青空DAYS   作:Ziz555

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二人の距離は。あとどのくらい?




vol.X 『青春の物語』

「先生」

 

「せんせー」

 

「先生ェ~」

 

 

 

───学園都市キヴォトス、そのD.U.シラトリ区の一画に建てられた、一つのビルがある。

 そこでは、一人の男が日夜生徒の為に、その身を粉にして働いていた。

 

 『先生』と呼ばれ、生徒から慕われる彼は。誠実で、気さくで、親しみやすく。そして、なにより、やさしかった。

 

 

 彼の所属する『シャーレ』は、キヴォトスの学園における様々な問題のマスターキーでもあり。『困った時に頼れる大人』として……シャーレの『先生』は、確かにその存在を確立していた。

 

 

 様々な生徒が、彼を頼り、慕い、シャーレへと訪れては、帰ってゆく。

 

「今日はありがとうございました、先生!」

「"うん。また何かあったら、いつでもおいで"」

「はい、ありがとうございました!」

 

 そうして今日も、生徒の悩みを解決した『先生』は、シャーレから去る生徒の背中を、最後まで見送っていた。

 

 

「"ふぅ。今日もこれで仕事は一段落、かな"」

 

 

 そうして、自分以外の生徒が全てシャーレを退去した後で、『先生』は『シャーレの制服(仕事用の格好)』を外す。

 

「──今日もなんとかなったな」

 

 首を絞めていたネクタイを緩めたことで、息が通るようになったセンジョウは、大きく息を吸い込んだ。

 

 

 

 RABBIT小隊とのいざこざからいくらかの時間が流れたころ。

 

 『先生』としての立ち回りを会得したセンジョウは、瞬く間にキヴォトス中の『生徒』の信頼を勝ち得る事に成功し、『蒼井センジョウ』という存在は、『シャーレの先生』としてキヴォトスに広く受け入れられることとなった。

 

 自分の考えや、意思では上手く行かなかったような、そんなことでさえ、『先生』の『選択』をなぞれば、面白いように全てが噛み合い、万事が円満に解決してきた。

 

 必要なのは、悩むことでも、努力することでも、学ぶことでも、なかった。

 

 

 『考えることを止め、ただ、『決められた道(先生の選択)』をなぞる。』

 

 

 そうすることが、センジョウが成りたかった『先生』へたどり着く方法だった。

 

 

 彼は、届かぬことに涙し、渇望し、焦がれた『憧れ』を。確かにその手に掴んでいた。

 

 苦悩し、もがき続けた果てとしては、あまりに呆気のない結末ではあったが。……『大人』になるとは、得てしてそういうものだ。

 

 

 『子供の頃の夢』も、案外、なってみてしまえば大したことはない──なんて。そんなことを考えながら、彼は毎日を過ごしていた。

 

 

 仕事の疲れを、汗と共にシャワーで流し、消費した気力を食事の形で補填すると、センジョウは日課の『見舞い』へと向かった。

 

 

 シャーレの一室。そこに、彼の父は、今だ深い眠りから醒めぬまま、横たわっていた。

 

 

「……お待たせ。父さん」

 

 返事を期待しているわけではない。ただ、父にそう声をかけるのは、今のセンジョウの日課だった。

 

────父が眠りについて、75日程が過ぎようとしていた。

 

 その体は、キヴォトスの医療技術もあり、万全とまでは行かないものの、十分意識を取り戻してもおかしくない容態まで回復している。

 

 しかし、依然として、『彼』は眠り続けていた。

 

 原因は不明。……それはまるで、『世界』が『彼』を不要と判断しているようにも見えるが──そんなものは、根拠のない、子供の夢想にすぎない。

 

「俺さ。立派な『先生』になったよ。……父さんに託されて。その背中を追いかけて、ここまで来たよ」

 

 センジョウは、穏やかな表情で父の手を握る。

 

「色々悩んで、間違えたけど。案外簡単なことだった。……灯台もと暗し。って言うのかな、こういうの。……今ならきっと。前よりずっと。父さんの役に立てると思う」

 

 やさしい声で、彼は語り続ける。

 

「もしかしたら、父さんが居なくったって。俺が居れば十分。なんて、言われちゃうかもしれないぜ。……早く起きないと、俺が父さんの代わりに、全部やっちゃうかも」

 

