今回はユウカの出番はありませんよ~
必要最低限、シャーレの制服を着替え、髪をそれなりに整えたセンジョウは、通信端末と財布だけをもってNuillを走らせた。
緊急時と言う訳でもないし、空路を使う必要もない為、ビークルモードのNuillに跨がり、シャーレを出発する。
しかし、バイクを用いた陸路となると、トリニティまではそれなりの時間がかかる。
女性の支度には時間がかかるとは言うが、相手はあの『聖園ミカ』だ。電話をかけてきた時点で支度はある程度済ませていたとしたら……到着が遅れた時に何を言われるかわかったものではない。
早く着きすぎる分には様子を伺いながら面会に向かえば調整が効くのだから、そう努めることが損になることはなかった。
荷物に関しても、仕事をしに行くわけでもない。逆に、問題があればそれを理由に早く帰ってしまえばいいとさえ思っていた。
そんなことをぼんやりと考えながら、Nuillを走らせれば、丁度12時を回った頃にはトリニティ総合学園へとたどり着いていた。
守衛をしている生徒に軽く会釈をして学園内へ入ると、ひとまず、センジョウはミカとの面会許可を得るために、ナギサへ連絡を取る。
ナギサ本人へ、直接メッセージを飛ばして正門前でしばらく待つと、一人の生徒がいつもの様に書類を片手にこちらへ近づいてくるのが見えた。
その少女は、ナギサの側近の生徒の一人であり、センジョウがミカとの面会許可を得る時に、何度も今回のように書類を持ってきてくれている少女だった。
「お久しぶりです、センジョウ先生」
センジョウが先生として活動をしていくらかの時間が過ぎた今でも、多くの生徒達から見た『センジョウ』と言う少年は、先生の代わりと言う認識が先行しており、彼本人の事を認識している生徒はそう多くない。
しかし、ミカが呼びつける度にこうして顔を合わせる機会のある、目の前の少女は、正しく『蒼井センジョウ』と言う人間を認識していた。
普段であれば喜ばしいその事実も、今のセンジョウにとって、『先生』と言う言葉の重みは。苦いものでしかない。
できる限り話を手短に済ませるため、センジョウは目的を最優先に聞くことにした。
「ああ、久しぶり。承認書類は?」
「はい。こちらに」
差し出された書類を受けとると、センジョウは内容にざっと目を通す。……いつもと同じ、承諾と、一時的な身元預かりの為の書類だった。
契約のサインをサラサラと記入して、その書類を少女へと返す。
「はい。確認しました」
「いつもありがとうな」
「いえ。……ナギサ様も心配していましたので、機会があれば今度はナギサ様にもお顔を見せて上げてください」
「まあ、機会があれば。な」
ばつが悪そうにそう答えるセンジョウに、少女はクスリと笑みを浮かべると、センジョウへ頭を下げて、校舎へと戻っていった。
立ち去る彼女の後ろ姿を、手を振って見送る。
────『先生』、か。
向けられた思いに。自分の『夢』に。迷いと、疑念を覚える。
自分を『先生』と呼ぶ彼女がもし。その『先生』が、彼女とそう変わらない生徒の一人を殺そうとしたと。そう知ったら。どう思うだろうか。
キリキリと締め付けられる胸の痛みと、喉元まで込み上げる不快な吐き気と一緒に、そんな思いを飲み込んで、センジョウは歩き始める。
今はとりあえず、『お姫様』のご機嫌とりが最優先だ。
「おっそーい!退屈で死ぬかと思っちゃった」
「これでも最速で来たつもりなんだが?」
ミカの軟禁されている部屋につくと、頬を膨らませ、不機嫌を主張するミカが待ち構えていた。
だが、声のトーンや言い方からわかるように、心の底から怒っている様子ではない。ひとまず、最悪の事態は避けられたらしい。
「…………」
「なんだよ」
センジョウの顔を見たミカは、ほんの一瞬、ハッとしたような表情を見せてから、穏やかな笑みを浮かべた。
「ううん。なんでもない」
「なら人の顔そんなにまじまじと見るな。……それで、今日はどこに行きたいんだ?」
