切れ間から差し込む光は。果たして吉兆か、それとも
ユウカは1人、ただ、助けを求める声のことだけを考えて走る。
悩みも、後悔も、葛藤も。いろんな思いが、頭の中に、心の中に渦巻いていたはずなのに。今のユウカは『からっぽ』だった。
無心で、無計画に、ただ。走っていた。
助け方とか、助けた後とか、そんなことを考えている余裕なんて、なかった。
────そんな最中。突如、異変は訪れた。
大地が揺れ、世界に黒い──いや、虹か──……言葉で言い表すには、矛盾を孕んだ、禍々しい『光』が満ちる。
突然のことに、ユウカは足を止め、目をつむる。
そして、彼女が再び目を開くと────
────見上げるほどに大きな、人型の『ナニカ』が、そこには存在していた。
そして。
『早瀬ユウカ』が、キヴォトスから──姿を消した。
『非常対策委員会』が招集されたその時。センジョウはアビドス砂漠にてカイザーPMCに拘束されていた。
故に、当然、彼はその会議へ出席することはできない。
しかし、キヴォトスの危機を見過ごすことができなかったリンは、会議を強行。センジョウが不在のまま、会議が開かれることとなる。
「……以上が。キヴォトス全域に出現した、超高濃度エネルギー体現象の全貌です。……この現象を解明するためには、各自治体の協力が不可欠です。何卒、ご協力のほど、よろしくお願いします」
「はーい。質問」
今回の異変に関する説明をリンが終えた瞬間、ミカがまっすぐに手を上に伸ばす。
「……どうぞ」
「センジョウ君、どこ?」
その質問に、リンはピクリと眉を動かした。
「……彼の所在は、現在つかめていません。私たちの招集へ返答がなかったため、シャーレへ確認の人員を向かわせましたが、行方はつかめていない状態です」
「ふーん。……そっか」
ミカは、リンの言葉を聞き終わると同時に、席から立ちあがる。
「ミカさん──」
「ごめんナギちゃん。私、用事できたから、後よろしくね」
その発言は、『連邦生徒会の呼びかけなどどうでもいい』と、言っているようなものだった。
「キキキッ……。珍しく意見があったな。『ゲヘナの盟主』の名に免じて足を運んでみれば……彼の姿もない。加えて、『先生』もいまだ眠り続けている……。こんな会議に、いったい何の意味があるのだろうなぁ?聖園ミカ」
「あ、そういうのいいから」
「……なんだとぉ!?」
マコトの言葉に、ひらひらと手を振って適当に返すと、ミカはそのまま、会議室の出口へと足を運んだ。
「ミカ様」
そんな彼女の背中に────ミネが声をかける。
「お気をつけて」
「……サンキュ」
短いその言葉に、ミカは彼女の意図をくみ取り、小さく礼を返し、会議室を後にした。
そうして、彼女が扉を閉めた音をきっかけに、会議室の静寂が崩れる。
マコトは、「話すことなど何もない」とすべてを一蹴し、チェリノはクーデターの知らせを受けて、トリニティは独自の会議にかじを切る。
────今の連邦生徒会に、生徒たちをまとめる程の力は。存在しない。
そうして、リンは……その背後から弓を引かれる。
財務室、『扇喜アオイ』。彼女の提出した不信任案により、行政官としての権利が、差し押さえられてしまう。
彼女たちは、危機を前に、少しずつ、少しずつ、バラバラとなっていく。
確かに、誰もが、『
そうして。狡猾な『大人』は、そんな隙を、決して見逃さない。
数時間後、混乱の最中。サンクトゥムタワーへカイザーPMCは侵攻。完全に制圧。
────カイザーコーポレーションは。D.U.を掌握。キヴォトスの王座へ『チェック』をかけた。
「ズズッ……、ズゾ、ズゾソゾゾ」
カイザーがチェックをかける、そのほんの少し前。
「ふー。食ったぁ、食った」
センジョウを包むパルスフィールドが展開されてから、硬直状態となっていたアビドス砂漠にて。オートマタの男は腹ごしらえをしていた。
体に悪いというのに、律儀にスープまで全部飲み切り、空になったカップ麺の器を脇に置いた。
「……しっかし、粘るねぇ。何をそんなに諦めたくないんだか」
適当な岩に腰を掛け、ただぼんやりとセンジョウを見つめながら男はつぶやく。
「ぜーんぶ。スッパリさっぱり諦めちまえば楽になるってのにねぇ」
世界は、思い通りになどならない。
人の欲望に限りが無いように、『やりたいこと』の上限にも天井はない。
実際、彼の遠い遠い雇い主である『プレジデント』も『キヴォトスを手中に収める』などという『やりたいこと』を掲げて動いている。
では、自分が同じ『やりたいこと』を持ったとして。果たして『諦めなければ』手が届くだろうか?
