青空DAYS   作:Ziz555

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 それが、『彼』の始発点。


シャーレ奪還作戦(1)

 

「…………ああ、よかった」

 

 ナルは『Nuill』の中で、弱々しく呟く。

 センジョウが助かったことに安堵し、張詰めていた緊張の糸が途切れていた。

 

「お父さん……無事、で……」

 

 助けに来てくれたのが、ユウカでなかったことは……すこし、残念だったが。

 

「……ごめん、なさい。私は……少し、眠り……ます」

 

 疲れきっていたナルは、その瞼をゆっくりと閉じる。

 

「がんばって……、お父、さん…………」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

「────ユウカが、居なくなった?」

 

 月が照らす夜のアビドス高校の一室で、センジョウはノアからの連絡を受け取っていた。

 

『行くところができた。とだけ残してどこかに行っちゃって……センジョウ君なら何か知らないかと思ったんですが』

「……すまん。力になれなくて」

『いえ……。ただ、ユウカちゃんが衝動的に飛び出すとしたら…………』

 

 そこまでノアは言いかけてから口を閉じる。

 

『……なんでもありません。とにかく、センジョウ君も忙しい中ごめんなさい。……D.U.の事、大丈夫ですか?』

 

 ノアが言っているのは、現在交通と通信の全てが遮断され、外部から一切の連絡のとれないD.U.の事だった。

 センジョウは不幸中の幸いとして、アビドス砂漠での戦闘時の情報からから『何が起きているのか』の内容はわからずとも、『何が原因か』の憶測は立っている。

 

「大丈夫。と一言で言いきるのは難しいが、なんとかする」

『……ふふ』

「……なんだよ。なにかおかしいか?」

『いえ。ただ……』

 

 ノアはセンジョウの言葉に笑みをこぼす。

 

『止めたんですね。あの格好つけた様な話し方』

「………………」

『私は……今の方がセンジョウ君らしくて好きですよ?きっと、ユウカちゃんも』

 

 センジョウは、ノアのそんな言葉に思い詰めたように視線を落とす。

 

「……用が終わったなら切るぞ。ユウカの事は……俺も、できる限り探してみる」

『はい。よろしくお願いしますね。……それじゃあ、また』

「ああ。…………また、な」

 

 通話を切り、センジョウは窓から月を見上げる。

 

「…………俺らしい。か」

 

 ノアが嘘やお世辞を言っているとは思わなかった。

 

 だが、だからと言って……センジョウは『格好つける』事を止めようとは思わない。

 

「俺には……。俺じゃ、ダメだから」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 だが、シャーレに、キヴォトスに必要なのは、間違いなく『先生』なのだ。

 

 なら、俺がやるべき事は、『蒼井センジョウ』が『先生』になることではなく。

 

 

───『蒼井センジョウ』ではなく、『先生』になる事。

 

 

 その為に仮面を被った。自分を殺して、個性を殺して、考えを殺して。

 

 そうして、『先生のふり』を、した。

 

 それで上手く行っていた。行っていた……筈なのに。

 

 

「……どうしろっていうんだよ。おれに」

 

 

────本心だけで言うなら。今すぐ全てを投げ出して、ユウカを探しに飛び出したかった。

 

 

 だが、今のセンジョウはシャーレを任された義務がある。責任がある。

 

 

 『先生』でなければ、『生徒(シャーレ)』は救えず、『センジョウ』でなければ、『1人の人間(早瀬ユウカ)』は救えない。

 

 だが、『蒼井センジョウ』が『先生』になる事はできない。

 

 そのどちらもを同時に叶えることは……できない。

 

 『選択』をするしか、無い。

 

 

 

「おやおやー?良い子はもう寝る時間だよ~?」

 

 そんな声にセンジョウが振り向くと、教室の入り口に小鳥遊ホシノが立っていた。

 

「……俺はもう大人だ」

「私の知ってる大人は、そんな顔で『自分は大人だ』なんてムキにならないけどなぁ?」

 

 ホシノはへらへらとした様子で教室へ入り、センジョウの居る場所から1つ離れた机に腰を掛ける。

 

