『男』の宣言に、絵画の男は、静かに言葉を返す。
「……『先生』でも、『主人公』でもなく。一人の『親』として。この先の結末へ立ち向かうというのか」
「ああ。そうだ、……息子が頑張ったんだ。親父がそれに答えられなくてどうする」
『男』は、自信に満ちた表情で答える。……その
「────いいだろう。では、見届けるとしよう」
「絶望を、破局を迎え。そうして!結末へと走り出すエンディングを!」
絵画の男は、そう言葉を残し。まるで、初めからそこに居なかったかのように、姿を消した。
残された男は1人、決意に満ちた顔で、赤い空を見上げる。
『先生!お待たせ、通信が復帰したよ!』
「ありがとうモモカ。……アロナ、聞こえてる?」
『せ、先生……本当に、本当によかった……ようやく、めを、覚まされたんですね……!もう、もう。二度と目を覚まさないんじゃないかって……』
男は、自分の手に持ったタブレットに映るアロナがぐずぐずに泣きはらす様子を見て、苦笑を浮かべる。
「心配かけてごめんよ。……早速なんだけど、一つ、頼まれてくれるか?」
『……ううっ。ぐすっ……。はい、このアロナになんでもお任せください……!』
「みんなに、連絡を取ってもらえるかな」
『はい!……えっと。『みんな』とはつまり……誰に連絡を?』
アロナの言葉に、男は笑みを浮かべたまま、優しく言葉を続ける。
「『みんな』に頼む」
そう。それは、言葉通りの意味。
彼と面識のある。すべての生徒たちへ。連絡が送られる。
────ここに、役者は揃う。
これより相対するは。破壊者である『終着点』が引き寄せた、『色彩』の嚮導者。
それは。避けられぬ、運命。
「……本当に、オヤジなのか……?」
センジョウは、目の前に立つ男の背中に、そんな言葉をかける。彼が疑っているのは、現実そのものだった。
そんなセンジョウの言葉に、男は優しい笑みを浮かべたまま振り返る。
「ほかに誰に見えるっていうんだ?」
「だって……オヤジは、ずっと眠って。だから、俺が」
「そうだな……随分長い間、眠っちゃってたみたいだ」
ぐりぐりと肩を回し、苦笑を浮かべて肩をすくめる。
そして、彼は膝をついたまま座り込んだ少年の為に、しゃがみ込んで視線を合わせる。
「その間、ずっと『シャーレ』を守ってくれてたんだろ?ありがとう。……それと、ごめんな、大変なことを押し付けて」
労いと、感謝の言葉を伝えながら、わしゃわしゃと雑に彼の頭を撫でる。
その言葉に、その掌の温かさに。センジョウは。自分の行いが報われた気がして。
自分の『
ぼろぼろと大きな涙をこぼす。
「ミカ」
「今の先生は。先生だけど先生じゃないんだね」
男は、泣きはらすセンジョウの傍に座り込むミカの言葉に、静かに頷いた。
「……そっか。うん。それでいいと思う。そのほうがいいよ」
「悪いな。……センジョウの事、頼めるか?」
「いいよ、任せて。ちゃんと守るから」
ミカは、男の頼みを素直に受け入れ。そんな彼女を見て、男は立ち上がる。
「オヤジ……!」
「ちょっと行ってくる。その間センジョウはもう少し休んでて」
「俺も行くよ!俺も役に立つから!だから!」
すがるように、引き留めるように手を伸ばすセンジョウに、男は優しく笑う。
「俺は、お前の事も頼りにしてる。……けど、その為にも。今はゆっくり休んでくれ。本当に必要な時の為に、今は英気を養うんだ」
「でも────!」
「センジョウ君、今は休もう?こんな体で戦い続けたら、本当に取り返しがつかないことになっちゃうから」
何とかして男の後を追おうとするセンジョウを、ミカはその手を握り、優しく引き止める。
「ミカ……。でも、俺は……!」
「センジョウ。……約束だ」
男は、シャーレのコートを取り出し、その服に袖を通しながら、センジョウへ言葉を伝える。
「ひと段落させたら。必ず時間を作る。……そしたら、今度こそ。ゆっくり話そう」
襟を整えて、男は再び『
「大丈夫だ。……時間はまだ、これからいくらでもある」
「…………」
その姿に、センジョウは、静かに口を閉じる。
そこには、あの日の様な、情けない父の姿は。弱弱しい父の姿は、ない。
「──帰ってくるよ。必ず」
そう告げる男の背中を。ただ、見送ることしか。今のセンジョウにはできなかった。
────キヴォトスには現在、6本の捻じれた、赤黒い『塔』がそびえたっていた。
モモカの観測した、6つの力場があった個所にそびえたつ『塔』は。禍々しい気配を放ち。世界を、ゆっくりと削り取っていた。
男は、1人。破滅の運命に抗うために、シャーレの屋上へと登る。
