「大丈夫だった?心配したんだよ」
「問題ない。解決した」
ミカは心配をセンジョウに一蹴され、ジトッと彼の顔を見る。
「……解決した。ってことは、やっぱり問題あったんだね」
「過ぎたことだ。気にするなって言ってるんだよ」
「私は。なんで私を頼らなかったのって聞いてるんだよ?」
自分を見上げるミカの不機嫌そうな表情に、センジョウは居心地が悪そうに視線をそらす。
「……悪かった。助けを呼べる様な状態じゃなかったんだ」
「ふーん。……で、誰に助けてもらったの?」
「いや、もう助かったんだから別に──」
「
「………………」
やけに圧しの強いミカの追求に、センジョウは思わず半歩後ずさる。
「…………あ、アビドスの生徒だ」
「そっか」
センジョウの言葉を聞いたミカは、その答えを聞いて、一歩センジョウから離れると、笑顔を浮かべる。
「それじゃ、今度ちゃんとお礼しないとね☆」
「そ、そうだな……?」
不意に表情と空気感の変わったミカに、センジョウはテンポが読めず、曖昧な返事を返した。
「それで。センジョウ君はこれからどうするの?やっぱりシャーレに行く感じ?」
こてん。と小首をかしげるミカ。
「ああ。……元々予測はしてたが、この状況から察するに、シャーレはカイザーの私兵に占拠されてる。……オヤジを助けに行かないと」
こうしている間にも、父の命が脅かされている危険がある。
もたついている暇等ない。
そんなことを考えながら、シャーレのビルがある方向を睨み付けるセンジョウを、ミカは静かに見つめていた。
「…………」
「……なんだよ」
ミカの視線に気づいたセンジョウは、眉間にシワを寄せながら彼女を見る。
「センジョウ君。何かあった?」
「どういう意味だよ」
「だって、初めて会った頃の話し方してるし」
「…………」
そう、指摘されて思い返すと……確かに。今の自分の心境は、初めてキヴォトスに来た頃のソレに良く似ている。
「嫌いと言われても変えないぞ」
「ううん。いいよ、大丈夫。センジョウ君が選んだなら。私もそれを受け入れるよ」
ふるふると静かに首を振り、ミカはセンジョウの顔を再び見る。
「ドーピング。使ったでしょ」
「──」
「図星。……本当に解りやすいよね、センジョウ君って」
ミカの言葉に、センジョウは息をのみ、怒りと、叱責の言葉を覚悟した。
だが。ミカは、そんなセンジョウの顔へ手を伸ばし、そっと、その頬を冷たい装甲の上から撫でる。
「……あなたが傷つくと。私は悲しいんだよ?」
「み、か……?」
ミカの言葉と行動に、センジョウは思考が止まる。
「約束したから。私はね、あなたがどんな『
それでもね。
「やっぱり、あなたが苦しんだり、悲しんだりしたら。私も、苦しくて、悲しいよ?」
彼女は、笑っていた。
でも、その笑顔は、儚くて、悲しくて。
────けれど、美しくて。
「おれ、は──」
胸が早鐘を打つのは、『調整剤』の影響か。息がどうしようもなく苦しいのも、そのせいか。
「……わかってるよ。センジョウくん。それは、君が『必要だ』って思ったことなんでしょ?」
ミカは、そっと彼の頬から手を離す。
「私も戦うよ。……一緒に、行こ?」
彼の行く先が。『地獄』であると知りながら。それでもミカは。彼に笑いかける。
センジョウは、その理由を、
「ん。見つけた」
二人がただ茫然と見つめ合っていると、ふとそんな声が聞こえる。
声のした方を向けば、そこにはシロコが立っていた。
「シロコちゃーん、ちょっとペースが速いって……おじさんにはマラソンはきびしいよ~」
「だから、そんなに、年齢は変わらないでしょ……。あれはシロコ先輩が早すぎるだけだって……」
「二人とも運動不足なんじゃないですか~☆」
そんな彼女に続いて、武装を整えたアビドス対策委員会の面々が集まってくる。
どうやら、追いついたらしい。
「センジョウ君、と。……彼女ちゃん?」
「それでもあってるけど。ミカでいいよ」
「うへ~。初対面から呼び捨てはなかなかおじさんにはハードルが高いよぉ」
というか、ドローン越しとは言え。一方的に『無双』の大立ち回りを見た直後の本人にそんなに親しく声をかけられるほど、ホシノは他人慣れしてはいなかった。
