────視界に、ノイズが走る。
────曇天の空。振り続ける雨。
────傍らに落ちる、ひび割れた端末。
────そして。
────銃口を、こちらに向ける。ユウカ。
「……もう、先生を守る方法も、人も存在しません」
────その髪は、短く切りそろえられ、その表情は、暗く、沈んでおり。
「これで、全部……終わりますから」
一発の銃弾が。放たれた。
「……夢?」
目を覚ましたセンジョウは、ゆっくりとベッドから起き上がる。
「……フラれた癖に。未練タラタラかよ、俺」
見ていた夢の内容に、心が揺さぶられるのを感じながら……彼は、自嘲気味に笑う。
「……ほんっと。カッコ悪ぃ」
分かったはずだった。諦めたはずだった。捨てた、筈だった。
やりたかったことも。自分の気持ちも。望んでいた筈の『明日』も。
仕方ないから。『わがまま』ではいられなかった。『子供』ではいられないから。
『大人』であるために、キヴォトスのみんなの為に。
『先生』の為に。
いつの間にか、無意識のうちに握りしめた拳の痛みが、彼の意識を現実へと引き戻す。
ふと時計をみれば。その針はもうすぐ『9時』を示そうとしている。
「────やっべぇ!?ミカとのデート!!!」
センジョウは被っていた布団を蹴飛ばし、ベッドから飛び起きる。
遅刻すれば何を言われたものか、わかったものではない。
「……ったく。『お姫様』の『英雄』も、楽じゃないぜ」
少なくとも。今のセンジョウは。それなりに幸せだった。
アビドス砂漠。カイザーPMC駐屯地にて。
「連絡急げ!ジェネラルと、『協力者』にもな!」
「ったく……なんだよ朝っぱらから……」
慌ただしく走り回る兵士達の足音に、一人の兵士が悪態を付く。
「おい、そこのお前。早く持ち場に戻れ」
「この騒ぎはなんだってんですか。センパイ」
「聞いていないのか……?『見つかった』んだよ、例の座標からな」
気だるげにしていた兵士は、その言葉に反応を示す。
「見つかったって……あの、噂ばかりの『掘り出し物』が?」
「貴様……、ジェネラルに聞かれたら減給では済まないぞ」
「なにいってんすか、センパイ。……俺達はあくまで『ジム』ッすよ。考古学者でもなけりゃ、炭鉱夫でもない。『
自らの事を『ジム』と称した、気だるげな兵士は、あくびを噛み殺しながら、手にもった銃の調子を確かめる。
「『ジム』等と言う略称は貴様以外使わん。……それに、『発掘作業』は、もとより警備担当の貴様には関係の無い話だろう」
「バレました?」
「貴様の詭弁は聞きあきている。……準備しろ、作戦『フォールダウン』、第0フェーズへ移行する」
「へいへい。……まぁ、給料分は働きますかね」
気だるげな兵士は、ヒラヒラと手を振ってその場を離れ、作戦のための持ち場へと向かう。
「……嫌だねぇ。『子供騙し』な化けの皮を、『子供を騙して』奪い取る大人の片棒担ぎかぁ」
「この仕事終わったら、転職先さがそ」
「────PMCの兵力が、砂漠の方に移動してた?」
アビドス高校、対策委員会室にて。シロコの報告を受けたホシノは、驚いた表情で呟いた。
「ん。これまでにはない規模。何かあったに違いない」
「ここ数日、確かに慌ただしそうにしているのはみましたが……アビドス砂漠で何かあったのでしょうか……?」
アヤネの言葉に、シロコは深くうなずく。
「ん。違いない、今すぐ確認にいくべき」
「シロコちゃん、それはちょっと……」
「それはダメだよ~。あんなのでも一応、砂漠はカイザーの敷地内だからね、揉め事になっちゃうでしょ?」
「あーーーもう!元はと言えばそこだってアビドスの土地なのに!あいつらはいつも好き勝手ばっかして!!あったまきちゃう!!」
カイザーの振るまいに、思い思いの反応を示す対策委員会。
「……シャーレに頼むのは」
「それはナシだよ。アヤネちゃん」
アヤネの提案を、ホシノは一蹴する。
「少なくとも、今の『シャーレ』は頼りにならない。……いやぁ、正しくは、『してもいいけど、なんにも解決しない』かなぁ?」
「どういう意味ですか?」
ホシノは気だるげな表情で、あくびを一つ。
「今の『センジョウくん』じゃ、『先生』の『真似事』はできてても、『代わり』にはならない、ってこと」
「確かに、最近のセンジョウはなんかこう……。変に『先生っぽい』けど、それの何がダメなの?」
「いやー、ダメでしょ」
呆れたようにホシノは言いきった。
「まあそのうち元気になるんじゃない?彼女さんも出来たって噂なんでしょー?若いよねぇ……、オジサンにはそんな青春無かったからなぁ」
「いや、年齢ほとんど変わらないどころか、センジョウの方が上でしょ……」
セリカの言葉にホシノは誤魔化すように笑みを浮かべる。
「とにかく。余計なことはしないで、まずは目の前のことから片付けてこ」
「……ん」
「特にシロコちゃんは、ぜっっったい余計なことしないでね?」
「ん……。信用がない……」
「ここ、シナリオが矛盾してる。第1章2節の台詞と食い違ってる」
「え?そんなまさか……ほんとうだ!?私なんでこんなシナリオかいたの!?」
「ユズ、ここのレベルデザインがおかしくなってる。想定される到達時間から計算すると、推奨レベルから8つも下回った状態でプレイヤーはこのボスと戦うわ。負けイベントと勘違いされるかも」
