さようなら。
キヴォトス、D.U.内に建設された、「アスレチックスタジアム」。
それは、キヴォトス全土の学校が参加する『晄輪大祭』の会場であり、それにふさわしいほどの規模を持つ、超巨大なスタジアムだ。
そして、今日はその『晄輪大祭』当日。この日の為に様々な支度を進めてきていた生徒たちにとっての、『晴れ舞台』だった。
正式名称を『キヴォトス大運動会』と銘打ってはいる物の、その性質は運動会とは比較にならないほど大規模で、文字通りキヴォトス中の注目を集める『祭典』だ。
競技が実際に行われるスタジアムの外周である敷地内には、各自治区からの出店、露店が数多く並び、まさにお祭りといった様相が展開される。
普段であればなかなか味わえないような他校の自治区の食文化を味わえる、またとない機会であり。それは裏を返せば、自校の文化を他の学区へとアピールするための絶好のチャンスでもある。
故に、『晄輪大祭』は、運動だけが全てではない。と、胸を張って誰もに紹介できるような、そんな行事となっていた。
とはいえ、そのメインはやはり『運動会』な訳で。この大会に優勝することはそのまま、『キヴォトス運動神経No1の学園』の栄誉を手に入れることになる。
だからと言って、特別な優遇があるという訳ではないが────それでも、『頂点』の称号は、それだけで十分すぎる魅力を持っていた。
そんな祭典であるのならば。連邦生徒会所属のシャーレの職員であり『先生』であるセンジョウがそこに招待されているのは、当然の事だった。
来賓として扱われるセンジョウは、一般の生徒たちの観客席からは、少々離れた場所に観戦用の座席が設けられていた。隔離などが目的というよりは、『シャーレ』がどこかの学園一つに肩入れをしていないというスタンスを表明するための措置であることは、火を見るよりも明らかだった。
常にこの場所に縛られる必要はないのだが。それでもやはり、この祭典を開くための『開会式』ばかりは、この場所で見るべきだろう。
そうして、開会式はつつがなく進行し、選手宣誓のプログラムで────事件は起きた。
選手代表として選ばれた少女が『浦和ハナコ』という事実の時点で、どことなく嫌な予感こそしていた物の、さすがに大丈夫だろうと踏んでいたセンジョウだった。
しかし、そんな彼女は、何を考えたのかいつも通りに文字に起こすのも
そんな開会式も終え、センジョウは実行委員会の詰め所へ向かう────事は、なかった。
その理由は、いたってシンプルなものであり。『晄輪大祭』の実行委員であり、今回の運営主体であるミレニアム所属のユウカの強い進言があった。
『晄輪大祭はあくまで生徒たちの祭典であり、これまでも先生の介入など無いうえでの開催ができていたのだから。今回もその必要はなく、自分たちの力がどこまで通用するのかを知りたい』
と、そんな旨の意見が発せられ。また、事前準備の段階で、連邦生徒会の監査を問答無用で納得させるほどの成果を彼女が示したため、センジョウはあくまでも『来賓』であり、実行委員会からの直接の要請がない限り、『晄輪大祭』の運営に口を出すことができない決まりとなっていた。
とはいえ。今の彼はキヴォトス中から慕われる『先生』な訳だ。
実行委員会のメンバーからの要請がなくとも、彼の力を必要としている生徒は数多く存在している。
「さて、と」
開会式を見終えたセンジョウは、『格好』を軽く整えて、席を立つ。
「"それじゃあ、みんなの様子を見に行こうかな"」
────場面は変わり、実行委員会本部。
そこには、今回の実行委員会である、『ミレニアムのユウカ』、『ゲヘナのアコ』、『トリニティのハスミ』、そして、自主的に立候補をした『トリニティのマリー』が集まっていた。
「……選手宣誓には、一時はどうなるかと思いましたが。よくもまあここまで迅速に体制を立て直せましたね」
「ウチの生徒がご迷惑を……」
