青空DAYS   作:Ziz555

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 『甘さ』とは、なにか。




ユウカとミカ:前編

 ミレニアム、セミナー執務室。そこでは、いつものようにユウカとノアが作業に取り組んでいた。

 しかし、『いつもと同じ』というのはあくまで表面上だけのものだ。

 

 

 ここしばらくの間、ユウカは普段以上に静かに、沈んだ様子で作業を続けていた。長い間近くでユウカの姿を見てきたノアにとって、それは明らかな異常事態であり、その原因は火を見るよりも明らかだった。

 

 

────センジョウがゲヘナの異変を解決し、戻ってきた翌日。その翌朝から、ユウカは笑わなくなってしまった。

 そして、時を同じくしてシャーレの当番制度がすべてキャンセルされ、その日以降、『蒼井センジョウ』の姿を見た生徒は、1人もいない。

 

 

 考えるまでもなく、センジョウとユウカの間に、何かがあったという事は間違いはなかった。

 そして、仲が良かったことを誰よりも知っていたが故に、ノアは、ユウカを傷つけたセンジョウの事を許せなかった。

 

 そうして、そんな中で。つい昨日。ショッピングモールに買い物に来ていたノアは────見てしまったのだ。

 

 

 トリニティの生徒、『聖園ミカ』と、仲睦まじく手を繋いでデートをしているセンジョウの姿を。

 

 

その光景を見たノアはガラにもなく、その場で愛銃を引き抜き、センジョウの脳天をぶち抜いてやろうかとさえ思った。しかしまあ、何とか、どうにかこうにか。その行動は、結果に悲しむユウカの姿を思い浮かべ、なんとか思いとどまることができたのだが。

 

 しかし、だからと言ってセンジョウの行動のすべてを許せるわけでもない。なにせ、可愛い可愛いユウカちゃんの事を放り出すどころか、その笑顔を奪っておきながら、自分は他の女にうつつを抜かしているのだ。

 あの男の決定的な瞬間をこの目に記録してやろうと考えたノアは、その後をつけ、一日を過ごした。

 

 結果として、浮気(?)の現場らしい現場を確認することはできなかったが、どうやら誘ったのはミカで、センジョウは振り回されているだけという事も確認できた。

 

 ともかく。たとえセンジョウが乗り気でなかったとしても、『ユウカのライバル』と思わしき生徒が現れた。という事実は、すくなからずノアにとって衝撃的な事実だった。

 

 

 いずれにしても、ノアにとって、この現状は好ましいものではなかった。

 だからつい、ノアはユウカに声をかけてしまった。

 

 

「ユウカちゃん。……センジョウ君となにか、あったんですか?」

 

 ノアの言葉に、ユウカの作業の手が止まる。

 

「別に、どうもしてないわよ」

 

 ユウカのその声に動揺はなかった。ただ、どこまでも冷静で、冷たい印象すら受ける、そんな言い方。

 それだけの喧嘩をしたのだろうか、と。そんなことをノアは考えた。

 だが、浮気(?)の話をすれば、さすがに怒るなり、慌てるなり、不機嫌になるだろう。と、そんなことを考えながら。

 

「そうなんですか?……あ、そうそう。実は昨日、シラトリ区のショッピングモールでセンジョウ君を見かけたんですよ」

「ふーん」

「その時ですね、実は……一緒に、トリニティの聖園さんがいたんですよ」

 

 その言葉を聞いたユウカは──

 

「──そう」

 

 それでもなお、冷静なまま静かに作業を再開した。

 

「ゆ、ユウカちゃん?気にならないんですか?」

「別に。あいつがどこで誰と何をしていても……センジョウの、自由でしょ」

 

 

 おかしい。これはさすがに、なにかがおかしい。

 

 

 怒るのでも、取り乱すのでもなく、まるで──そう。『蒼井センジョウ』という人間の情報を遮断しようとしているかのような、ユウカの徹底した態度は、彼女と彼の関係を考慮に含めずとも異常という他に無かった。

 

「…………やっぱり、何かあったんですね」

「別に、何もなかったって言ってるでしょ」

「ユウカちゃん」

「仕事、進めないと終わらないわよ」

 