 冗談半分にそんなことを言う。……だが、半分は本気だ。

 今の自分であれば、父の代わりを十分に果たすことができる。そう、確信していた。

 

「……そういえば。もうすぐ『晄輪大祭』が開かれるらしくてさ。いろんな学校から、練習の手伝いをしてくれないかって呼ばれ続けてるよ」

 

 晄輪大祭。正式名称……『キヴォトス大運動会』。

 

 2年に一度だけ開かれる、キヴォトス全土を巻き込んだ運動の祭典。……どれだけ争いの耐えない学校同士であっても、この日ばかりは銃を置き、共に汗を流し、公正なルールで競い合う。

 

「今回はミレニアムが主催らしくてさ。ユウカが、『必ず成功させてみせる』って息巻いてるらしいんだ」

 

 

 『らしい』。と彼がこぼしたのは────公安局の不正が明るみに出た、『あの日』を最後に。彼はユウカに会っていなかったからだ。

 

 

 他の生徒から又聞きした情報で語るしかないのは、互いに忙しいのだろうとセンジョウは考え、ユウカへ自らコンタクトを取るまいとした事に起因する。

 事実、センジョウが『先生』となった日から。シャーレはこれまで以上に忙しくなり、以前のような『ペース配分』なんて事を考える余裕は無くなっていた。

 

 

 そうして。いつの間にか、センジョウとユウカは互いに、その『日常』から姿を消した。

 

 

「そうそう、ミカの方も、ボランティアへの参加を条件に、晄輪大祭には参加できる恩赦がでたんだよ。せっかくのお祭りに一人残されるなんて、さすがにほっとけないしな」

 

 

 そして。それと反比例するかのように、センジョウは『聖園ミカ』と過ごす時間がじわじわと増えてきていた。

 

 センジョウがトリニティへ彼女を迎えに行く事もあれば、『更正』の一環として、シャーレの事務作業に参加するために彼女がシャーレへと訪れる事もある。

 

 そうして、その度に、センジョウはミカにだけは『先生』ではなく、『聖園ミカの英雄(蒼井センジョウ)』としての顔を見せるようになっていた。

 

 

「あいつ、本当にワガママなんだけど、悪いやつじゃないからさ。……全部が終わって、『元通り』には、ならなくても。もう少しぐらい、『良い思い』ができるように、俺もがんばるよ」

 

 センジョウは、ミカから受け取ったペンダントを優しく握りしめる。

 

 肌身離さず持ち歩いているそれを。大切に。

 

「……きっといつか。アイツの優しさが、報われると。俺は信じてるよ」

 

 そうこぼすセンジョウの表情は、一片の曇りもなく。ただ、穏やかに。優しく、微笑んでいた。

 

「────俺はもう。一人でも大丈夫。『親父の居場所(シャーレ)』は俺が、いつまでも守り続けるから」

 

 だから。

 

「いつでも良いから。起きたら沢山話そう」

 

 

 その日を、彼はいつまでも。いつまでも。待ち続ける。

 

 

 いつもと変わらぬ日々をこなし、いつもと変わらぬ言葉を交わし、いつもと同じ終わりを迎えて。

 

 そんな毎日を繰り返しながら。

 

 なんどでも。いつまでも。

 

 

 ずっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────ミレニアム、執務室。

 

 早瀬ユウカは、淡々と書類に目を通し、計画を調整し、誤差が産まれぬように何度も計算を繰り返していた。

 

「……ユウカちゃん。そんなに根を詰めて仕事をしていたら、身体に毒ですよ」

 

 ここ数日。『晄輪大祭』を成功させるためと言う名目のもと、鬼気迫る様子で仕事を続けるユウカに対し、ノアは不安そうに声をかける。

 

「心配かけてごめんね、ノア。でも、私は大丈夫だから」

 

 ノアに視線を向ける事もなく、ユウカはそう言いきる。

 そう言われてしまうと……ノアはもう、なにも言葉を伝えることはできない。

 

 なにが原因か。そんなことは、ずっと、もっと前からはっきりしている。

 

 しかし、だからこそ。……自分の言葉が、今のユウカには届きようも無いことを理解してしまう。

 

「……先に、休んでますね」

「うん。お疲れ様」

 

 そうして、ノアは今日もユウカを一人部屋に残し、執務室を去る。

 

 

 