────答えは、『否』だ。
人には、向き不向きというものがある。『限界』がある。
そして、『限界を超える』。等というものは、そう簡単にできるものではない。
そのために費やす、時間と、金と、体力と──まとめれば『人生』といってもいい──そのリソースが、手に入れる結果と釣り合っている確証など。ありはしない。
だから、知識と『経験』を蓄えた『大人』は、賢く生きるために……『選択』のいくつかを『諦める』ことを、覚えるのだ。
自分の『限界』を知り、自分にできるだけの事で、満足するために。
けれど。
「……あー。嫌だねェ」
『大人』だって。……そんな自分に、嫌気が差すこともある。
憧れるのだ。思い描くのだ。
────『限界』を知らなかった。あの頃の自分を。
そんなことを思い浮かべていると。
「……ん?」
いつの間にか、1機のドローンがこちらを見ていた。
バラバラバラバラ。と、プロペラの回る音が聞こえる。
「あ。どうも」
瞬間。オートマタの座っていた岩が────爆散した。
「どわぁぁぁぁぁッ!?!?」
爆風に吹き飛ばされたオートマタは、転がりながら即座に姿勢を正す。
「何、突然なに!?こんな砂漠のド真ん中で敵襲!?」
「隊長!一人の生徒がこちらに──うわっ!?」
「こ、こいつは……アビドスの……ぐわぁ!!」
突然、周囲から悲鳴の声が上がる。
そうして、放たれた銃弾が、センジョウを囲んでいる、緑の光を放つ装置、『ゲフィオンディスターバー』を破壊する。
「あー……こりゃ無理だわ」
オートマタは即座に形勢の不利を悟る。単独でもやれなくはないだろうが……それに相当するだけの給金は貰ってはいない。
「あー。全体に通達!全体に通達ー!これ無理だから、俺一抜けするんで。後よろしく!」
「え、はぁ!?何言ってるんですか隊長!?」
「だって無理だもーん。痛い思いとか嫌だし、俺はどうせPMCこれでやめるしな!じゃ、総員、強く当たってあとは流れで順次解散!ってことで!」
「この──ろくでなしめ!!」
部隊の誰かの罵倒が聞こえるが、彼の知ったものではない。
周囲を見回して、退却ルートを手早く見極めると、彼はセンジョウを一瞥した。
「────ま、俺はお前みたいなボウズ、結構好きだぜ?」
聞こえていないだろうに、そんな声を残し、彼は戦場に背を向けて走り出した。
「精々頑張んな~!」
三十六計逃げるに如かず。これも、『大人』の『選択』だ。
「──っ!」
朦朧とした意識が、周囲から聞こえる爆発音で覚醒する。
最後の記憶は……捕らえられて、電流の様なものを流され、それから。
「機体が……動く!!」
周囲の把握のために体を動かそうとしたセンジョウは、『Nuill-Vana』の機能が復活していることに気づく。
「これなら──ッ!!」
センジョウは、『Nuill』の炉に火を入れる。……相変わらず、その稼働率は著しく低いままだが、それでも戦うことはできる。
「ターゲットの再起動を確認!!まずはアレから……!」
「遅いッ!!」
センジョウは、こちらに銃を向けていた兵士の1人へ急加速して接近し、右腕を強く振り抜いた。
加速と重量を伴った一撃は、兵士を大きく吹き飛ばして、その意識を刈り取る。
理由は不明だが……司令塔らしいあのオートマタの姿もなく、何者かからの襲撃を受けて、部隊の統率はめちゃくちゃになっていた。
「ターゲットが復活してるぞ!やれ!やれーッ!」
「────ん。よそ見してる余裕なんてあるの?」
センジョウを狙っていた兵士達が、頭部へ銃弾を受けて次々と倒れていく。
「し、シロコ!?」
「久しぶり。センジョウ」
センジョウを助け出した存在。それは、シロコだった。
彼女は非常対策委員会へ向かうためにアビドス高校へ向かう途中、PMCの兵力がアビドス砂漠へ向かうのを確認し、その動きを怪しんだ結果……単独でその後を追った。
そうして、その中でセンジョウが捕らえられていることを知り、今へ至る。
「あ、えっと……"シロコ、ありが──"」
「それ、後でいい?まずは敵を片付けてからで」
「え、あ。……そ、そうだな」
シロコの言葉に、センジョウは言いかけた言葉を飲み込む。確かに、まずはこの状況を打開してからだろう。
「合わせられる?」
「問題ない、行くぞ。シロコ」
「ん」
そうして、二人は残ったPMCの兵士たちを倒すため、互いの武器を構えた。
数分後、司令塔もなく、逃げ腰であったPMCの兵士たちが、倒れるか、逃げるか仕切った後で、二人はそのまま戦場からある程度離れた場所まで移動していた。
