「ナル、目的地までの予測到達時間は?」
──は……、およ……20分……になりま……
「ナル?」
──…………すみません、なぜかノイズが酷くて
「最近、装備としては展開してなかったからな……。エンジニア部に言って、点検してもらおう」
──そう、ですね
センジョウは現在、指定された座標を目指し、キヴォトスの夜明け前の空を飛んでいた。
────『宍戸オウカ』を名乗る存在からのメールに関しては。不可解な点が多い。
まず、送信元のアドレスが、不自然に暗号化されており、簡単にその発信源を突き止めることが出来なかったこと。
次に、その『意図』が読めないこと。……『宍戸オウカ』は、センジョウの知る限りかなり用心深く、事実として、彼女は『痕跡』と言う痕跡は、彼女自身の手元にのみ残していた。そんな彼女が、『履歴』の残る電子メールで、それも『決着をつける』等と言う、あやふやな文面を選んでいること。
そして、『場所』の意味。指定された場所は、『ゲヘナ』でも、『トリニティ』でもなく──アビドス。
それだけの論拠を違和感に、ナルは、この呼び出しを『罠である』と断定し、センジョウへ無視を進言した。
だが、センジョウはそれを『良し』としなかった。
曰く、暗号化されているのは、彼女の用心深さである。
曰く、計画を邪魔した自分への挑発である。
曰く───だから。『死体が見つからなかった』のである。
そして。……『先生』であれば、罠であっても。生徒の言葉は──疑わない。と。
ナルからみても、それら全てが建前であることぐらい解りきっていた。
今のセンジョウにとって、この呼び出しが『罠かどうか』など、もはやどうでも良いのだ。
どんな理由が、どんな経緯が、どんな結末が待っていたとしても。
────『生きているかもしれない』という希望に、ただ、すがり付くしかなかった。
そうして、せめてナルは、止めても聞かないセンジョウの命を守るため、彼の意思を尊重する。
まだ、月と星の明かりだけが辺りを照らす、未明の静寂を、ただ、彼は行く。
その先に、光があると信じて。ただ、前だけを見つめていた。
故に。足元に広がる『罠』に、足を取られる。
──ッ!?高熱源反応!!マスター!衝撃に備えてください!!
ナルの言葉の直後、センジョウの乗る飛行ユニットが強い衝撃を受けて体勢を大きく崩す。
「うおっ……!!」
不意を突いた一撃に、センジョウはNuillから振り落とされる。
「クソッ……!敵襲!?誰が!!」
センジョウは悪態をつきつつ、アーマーユニットを待機形態から展開し、自身の肉体を保護する。
しかし、アーマーユニット単体に飛行能力はない。
「ナル!!」
空から落ちていくなかで、こちらへと向かう『ナル』の姿に手を伸ばす。
だが、その隙を見逃すほど、敵も甘くはない。
追撃のために放たれたロケット弾が、落下するばかりのセンジョウ目掛けて放たれる。
「チッ……!!」
センジョウはナルとの合流を諦め、地面への着地を選択した。
脚部よりパルスフィールドを展開し、それを足場として空中を蹴るようにロケット弾を回避すると、眼科の敵を視認すべく、意識を地面へと向ける。
「アレは……カイザーPMC?」
少なくとも小隊……いや、複数小隊規模のオートマタが迷彩を施した上で展開されており、それは、この襲撃が計画的なものであることを示していた。
「上等だ……!邪魔するやつは全員ぶっ潰してやる……ッ!!」
なぜ。等と言う思考を回す余裕は、今のセンジョウにはなかった。
丁度、『日頃の仕事のストレス』が溜まっている。なら──彼らは、発散するには丁度良い。
センジョウは戦闘の意思を固めると、そのまま降下を続け、そこで初めて、『ナル』と合流する。
「ナル、FAだ!追撃させる余裕なんて与えず蹴散らすぞ!」
──わかりま……た。戦闘態……に入り……す!
