。だから、誰をどう傷つけても、その『責任』はお前には無い、と」
「…………ッ!!そんなことッ!!」
「詭弁だな。……どんな理由があろうと、どんな経緯があろうと…………、その『力』を振るう選択をしたのは、お前だろ?」
「黙れ……!黙れ黙れ黙れ!」
「その口を閉じろよ!宍戸オウカァ!!」
センジョウは、感情のままに。怒りのままに、血に濡れた拳を振りかぶる。
だが。
「…………殴れないだろうな。お前には」
「…………………!!」
その拳は。オウカに届くことはない。
彼女も、『生徒』であるなら。『先生』は、そんなことをしては、いけないのだ。
「……理由が欲しいか?『蒼井センジョウ』」
「なに、を……」
オウカは、歪んだ笑みを浮かべる。
「なあ。お前。何故聖園ミカが、アリウスに辿り着けたと思う?」
「…………どういう、意味だ」
オウカの言葉に、センジョウの思考が止まる。
「ゲヘナを力で支配し、それを足掛かりに他校に戦争を仕掛ける。そして、その果てに天下を獲るのがオレの目的だとすれば。『エデン条約』は目の上のたんこぶ。どうにか邪魔できない物かと考えたのさ」
オウカは、自慢をひけらかすかのように言葉を続ける。
「そこで閃いたのさ。……『アリウス』を利用してやれば、トリニティの戦力を削ぎ落としつつ、エデン条約をご破算に出来る。とな。……アリウスを支配していた『ベアトリーチェ』は、支配欲に対して随分と矮小で短絡的な女だったからな。単純な『聖園ミカ』さえ唆してやれば、後は勝手に『コレ好機』と動いてくれる」
「まさ、か……」
「ああ。そうだ」
「エデン事変は、オレの目論見通りだ。ミカの反乱も、それを押さえる『シャーレ』の介入も、『先生』が、ベアトリーチェを倒すところまで。……あの女は、それには気づいていなかったみたいだがな?」
それは、つまり。
あの嘆きは、悲劇は。
父の、怪我は。
「お前がァ……!!!!」
「……そうだ、そうだぜ。『蒼井センジョウ』」
「お前の全てを奪ったのは────この、オレだ」
「宍戸ォッ!!オウカァァァァァッ!!」
喉が張り裂けんほどの叫びを響かせ。センジョウはヌィル・ヴァーナをその身に纏う。
「そうだ。それで良い。『誰かの為』なんて建前、『力』の前にはこれっぽっちも必要ねぇ」
センジョウの怒りを、『殺意』を、全身に浴びて、オウカは笑みを浮かべる。
狂気のままに、刀を振りかぶる。
「テメェとオレは!同類なのさァ!」
「お前は!お前だけはァ!!」
ヌィルのパルスブレードの一撃を、オウカは『無煉獄』で受け止めた。
「見せてみろ!『蒼井センジョウ』!お前の、その力を!」
「後悔させてやる……!お前のしたことの全てを!全力で、ブッ壊してやる!!」
出力に物を言わせて、センジョウがパルスブレードを振り抜くと、オウカはその力をいなすように後方へ飛び去る。
「逃がすか!!」
「逃げる?違うぜセンジョォ!」
オウカは後方へ飛ぶと共に、足元に転がっていた『失黒鉄』を踏んで弾きあげ、左手でキャッチする。
そのまま即座に、センジョウ目掛けてそのトリガーを引く。
独特の爆音と共に放たれた弾丸に対し、センジョウは回避するでも、防御するでもなく。
真っ向から突っ込んだ。
鈍い音ともに、肉体に突き刺さる弾丸。
肉をえぐり、骨を砕く一撃に、しかし、センジョウは瞬き一つせずに、ヌィルを前へと進ませた。
「オオオオォォォッ!!」
防御の全てを捨て。その出力の全てを『攻撃』へと転化する。
ただ、目の前の敵を排除する為だけの、その『暴力』に。
「いい!いいぜ!センジョウ!!もっとアツく、オレの血肉を滾らせてみせろ!」
「その薄汚い口を──!!」
力のままに、思うがままに、暴力の刃を振り回し、互いの身体に、その『力』を刻み込む。
「力ずくで黙らせてやるッ!!」
感情の昂りを。本能を。全てをむき出しにして。センジョウは怒り狂う。
刃を振り回し。引き金を引き。獲物を引き裂かんと、食らいつく獣の様にオウカへ追いすがりながら、センジョウは吠える。
──マスター!止まってくださいマスター!