────これ以上、その話はするな。

 

 そう態度で示すユウカに、ノアは。

 

「ダメですよ。ユウカちゃん」

 

 席を立ち、ユウカの手を掴んでいた。

 

 そうして、その手を引いて、自分の方へ彼女の身体を向かせる。

 

「それは、ダメです。そんなこと、ユウカちゃんだって望んでないでしょう?」

 

 

 だって、そうだろう。

 

 

 ユウカの顔は、苦悩に押し潰され、今にも泣き出しそうになっていた。

 ノアは、そんな顔をユウカにはしていて欲しくない。

 

「教えてください。彼と──『蒼井センジョウ』と、何があったんですか」

「だから、別に、なにも────」

 

 ノアの言葉に、ユウカは顔を伏せて視線をずらす。だが、ノアはそれでもユウカをじっと、見つめ続ける。

 

「私にユウカちゃんの嘘は、通用しませんよ」

 

 ノアの言葉に、ユウカは息を飲む。

 ノアのつかむ、彼女の腕は──微かに、震えていた。

 

 それは、怒りか、恐怖か。それとも。

 

 

 それでも。

 

 

「何があっても。私はユウカちゃんの味方です」

 

 

 だから、話して欲しいのだ。だから、助けになりたいのだ。早瀬ユウカという少女は、間違いなく、生塩ノアにとって、『大切な友人』なのだから。

 

 そんなノアの言葉と、態度と、姿に。ユウカは、震えたまま大きく息を吸い込んで、揺れるため息をついた。

 

 そうして、いくらかの沈黙のあと、緩やかに、静かに、その心の内を言葉に乗せる。

 

「私は、あの日────」

 

 

 

 

 

────センジョウが一人、シャーレで慟哭に暮れていたあの日。

 その姿を見つけたユウカの胸に沸き上がった思いは、『嫌悪感』だった。

 

 己の弱さに溺れ、泣きわめき、自分にすがるセンジョウの姿を見て。ユウカは確かに、その姿を拒絶していた。

 

 

 彼が進むなら、その背中を支えようと。

 彼が道を誤るのなら、その手を引いて引き留めようと。

 彼と共に居られたなら、きっと。──きっと、どこまでも行けると。そう思っていた。

 

 

──『思っていた』のだ。

 その気持ちに嘘偽りなどありはしない。彼女──『早瀬ユウカ』は、確かに誰よりも『蒼井センジョウ』の事を想っていた。

 

 だが、そんな彼女の覚悟を打ち砕くように、踏みにじるように、その『現実』が、そこには広がっていた。

 

 絶望にうちひしがれ、後悔に沈む、その『男』の姿は、これ以上ない程に醜く、ユウカの瞳に写っていた。

 

 ユウカが、自分にすがるセンジョウを優しく抱き締めたのは、彼の事を思ってではない。

 

 ただ、本当に、『見ていられなかった』。

 

 受け入れられなかった、受け入れたくなかったのだ。

 

 愛したはずの男の、醜い姿を。そして、悲嘆に暮れる彼に、その姿を見て、手を指し伸ばすことを躊躇った、自分を。

 

 だから、その気持ちにそっと蓋をするように。包み隠して、覆うために。

 

 彼女はそっと、センジョウを胸の内に抱き込んだのだ。

 

 

「…………私は、卑怯なんだなって。そう思った」

 

 胸の内の全てを。淀んで濁って、ぐちゃぐちゃになった泥の全てを吐き出して。ユウカは、うつむいたまま、ポツリと呟いた。

 

「結局私は、センジョウを支えたい。なんて言って。彼の力になれてる自分に浮かれてただけだったみたい」

 

 センジョウに出会う前の、自分の姿を思い浮かべて、ユウカは、強く拳を握りしめる。

 

「先生の仕事を初めて手伝った時、私は、『ああ。この人は自分がいないとダメなんだ』って思って。『私は、この人のためになってるんだ』ってうかれて」

 

 頼まれてもいない仕事を買って出て。『先生』の私生活にも口をだして。それは、その方が良いと思っていたからで。

 

「でも、私はセンジョウにであって。アイツとケンカしながら、競いながら、ぶつかり合いながら……助け合いながら、ここまで来て。そこで、思ったの」

 