再び走る『ノイズ』。……だが、オートマタ程度が束になろうと、『Nuill-Vana』の敵ではない。
不調程度で負けるとは、欠片ほども思わなかった。
ナルは、センジョウの指示通りに形態を変化させ、FAモードとなってセンジョウの着地を支援した。
砂漠の大地へと降り立ったセンジョウと『Nuill-Vana』を取り囲むようにカイザーのオートマタが取り囲み、銃を構える。
「はーい。えっとぉ……なんだっけ。センジョウクン?だっけ?」
一人のオートマタが気だるげにそんなことを言いながら、一歩前に出る。
「出来るなら、武装を解除して投降してくれないかな?俺としてはさ、出来るなら子供殺したりとか、したくないのよ」
いや、子供じゃなきゃ殺して良いって訳でもなくてね?なんて、そんな
「随分上から物を言うな。……俺が言いなりになると思うか?」
「言いなりとかじゃなくてさ。やりたくなくても、ガラじゃなくても、出来るか出来ないかじゃなくて。コレ、俺の『仕事』だから」
面倒くさそうに、オートマタは肩をすくめる。
「で、交渉決裂?やっぱダメ?」
「当然だ。……力ずくで、押し通る」
「ダメかぁ~。しゃーない、じゃあ。諦めってことで。恨みは無いけどさ────」
「────ここで死んでくれや。ボウズ」
彼のその声を合図に、一斉に弾丸が『Nuill』へと放たれる。
センジョウはそれに対し、スラスターに火を入れて、大きく飛び上がって弾丸を回避する。
「ナル。一気に終わらせるぞ。…………『最大稼働』だ」
──……?……………!
「────ナル?」
ナルの声は、大きなノイズにかき消され、わずかな声の揺らぎだけが聞こえていた。
「ナル!!」
──………………
どれだけ呼び掛けても、反応はない。
ここに来て、不調のピークが重なってしまったらしい。
センジョウは現状に舌打ちをする。
「おやおや。『最大稼働』はナシかい?やっぱり気が変わっちゃった?」
「────お前達には必要ないってだけさ」
そうだ。ナルが居なくとも……俺は。いままで、これまで。やってきたのだ。
『1人』で。やってやる。
──『支援SYSTEM OFFLINE ……マニュアルモードへ移行します』
センジョウは、全身にずしりと感じる『Nuill-Vana』の負荷に、懐かしさと、重圧を覚えつつ、武器を構える。
「行くぞ」
「マスター?……マスター!!」
『Nuill-Vana』の中で、ナルは1人、届かぬ声をあげていた。
「どうしたんですかマスター!!どうして何も言ってくれないんですか!」
────今のナルの声が、センジョウに届かぬように、ナルにもセンジョウの声は、届かない。
少し前から、予兆はあった。
センジョウの声が、ノイズにかき消されるようにして、聞き取りづらかったのは、何も今日が初めてではない。
『あの日』から。
彼が、己を捨てて『父』の影となり、無心に彼の形をなぞるようになってから。
ナルには……センジョウの『心』が、わからなくなっていた。
「まさか──」
ナルは、一つの可能性に思い至る。
そして、その可能性を追うために『Nuill-Vana』の稼働状況の内、一つのパラメーターを確認する。
「───そん、な」
────搭乗者リンク率
『8%』
「なんで、どうして……?」
『Nuill-Vana』は、搭乗者の『心』とシンクロすることで、その出力を上昇させ、機能を上昇させる。
初期形態であれば、稼働するために最低限のリンクが必要になるが、最適化の済んでいる現在の『Nuill-Vana』は、稼働するだけであれば、1%でもリンクしていれば十分だ。
だが、それはあくまで『稼働』するために必要な数値に過ぎず。そんな状態で戦闘などできる筈もない。
そして、同時に、一度100%を越えたリンク率と、最適化を済ませた筈の『Nuill-Vana』のリンクがここまで落ちるのは、何かしらの『異常』が無ければ起こり得ない。
つまり。
「あ、あぁ…………」
いま。この、『Nuill-Vana』で。最も『異常』な存在。
「そんな、だって…………」
存在する筈のない。『心を持つAI』。
「私の……せい……?」
『ナル』の『心』が。────『センジョウ』と『Nuill-Vana』の繋がりを、阻害していた。
ユウカとの触れ合いの中で、ナルが自覚した『心』が。『想い』が。
センジョウの幸せを望む、『願い』が。
「私が…………お父さんを…………?」
センジョウから『解離』し、自立してしまっていた。
