青空DAYS   作:Ziz555

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前兆

 

「リンちゃん、リンちゃん。聞こえてる?」

 

──貴女は……?

 

「ごめんねぇ……。こんな形になっちゃって」

 

──いえ……こんな形もなにも、私は現状を何一つ飲み込めていないのですが……。

 

「そうだよね。そうなっちゃうよね……。でも、今の私にはこんな方法しか出来なくてさ」

 

「リンちゃんに、お願いがあるんだ」

 

──お願い、ですか?

 

「うん。……もうすぐ、キヴォトスに危機が訪れる。それこそ、キヴォトスが滅亡するような。そんな危機が」

 

──何を言って

 

「7つの狂気が、空を抉り、大地を穿ち、世界を削る──そんなところかな」

 

──…………荒唐無稽な話を。信じろと言うのですか?

 

「うん。……ここにはもう、『先生』もいないし。リンちゃんに頑張って貰うしかなくて」

 

──無責任過ぎます。

 

「うぅっ……!それを言われると痛い……!!……けど、私に出来ることは、リンちゃんを……みんなを、信じることだけだから。────『あの人』の様に」

 

──…………もしかして、貴女は

 

「それじゃあ、よろしくね!」

 

 

 

 

 

 

「───んぱい、リン先輩」

 

 いつの間にか眠っていたリンは、アユムの呼び掛けに目を醒ます。

 

「……私は、居眠りを?」

「大丈夫ですか?……最近忙しいみたいですし、今日は早めにお仕事を切り上げてみては……」

「いえ、問題ありません。」

 

 リンは、崩れていた姿勢をただし、すこしズレたメガネのブリッジを指で押し上げる。

 

「(…………今の、夢は)」

 

 ぼんやりとした感覚の中に、はっきりとした会話の内容だけが浮かび上がったその記憶に、リンは妙な違和感を覚える。

 記憶にない声は、優しい声で自分を『リンちゃん』と呼んでいた。

 

 そんな呼び方をする人間を、リンは連邦生徒会長と“先生”の2人しか知らない。

 

 だが、声の持ち主はそのどちらでもなかった。

 

「(……それに)」

 

 声の持ち主の言っていた、キヴォトスの『危機』という言葉が────妙なわだかまりとなって、リンの心に残っていた。

 

「センジョウさんにも────いえ、まずは情報の整理が必要ですね」

 

 もし、この夢が、何かを知らせるための物であったのなら。動いていて損はない。

 確かに、いくらか仕事に支障は出るかも知れないが……もし、夢の言葉が真実だとすれば。仕事などしている場合でもなくなってしまう。

 

 そこまで考えて、リンはふと気付く。

 

 こんな不確かな『予感』めいた感情に突き動かされるなど、自分らしくはない。と。

 もし、有るとすれば──『先生』から、同じように言葉を聞いた時ぐらいだろう。

 

 

 そんなことを考えながら、リンは普段の業務に加えて、『来るかもわからない危機』へ向けて、動き始めた。

 

 

 

 

────そして、彼女は。その夜にモモカより告げられた『6つの力場』の存在により、己の予感の正しさを知る。

 

 

 

 『崩壊』の足音は、既に。そこまで。

 

 

 

 


 

 

 

 

「────『色彩』がこちらに向かっている……?」

 

 ゲマトリア会議室にて、ベアトリーチェを聞いたマエストロが静かに驚きを露にする。

 

「ええ。そうしたら『シャーレ』も、『名もなき神』も、『箱舟』も、『人工奇跡』もすべて消え失せる。いかがでしょうか?これが最も確実な方法かと」

 

 ベアトリーチェはそれに対し、答えになら無い答えした。

 

「その場合、『色彩』はこのキヴォトスをも消し去るだろうな」

「……マダムは、わたくし達の探求を台無しにするおつもりで?」

 

 当然、そんなことを『ゲマトリア』は望んでいない。

 彼らの目的は、あくまでも『探求』であり、破滅ではないのだから。

 

 しかし。

 

「ええ、探求など、どうなっても構いません。私が本当に求めていたものは、別のものだという事に気が付ついたのです」

 

 ベアトリーチェは、熱に浮かされたように言葉を謳う。

 

「一部ではありましたが、儀式を通じて『色彩』と接触した際に、そして、あの『光』に触れた際に、私が本当に求めているものを悟ったのです」

 

 その瞳には、確かに『狂気』が宿っており。

 

