その『選択』は。誰のもの?
────『ミカ』という救いを得て数日。いつの間にか、センジョウは『あの夢』を見なくなっていた。
それにより睡眠時間が回復した、という事が関係しているのかは不明だが、不安定だった精神が一応の安寧を取り戻すことで、センジョウの作業ペースが復活。当番制の再開と共に、シャーレの事務処理機能が本来の姿を取り戻した。
その結果、数日のうちに詰みあがっていた筈のタスクは見事に解消され、『シャーレ』は以前の様相を取り戻していた。
しかし、機能が回復した……というのは、ここ数日のものであり、それより以前の不安定な状況のセンジョウの仕事は、当然、不備も多くなっていた。
故に、連邦生徒会の行政官……『七神リン』から連絡が来るのも、妥当な流れである。
通知画面に映るその名前を確認したセンジョウは、電話を取った。
『ご無沙汰しております、センジョウさん』
「こちらこそお久しぶりです。リンさん」
『……リン"さん"ですか』
センジョウの敬称に違和感でもあったのだろうか。彼の言葉を繰り返したリンに、センジョウは疑問符を浮かべた。
「なにか問題が?」
『いえ、お気になさらず。……それとは別に、少々お話ししたいことがあり、ご連絡させていただきました』
リンは、センジョウの追及を軽くいなして言葉を続ける。
『センジョウさんがシャーレに来られてから、それなりの時間が経ちましたね』
『ご報告はいただいていますので、様々なことがあった事も存じております』
『あちこちでご活躍されたようで。おかげ様でこちらとしても、色々と助かりました』
『《トリニティの英雄》、《ゲヘナの盟主》。……随分と大袈裟な肩書きが付きましたね』
リンの言葉に、センジョウは苦笑を浮かべる。
「最後の二つは余計ですよ。《シャーレの先生》ですら荷が勝ちすぎてる肩書きなんで」
『……『先生』の事は、存じております。ですが、あなたはあなた成りにその責務を果たせていると思いますよ』
「そう言って貰えるなら、世辞でも嬉しいですがね」
センジョウ自身は、『先生』の責務が果たせているとは、これっぽっちも思えていないが。
そんなセンジョウの内心を知ってか知らずか、リンは話題を切り替える。
『それはさておき、いくつかお願いしたいこと……と言いますか。具体的には、シャーレ報告書に関することと、今後の連邦生徒会の新たな──』
と、言いかけて、リンは考えを改める。
『──いえ。やはり直接お話しすることにしましょうか』
「込み入った話のようですね。……それに、報告書に関しては、自分にも心当たりがあります」
リンの言葉を聞きながら、センジョウは進めていた作業を中断し、片付け始める。
「今から向かいます。問題は?」
『ご配慮、痛み入ります。……それでは、お待ちしております』
そんな言葉を最後に、リンからの通信は切断される。
──マスター。大丈夫ですか?
ふと。ナルがそんな言葉を投げ掛ける。
「大丈夫って……何がだよ」
──それは……。リン行政官に呼ばれることなんてコレが始めてですから。
「大方、この前の……その。鬱っぽくなってた時の書類に不備でもあったんだろ」
──それは、そうかもしれませんが。
デスクの上を片付け終えたセンジョウは、そのまま外出のための支度を進め、シャーレのコートに袖を通す。
──無理、していませんか?