少しでも早くこの時間を終わらせたいセンジョウは、わざと急かすようにしてミカに言葉を促す。
そんなセンジョウの様子に、ミカは苦笑を浮かべる。
「もう。折角のデートなんだよ?一緒に考えない?」
「……そんな浮ついた気分じゃないんだ。悪いな」
「知ってる。見ればわかるもん」
ならどうしてそんなにも拘るのか。と、センジョウは視線でミカに訴えるが、ミカはそれを気にせずセンジョウへ歩みよった。
そうして、ポケットに突っ込まれたままのセンジョウの右腕をつかみ、強引に手を引きずり出すと、その手を握った。
「なっ……!」
「許可は貰ってるんでしょ。ほら、時間も勿体ないから、いこ!」
突然、手のひらを包んだ柔らかさと暖かさに、センジョウは驚きと戸惑いに、気恥ずかしさを交えて目を見開いた。
そんなセンジョウをよそに、ミカはセンジョウの手を引いて、部屋から飛び出していくのだった。
ミカにつられるままに、トリニティの駐車場へとたどり着いた二人は、そこに停めていたNuillの前にいた。
「へぇー……これがセンジョウ君のバイクなんだ!」
「バイクというか、Nuillの形状のひとつというか……」
「ヌイル……?ああ、センジョウ君が着けてる大きな機械だっけ」
珍しい物を見るような様子でペタペタとNuillを触るミカだったが、依然としてその左手はセンジョウの右手を掴んで離さずにいた。
「……なあ、ミカ」
「んー?なに?」
「そろそろ離して──「やだ」──アッハイ」
センジョウの提案を聞き終わるより先に放たれた拒絶の一言は、センジョウを諦めさせるには十分な威力を持ち合わせていたらしい。
諦めてもう好きにさせようと、そんな事を考えていると、いつの間にかミカが笑顔を浮かべてセンジョウの顔を見上げていた。
「ねぇ。センジョウ君」
「断る」
「私、この子に乗ってみたい!後ろに乗せて走ってほしいな☆」
センジョウの拒絶をものともせず、ミカは自分の要望をセンジョウへと言いきった。
そんな彼女の姿に、センジョウは大きく溜め息をうく。
「別に運転が上手いわけでもないし、そんな楽しいこともないと思うぞ」
「それは乗ってみて私が決めることだもん。それとも、『彼女さん』以外は乗せたくない。とか、そんな可愛いこと考えてる?」
ミカの言葉に、眉間にシワを寄せるセンジョウ。
「『かわいい』は余計だ。……それに、『彼女』がユウカの事を指してるなら、あいつは後ろに乗せたことは無い」
「そうなんだ?じゃあ、私が初めてかぁ……」
「感慨深そうにするな。乗せたこと事態はある」
「じゃあ私が乗っても問題無いね!」
「………………」
そこまで話して、センジョウは敗けを悟る。……いや、どのみち何かしらの理由をつけて要望を押し通すつもりだったのだろう。
センジョウが『姫』の付き人である以上、その意思を撥ね飛ばすことはできないのだ。
観念したセンジョウは、大きく溜め息をつく。
「なら一度手を離してくれ。乗せるのは構わないが、ヘルメットは着けること。そこは譲れない」
「律儀だなぁ……わかった。いいよ」
センジョウの提案を受け、ミカはセンジョウの右手を離す。
それまであった温もりが離れた手に当たる空気が、妙に冷たく感じられた。
そんなことを感じながら、センジョウはNuillに念のため積んであったヘルメットをひとつ、ミカへ渡す。
「……ほらよ」
「ありがと」
ヘルメットを受け取ったミカが、それを着けているあいだに、センジョウもヘルメットを装着すると、Nuillへと先に股がった。
センジョウがエンジンをつけた辺りで、ヘルメットをつけ終えたミカが、バイクの後ろへと乗り込む。
「お邪魔しまーす」
「振り落とされない様に────」
そして、そこでセンジョウはとある事に気づく。
以前、バイクの後ろに乗せたことがあるのはヒナだ。そして、今バイクの後ろに乗り込もうとしているのは、ミカだ。
────二人には、ひとつ。大きな違いがある。
「しっかり捕まれ。でしょ?わかってるよ」
