あなたにとって、わたしはだーれ?
「お久しぶりです。聖園さん」
「『ミカ』でいいよ。……学校の仕事が忙しい中、わざわざ来てくれてありがとうね、ユウカちゃん」
────トリニティ、応接室。そこには今、テーブルを挟んで向かい合うようにして、ユウカとミカが座っていた。
ミカからの連絡を受け取ったユウカは、「断る理由がない」という事で、ミカの申し出を受け入れて、トリニティへと足を運んでいた。
当然、ノアはそんなユウカを引き留めるか、せめて自分がついていくことを提案していたが、ユウカはそのすべてを断り、一人でこの場所へ赴いていた。
罪を犯したことで立場が怪しいとはいえ、『聖園ミカ』はトリニティ中でも名のある生徒だ。その生徒からの誘いを『セミナー』会計のユウカが断ることの意味を考えれば、ユウカにとってその誘いを断る理由は見当たらなかった。
それに、個人的な理由──彼女がセンジョウとデートをしていた。というノアの言葉。──もあり、ユウカにとって、この会合はそれなりの意味を持っていた。
そんなユウカの心情が、態度に出ていたのか。応接室の空気は氷のように冷え切っていた。
だが、ミカはそんな空気を知ってか知らずか、読んでか読まずか。
「こうやって二人っきりで話すのって初めてだよね。ナギちゃんに頼んで、いいお菓子お茶も用意してもらったから、食べて食べて!」
『いつも』と変わらぬ明るい様子で、テーブルに用意されたティーカップに紅茶を注ぎ、茶菓子を添える。
「いえ……お構いなく」
「せっかくのお話なんだから、もっと明るくいこうよ。ね?」
ユウカにとって、聖園ミカの印象は、センジョウ共に戦った時の『精神的に追い詰められた少女』で止まっている。
その時も、どこか印象的な言葉選びをしていた記憶はあったが、ここまで明るい……というか、軽薄な印象すら感じる少女が『聖園ミカ』の本来の姿であると思うと、いかにあの瞬間の彼女が追い詰められていたのかが想像できるようであった。
仕方なく、勧められるがままに、ユウカはミカの注いだ紅茶を口にする。
それは、甘い口触りだが、かといってしつこさはなく、品の良さを感じさせる、そんな紅茶だった。
「美味しい?」
「……ええ、はい。とても」
「良かったぁ、口にあったみたいでなによりだよ」
ミカの問いにユウカが答えると、彼女は安堵したように表情を緩める。そんな仕草は、とても『女の子』らしくて、同じ女子からみても可愛らしい人だと、ユウカは思った。
────お前、女の子っぽいこと言うのな。
ふと、センジョウが言っていた言葉を思い出す。……彼には、あまり自分は女の子らしく見えていないのだろうか、なんて。そんなことをふと考えてしまい、少し、胸が苦しくなる。
そんなユウカの内心など関係ないままに、ミカは言葉を続ける。
「それじゃあ、改めて」
ミカは、軽く姿勢をただして、椅子に座り直すと、正面からユウカの顔をみる。
「──先日は、ご迷惑をおかけしました。手遅れになる前に止めてくれて、本当に。……本当に、ありがとうございました」
そうしてミカは、深く、深く頭を下げる。
「私は、手伝いをしただけで。結局、ミカさんを救ったのは……センジョウ、ですから。私は大したことはなにも」
実際、ユウカは直接ミカに対してなにか言葉を投げたかどうかといわれると、それすら怪しい。
あの瞬間、ユウカはただ、センジョウの隣で、彼の力になることだけを考えていた。
「だから、私は、あなたにお礼を言われる程の事はなにも」
そんなユウカの言葉に、ミカは顔を上げる。
「それでも、あの時。センジョウくんの事を一番近くで支えていたのは……ユウカちゃんだったと思うから」
その言葉に、ユウカは息を飲んだ。
「そんな、ことは」