「……すまん。なんにせよ、助かった。ありがとう」
「どういたしまして。……カイザーが何を企んでるのか知らないけど、思い通りにさせるわけにもいかなかったし」
腰を落ち着けられる場所に座り込み、センジョウはシロコへ感謝の言葉を述べる。
「でも、なんでここに?」
「それは────」
「おーい、シロコちゃーん」
センジョウの問いにシロコが何かを言おうとしたとき、遠方から彼女の名を呼ぶ声が聞こえた。
その声の方を向けば、そこにはホシノがこちらへ向かって小走りで近づいてきていた。
「だいじょうぶそ──ありゃ?なんでセンジョウ君がいるの?」
「ん。そこで拾った」
「拾ったってお前な」
声を張り上げなくても聞こえる程度の距離まで互いに近づくと、ホシノはセンジョウの顔を見上げた。
「『非常対策委員会』に招集されてるはずでしょ。『先生』がこんなところで油売っててもいいのかなー?」
「『非常対策委員会』……?」
「……うへ?今朝のメール、もしかして知らない?」
「ちょっとまて、今確認す────」
ホシノの単語に疑問符を浮かべて、センジョウは着信情報を確認するために『ナル』へ意識を向けようとして────、今、彼女の声が聞こえないことを思い出した。
「悪い、今、端末が故障してて」
「えぇ……。というかもしかして、昨日の夜からこの砂漠にいたとか?」
「あー……。まあ、当たらずとも遠からずというか」
そうしてセンジョウは、オウカの事は伏せたまま、大まかな事情を説明する。
「……で、今の今まで捕まってたってわけね」
「まあ、そうなる」
「うへぇ~。かっこ悪いね」
「うぐぅ!?」
純粋でドが付くほどにストレートな罵倒に、センジョウは胸を押さえてうずくまる。
ホシノは、そんなセンジョウを見下ろしたまま言葉をかける。
「それで。センジョウ君はこれからどうするのさ」
「これから……」
ホシノの言葉に、センジョウは『ジェネラル』の言葉を思い出す。
「あいつらは、シャーレに俺がいるのが不都合だ、と言ってた。とすれば……」
「ん。つまり……シャーレが危ない?」
「……まー。あいつらの考えそうなことだねぇ。何を企んでいるのやら」
センジョウは静かに立ち上がると、2人へ背を向ける。
「ちょっと、ちょっと。どこ行くの」
「決まってるだろ。シャーレだ」
ホシノの言葉に、センジョウは短く答えを返す。
「『俺が』、シャーレを。父さんを守るんだ」
「……ふーん。意気込んでるところ悪いんだけどさ。やめときなよ」
ホシノはいつもの軽い調子のまま、センジョウを引き留める。
「今のキミが一人で言ってなんになるのさ。シャーレの制圧に向かうような部隊。君をとっつかまえた部隊なんかより優秀だって。少し考えれば分かるんじゃない?」
「なら、黙ってみてろっていうのか」
ホシノの言葉に、センジョウは振り返り、睨みつけるように彼女を見た。
そんな彼の姿に、ホシノは表情を険しくする。
「……あのさぁ。ちょっとは周りみなよ。大体さ────」
「ん。ホシノ先輩。そこまで」
わずかだが、苛立ったような様子でセンジョウに何かを言おうとしたホシノを、シロコが手で制する。
「センジョウ。私たちも先生の事が心配なのは一緒。だから、行くなら私たちも連れていくべき」
「それは……」
シロコの言葉に、センジョウが言葉を詰まらせる。
そんなセンジョウを見て、ホシノが口を開く。
「……『先生』なら、どうするか。とか、考えてる?」
その言葉に、センジョウは静かに目線を逸らす。
「────悪いかよ」
「まあ、悪くはないんじゃなーい?それが『考えた結果』ならね。……で、どうなの?」
「"……えっと"」
「違う違う」
「『君は』、どうなのさ」
ホシノの眼差しに、センジョウは静かに気圧される。
「……助けて、欲しい、です」
「ん。いいよ」
「シロコちゃーん……それおじさんが言うところじゃないかな……?」
センジョウの言葉にシロコが食い気味に答え、ホシノがその様子に呆れる。
「それじゃま、とりあえずアビドス高校にかえろっか。アヤネちゃんたちも置いてきちゃったしねぇ」
「え?あ、いや。俺は今すぐに────」
「どこかのまぬけさんの傷の手当てもしないといけないからねぇ?」
「う、ぐ……。……はい」
「はい、じゃあ決まり」
半ば強引に、ホシノに丸め込まれるようにしてセンジョウはアビドスへと向かうこととなった。
────そうして、彼らがアビドス高校へとついたころ。サンクトゥムタワーはカイザーに制圧され。時を同じくして、『シャーレ』も。彼らの手に落ちることとなる。