「してないよ。大丈夫」
──そう、ですか。
言葉が詰まりぎみ、と言うか。どこか気まずそうなナルの様子にセンジョウは軽くため息を付いた。
「心配してくれてありがとうな、ナル」
──……マスター。わたしは……
自分の『心配』は、『娘』として当然であると。そう伝えるべきかとナルは思案する。
だが。
──いえ、なんでもありません。
そう伝えられても。きっとセンジョウは困ってしまうだろうと。そう考えると、ナルにはその言葉を伝える『勇気』は、無かった。
────「私は、貴方の無自覚の間に産まれた、『電子の意識を持つ娘』です」なんて、突拍子もないことを伝える、そんな勇気は。
「何かあったらすぐに言ってくれよ。頼りにしてるからな、ナル」
──…………
「……ナル?」
──すみません。大丈夫です。……マスターの期待に沿えるよう、精進します。
どこか違和感のあるナルの様子に、センジョウは意思を彼女へと向けるが……バイザーからNuillの中に意識を巡らせても、ナルの意識を探り当てることはできなかった。
どこか奥へ潜り込んでしまったらしい。
「……まあ。そのうち元に戻るだろ」
やり取りをできないのだから、仕方がない。
そんなことを考えながら、センジョウはシャーレのオフィスを後にした。
連邦生徒のオフィスへとたどり着いたセンジョウを待っていたのは、やはり予想通りと言うか、センジョウが落ち込んでいた時期に書き損ねた書類不備の山だった。
やれアラビア数字と漢数字の書き間違いだとか、やれ押印が大きくズレているだとか。
普段のセンジョウではまず起こさないような手違いを量産していた為、リンのフォローを受けながらそれらの書類の訂正を進める事となる。
そうして、淡々と書類作業を進めている間。一度、二度……そして、三度。連邦生徒会『調停室』、『岩櫃アユム』がリンの元を訪ねてくる。
用件はどうやら、SRT特殊学園──Special Response Teamの頭文字を取っているらしい──の生徒が起こした、母校の廃校に対するデモ行為に関することの様子で。……どうやら上手く対応しきれていないらしい事は、センジョウの目から見ても明らかだった。
そして。そんな『生徒』の問題があるのであれば。ちょうど白羽の矢が立つのが、『シャーレの先生』という存在だ。
幸い、書類の訂正も一段落が見えてきていた頃合い──三度目の正直。とでも言うべきか。なんにしても、とにかく、三度目のアユムの報告の際に、センジョウはその案件を請け負うこととなったのだった。
D.U.の一角にある公園。名を、『子ウサギ公園』とするそこにセンジョウがたどり着いた時、そこには混沌とした状況が広がっていた。
「随分とまあ、すごい状況だな……」
D.U.の治安維持を担う警察学校、そのなかでも対テロに特化した『公安』が出動し、なおかつそれが『一小隊』に全滅している。という状況に、それを囃し立てるように撮影する、クロノスの生徒の姿というのは。キヴォトスの悪い意味での賑やかさを象徴するような光景だった。
そんな光景を、どこかぼんやりと眺めていたセンジョウの存在に気づいた一人の生徒が、険しい表情を浮かべて彼へと近寄る。
「なんだ、貴様は。見てわからないのか、戦闘中だ。部外者は──」
「俺はシャーレ所属、蒼井センジョウ。行政官の指示で救援に来た」
こちらを警戒する生徒──制服から見るに、ヴァルキューレの公安の生徒だろう──の信頼を得るため、センジョウはリンの紹介状を差し出すと共に、所属を説明する。
すると、センジョウの言葉を耳にした生徒の、大きな耳がピクリと小さく動いた。
「『ゲヘナの盟主』がなぜ……?」
「…………細かいことは紹介状を読んでくれ。行政官からはそう指示されてる」
センジョウは面識もない相手から、『ゲヘナの盟主』と呼ばれた事に、言葉に表せない居心地の悪さを感じながら、リンから受け取った紹介状を生徒へ手渡した。
紹介状を受け取った生徒は、その内容を読み、少し驚いた表情を浮かべてから、姿勢をただしてセンジョウへと向き合う。
「……失礼しました。お初にお目にかかります」
彼女は、ピッ。と一分の隙もない、見事な敬礼をする。