「8つなら、プレイヤーのスキルでなんとか……」
「そうなったらそうなったで、次のボスとは13程の差になると思うのだけれど」
「う、うう……それは確かに……すこし理不尽、かも……?」
「……す、凄い。これが、『ゲヘナ最強』……!」
「あの、ミドリ……?何に感心してるのかしら……」
ゲーム開発部、部室にて。彼女達はいつものように新しいゲームの製作を行っていた。
ただし、そこには『空崎ヒナ』の姿があった。
────停学中の一件以降、ヒナは復学した後も定期的にゲーム開発部の扉を叩いている。
それは、彼女達と過ごした時間に対する満足感と、ヒナが自分自身を大切にしたいという思いの証拠であり、風紀委員会の仕事がおとなしい日は、こうして彼女達と共に過ごすようになっていた。
「来ていたんですね!ヒナ!」
勢い良く部室の扉が開かれると、部室にいなかった最後の一人────アリスがヒナの懐へ飛び込んできた。
「もう、危ないでしょう」
「すみません……つい」
アリスを受け止めたヒナが彼女を下ろす。
「定期診断、どうだった?」
「はい!全身異状なしです!」
アリスが部室を離れていたのは、エンジニア部による定期検診が理由だった。
「ケイの様子はどう?」
「相変わらず影も形もありません。アリスに恐れをなしたのでしょうか」
『ケイ』。正式名は『key』であるソレは、『アリス』を王女と呼ぶ存在であり、センジョウが来るより以前にあったいざこざに絡んだ存在だ。
「おとなしいままならいいんだけど……」
「大丈夫です、ユズ!今の私たちは、以前よりずっと固い絆に結ばれています!それに……」
アリスはヒナの手をつかむと、勢い良くその手を上にあげる。
「私達には心強い隠しキャラが居ますから!!」
「か、隠しキャラって……」
ミドリは、そんなアリスの言葉に申し訳なさそうにヒナを見る。
「ふふ……。それなら、相応の活躍をしないとね」
しかし、ヒナはアリスの言葉を受け、その調子に合わせて言葉を返す。
「私も、ゲーム開発部の仲間だものね」
────所属は違えど。ヒナは確かにその絆を大切にしていた。
「悪い、待ったか?」
「ううん。今来たところ」
トリニティ自治区の、とある公園の噴水前で、ミカとセンジョウはそんな言葉をかわす。
「じゃあ、行くか」
そうして、センジョウはミカへ手を差し出すと。
「うん」
ミカは、その手をしっかりと握りしめた。
────センジョウが、ユウカにフラれたあの日。センジョウが、ミカに告白されたあの日。
センジョウは、ミカの告白を受け入れ────二人は、正式に交際を開始した。
とは言え、大々的に喧伝するようなことではなく、センジョウはシャーレの仕事で忙しく、ミカも償いのためのボランティア活動で忙しいため、二人が合うのは週に一度あるかないか程度の感覚だった。
三度目の聴聞会の結果、ミカはティーパーティーとしての権限を失い、学業以外の活動の殆どを自粛するように指示されており、『パテル派』のリーダーとしての立場も追われることとなった。
しかし、それでも、ミカはその結果に納得していたし、ナギサやセイアと共に学べる機会が護られたことに感謝すらしていた。
しかし、問題はソレが全てではない。
「……最近は、どうだ?」
「もう、心配性だなぁ。大丈夫だって」
センジョウの『心配』とは、ミカが置かれた環境のことだ。
トリニティを裏切った『魔女』と蔑まれる彼女は、その私物をぼろぼろにされたり、誹謗中傷の的として、他の生徒達につるし上げられている。
センジョウ自身、その事実を知らぬわけではなかったが、人の口に戸は立てられぬ上、表だった味方行為をすれば、それは火に油を注ぐ行為になりかねなかった。
ミカもそれを分かっていたし、その『痛み』は罪の代償だと、受け入れていた。
「それにさ、センジョウくん」
「ん?」
「……私には、君が居るんだよ?」
センジョウの顔をみて、いたずらっぽくミカは笑う。
「恋人とこうして過ごせるなら。ちょっとした嫌なことなんて忘れちゃうぐらい幸せだと思わない?」
その言葉に、センジョウは────
「────そう、だな」
喉に刺さる小骨のような。チクリとした痛みを感じながら。ミカの言葉を飲み込んだ。
そうだ。今の自分は、こんなにかわいい彼女がいて。こんなに、仲良く、楽しくデートをしているのだ。
『幸せ』に決まっている。
「…………ね!センジョウくん、今日は遊園地にいこ!私、一回乗ってみたかったんだ~!恋人と二人きりで、観覧車!」
「俺は構わないけど……、突然だな?」
「私が気分屋なのはもう分かりきってる癖に」
ミカは、ツン。とセンジョウのほほを人差し指でつつく。
「だって、恋人と遊園地なんてさ────」
「────『青春』じゃん、ね?」
「……ああ。そうだな。青春っぽい」
「でしょでしょ?じゃあ決まり!」
ぐい。とミカはセンジョウの手を引いて、歩きだす。
「ほらほら!早く早く!」
「わかってるよ。……『お姫様』」
そうして、センジョウはミカに手を引かれるままに歩きだした。
それが、今のセンジョウにとっての、『青春』だった。