 日も沈み、静まり返ったミレニアムに一人。ユウカの叩くキーボードの音が響く。

 

 時計をみれば、完全下校時間はとうの昔に過ぎていた。

 

「…………ふぅ」

 

 いつの間にか、呼吸が浅くなっていたらしい。

 画面から少し視線を離して天井を見上げれば、無意識のうちに大きく息を吸い込んだ。

 そうして、肺に流れ込む空気の冷たさが、身体に籠った熱に染みて、独特な心地よさを感じさせる。

 

 

「なに、やってるんだろ」

 

 

 我ながら子供じみていると。そんなことを考えて、ユウカは自嘲気味に呟いた。

 

 

 結局のところ。未だに『ミカ』に突きつけられた問いの答えは、出ていなかった。

 

 だと言うのに、あの男は『あの日』──私が、彼に最後にあった日──。私をみて、うすら寒い笑顔を浮かべながら。こう言ったのだ。

 

 

────俺、わかったんだ。

 

 

 ……一体何をわかったと言うのだろうか。

 彼のその言葉は、ユウカにはひどく的はずれに見えていた。

 

 ユウカにとって。今の彼は、以前までの『大人を目指して手を伸ばす子供』ではなく、『わかったような口を利くだけの大人もどき』にしか見えなかった。

 

 

 知ったかぶり、わかったふり。

 

 嘘と、はったり。

 

 

 それはまるで、『イヤな大人』のやり方だ。

 

 本当に彼は、そんなものになりたかったのだろうか。

 

────『センジョウ』は、本当に。そんな、『格好悪い』男の子だっただろうか?

 

 

 

 どれだけ疑っても。どれだけ受け入れられなくても。どれだけ、そんな『彼』が嫌いでも。

 

 

────『それ』が。今の『蒼井センジョウ』なのだ。

 

 

 そんな現実を認めたくなくて。受け入れたくなくて。

 

 目を逸らして、瞑って、耳を塞いで。

 

 忘れるために。仕事に打ち込んでいた。

 

 

 

 そんなまるで、自分を『騙す』様な、利口なやり方も。『イヤな大人』の誤魔化しのような気がして。

 

 

「…………はぁ」

 

 

 答えは出ずに。出るのは溜め息ばかり。

 

 どうにも私は──感情の因数分解の方程式を忘れてしまったらしい。

 

 

 そんな、下らない思考の沼に漬かっていると、『いつも』のように着信が届く。

 

 

 ユウカは発信元も確認せずに、回線を開く。

 

「今日も来たのね、ナル」

『……はい。毎晩、すみません』

 

 通話の相手。それは……『ナル』だった。

 

 ここ最近、毎日のように、決まった時間にユウカの元を訪れるナルの声は暗く、ユウカはその度に彼女の言葉に耳を傾けていた。

 

 それは、一方的な相談のようにも見えるが……その実、ユウカは『ナル』との会話に、どこか癒しと言うか、心が休まる感覚を覚えていた。

 

「今日はどうしたの?」

『えっと……』

 

 何かを言いよどむナルの様子に、ユウカは口元を緩める。

 

「言いたくないなら、言わなくてもいいから。……ゆっくりお話ししましょう?」

『……すみません、ありがとうございます、ユウカ』

 

 ユウカが『ナル』と会話をするようになって、その回数は10を越えたあたりから『ナル』は明確にその感情を隠そうとはしなくなっていた。

 より正しく表現するのであれば、彼女はユウカとの会話の中で、『自分が感情がある』と受け入れ始めていた。

 

 ある種、純真無垢な『ナル』との会話は、ユウカ自身にとっても、自分の純粋な感情と向き合える時間であった。

 

 『ナル』の話は、その日の仕事の愚痴であったり、その日シャーレに訪れた生徒の事であったり。

 

 その日、どんなことがあって。どんなことを感じたのか。

 

 そんな他愛の無い話を交わしていたのだが。……どうにも今日は、いつもと様子が違っていた。

 

『……今日は、相談が、ありまして』

 

 ユウカは、ここ数日の雑談のなかでも、ナルがなにかを言いたげにしている様子があるのには、気づいていた。

 どうやら、ようやくその内容を話す決心がついたらしい。

 

「何でも聞くから。話してくれる?」

『はい。…………実は私。最近のマスター……お父さんの事が、心配で』

「心配……?」

『はい』

 