突如、『Nuill-Vana』が警告を示す。
機体の損傷、出力の低下を知らせるアラートだ。
「お父さん……!!」
ナルは、思考を回す。
確かに、センジョウへ直接コンタクトを取ることはできない。
だが、まだこうして、ナルから『Nuill-Vana』の機能へ干渉することはできる。
ナルは、センサー機能へアクセスし、繋ぎ会わせ、外部の状況を探る。
『ぐああああっ!!』
「お父さんッ!!!!」
アクセスしたセンサーが最初に示したのは、砲弾に身を焼かれ、呻き声を上げるセンジョウの姿だった。
『クソッ……タレぇ……ッ!!』
「もう、もうやめてください……!逃げてください!!お父さん!!」
ジェネレータ出力を、パルスフィールドへ割くことのできないセンジョウは、攻撃に全てのエネルギーを回し、その身を削って戦っていた。
傷つき、血を流し。……それでも、センジョウは怒りのままに足を進める。
『煩いんだよ……、うるさいんだよ、お前らァァァァァァ!!』
そうして、彼は無謀な突撃を仕掛け──
「はい。チェックメイト」
パチン。とオートマタが指を鳴らす。
直後、センジョウが直進した進路上、彼をを中心として突如として緑色の光が出現する。
「これは──」
鳥籠のようにセンジョウを囲んだそれが稼働すると。その『効果』はすぐに現れる。
「機体がッ!?」
突如として、その全ての機能がOFFLINEとなり、『Nuill-Vana』が、その活動を停止する。
「『ゲフィオンディスターバー』……。とか、なんとか。パトロンから提供された技術でね、どうやら、君の『
「こんなもの……、まさか……!」
「あ。誰がパトロンとか聞かれても俺は知らんからな?あくまで末端の使いっパシりでしかないんで」
オートマタはヒラヒラと掌を揺らしながらセンジョウの言葉をかわす。
「いやぁ。でも助かったよ。手加減できるような相手でさ。お陰で殺さずに済んだしねぇ」
いやぁ。若いって直線的だねぇ。なんてぼやきながらふらふらとしている『大人』を、センジョウはただ睨むことしかできない。
機能を失った『Nuill-Vana』は、武装から一変して、固く重い、拘束具となっており、指先の一本に至るまで一切を動かすことができない。
『ゲフィオンディスターバー』と呼ばれた装置は、彼らには影響がないようで、軽薄な彼は、センジョウの前に腰を下ろす。
「ま。じゃあ後は上司来るまで暇だし、雑談でもする?悩みとか聞くぜ~」
「……………」
「気分じゃない?……そりゃ残念。……なら──っと。意外とお早い」
スッと、彼が立ち上がり振り向く。
センジョウが瞳を動かして彼の視線を追えば、そこには他のオートマタとは風貌の異なる男がたっていた。
「ご覧のとおり、生け捕りにございます。
「特殊部隊でもない貴様が本当にやりとげるとはな……。だが、良くやった」
「では、報酬は指定の口座によろしく頼みますよ?」
「……二言目には金か」
「そういう性分なもので」
そんな会話をかわして、『
「お初にお目にかかる。……私は『ジェネラル』。カイザーPMCの指揮官だ」
「……そんなお偉方が、俺に何の用だ?」
「用、という程のことではないよ。ただ……今君に、シャーレに居てもらっては困るのでね」
ジェネラルは淡々と言葉を続ける。
「こちらにも事情があってね。────死人の名を騙るのは気が引けたが。すこし粗っぽい手段を取らせてもらった」
「────!」
「まさか、こんな子供騙しに本気になるとまでは考えていなかったがね」
その言葉に、センジョウは歯を食い縛る。
「お前が……!!」
「そうだ。『宍戸オウカ』の名を使って君をここに誘き寄せた。……その様子だと、本当に『生きていた』のかとぬか喜びしたのか?……成る程。そうかそうか」
ジェネラルは、静かに頷く。
「────では一つ、『大人』として。『先生』の真似事でもしてみようか」
「既に起きてしまった『過ち』は。二度と取り戻せない。『
「ただ認めて、諦めて。次に活かすしかない。『大人になる』とは、そう言うことだ」
その言葉に、センジョウの中の、『何か』がキレた。
「お前がぁぁぁぁぁ!!!お前なんかが!!!『
怒りのままに、声を荒げて吼える。
しかし。
「無駄だよ。所詮、世間知らずの子供の負け惜しみだ。私には響かない」
ジェネラルは静かに首を横に振る。
「さて。……もう『コレ』に価値はない。反逆されても面倒だ。処分しろ」
「えぇ……本気ですか『将軍』。さすがにそりゃ気分悪いッスよぉ」
「ならば職を変えるんだな。退職金代わりにはなるだろう」