私には、そんな資格はないと。私は、そんな人ではないと。そう言いかけて、喉が詰まる。
その言葉を口にしてしまえば、本当に全てが終わってしまうような気がして。
ユウカは、それでもまだ。『センジョウの隣』に居たかった。
「……ねえ。一つ聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「聞きたい事、ですか?」
言葉の先を探すユウカより先に、ミカが口を開く。
「結局のところさ、ユウカちゃんとセンジョウくんって……付き合ってるの?」
「────それは」
ミカの意図を図りかねるユウカ。
『自分とセンジョウの関係』について、他者から言及された時、噂の影響もありそのおおくは、『付き合っている』前提で話が進みがちだった。
故に、ミカのような問いかけを受けるのは、ユウカにとってはじめての体験だった。
そして、ユウカは良くも悪くも『正直者』でもあった。
「……ただの噂ですよ。根も葉もない、そんな。噂です」
「ふーん…………そっか」
ユウカの答えに、ミカは、どこかつまらなさそうに相槌を返していた。
「じゃあユウカちゃんはセンジョウくんの事は別に好きでもなんでもないんだ。ただの同僚みたいな感じ?」
「…………」
その問いは、いまのユウカにとって、とても複雑な物だった。
少なくとも、今のセンジョウの事を『好きだ』と言える自信はない。むしろ、嫌いだとすら言える。……だが、それでも、『蒼井センジョウ』という存在は、どうしようもなく、『早瀬ユウカ』にとって、特別な存在なのだ。
「私は──」
悩んだ末に、ユウカは。
「────少なくとも、長々と同じことでうじうじするような男は、好きじゃありません」
『早瀬ユウカ』が惹かれた『蒼井センジョウ』は。少なくとも、そんな男では、無かった。
その答えに、ミカはどこか妖しい笑みを浮かべる。
「じゃあ、さ」
「────センジョウくんのこと。私がとっちゃっても良いんだよね?」
ミカの言葉に、ユウカは絶句する。
文字だけが脳裏に浮かび、音だけが耳に残り、ようやく、その意味を、頭で理解する。
「なん、で?」
「なんでって。だって、センジョウくん。私にとっての『英雄』で、『王子様』じゃない?」
確かに、ミカから見た『センジョウ』とは、その身を呈して地獄の縁に立った自分を救ってくれた『英雄』だ。それはまるで、『白馬の王子様』と言えるのかもしれない。
センジョウに『王子様』はまっっったく似合わないが。
だが、たしかに。そう考えるのであれば、目の前の少女が『蒼井センジョウ』に心を惹かれるのも合点が行く。
だが。
『納得』は。できない。
「……や、やめておいた方が良いと思いますよ。センジョウはがさつで、無神経で、女心にも疎いし、仕事以外はてんでダメで、ファッションセンスなんかも全然無くて」
ユウカの口は、いつの間にかセンジョウの悪いところをつらつらと並べ立て始めていた。
「それに、未だに『先生』の影に囚われて、自分も回りも見えなくなって、それで──」
捲し立てるように、早口ぎみに続けるユウカに対して。
「うん。知ってるよ」
ミカは、静かに、その全てを
「センジョウくん、格好悪いし、センス無いし、自分勝手だし、いっつも仕事の話ばっかりで、私達の事なんて、見えてないんじゃないかーって、思うことあるよね」
「なら……」
「それでも────」
ミカは、優しく、まるで聖母のような微笑みを浮かべ。自らの胸の前で、優しく手を握る。
「────私にとっては、『
センジョウの、強さも、弱さも、正しさも、間違いも。全てを受け入れ、赦す、そんな姿に、ユウカは言葉を失う。
私には、できない。
「ユウカちゃんはさ。センジョウくんの事、良く見てるんだね」