 

「『この人となら。私はきっと、もっと良い毎日を送れるんじゃないか』って」

 

 

「センジョウとなら、ずっと一緒に。これから先も、前に歩き続けられるんじゃないか。って」

 

 そして、それは。

 

「きっとそれは、センジョウにとってもそうなんだって。……そう、思ってた。私は、私なら、センジョウの力になれるんだ。って」

 

 ぽつぽつ、と。雫がこぼれ落ちる。

 

「でも、私は……!私は!センジョウの『強さ』しか見えてなかった!」

 

 怒りからか、嘆きからか。ユウカは声を荒げる。

 

「どんなに辛くても、どんなに傷だらけになっても!どんなに、どんなに絶望的でも、『進み続けられる』と、勝手にそう期待して!理解した気になって!!」

 

 わかっていた。つもりだった。

 

「それなのに!本当に悩んで、苦しんで!『助け』を、求められた時に、私は…………!!」

 

 一人で震え、助けを求め、伸ばされたその手を。握ることが出来なかった。

 

「私は────!!」

 

 

 ユウカは。結局。

 

 

「センジョウに、『ここに居て良いんだ』って……言えなかった…………ッ!!」

 

 

────おれは、どうしてここにいるんだ……?

 

 

 センジョウの、助けを求める声が。呪いの言葉となってユウカの中で反響する。

 

 その問いに。助けに。

 

「私は……!私は!センジョウに応えられない……!あの人の全部を、受け入れ、られなかった……!!」

 

 ユウカは、ぼろぼろと大粒の涙を流しながら、歯を食い縛り、拳を握りしめ。

 その悔しさを、怒りを、やるせなさを。

 ぶつける矛先を失ったまま、ただ。

 

「……ユウカちゃん」

 

 ユウカは、ノアから見て、贔屓を抜きにしてもかなり面倒見の良い性格をしている。他人思いで、優しくて、誰にでも好かれるような、そんな少女だ。

 

 だけど、そんなユウカをよく知るノアでさえ。ユウカの、こんな涙を──誰かを、これ程までに想って流す『涙』を見るのは、初めてのことだった。

 

 『蒼井センジョウ』という一人の少年の存在は、いつの間にか、『早瀬ユウカ』という少女の中で、それ程までに大きく、膨らんでいた。

 

 そして、その感覚は──ノアには、わからない。

 

 今までの全てを記録する自分の脳にさえ、その答えは、どこを探しても見当たらない。

 

 こんな時に、こんな大事な時に役に立たないのであれば、こんなものはもう。『呪い』にしかならない。なんて、そんなことを考えながら。

 

 きっと。誰もがそんなことは、こんな結果は、望んではいなかった筈なのに。

 

 ユウカだって。ノアだって。……もちろん、センジョウも。

 

 だれもが『より良い明日』を求めた先に待っていたものが。こんな『呪い』であるのなら。いっそ────

 

 

 雲の切れ間さえ見えぬような、厚い雲に覆われた空のような息苦しさの中。場違いで、調子外れな、のんきな通知音が響く。

 

 だれかが音声設定を弄ったのだろうか。だとすれば、セミナーの作業用PCに干渉する等という質の悪いイタズラだ。

 

 だが、奇妙なことに。この瞬間だけは。それが、不思議な作用をもたらした。

 

 暗く沈んで、落ち込んでいた筈のノアとユウカの視線が、PCの画面へ吸い込まれる。

 

 

 そこに表示されていた、新着メッセージが、1件。

 件名はこうだ。

 

 

『先日のお礼がしたいので、会ってお話しませんか?』

 

 

 

 そして、差出人の名前を見て、ノアは息を飲んだ。

 

 

 

 

────from:トリニティ3年 聖園ミカ

 

 






というわけで、日常編2話、前編をお送りしました。

ここで皆様にご報告です。
予定通り、プロットの構成が完了しましたので、今回より投稿ペースをもとに戻そうと思います。
2~3日に一回ぐらいで、後は大きな問題がない限り、完結まで走りきる予定ですので、今後とも是非、よろしくお願いします!
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