一先ず、ここでぼんやりと突っ立っていつづけるわけにもいかないホシノは、話題を前へと進める。
「えーっと。……『シャーレ奪還』は、手伝ってもらえる感じ、なのかな?」
「うん。私はセンジョウ君と一緒に戦うために此処に居るからね」
「そっか。……うん、分かった。じゃあ、とりあえず共同戦線、よろしくね」
「こっちこそ、よろしく☆」
ホシノが差し出した手を、ミカは友好の証に握り返す。
こうして、『シャーレ奪還作戦』のメンバーに、心強い味方が1人。増えることとなった。
「……では、今観測された6つのエネルギーは『色彩』だと?」
「現状はまだわかりません。しかし、もう間もなく明かされることでしょう」
ゲマトリアの会議室にて、黒服、マエストロ、ゴルゴンダとデカルコマニーは集まり、会議を開いていた。
その題材は、『色彩』に関することだ。
「カイザーが独断で動いてしまったので、把握にはもう少々お時間を頂くと思いますが……」
黒服は、慎重に言葉を選ぶようにして会話を続ける。
「本来、不可思議は、私の興味の対象ではありません……ですが、『箱舟の影』まで観測された今、話は変わってきます」
「アビドス砂漠地下のオーパーツは、カイザーの手に渡ってしまっていいのでしょうか?」
黒服の話の中にありつつ、彼が考慮を見せない要素に対し、ゴルゴンダは質問を投げる。
黒服は静かにその問いへ肯定の頷きを返す。
「ええ、そちらはあまり心配しなくていいでしょう。何せ、プレジデントは、どんな手を使ったところでアレを制御できないかと。……そして、それが『箱舟』ではない以上、我々が興味を持つ事項ではなくなりました」
プレジデント──カイザーグループのトップの事だ──の野望が意味をなさないことを知ったうえで、彼らを利用していた黒服は、彼らの事を些事だと言い切った。
「我々は、我々の計画を進めましょう」
黒服の言葉に、彼らは『計画』の進度を確認する。
「……
「怪談の無限図書館はまだ始まったばかり……そしてアミューズパークのマジシャンも……まだ時間が必要そうですね」
「デカグラマトンの預言者は、理解者『ビナー』に審判者『ケセド』、栄光『ホド』の力を確保しました。……デカグラマトンは預言者を残し、死を選んだ。現状は、これが最善というところでしょうか」
黒服は、今だ未知の残る『デカグラマトン』へ思考を回す。
「これが神聖の再臨『パルーシア』を再現するものなのか確認したかったのですが……残念ながら時間がありませんね」
彼は、静かに首を横に振る。
「輪廻を超越せし『Nuill-Vana』の覚醒も不完全な中、忍び寄る『色彩』、復活目前の『無名の司祭』……どちらにせよ、備えておかなければなりません」
彼らは、現状の先を想像し、静かにそれを受け入れる。
「キヴォトス中の、数多の神秘が消えてゆくのですね」
「……その明滅をも、私たちの探求であったとしましょう」
それが、最善の結果でも、望むべく物でなくとも。彼らは、静かに現実を受け入れる。
────だが。その静寂に、亀裂が入る。
空間に、『孔』が空いた。
黒く、暗い。虚空を映す、世界の『孔』が。ぽっかりと開く。
そうして、その穴から。一つの『影』が、世界へ落とされる。
白く光る、無機質なソレは、武骨な鉄の鎧のようにも見える。
だが、所々に見えるコネクターとケーブルが、その物体が何らかのマシーンであることを主張していた。
『
「撤退、撤退だ!」
「建物内部へ退避して再整備だ!!」
アビドス対策委員会と合流したセンジョウとミカは、そのままシャーレビルの入口まで制圧範囲を広げていた。
よりビルの内部へと後退していく兵士たちを見送りながら、センジョウは武器を下した。
────警告、搭乗者とのリンク率低下。
「……一度こちらも息を整えよう」
『Nuill』の警告表示に、センジョウはバイザーを上げ、アーマーの装備を解除する。
体を覆い隠していた装甲から解放され、全身当たる外気の冷たさが、戦闘で籠った熱に心地よく感じた。