「悩んでるなら、おじさんが聞いてあげよっか?」

「必要ない。これは俺の問題だ」

「まあまあ、折角の機会なんだし、話すだけならタダだよ?ほら、ほら」

「…………」

「じゃあ、当ててあげよっか。君が何で悩んでるか」

 

 ホシノはスッと目を細めた。

 

「──ユウカちゃんを助けに行くべきか、シャーレを守るべきか。でしょ」

 

 ホシノの言葉に、センジョウは目を見開いて彼女の表情を見た。

 

「ほら、合ってた」

「お前────」

「聞こえちゃっただけ。別に聞くつもりは無かったよ」

 

 ホシノは机に座ったまま、足をぶらぶらと揺らす。

 

「責任とか、自分が、とか。思い詰めるのも解るけどさ。もう少し自分の事、大切にしてあげた方がいいよ?」

「……そんな『我が儘』。俺の立場でできると思うか?」

「少なくとも、『先生』は……割と自分勝手だったと思うけどなぁ」

 

 ホシノは自分の退部届けに頑としてサインをしなかった『先生』の事を思い出しながら、そんなことを言う。

 

「別にさ。センジョウ君が行かなくても、シャーレには私達が行くよ。『先生』を守りに、『先生』の為にね」

 

 ホシノの言葉は事実だ。

 

 きっと、彼女達は自分がついていかなくとも単独でD.U.へ向かい、シャーレへと向かうだろう。

 

 だから。自分の想いを選べと、そう彼女は言っている。

 

 

「……自分の事も救えないような人に。『誰か』なんて救えないよ」

 

 

 ホシノの言葉に、センジョウはあの日の父の背中を思い出す。

 

 妻を失い、失意と後悔に溺れ。ただ、醜く背中を丸めて、恥も知らずに泣き続ける……そんな、父であり兄であった、尊敬していた男の姿。

 

────ああ、そうか。

 

 その時、センジョウの心に。ストンと落ちるものがあった。

 

 

 

────だから、俺はユウカに見捨てられたんだ。

 

 

 

「…………そうかもな」

「なら────」

「でも、その『選択』が。……自分を殺し、心を殺したその『選択』が正しいのなら。……救われる『未来』がある」

 

 あの日の父を恨んでいない訳がない。

 あの日の自分を悔やんでいない訳がないけど。

 あの日の記憶を疎んでいない訳がない

 

 たった1人の血縁者を失い、頼れる大人は家を去り。

 

 ただ、1人孤独に。

 ただ、未来の事のために。

 ただ、今の全てを犠牲にして。

 

 ただ────『父の為』に全てをすりつぶしてきた。

 

 その日々が、地獄でない筈がない。

 

 

 だが、だからこそ。

 

 

 あの地獄があったから、あの後悔があったから、あの憎しみがあったから。

 

 今の『蒼井センジョウ』は──ここにいる。

 

 

 父が仕事を選ばなければ、今の生活はあり得ない。

 母が言葉を残さなければ、自分はきっと彼を許せなかった。

 自分が彼を許さなければ、彼はきっと自責の念で潰れていた。

 

 

 たしかに、その『犠牲』は。無駄なんかではない。

 

 でなければ。そうでなければ。

 

 

 

 『母さん(姉さん)』の死が。なんの意味もない、ただの無駄死にになってしまう。

 

 

 

 最初からそうだった。……『俺』に、誰かを守れる力なんて。有りはしない。今更だ。そんなことは。

 

 俺はただ、壊してきただけ。壁を、敵を、障害を。

 ただ、その後にみんなが勝手に立ち上がって前に進んでいったに過ぎない。

 

 だから。

 

 

 

「俺は『選んだ』んだ。この『地獄(みち)』を、だったらもう、行くしかないじゃないか」

 

 

 

 黒く、深く濁った瞳には……何も、誰も。映ってはいない。

 

「愚かと笑われても。嘘つきと蔑まれても。意気地無しと罵られても。俺は────」

 

 それが──『蒼井センジョウ』の始発点。

 

「────俺は。全部を捨てて、『父さん(シャーレ)』の敵を討ち果たす」

 

 俺は、最初から何も変わってなんかいなかった。

 

「ありがとう、ホシノ」

 

 彼は、振り向かず彼女に声をかける。

 

「君のお陰で……決心がついた」

 