「為すべきこと……それは、くだらない実験や探求ではない。そう……偉大なる存在になるためには────」

 

「世界の滅亡と、創成の権限を所有しなくては……そう、『破壊』し、『創造』する絶対者になるのです。これこそが唯一の方策……」

 

「解釈されず、理解されず、疎通されず────ただ到来するだけの不吉な光。目的も疎通もできない不可解な観念……ああ、そう。『目には目を、歯には歯を』という古来からある習わしのように」

 

 

 

 

 

 

「────『理不尽な力(Nuill-Vana)』を消し去る方法……」

 

 

 

 

 

 

 

「何という体たらく。理性を失ったか、ベアトリーチェ」

「……そうですか、マダム。貴女は自分の憎悪に飲み込まれてしまったのですね。……とても残念です」

 

 ……当然。そんなベアトリーチェに、他の面々は落胆を示す。

 

「ゲマトリアは探求者であり、求道者……狂気こそ、我々が打破すべき宿敵なのですが……ベアトリーチェ、あなたはゲマトリアの資格を失いました」

 

 黒服の言葉に、ベアトリーチェは狂ったような笑顔を向ける。

 

「口を慎みなさい……私には『色彩』の力が宿っているのですよ?あなた方があれほど恐れていた、狂気の力が────」

 

 確かに、今の彼女は狂気の代償に、相応の力を持っている。……しかし、黒服は欠片も動揺を示さない。

 

「そのようですね。ゴルゴンダ、彼女を送り届けてください」

「はい。────楽しい時間でしたよ、マダム」

 

 直後。空間が歪み、ベアトリーチェの身体をたたみ、圧縮し、磨り潰し始める。

 

「ぐ、あぁぁぉぉぁ!?!?これはぁ!?」

「ふむ、ヘイロー破壊の爆弾より確実なようですね」

「ええ、神秘は解析できないからこその『神秘』ですが、彼女はわかりやすい存在ですので」

 

 苦悶の声をあげるベアトリーチェを、まるで実験でも眺めるかのように黒服は眺め、ゴルゴンダは教授のように説明をする。

 

「我々に『色彩』への対抗手段が無いと思っていたのですか?……あなたが『色彩』と接触したと聞いた時から準備しておりましたよ」

「そういうこったぁ!」

「貴下とは異なる世界観をもっているがゆえに、何かと衝突が多かったな。だが、貴下の野望には敬意を表そう、ベアトリーチェ」

 

 もはや、言葉にもならない悲鳴と、怨嗟を上げて消滅していくベアトリーチェに対し、思い思いの言葉を告げて────

 

────ベアトリーチェは、キヴォトスから消滅した。

 

 

 

「……また、席が空いてしまいましたね。次の人員については、後ほど議論するといたしましょう」

 

 黒服は、残念そうに、面倒くさそうに、そんな感想を述べて。

 

「それでは次の議題を────」

 

 

 

────そうして。淡々と会議は続いていく。

 

 

 

 


 

 

 

 

 ミレニアム。宿直室。

 

 日が沈み、皆がそれぞれの家へと帰った頃。ユウカは一人、ベッドの上で膝を抱えていた。

 

「…………はぁ」

『後悔、しているのですか?』

 

 となりに転がしてある端末から、ナルの声が聞こえる。

 

「していても、していなくても……。もう、選んじゃったことだから」

 

 ユウカは、『あの日』以降。彼と出会う前の……いや、先生と出会うより前の、日々に帰ってきていた。

 

 ノアと共に仕事をし、ミレニアムの財政に頭を抱え、ゲーム開発部やC&C、エンジニア部にヴェリタスといった面々の自由さに振り回される、そんな日々に。

 

 けれど、そんな日常のなかにも、『彼』のいた証拠が、至るところに存在している。

 

 ゲーム開発部に顔を出すヒナや、『Nuill-Vana』の稼働記録、整備用具。

 

 そして、今こうして、話している……『ナル』。

 

 

 忘れようとして、忘れられるものではない。

 

 

『ユウカは……それで。それで、納得できているんですか?』

「納得もなにも……、『納得する』しかないでしょ」

 

 ユウカは、膝に顔を埋めて言葉を続ける。

 

「私は、『センジョウ』の全部を受け入れられなかった。拒絶した。否定した。……側で支えるって言っていた、私自身の覚悟を否定したのは。他の誰でもない、私自身で。……『今の私はセンジョウには相応しくない』もの」