アコは愚痴と感心を、そのまま率直にユウカへぶつけ、ハスミは自分の学園の生徒の失態を詫びていた。
「正直驚いたけど……まあ、放送回線への確認と連絡も先に済ませていたから。多分、クレームの対処もそこまで難しくはないし、気にしないで」
そんな二人に対し、ユウカは自分の視線をタブレットに落としたまま、淡々と言葉を返す。
そして、時折耳につけたインカムのスイッチを切り替え、どこかへ指示を飛ばしていた。
「蒼井さんの助けを借りない。なんて言い出した時には気でも狂ったのかと思いましたが。……今のあなたの手腕を見せつけられてしまうと、反論の一つも出せる気がしませんね」
アコの言葉に、ユウカは表情一つ変えずに言葉を返す。
「当然よ。全部計算ずくで、『あの人の力なんて必要ない』と確証があったのだから意見を出したんだもの。……各校の最高責任者が委員会へ参加していないのは、少し計算外だったけれどね」
さらに、嫌味の混じった言葉に対し、ユウカは作業の手を止めることなく、それとなく刃を投げ返す。
「まあ。私一人でも『晄輪大祭』を成功させるつもりで準備してきたから。……あなた達は気楽に構えて、伝えたとおりの仕事を進めてていいわよ」
「……ええ、そうですね。ミレニアムは事務作業『だけは』優秀なご様子ですから。……では、私は今は作業もありませんから、ヒナ委員長の元へ戻らせていただきます」
「どうぞ」
アコは、完全に自分が眼中にない様子のユウカに対し、不機嫌さを隠すこともなく、本部を後にする。
「……あの、ユウカさん」
「なに?」
「その……どうして、そんなにセンジョウさんの事を遠ざけるようなことをしているんですか?」
恐る恐る、という様子でユウカに問いかけるマリー。
「別に。ただ、今のあの人の力を借りるのが不本意なだけ」
「『今の』、ですか。……確かに、今の彼は、以前見た時とは、ずいぶん様子が違っていたようですが」
ユウカの言葉に、ハスミは『エデン事変』のあの日。自分たちの前に現れた『不器用な少年』の姿を思い出す。
開会式の前に見た彼の様子は、その時の記憶の姿とは似ても似つかない雰囲気を纏っていることぐらいは、ハスミが遠目から眺めていても分かるほどだった。
「そうですよね……確か、センジョウさんはもっとこう、まっすぐというか」
マリーも、センジョウと深い縁があるという訳ではない。しかし、シスターフッドに何度か足を運んでいた頃の彼の姿を思い出すと、今の姿は変わりすぎている。
「……少し、『先生』に似ている、気もしますが」
マリーがそんな言葉を、小さくこぼした瞬間。
「────あんなのが、『先生』なわけないでしょう」
ユウカは、静かに。けれど、確かに、その怒りを吐き捨てるようにそんな言葉を放った。
そんなユウカの様子に驚いたハスミとマリーが、彼女に視線を向ける。
ユウカは、険しい表情のまま、タブレットの電源を落として脇に抱えた。
「それじゃあ、私は次のミーティングの為に移動するから。露店のほうをお願いします」
「え、あの……」
「また、あとで」
マリーの言葉が言い終わるより先に、ユウカは本部の扉を開けて、その部屋を後にする。
「……大丈夫、なんでしょうか……?」
「……仕事の手際は、本物のようですから……信じるほかにありませんね」
部屋に残されたマリーとハスミは、不安そうな表情を浮かべて、ユウカが去っていった扉を見つめていた。
そうして、実行委員会の間に流れる、不穏な空気とは裏腹に、『晄輪大祭』は順調に、いくらかの問題こそ抱えたものの、そのプログラムを進行していった。
借り物競争で『好きな人』というお題を引いたユウカが、一目散にゴールへと駆け出し、その先にいたノアの手を掴んで再度ゴールへ戻ったり。
障害物競争で、『応援ロボット』が暴走し、ユウカが事前にヴァルキューレと提携して組織した『非常時鎮圧部隊』を率いて制圧したり。
騎馬戦で、ハスミの協力を得た百鬼夜行が、ミレニアムのドローン戦法を破り勝利したり。