ミカの言葉に、ユウカは息を飲む。
「きっとずっと。私なんかより全然、センジョウくんの事を知ってるんだと思う。だから、私の知らない『センジョウくん』の事。沢山知ってるんだよね」
────じゃあさ。
「『早瀬ユウカ』にとって、『蒼井センジョウ』って……何?」
その問いに、ユウカは自分の心の中身をひっくり返して、その答えを探す。
自分にとって、『蒼井センジョウ』とは。
『味方』、『同僚』、『好きな人』、『大切な存在』。
彼への思いや感情ならば、いくらでも出てくる。名前をつけられる。
だが、私達の関係を……私にとっての『蒼井センジョウ』を示す言葉は。
ひとつも。見つからない。
「わた、しは……」
私にとって。
「センジョウ、は……」
『蒼井センジョウ』は。
「────」
────一体。なんなんだろうか。
言葉を失い、呆然とするユウカを見て、ミカは。
「……ごめんごめん、本題からあんまりにも話題ずれ過ぎちゃったかな?一回ほら、紅茶でも飲んで、落ち着こっか」
言葉と共にティーカップを手に取るミカの姿に合わせるようにして、ユウカも紅茶に手をつける。
ぐちゃぐちゃになった思考に、紅茶の優しい甘味が、麻酔のように染み渡り、乱れていた想いが解れていく。
「少しは落ち着いた?」
「……ええ、すみません。取り乱しました」
「良かった。ごめんね。コイバナできる相手なんて久しぶりだったから盛り上がっちゃって」
それまでの雰囲気はどこへ隠したのか、先ほどまでの会話が無かったかのように、ミカの様子は話し始めの頃のように戻っていた。
「良かったらさ、連絡先交換しない?」
「れ、連絡先、ですか?」
「うん。もしかしたらまたお世話になることもあるかもしれないし、逆に、私に手伝えることがあったらなんでも言ってよ!恩返しもしたいからさ!」
そういいながらミカが端末を取り出し、ユウカも同じように端末を取り出し、モモトークを交換する。
「……うん、ありがとー!これで私達もお友達だね☆」
「そう、ですね……?」
「そうそう!コレからもよろしくね、ユウカちゃん!」
妙にぐいぐいと距離を積めてくるミカに、ノアとは違う『圧』を感じて、ユウカは苦笑いを浮かべる。
いつの間にか、さっきまでの重苦しい空気は、どこかへ溶けて消え去っていた。
その後、いくらかの雑談を交わした後、約束の時間を過ぎたユウカをミカが見送り、ミカは一人、トリニティへと残された。
「……なるほどねー」
応接間に残された紅茶を一人で味わいながら、ミカは『早瀬ユウカ』に想いを馳せる。
「センジョウくんにそっくり。というか、……『お似合い』な訳だ」
会話のなかで見せた動揺や、節々に見受けられる『完璧主義』とも取れるプライドの高さ。そして、それにふさわしく有ろうとする『向上心』。
ミカの知りうる『センジョウとユウカ』の関係性は、数度、戦闘で向き合った瞬間のみだが。それでも。
「う~ん。ぴったりじゃん、ねぇ?」
彼と彼女が並んで文句を言い合いながら、前へと歩いていく光景を、見たこともないのに容易に想像ができる。
互いに刺激し合い、切磋琢磨し、互いを支え合える。そんな二人だ。
どうして『あんな噂』が流れていたのか。その理由がはっきりと理解できた。
けれど。だからこそ。
『今のセンジョウ』には、相応しくない。
「…………さーって。どうしよっかなぁ」
『聖園ミカ』は。わがままな『お姫様』だ。
故に。自分の『納得』の行く結末のために……妥協するつもりはない。
そのための『方法』を、ぼんやりと考えながら、茶菓子の一つを口に放り込む。
「……あ。失敗だったかも」
用意していた茶菓子は、紅茶の甘さに隠れて、妙に味が薄くなってしまっていた。
独自解釈モリモリのミカ、爆誕!