 今の自分に、守られる価値など無い。

 今の自分に、想われる魅力など無い。

 今の自分に、失われるモノなど無い。

 

 

 だから。

 

 

「俺は、行くよ」

 

 

 得られる答えなど無くても。それがただのその場しのぎだとしても。

 それで、未来へ道が繋がるのであれば。

 

 

 せめて。死すべきその身は誰かの為に。

 

 

 

「…………そう。好きにすれば」

 

 

 

 ホシノは、静かにそんな彼の背中を見送った。

 

 

 

 彼を見送ったホシノは、窓から静かに月を見上げていた。

 

「ホシノ先輩、ここにいたんですね。探しましたよ」

 

 ほんの少しの時間が経った頃、そんなホシノを探して、ノノミが教室へと足を踏み入れた。

 しかし、ホシノはそんなノノミを気にも止めず、ただぼんやりと夜空を見上げていた。

 

「…………ホシノ先輩?」

「いやぁ、ダメだね。おじさんは先生みたいに上手くはできなかったや」

 

 へにゃり。と弱々しく笑うホシノをみて、ノノミは心配そうに彼女を見た。

 

「センジョウ君と何かあったんですか?」

「ありゃ、もしかして見られちゃってた?」

「……センジョウ君が教室から出ていくところは」

 

 ノノミはホシノの座る机の隣へ腰を掛けた。

 

「…………正直、さ。今のセンジョウ君を見てると。ちょっと前の私を思い出しちゃって。どうにも嫌な気分になるんだ」

「だから、センジョウ君にやたらと当たりが強かったんですね?」

「恥ずかしい話だけどねぇ」

 

 1人で抱え込んで。自分で全部を守らなければならないと思って。

 『先輩』の守ろうとしたものを。『後輩』達がこれから生きていく未来を。

 

 そして、大人に騙されて。『選択』を間違えて。失敗して。

 

「……でもさ。私には、『先生』がいてくれたからさ」

 

 真に向き合ってくれる、『大人』がいた。

 間違いを正してくれる、『大人』がいた。

 守って、導いてくれる、『大人』がいた。

 

 『引き留めてくれる人』が、いた。

 

 だけど、それは。今の彼(センジョウ)には……居ない。

 

「あのときの自分がしてもらえたことを返せないかなぁ。なんて、思っちゃったりして」

 

 だから、余計な世話を焼いた。

 焼いて、しまった。

 

 けれど、彼には届かなかった。……それどころか、彼を間違った道へ進ませてしまった。

 

「…………センジョウ君を引き留められるのは、先生か、ユウカちゃんだけなのかもしれないねぇ」

「ホシノ先輩…………」

 

 後悔と罪悪感に苛まれながら、ホシノは言葉を溢す。

 自分には、『先生の真似事』も出来なかったのだから。

 

「……せめてさ、先生が起きてきた時に、悲しまなくてすむように。センジョウ君の事は守らないと、ね」

「そう、ですね」

 

 今の私達に出来ることは。それだけだ。

 

「先生を、信じましょう」

 

 ノノミの言葉に、ホシノは静かに頷いた。

 

 

 


 

 

 

 

 翌日早朝。支度をすませたホシノ達とセンジョウは、シャーレを奪還する為、D.U.のシャーレビルを目指して移動していた。

 そんな中、ホシノ達をのせた支援車両を運転するアヤネが周囲の情報に目を通し、訝しげに呟いた。

 

「──妙ですね」

「妙?」

「はい。今のD.U.には交通規制が敷かれています。……ですが、今のところ検閲らしい検閲も、規制のための警備員も見当たりません」

 

 早朝と言うこともあり、道を行く車は他には見当たらない。……しかし、逆に言えば、静かすぎると言える光景が、そこには広がっていた。

 

 もう、D.U.に差し掛かると言うのに。だ。

 

「すこし、偵察用のドローンを奥まで飛ばします。これでなにか解れば良いのですが……」

「手間をかけるねぇ、アヤネちゃん」

 

 そうして発進させていたドローンは、対空索敵を掻い潜りながら、シャーレのビルがある地点へと近づいていく。

 

 すると、なにやら派手な戦闘音をドローンが観測した。

 

「────これって」

 

 ドローンの示す映像を見ていたホシノが、顔をひきつらせる。

 