「みんな。力を貸してくれたこと、感謝する」
「言ったでしょ。私たちの目的は『先生』の救出。目的が同じなだけだよ」
「そうだったな」
センジョウに軽く言葉を返しながら、ホシノは手に持っていた盾を一度地面へと下ろし、入り口の段差に腰を下ろした。
そんなホシノに合わせ、他の面々も同じように思い思いに一息を着く体勢をとった。
『ここまで来たのはいいんですが……。具体的にシャーレの奪還のためには、何を制圧目標とすればいいのでしょうか?』
「何って……先生の救出じゃないの?」
アヤネの疑問に対し、セリカは純粋な目的を返す。だが、そんな彼女たちに対し、センジョウは顎に手を当てて考え込む仕草をしながら、父との会話を思い出した。
「……『クラフトチェンバー』」
「それって何なの?センジョウ君」
センジョウの呟きを、ミカは拾い上げる。
「俺も詳しくはない。……ただ、オヤジはそれが『大切なもの』だと言っていた。……俺は結局、その使い方はこれっぽっちもわからなかったが、多分、何か意味のあるものだと考えて間違いはない」
「ふーん。……じゃあまあ、『クラフトチェンバー』の奪還も目標に加えてもよさそうだね」
ホシノの言葉に、センジョウは静かに頷きを返す。
「多分、俺たちの目的は2つ。……1つは、オヤジの身の安全の確保。もう1つは、『クラフトチェンバー』の確保でいいはずだ」
『それに1つだけ目標、加えてもいいかな?』
「……誰かなー、君は?」
突然、彼らの無線通信に割り込んでくる存在が現れ、ホシノがその声に警戒の色を示す。
『と、突然すみません。私たちは連邦生徒会の、アユムと……』
『モモカだよ』
『連邦生徒会』という言葉に、ホシノはすぐにセンジョウの表情をうかがう。……センジョウにとって、その名前は聞き覚えが確かにあった。
その声も、記憶の中にあるものと大きく違いはない。信じても、問題はなさそうだった。
「どうして直接通信を?」
『その声……センジョウさんですか?無事だったんですね!よかった……』
「何とかな」
『こっちも大変だったんだけどね。……あ、私たちは今、サンクトゥムタワーの地下通信センターにいるよ』
「……サンクトゥムタワーも制圧済みか」
『そ。……ちょーっと手際が鮮やかすぎて引っかかることはあるけど。とりあえず今は、この状況の打開を目指そうって話になってね』
モモカは、普段の気だるげな様子は残しつつ、しかし、その怠惰な調子を忘れたかのように言葉を続ける。
『単刀直入に言う。先生と同じ部屋に、リン先輩が捕まってる』
「七神リン行政官が……?」
「ん。カイザーのやつら、本格的にクーデターを起こしてるみたいだね」
「それで、『目的の追加』って言うのは────」
『そ。────リン先輩の救出も頼みたいんだ』
モモカの言葉に、センジョウは目を細める。
「……どのみち、シャーレに居座る敵は俺が全員叩き潰す。リンもそれなら助かるだろ」
────『助ける』。とは、今のセンジョウには。言えなかった。
『……よろしく、お願いします』
アユムの真剣な声に、センジョウは拳を握りしめる。
もどかしかった。悔しかった。情けなかった。
ただ一言。『俺が助ける』と、言いたかった。
けれど……『センジョウ』は。戦う事しか出来ない、破壊者でしかない。
「────私たちに任せて、ダイジョーブだよ☆」
ミカの明るい声が、その場に響いた。
『あ、えっと……』
「会議の時は勝手に飛び出しちゃってごめんなさい。……その代わり、って事にはならないと思うけど。リンさんは、必ず私たちで『助ける』から。安心して?」
『……はい!』
相手を気遣った、安心させるような言葉。けれど、それは嘘や方便の雰囲気は感じられない。ミカは、本気で彼女たちの願いを────『リン』を、救おうとしていた。
そんな言葉に、センジョウは驚いた顔で彼女を見る。そうして、彼女は振り返り、そんなセンジョウの表情を見上げた。
「────でしょ?センジョウ君」
その笑顔に。センジョウは息をのみ、言葉を失う。
『どうして』、も。『わかった』も。言えなかった。
書きたかったシーンその1。テラー登場。