「今回の作戦において、現場の責任者を担当しています。ヴァルキューレ警察学校の公安局局長、カンナです」
「楽にしてくれ。年齢もそう変わらないだろ。……状況は?」
センジョウの言葉に姿勢を緩めたカンナは、少し困った表情を浮かべる。
「……そうですね。見ての通り、と言いますか……。兵力はほとんど残っておらず、士気も底をついています」
そんなカンナの言葉と共に、周囲を見渡せば……確かに、負傷したヴァルキューレの生徒達があちらこちらに見て取れており、制圧どころか、撤退するので精一杯という様子が見て取れた。
「当初は数で制圧するつもりでしたが、SRTの火力はでたらめで……残りの人員も──」
「──お待たせしました!生活安全局のキリノです!もう今すぐ出動しても良いですか!?」
カンナの声を遮るようにして、一人の少女──中務キリノが現場へと到着し、それに続くようにして、もう一人の生活安全局員、合歓垣フブキが現れる。
「……あれ?誰かと思えば、『トリニティの英雄』サマじゃん。こんな人が来てるなら、もはや私たちの出番いらなくない?」
気合だけは一人前のキリノと、何ともやる気のなさそうに感想を述べるフブキを見届けたカンナは、苦虫をつぶしたような表情を浮かべて、センジョウを見る。
「──この『生活安全局』だけです」
センジョウは、キリノとフブキに関して、『先生』からいくらかの話を聞いたことがある。そのどちらもが、悪い生徒ではないのだが……少なくとも、『デモの鎮圧』に向いている生徒、とは言い難かった。
そんな状況を見て、センジョウはカンナがそうだったように、大きくため息をついた。
「……仕方ない。カンナ、ここは俺が────」
そう言いかけて、センジョウはふと、ある一つの考えにたどり着く。
────こんな時、『先生』なら。どうするだろうか。
自分が、ではなく。もし、例えば。この場にいるのが、『蒼井センジョウ』ではなく────『先生』であったとしたら?
「……キリノ、だったね」
「わ、私ですか?私は確かにキリノですが……」
「キリノはどうしたい?」
「うぇ!?」
センジョウに問われ、キリノは目を白黒させながらその問いに答える。
「えっと……市民の方々が不安がっている以上、一刻も早くこの事態を解決するべきだと、私は考えています……」
「そうだね。その通りだ」
「待って下さい。まさか、この二人にやらせるつもりですか?」
センジョウが何をしようとしているのかを察したのか、カンナが二人の会話に割って入る。
「キリノは意欲はありますが、その実力は不十分と言わざるを得ません。気合だけでどうにかなる問題では────」
「"ここを占拠している生徒たちについて、何か情報とかある?"」
センジョウの纏っていた雰囲気が、がらりと変わる。
カンナは、その変化に疑問を持ちつつも、何か考えがあるのかと、センジョウの問いに答えることを優先した。
「はい、『SRT特殊学園』所属の1年生チーム……『RABBIT小隊』です」
────RABBIT小隊のメンバーは、本来であればSRT閉校後、ヴァルキューレへ編入予定だった事。そんな彼女たちが閉校の取り消しを求めて、公園を占拠してデモを始めた事。少数精鋭である彼女たちは、武器も整っているため、並みの兵力では歯が立たない事。
カンナから『見ても問題のない範囲で分かる情報』として、連邦生徒会から提供された資料を受け取り、その内容に目を通しながら、そんな話を聞きまとめる。
そして最後に、「顔を見るだけならば」と、カンナが示したクロノスの報道用ドローンからの映像を確認していた辺りで……そのドローンが砲弾によって爆散した。
「ヴァルキューレの物じゃないとはわかっているだろうに、それでも攻撃するか……雑な奴らだな……どうしてあんな奴らが、SRTに入学できたんだ?」
カンナの呆れたような物言いは、あながち間違いという訳ではない。『
「"元気な子たちだね"」
「ご冗談を、『バカ』の間違いでしょう」
カンナに一蹴されてしまうが。だが、センジョウにとってその考えは。その『答え』は。
確かに、意味のある──『先生』の、物だった。
「"ナル。ステルスモードで上空からナビゲート、頼める?"」
──ナビゲート、ですか?