「トリニティの……聖園ミカ……?」

 

 カイザーPMCの軍勢に、彼女は1人で相対していた。

 

『…………どうした。何かあったか?』

「え?あー……いや。そのー」

 

 バイク形態の『Nuill』に跨がり、並走するセンジョウからの通信に思わずホシノは良いよどむ。

 

 「あなたの彼女が単身で突っ込んで無双してます」なんて言葉。正しく伝える語彙力を持ち合わせているわけがない。

 

『何かあったんだな、先行する。無理についてくるなよ』

「あ、ちょっと、センジョウ君!?」

 

 

 センジョウはアビドス対策委員会との通信を一方的に切断すると、懐へと手を伸ばす。

 

 

 昨日の敗北の原因が、『Nuill-Vana』との同調率の低下に有ることは、センジョウも知っている。

 加えて、『ナル』のサポートが見込めない以上、このままではまともに戦闘することも厳しいだろう。

 

────だが。同調率の低下が問題なのであれば。底上げしてやれば良い。

 

 センジョウは懐から小さな無針注射器を取り出した。

 

 

 

 『調整剤』

 

 

 

 それが、その注射器に満たされた薬剤の名前だ。

 

 ユウカに咎められて没収された中で、もしものために少しだけ『Nuill-Vana』の格納領域へ仕込ませていたそれを手につかむ。

 どんな反動があろうと、最早今となってはどうでもいい事だ。

 

 どうせ、それを咎める人も、悲しむ人も……もう居ない。

 

 自分が捨てたんだ。全部。

 

 だから。

 

 

「もっと俺に力を寄越せよ。『Nuill-Vana』」

 

 

 そうして彼は、注射器をその左胸に突き立てる。

 

 ドクン。と、自分の心臓が大きくはねる、懐かしい感覚がした。

 頭にこびりつく雑音が。遠くなって行く。

 

 

 『力』が漲る。

 

 

────リンク率、上昇を確認。

 

 

「飛べ。『Nuill-Vana』」

 

 ダンッ!っと『Nuill』を蹴って飛び上がると、それに合わせるようにして『Nuill』はバイクから姿を変えてセンジョウを包み込む。

 

 即座にFA形態となった『Nuill』を纏い、センジョウは空へと舞い上がる。

 

 シャーレ(父の元)へ、急ぐために。

 

 

 

 

 

 

「うーん。邪魔くさいなぁ」

 

 D.U.一角、シャーレへと向かう通路の中央を堂々と歩きながらミカは苛立ちを吐き捨てた。

 

「くそっ!くそっ!くそっ!なんだ、なんなんだあの女!?」

 

 そんな彼女に怯えるようにして物陰に潜んでいたオートマタの1人が、悪態をつきながらガタガタと震える。

 

 そう。1人だ。

 

 ここには、シャーレへと向かうであろう脱走したセンジョウを迎撃するために集められた兵士が、両手の指では足りないほどにいた筈だった。

 

 だというのに、その全てが。たった1人の女子生徒に壊滅させられた。

 連携も、作戦も、積み重ねてきた訓練も。

 その全てを、一瞬のうちに否定された。

 

 だが、逃げることは許されない。

 

「やってやる……やってやる!俺1人でも!」

 

 自分を鼓舞し、男は武器を構えて物陰から飛び出した。

 彼女はこちらに気づいていない、いまならその無防備な背中に弾丸を叩き込める。

 

 こちらに気づいたヤツが、振り返るより先に、撃て。

 

 

 そうして彼がトリガーへ指を掛けた瞬間。天より鉄槌が舞い降りる。

 

「が……はっ……」

「撃たせねぇよ」

 

 鋼鉄の塊である『Nuill』のアームパーツを落下とと共に叩きつけられた事で、兵士は意識を失った。

 

「あっ。居た!!ようやく見つけた!」

 

 そんな彼の姿にミカは表情を明るくして、弾んだ声を上げる。

 

「なんでお前がここにいるんだよ、ミカ……」

「なんでって、そりゃ、センジョウ君を探してたからに決まってるじゃん☆」

 

 呆れたように苦笑を浮かべるセンジョウに対し、ミカは満面の笑みを浮かべたまま彼の元へ駆け寄るのだった。

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