そうして。センジョウの腹部にミカの手が回され、その体がセンジョウの背へと押し付けられる。
押し付け、られた。
「……………………………」
「あれ?どうしたの?」
何がとは言わない。いや、わからない。みていないのだから、もしかしたら違うのかもしれない。
なにかこう、背中に幸せな感触があるような気がするが。きっと、そう。きっと気のせいなのだ。
「もしもーし?」
むくむくと腹のそこから沸き上がる、なにかこう、良くない『熱』を自覚して、センジョウは自己嫌悪に陥った。
いや、さんざん今までも自己嫌悪はしていたのだが。
「大丈夫?」
「……ああ、いや。うん。大丈夫」
3度目のミカの呼び掛けに、ようやく意識を戻したセンジョウは、どこか疲れた様子でミカに答えると、意識を前へと向ける。
というか、早くこの状況から脱しなくてはならない。
「とりあえず、シラトリ区まででもいくか」
「うん、お願い!」
0距離で聞こえてくるミカの声に、すこしそわそわしながら、センジョウはとにかく背中から意識を引き剥がすために、Nuillを走らせ始めるのだった。
背中から伝わる甘い熱と言う罠に意識を揺さぶられながらも、何とか無事シラトリ区の大きなショッピングモールへとたどり着いたセンジョウとミカは、二人でモール内のファミレスで食事をしていた。
「風が気持ちよかったぁ……。バイクの免許、私もとろうかなぁ?」
「ソレハヨカッタ」
「今日は運転してくれてありがと。帰りもよろしくね」
「帰り……そうか、帰りもか……」
帰りにも再び、あの独特な罪悪感と戦わなければならないと言う事実に、センジョウは大きく肩を落とす。
「大丈夫?疲れちゃった?」
「まあ、それなりにな」
「それはごめんね。でもさ────」
「────ちょっとは『良い思い』、できたんじゃない?」
いたずらが成功した子供、と言うには妖艶な笑みを浮かべるミカに、センジョウは顔をひきつらせる。
成る程。これは確かに、『魔女』かもしれない。
センジョウは、そんなことを考えながら、ごまかすためにコーヒーカップを傾ける他に無かった。
────その後、二人は、ショッピングモールの中を見て回ったり、ゲームセンターでプリクラをとったり、二人でシューティングゲームを遊んだり。
まるで『普通の学生』のデートのような時間を過ごした。
そのどれもはミカがセンジョウの手を引いてつれ回すような構図で行われていたが。センジョウ自身、その時間を悪いとは思わなかった。……いや、『楽しい』とすら、感じていた。
その気持ちに、罪悪感を覚えながら。
「──あ、そうだ」
そうして、ショッピングモールを遊び尽くした辺りで、ふとミカが足を止める。
「センジョウくん、アクセサリー持ってないって言ってたよね?」
「ん?……ああ、まあ。誰かさんに『縁がない』といわれる程度にはな」
いつぞやの会話を思いだし、センジョウは皮肉を込めてそんな返しをする。
しかし、ミカは相変わらず楽しそうな笑顔を浮かべて、センジョウの顔を見た。
「折角だから、私が選んであげる!見ての通り、私ってばセンス抜群だから!」
「は?いや、別に……」
「いいからいいから!アクセサリーつけてると、気分も上がって良いことだらけだから!ほら、行こ!」
そうして再び、ミカはセンジョウの手を握ると、センジョウを引いて進み出す。
そんな彼女の力強さに、センジョウはただ振り回される様についていく事しか出来ず、そのままつれられて、アクセサリーショップへと足を踏み入れた。
「ここなら、カッコいい系のアクセサリーとかもあるし、首にかけるだけとか、髪に着けるだけ、みたいなのも揃ってるし、センジョウ君に合うのも見つかると思うんだ」
「いや、だから別に……」
「いいからいいから、私に任せてよ」
ミカに言われるがままに店内に誘われたセンジョウは、店内をぐるりと見回す。
異国情緒溢れる様相の店内には、テーブルだけでなく、壁にも様々なアクセサリーが展示されており、独特の世界観を放っていた。