「おー、コワ」
センジョウに興味を失ったように、ジェネラルは踵を返してその場を後にする。
その場に残されたセンジョウを、いくらかの小隊が囲んでいた。
「……というわけで。悪いねボウズ」
「俺は……!死ねない……!」
「あー……。んー…………。はぁ、本当に嫌なんだよなぁ、こういう役回り。……でも、仕方ないんだよなぁ」
オートマタは気だるげに、コレまでとは毛色の違う道具を取り出す。
「生憎、上は『機体』はご所望でね。……中身だけイッてもらうよ?」
彼は、サクサクとセンジョウの周囲の砂に鉄の筒を突き立てると、そのスイッチを入れる。
瞬間、その『筒』で囲われた内側にプラズマフィールドが展開される。
「ぐ、がぁぁぁぁぁぁッッ!!」
「……やだなもんだ。苦悶の声って」
そうして、彼は一度スイッチを切る。
「あ゛……う゛……」
「……苦しませたくはないんだけど。キミ、結構頑丈なんだな。……長くなるねぇ」
全身を焼き、内側から引き裂かれるような痛みに、呻き声だけを上げるセンジョウを見て、彼は項垂れた。
────もう、意識が……。
センジョウは既に、戦いの消耗もあり、頭にもやがかかり始めていた。
────俺は……ここで、終わるのか……。
戦おうにも、機体も、体も動かない。
センジョウに打つ手は、もう存在しない。
────ゴメン、オヤジ。ごめん、姉さん。
────ごめん…………、ユウカ。
そうして、彼は意識を手放す。
────それでも。
「……おん?」
「まだです…………!!まだ!お父さんは……死なせません……ッ!!!!」
機能の全てを停止させられた『Nuill-Vana』の中で。それでも、ナルは、抗うことをやめなかった。
「こんなところで……!終わらせるわけには!!行かないんです!!」
繋がりを失い、力を失い、言葉を失った。
それでも、彼女は。
「諦め……ません……ッ!あきらめる……もんか……ぁ!!」
その『心』は。光を失わない。
「『Nuill』が『心』を力に変えるなら──!!」
そして、その『心』が。
ほんのすこしの、『奇跡』を起こす。
「私の『心』で!お父さんを──守ります!!」
────『
「私は……諦めません……ッ!!!!」
彼女の『心』は。……ほんの僅かだが。確かに、微かに。
『Nuill-Vana』を、『変えた』。
「……パルスフィールドってやつか?しかし、動力もナシにどうやって……」
オートマタは首をかしげながら、機械のスイッチを入れる。
……しかし、いくら待っても、センジョウの悲鳴は聞こえてこない。
それを見て即座に、彼は手に持った銃の引き金を引く。
だが。
「……こーりゃダメだ。コレがある間は手出しできんわ」
放たれた弾丸は、弾かれるでもなく、受け止められるでもなく跡形もなく『消失した』。
「ま、そのうちエネルギー切れるだろ。……総員、交代態勢で見張り続けるぞー」
彼は見きりをつけてセンジョウへと背を向けると、その場を後にした。
「はぁ、はぁ……。ッ!」
───まだ、『心』が完成して間もない『ナル』にとって、その『心』を『炉』にくべるのは、非常に負荷が強かった。
すこしでも気を抜けば、自分の存在そのものが『火』に転化してしまう様な。そんな恐怖を覚えながら。
それでも。彼女は『心』に灯をともす。
「約、そく……したん……です……っ!……お父さんは……私が、守るん……だっ……て!」
けれど。永遠に耐え続けることはできない。
それでも。
───それでも。
「私、は……!信じます……!だから…………」
─────私達を、お父さんを。助けて、下さい……、ユウカ────!
「──ナル?」
「どうしたんですか?ユウカちゃん」
ユウカとノアは、連邦生徒会から届いた、『非常対策委員会』の招集要請に応じるために、それぞれの支度をしている最中だった。
そんな中、ユウカは。聞こえる筈のない、『ナル』の声を、聞く。
「────ナル」
「ナルちゃんが、どうかしたんですか?」
「ごめん、ノア。私……行くところができたから」
「え?」
それだけを言い残して、ユウカは荷物も持たず、相棒の『ロジック&リーズン』だけを手に走り出す。
ノアの呼び止める声にも振り返らず、ユウカは走る。
たしかに。聞こえた。
「待ってて、ナル……!今、助けに行くから────!」
ナルの、助けを求める声が。
「─────センジョウ……!」
彼の、危機を知らせる声が。
ユウカは、ただ。心のままに、走り出した。
光は、雲の切れ間から。