「"そう、戦術支援のための情報をリンクさせてほしい"」
──可能、ですが。……まさか、マスターが指揮を?
「"うん。……サポート、任せていいよね?"」
──構いませんが……。
普段とは異なる様子のセンジョウに、ナルは困惑をしながらも、指示通りに『戦術支援』。それも、『戦術指揮』の為のプロセスを実行する。
そうして、センジョウはこの場に残る生徒……キリノとフブキのほうを見る。
「"キリノ、フブキ、行こう"」
「はい!……はいっ!?」
「じょ、冗談でしょ……?『英雄サマ』がいるのに、指揮するだけなんて……」
センジョウの言葉に困惑を隠せない二人。……そして、そんな彼の行動に異議を唱える存在は、ほかにもいる。
「……すみませんが、センジョウさん」
カンナは、疑念を隠そうともせずに、センジョウに言葉を投げかける。
「彼女たちは基本的に戦闘員ではなく、平和ボケした生活安全局の所属です。……警備局でも、公安局でも太刀打ちできなかった相手を、彼女たちだけで制圧できるとお思いですか?」
正気ではない。と、言外にカンナはセンジョウを咎める。
「貴方が直接出向くならまだしも……。エリートとそうでない生徒の間には、到底埋められない隙間があるんですよ」
カンナの表現は。言葉は、正しく、現実的な言葉だった。正論だ。
だが、正論だから、なんだというのだ。
「"私からしたら、みんな『生徒』に変わりは無いよ"」
────『先生』ならば。そう答える。
センジョウには、その『確信』があった。
「……そうですか」
────その言葉に、カンナは呆れたように瞳を閉じた。
「……責任はシャーレが持つ。という事で問題ありませんね」
「"うん。大丈夫"」
「ちょ、ちょっと待って!本気なの『英雄サマ』!?どう考えてもあなたが直接出たほうが確実じゃない!?」
いつの間にか自分が戦う方向で話が進んでいることに不満のあるフブキがセンジョウへと詰め寄る。……当然だ。センジョウは彼女にとって『先生』ではない。どれだけ『先生』のまねができていようと、そこに『信頼』等、ありはしない。
だが。それでも。
「"大丈夫。きっとできるよ"」
彼は。『選択』を。誤らない。
「……行きましょう、フブキ」
「キリノもそっち側……?」
「はい。……私も、センジョウさんの事を完全に信用できたわけではありません。……ですが、市民の安全を守るため、この状況、放っておくわけにはいきません!」
覚悟を決めたキリノの姿に、フブキも観念したように諦めの表情を浮かべる。
「あーもう、計算が狂った。……けど、こうなったからには、仕方ない……ちょっとだけ。試しにやってみよっか」
そんなフブキの姿に、キリノは笑顔を浮かべて、武器を構える。
────そうして、センジョウの『選択』は。確かにその答えを、導き出す。
「生活安全局──」
そう。大事なのは────
「行きます!!」
────『経験』ではなく。『選択』なのだ。
そして。センジョウは。自らの『経験』ではなく。己の思い描く『先生』へと。『選択』を委ねる。
それは確かに。寸分の狂いのない、『先生』の『選択』であった。
そして。そうであるならば。……彼が、その『選択』を『間違わない』以上。
それはもはや。『蒼井センジョウ』の介在する余地のない、『先生』の描く『物語』に他ならない。
────故に。ここから先は。この場で語るに値しない。完成された『
『先生』がそうであるように。『彼』はRABBIT小隊を制圧し、彼女たちに嫌われ。彼女たちの苦難に寄り添い、信頼を勝ち得てゆき。
その結果として、ヴァルキューレに巣食う『悪』を是正し、ともに『正義』を成す。
ただ。それだけの話だ。
なぜなら。それが彼の『選んだ』────
────『先生』なのだから。