センジョウは、これまでの人生で入ったこともないような店内を興味深そうに見回していく。
すると、ふと気がつけば、いつの間にか右手を掴んでいたはずのミカの姿がない。
ぐるりと店内を見渡せば、いつになく真剣な表情で、アクセサリーを見比べている姿が目に入った。
耳を澄ませば、彼女が何やらぶつぶつと呟きながらアクセサリーを見ていることがわかる。……それだけ真剣に向き合ってくれているのだ。
そんな彼女の姿をみて、センジョウはどうにも、申し訳ないような気分になってくる。
……真剣に選んでくれていることは嬉しいのだが、自分にはアクセサリーを生かすセンスも、知識もない。貰ったところで、宝の持ち腐れになるだけだろう。
そんなことを考え、センジョウは適当に目のついたアクセサリーを手に取った。……シンプルな革紐に、ちょっとした細長い銀の棒がぶら下がったような、味気ない、よく言えば、なんにでも合わせられれそうな。そんな『無個性』な一品。
センジョウは、それをレジへと持っていくと、わざと、すこしだけ大きな声を出す。
「これください」
「はーい。えっと、お会計は──」
そうして、ミカがこちらの会計に気付いているのを横目に、会計を済ませて、そそくさと店を出る。
そうすると当然、センジョウの後を追ってミカが店外へと出てきた。
「折角選ぼうと思ったのに……自分で買っちゃうなんて、ちょっと酷いと思うんだけど?」
「いいんだよ。別に、ほら。悪くないだろ?」
不満そうなミカに対し、センジョウは購入したペンダントみ見せると、ミカは露骨に不満そうな顔をする。
「地味過ぎ」
「俺にはこれぐらいで良いんだよ」
そう言いながらセンジョウがペンダントを首につけようとした瞬間、ミカはパッと表情を明るくした。
「良いこと思い付いた!貸して!」
ミカはセンジョウからペンダントを引ったくると、風のように再びアクセサリーショップの中へと消えていった。
なにやら店員と話をしている姿が見えるが……この距離では何を話しているのか、検討もつかなかった。
……おとなしくセンジョウが店外で待っていると、上機嫌な様子でミカが走り寄ってくる。
「お待たせー☆」
「本当にな。……で?何をしてたんだ?」
「知りたい?」
今度は、純粋にいたずらっぽく笑うミカに、センジョウは大きく溜め息をつく。
「……どうすれば良い?」
「よろしい。では、その場に
「はいはい……」
お姫様モード全開の様子のミカに言われるがままに、センジョウは膝をついて頭を下げる。
すると、ミカはそんなセンジョウの首へ、そっとなにかをかける。
────それは、センジョウが買ったペンダントに、『とある物』が加えられたものだった。
「……白い、羽根?」
なにやら金属のアタッチメントの先に取り付けられた一枚の、白く、美しい羽根を見て、センジョウはミカを見上げ……それがなにかを理解する。
「おい、これ。まさか」
「そう。私の羽根。綺麗でしょ?」
ミカの腰の辺りから生えている、純白の翼の、その一枚が、そこには付け加えられていた。
「──それはね。センジョウくんの、『英雄』の証」
ミカは、優しい笑顔を浮かべ、センジョウの頬を撫でる。
「例え、みんなが貴方をどう言おうと。どう思おうと、私にとっての『蒼井センジョウ』は、私を救ってくれた、『英雄』なんだよ」
「…………ミカ」
「だからほら、もっと自信持って。ね?」
「私も、罪から逃げない。だから、一緒に頑張ろう」
────その言葉は。何者にもなれずにいたセンジョウにとって。確かに『救い』だった。
いつか、自分に差しのべられていたように。ミカは、センジョウへと手を伸ばす。
「今度は私が、貴方の手を引くから」
「……」
そうして、センジョウは静かにミカの手をとって、立ち上がる。
「……ありがとう、ミカ」
「お互い様、でしょ?」
二人は手を繋いだまま、恥ずかしそうに笑い合っていた。
これはまごうことなき魔女の風格