そんな、怒りに我を忘れたセンジョウを引き留めんと、ナルは必死に語りかける。
──そんな戦い方!あなたはだって!あなたを信じる人だって!誰も望んではいません!
「黙れ!コレは、俺の戦いだ!!俺の意思だ!!」
──怒りに呑まれてはいけません!このままでは……!『Nuill』を、抑えきれません……!!
センジョウの『殺気』に共鳴し、今にも『最大稼働』を引き起こさんとする『Nuill-Vana』を必死に押さえ込むナルの言葉は、センジョウには届かない。
──お願いです……!マスター!
「壊すことしかできない『力』なら、いっそ───」
「全てを壊せ!ヌィル・ヴァーナァァァァ!!」
その嘆きに。怒りに。悲しみに。
『Nuill-Vana』は。共鳴した。
──そんな……システムが、侵食されていく……!?
──ダメです……!マスター…………お父さん!!
ナルの叫びは虚しく。闇の中に木霊した。
『炉』にくべられた感情の様に、ヌィルの全身が、どす黒い紅に染まり、熱を帯びる。
歪んだ『意思』は、ただ、破壊をもたらす『暴力』へと生まれ変わる。
────意思も、願いも、思いも。その全てを『虚無』へと還すモノへ。変貌していく。
「それがテメェの『地獄』か?……悪くねぇ。悪くねぇぞ!センジョォ!」
「ヴオオォォォォォォッ!!」
空間が揺れていると錯覚する程の、『恐怖』を放つ彼の咆哮は。嘆きと、怒りに濡れていた。
────意識を取り戻したヒナが最初に目にしたのは、怪物のように吼えるセンジョウの姿だった。
痛む身体と、霞む視界に鞭を打ち、鉛のように重い腕で、身体を起こす。
「セン、ジョウ……」
ヒナには。そんな彼が。泣いているように見えていた。
一人で、孤独に怯え、恐怖に震える。幼い、小さい子供のようで。
「……いま、たす、ける。から…………」
どうしても。手を伸ばさずには、いられなかった。
───『恐怖』と『破壊』を体現する怪物へと成り果てたセンジョウの力は、文字通り『人智』を越えていた。
破壊のために振るわれた刃に触れたものは、抵抗すら許されずに崩壊し、その『役割』を失う。
その特性にオウカが気づいたのは、振るわれた刃を『無煉獄』で流さんとし、触れた瞬間に刃が弾けとんだ瞬間だった。
「チッ!!」
持ち前の異常とすら言える反応速度で、『無煉獄』が両断された瞬間に、防御ではなく回避に意識を切り替え、オウカはその攻撃から身を守る。
身を翻すと共に、反撃のために『失黒鉄』を構えるが……『怪物』は止まらない。
一瞬の打ちに距離を詰め、その拳をオウカの顔面へと叩きつける。
凄まじい惰力で振り抜かれたその拳を、回避も防御も叶わずに受けたオウカの身体は、紙切れのごとく吹き飛んだ。
「がはっ……!!」
壁が砕ける程の速度で叩きつけられたオウカは、肺からすべての空気が押し出され、激痛と衝撃に視界が揺れる。
しかし、理性も、情も持たぬ怪物に、容赦などあるわけがない。
「……………」
「……ハッ。とんだバケモノを起こしちまったみたいだな」
オウカは、首を掴まれながら、自嘲気味に笑う。
考えるまでもない。
『次元が違う』のだ。……勝てる訳など、ありはしない。
ソレは、彼女を宙へと放ると、壁をけって回り込み、更に上から下へ叩きつけた。
凄まじい破壊音と共に、砕け散った床の上に、オウカは倒れ伏す。
倒れ伏すオウカに、センジョウは、『Nuill-Vana』の装甲を解除し、生身で歩み寄る。
「…………」
感情の抜け落ちたその顔で、センジョウはオウカを見下ろす。
「所詮、この世は弱肉強食。…………テメェが強くて、オレが弱かった。それだけだろ」
「ああ、そうだな。俺の勝ちで、お前の負けだ」
それまでの怒りがどこかに消え失せたかのように、センジョウは淡々と答える。
そんな彼をみて、オウカは目を閉じる。
「やれよ。……テメェには、その『権利』がある」
「……それがお前の『地獄』か」
「さあな。テメェで考えろ」
「どうでもいい。……だけど、まあそれがお前の答えなら」
センジョウは、倒れ伏したままのオウカの左手に握られた『失黒鉄』を、手に取った。
「お望み通り。やってやるよ」
そうして、センジョウは引き金に指をかける。
「じゃあな」
パァン。
一発の銃声が。響いた。
次回。『ゲヘナ動乱編』、エピローグ。