そして、トリニティ、ゲヘナ、ミレニアムが並んで迎えた最終競技。リレーに、ハスミがアンカーで出場し────健闘虚しく、6位という結果に終わったり。
それぞれの生徒の思いが交差し、ぶつかり合い、燃え上がった『晄輪大祭』は。『ゲヘナ学園』の総合優勝で、幕を閉じることとなる。
そうして。『晄輪大祭』は。センジョウの出る幕もなく。静かに、閉会を迎えた。
「……計算通り。完璧、ね」
全てのプログラムが終了し、後夜祭のキャンプファイヤーを、少し離れた場所で眺めながら、ユウカは缶コーヒーを飲んでいた。
結局、当初の宣言通り、ユウカは実行委員会の中核として、その責務を十分以上に果たし『彼』の力を借りずとも。望んでいた結果を──晄輪大祭優勝の野望はともかくとして──手に入れることができた。
きっと、以前までの自分であれば。こんなことはできなかっただろう。と、そんなことを考えながら、様々な学園の生徒達が手を取り合って、思い思いの踊りをしている光景を眺めていた。
────皮肉なものね。
ユウカの仕事の中でも、複数のタスクが乱立するなかでの、組織単位でのタスクの割り振りの手法は、他でもない、『彼』の姿を見て学んだものだ。
『彼』の力を借りないために。ユウカは、『彼』と過ごした中で身につけた技術を使っていたのだ。
もし、そもそも『彼』がいなければ。そんなことを気にする必要もなく。そして、ユウカが『彼』の技術を持っていないため、今度は『彼』の力が必要になる。
そんな二律背反を抱えながら。ユウカはぼんやりと自分の仕事を振り返っていた。
「────ここに居たのか」
ふと、背後からそんな声が聞こえる。
聞きなれた、男の声。
「……なにか、用?」
「少し話したくてさ。……最近、時間もとれてなかったから。今なら少しぐらい話せるだろ」
彼の声は、最近良く使っていた『格好付けた』言い方ではなく、正しくユウカが聞きなれた声で、彼女に語りかけていた。
だから、ユウカは少しだけ、話を聞いても良いと思った。
言葉を返さず、静かに缶コーヒーに再び口を付けると、彼は無言のまま、ユウカのとなりに立つ。
「まずは、実行委員会、お疲れ様。大成功だったな」
「ええ。そうね。……それだけの準備をしてきたつもりだもの。計算に狂いがなかっただけよ」
「だとしても。だ。コレだけの生徒が参加する行事をキッチリ完遂するなんて、そう簡単にはできることじゃないからな」
そんな、彼の労いの言葉に、ユウカはその横顔を一瞥する。
彼の視線は、キャンプファイアーの周囲に集まる、『生徒達』へと、注がれていた。
「そういうあなたも。最近は『上手く』やってるみたいね」
「ああ。なんとかな。……ようやく少し、『先生』らしくできるようになった」
「…………そう」
そう語る彼は、どこか満足げで。……実際問題。今のシャーレの信用と、彼の知名度を鑑みれば、『上手くいっている』のは、明白だった。
そうして、しばらく二人は。並んでキャンプファイアーの火を、遠巻きにみていた。
いつもより少し離れているだけなのに。彼までの距離を、何処までも遠く、感じていた。
「────なあ、ユウカ」
ふと。センジョウが、ユウカの顔をみた。
「なに?」
「俺、さ。立派になったよ。仕事だって、責任だって果たせる。『大人』になったんだ」
ユウカが彼の顔を見る。
センジョウは、くしゃりとした、『先生』が浮かべていたような笑みを浮かべて。ユウカを見つめていた。
「今の俺なら、きっと。いや、絶対に、お前の事を幸せにできる、……だから────」
そうして、センジョウは。
ユウカに、手のひらを差し出す。
「────ユウカ、お前の事が……好きだ。…………俺と……付き合ってくれないか?」
キャンプファイアーの火に照らされて、彼の表情がほんのりとオレンジ色に染まって見えた。
僅かに聞こえる、ダンスのための音楽だけが聞こえる。