『…………』

 

 ナルは。そんなユウカの言葉に、『心』が締め付けられるような感覚を覚えた。

 

 プログラムが産み出した、『偽物の命(AI)』に。そんなものは、無いはずなのに。

 

『ユウカは。お父さん……センジョウに、不幸になって欲しいのですか?』

「そんなこと──!」

 

 彼女は、ナルの言葉に、伏せていた顔を上げる。

 

「そんなこと、有るわけ無いでしょ!!幸せになってほしい!なってほしいから、今のは私は側にいられない……!!『彼』を否定する私じゃ!傷つけちゃうから……!!」

『ですが。私からみて、今のお父さんは……これっぽっちも『幸せ』なんかじゃ有りません』

「────ッ!?」

 

 そんなこと。

 

 ユウカも、わかっている。

 

『お父さんも、同じです。──あなたに笑っていて欲しいと、幸せであって欲しいと、心のそこから願っていました。……いえ、『願っています』。……それなのに、互いに幸せを願っているのに、どうしてあなた達は、互いの心を傷つけるのですか?』

 

 

 ナルは。それでも言葉を続ける。

 

 

『……私に、やりたいようにやるべきだと。《心》に従えと言ったのは────他でもない、ユウカです』

「……ナル」

『それなのになんであなたが!』

「ナル」

『どうして!自分の心に嘘なんかついて!納得したふりをしているんですか!!!!』

「やめて!!ナル!!!!」

 

 

「わかってる!!わかってるわよ!そんなこと!そんなの、そんな当たり前なこと!!私が一番納得できてない事ぐらい!!私が!一番、やりたいことじゃないってことぐらい!!!」

 

 

「でも、仕方ないじゃない……!!世界は、思い通りになんてならないの!!うまく行かないことだらけで、それでもやらなきゃいけないことが沢山あって!!『やりたいように』なんて……!!そんなことだけは、言っていられないのよ!!」

 

 

 

「私達は────『子供(わがまま)』で居続けることは……出来ないの!!!!」

 

 

 

 ぼろぼろと、涙をこぼしながら、ユウカは叫ぶ。

 

 

「────どうして。どうして、……ただ。明日がもっとよくなるようにって。少しでも、マシな明日が来るようにって……、そう、頑張ってるだけなのに……。前に進むために、『アイツ』と別れたはずなのに────」

 

 

 そうして、ユウカは再び。顔を膝に埋める。

 

 

「────私は……前に進めないの……?」

 

 

 少女は、暗い部屋で独り。小さく膝を抱えて震えていた。

 

『…………ユウカ』

「ごめんなさい、ナル。あなたは悪くないわ。怒鳴って、ごめんね」

 

 

「……今は少し、独りにして欲しい」

 

 

『…………解りました。また、来ますね』

 

 

 ナルは、ユウカの望みを聞き、端末から去る。

 

 

 

「────センジョウの、ばか」

 

 

 

 ユウカは一人。孤独に涙を流す。

 

 

 

 『彼』がミレニアムから去った、あの日から──何一つ変わらない。『彼』の過ごした部屋で。ただ。

 

 

 


 

 

 

 

「さて、と。……明日の仕事の確認だけしてから寝るか」

 

 ミカとのデートが終わり、シャーレへと帰りついたセンジョウは、仕事の確認のために、PCの電源を入れる。

 

 そうして、新着メッセージに目を通すと────

 

 

 

「─────うそ、だろ?」

 

 

 

 

 一通のメッセージが、目に止まる。

 

 

 

 差出人は。

 

 

 

────『宍戸オウカ』。

 

 

 内容は、決着をつけるために『アビドス砂漠』へと来い。と言うもの。

 

 

 だが。今のセンジョウにとって。内容なんてどうでも良い。

 

 その『名前』に、センジョウは声を震わせる。

 

 

 

「だって、アイツは」

 

 

 自分が『殺そう』とした、彼女は。確かにあの日、瓦礫に押し潰され。

 

 

「俺が…………」

 

 

 だが、もし。あの日の彼女が逃げ延びて、生き延びていたのなら?

 

 

「俺、は………………」

 

 

 

 心が揺れる。

 

 光に、惑わされる。

 

 

 『もしも』の光景が。頭をよぎる。

 

 

 

「────まだ、もう一度だけ」

 

 

 

 

 やりなおせるなら。

 

 

 

 

────俺は。

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