 ナルは、静かに言葉を続ける。

 

『最近のお父さんは、良く、笑うようになりました。笑っている時間だけで言うなら、今が一番多いと思います』

 

 たしかに。ナルの言うように、『センジョウ』は良く笑っていた。──だが、それは。『先生』としての笑顔だ。

 

『……精神も、たしかに安定しています。お父さんは、たしかに、楽しそうに笑っているはずなんです。……私が望んだ、『お父さんの幸せ』が。今、そこにあるはずなんです』

 

 それは、ナルの求めた、『センジョウの幸せ』について、問いかけであり、悩みでもあった。

 

『……あるはず、なのに、私には。今のお父さんの笑顔は────受け入れられません』

「…………そう、ね」

 

 ナルの悩みを聞き、ユウカは静かに目を閉じる。

 

────その悩みは、葛藤は。きっと、今自分の感じている不快感と、近いものなのだろう。

 

「それならナルは、センジョウにはどうしていてほしいの?」

『それは、もちろん。幸せに────』

「そうじゃなくて。もっと具体的な姿で良いから」

『具体的…………』

 

 ユウカの言葉を受けて、ナルはしばらく考え込むと。一つの考えに、至る。

 

 

 

『────お父さんと。私と。……そして、ユウカと。3人で、笑っていたいです』

 

 

 

 ポロリとこぼれでた、『そのイメージ』は。

 その、光景は。

 『ナル』が、心のそこから求める。淡い、淡い『幸せ』のイメージ。

 

 優しくて、素直な。そんな、シンプルな『ワガママ』。

 

 そして、それは。

 

 

「────そう。ね」

 

 

 

────『ユウカ』にとっても。何故か、心が暖かくなる。そんな、イメージだった。

 

 

 ああ。本当に。私は……なんて、『卑怯』な女なのだろうか。

 

 ユウカは、『ナル』のイメージを受け取り。どうしようもなく、自己嫌悪する。

 

 『私』が、『ナル』と話して、救われるのは────

 

 どんなに形にできなくても。どんなに答えが見つからなくても。

 

────『ナル』が。『(ユウカ)』と、『あの人(センジョウ)』を。たしかに繋ぎ止めてくれていると。思えるからなのだ。

 

 

 いつの間にか。ユウカの瞳から、ポロポロと涙がこぼれ落ちる。

 

 本当に。どうして。───どうして、こんなことになってしまったのだろうか。

 

『ユウカ?大丈夫ですか?』

「……ごめんなさい、ナル」

 

 

 溢れだす、静かな、けれど、押さえようのない感情を認めながら。ユウカは静かに涙を流す。

 

 

────『私』はただ。『あの人(センジョウ)』と一緒に居たい。ただ、それだけなのに。

 

 

『………………ユウ、カ。…………その………………』

 

 ユウカのその感情は、声には出ていなかった。

 

 けれど、『ナル』は、たしかにその心の機微を、感じ取ってしまった。

 

 

『ごめん、なさい』

「ナル……?」

『ごめんなさい。──ごめんなさい、ユウカ。私は……私、が』

 

 

 ……どうして謝っているのか。ナル自身にもわからないまま。ただ、とにかく。ナルは謝罪の言葉を述べる。

 

 たぶん、とにかく、『許して』貰いたかったのだ。『解放』されたかったのだ。

 今の不条理から。その、閉塞的な苦しさから。

 

 

 誰も。悪くはないはずなのに。

 

 

 その気持ちは、ユウカにも痛いように伝わってきた。

 

 ユウカは、『ナル』を抱き締められない事に、もどかしさを覚えながら。静かに、通話にしようしている端末を握りしめた。

 

「大丈夫、大丈夫だからね。……ナルは、悪くないからね」

 

 痛む心と流れる涙をそのままに、ナルを慰める。

 なにかを言葉にしようとして、なにも言葉になら無い。そんな風に、泣くように謝るナルを、優しく、あやすように。

 

『────私は、私は…………!』

「……大丈夫。大丈夫よ。……私は、そばに居るからね」

 

────そばに居てほしいのは。自分も同じだから。

 

 

 

 その夜は、そのまま。いつの間にか、どちらかが泣きつかれて眠るまで。そっと、二人は寄り添う様に互いの声を、交わしていた。

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