────まるで。夜の中に、センジョウとユウカだけが取り残されたような。そんな、ロマンチックな空気が。そこには流れていた。
『だが。』
「────ごめんなさい」
ユウカは。その手を握らなかった。
「今のあなたと……一緒になるつもりは、無いから」
ユウカは。センジョウの告白を。
たしかに、断った。
「………………」
センジョウは、差し出していた手のひらを見つめ。
掴む物を失った、その手をそっと。静かにおろす。
「…………そっか」
沈んだような。けれど、どこか、諦めを感じるような声でぽつりと呟くと。センジョウは静かに顔を伏せる。
「そう、だよな」
そうして、彼は。
「変なこと、言って悪かったな、忘れてくれ」
声の震えを、圧し殺して。
「じゃあ。俺、行くよ」
「…………そう」
「じゃあな。────ユウカ」
彼女に別れを告げて。暗闇の中へ。走り出していった。
「────さよなら。センジョウ」
そんな、ユウカの呟きは。夜の闇に、虚しく、吸い込まれていった。
────ああ。あぁ。ぁぁ。
────そうだよな。当たり前だよな。
────『こんな俺』なんて、お前は、要らないもんな。
センジョウは一人。暗がりのなかに座り込み、膝を抱えて、顔を伏せていた。
────バカだなぁ。おれ。
ユウカは。きっと自分の事を好いてくれていると。そう、思っていた。
彼女ならきっと。『
あの人となら。一緒に前に進み続けられると。強く、思っていた。
────でも。違ったんだ。……違うんだ。
『
自分に求められているのは、みんなに優しくて、器量が広くて、生徒思いの、『先生』なのだ。
なら。そうであるならば。
────『
だから。あと、ほんの少しだけ。
今日が終わるまでは。
明日になれば、みんなの『先生』になれるから。
「…………もう少しだけ。このままで────」
センジョウは、一人。闇のなかで膝を抱えて。孤独に震える。
『先生』ならば、そんな弱さを見せないだろう。
けれど、それでも。……それが。自分が『蒼井センジョウ』でいられる、最後の時間だと。そう。考えていた。
「────あぁ。一人は、いやだなぁ」
「みーつけた」
少女の声に、センジョウは伏せていた顔を上げる。
「もう……。探したんだよ?」
そこに立っていたのは。
「…………み、か?」
────髪を纏め、ジャージに身を包んだ、『聖園ミカ』が。そこには立っていた。
彼女は、いつものように、明るい笑顔のまま、センジョウを見下ろした。
「うわ。ひっどい顔。もしかしてユウカちゃんにフラれでもした?」
「…………」
「あっ……。ゴメン、図星だったか…………」
冗談のつもりで言った言葉に、センジョウの反応を見て、言葉を間違えたことを知り、気まずそうに頬をかく。
「本当にごめんね。傷つけたかった訳じゃないんだ」
「……いいさ。別に。すぐに立ち直るから」
「ん?んーー。そうだね、きっとすぐに立ち直れると思うな☆」
「……は?」
ミカの言葉の真意を図りかねたセンジョウは、間抜けな声と共に、その表情を崩した。
そんなセンジョウを見て、ミカは──小さく笑みを浮かべる。
「ねぇ。センジョウくん」
「『英雄の成れの果て』と、『魔女のなり損ない』ってさ」
「お似合いだと、思わない?」
ミカは、いつものように、演技がかった言い方でセンジョウに問いかける。
だが、今のセンジョウには。その問いの意味が、理解できない。
だって。それではまるで。
「私なら、あなたを一人にしたりしないよ。……だって、貴方は私の、たった一人の『
そんな言い方は。
「だから、ね?」
ミカは、そっと、その手のひらをセンジョウへと差し出した。
「蒼井センジョウくん」
そうして、優しく、甘い声で、彼の名を呼ぶ。
「好きです。付き合ってください」
────全ての欠片は、ここに失われた。
全ての思いと願いを残し、『青春の物語』は、『
次回、『ブルーアーカイブ』
最終編────『あまねく奇跡の始発点』