本来であれば、誰もいないはずのそこに、1人の影が立っていた。
「……クックックッ。」
「どうした、黒服。そんなボロボロで」
スーツは破れ、全身に痛々しい傷を持ち、特徴的な頭部がひび割れたような姿の彼に、男は気さくに声をかけた。
「お見苦しい姿で失礼します、先生」
「そんな調子で、何の用だ?」
「そうですね。単刀直入にお話ししましょう」
黒服は、一息だけ整えると、浮かべていた笑みを消して、言葉を続ける。
「──ゲマトリアは壊滅しました」
その報告は、彼の姿の理由を納得させるほどのものだった。
「『色彩』が、ついに到来してしまったのです。……いえ、もう少し適切に言うなら、『侵略してきた』というべきでしょうか」
「……つまり、何が起きてるって?」
『色彩』の侵略という言葉の意味を図りかねた男は、素直にその意味を問い直す。
「『色彩』が到来し、『古き無名の神』がソレと接触したのです」
黒服は、あいまいな言葉選びのまま、しかし、男の問いへの答えを述べる。
「『
「『色彩』はそれを理解していた。故に、この地にたどり着いて、まず最初に彼の『鍵』を確保したのです」
「『色彩』は意志も欲望も目的も無い不可解な観念であると。そう解釈していたのですが……。この行動においては、明確な『意志』と『計算』を感じます」
「……『色彩』は、キヴォトスのありとあらゆる神秘と恐怖、そして崇高と奇跡の概念を吸収し、自らのものにしようとしています」
黒服は、静かに指を指し示す。……その先には、高く、高く天へと延びる、赤い塔が存在してた。
「あれらの塔は、『反転したサンクトゥムタワー』でしょう。……太古の昔に存在した神秘。『名もなき神』が築き上げた技術の一つ。……あれが『色彩』の光を世界中へ電波させ、キヴォトスに存在するすべてを反転させてゆくことでしょう」
「あれを放置すると、キヴォトスが滅ぶ。ってことだな」
男の言葉に、黒服は静かに彼の表情を見た。
「……本当に、今のあなたは『先生』ではないのですね」
「まあな。……俺も、少しは後悔してるんだよ」
「クックックッ……。それもまた貴方の可能性。という事ですか」
黒服はどこか納得したように笑うと。言葉を続ける。
「では。今のあなたに分り易く、この状況を説明いたしましょう」
「────これから貴方が相対するのは。『色彩』の意志の代弁者であり、計画の実行者」
「その名を。『
「要は、そいつを倒せば、キヴォトスの崩壊は止められる訳か」
男は、黒服の説明に笑みをこぼした。
────『反転したサンクトゥムタワー』を中心として、歪んだ『色彩の先兵』たちが、キヴォトス中へと呼び出される。
それに対し、男は、自らの『
「一つだけ、忠告を────」
「必要ないな」
黒服の言葉を遮ると、男は再び、笑みを浮かべる。
「息子がこれまでやってきたなら。それに恥じない親父の背中を見せる。複雑なことなんて何もない」
「『男の意地』の問題。それだけの、シンプルな話だ」
男が、キヴォトス中に現れた所属不明の敵対勢力と戦っている間にも、彼の呼び掛けに答えた生徒たちが続々とシャーレへと到着した。
便利屋68の、鬼方カヨコ。ミレニアムの生塩ノア。トリニティの浦和ハナコ。
彼女たちは、『元』行政官の、リンを中心に、互いの持つ情報を精査し。作戦を組み立てる。
それは、『先生』の絆が繋いだ……キヴォトス屈指の『ドリームチーム』。
キヴォトスに生きる、全ての生徒たちの思いを束ね、意思を集め。因縁を、確執を、垣根を越えて。『キヴォトス』の危機へ。立ち向かう。
彼女たちの挑む、作戦の名前は────
────『虚妄のサンクトゥム攻略戦』。
キヴォトスを削り、蝕み、破壊し。世界に『狂気』を被せる、『反転したサンクトゥムタワー』を攻略し、破壊するための作戦。
超高密度のエネルギーを放ち、キヴォトスの空を赤く染め上げる、狂気の根元たる『塔』の破壊。
それが、彼女たちが挑む戦いの全容。
世界崩壊までのタイムリミットは──『2週間』。
それには、間違いなくキヴォトス全土の生徒たちの協力が必要だろう。
それぞれの塔を守る『守護者』を妥当すると同時に、各自治区の市民の安全の確保と、防衛。
決して、誰か一人では乗り越えられぬ障壁に、彼女たちは、『先生』を絆に、立ち上がる。
────作戦立案から数日。シャーレは、『虚妄のサンクトゥム攻略戦』の中央指令部として、多忙な日々を送っていた。
総指揮である『先生』を中心に、各自治区や、各勢力が整理され、組織されていた。
当然、その中には『蒼井センジョウ』も組み込まれている。
「──センジョウさん!この資料は何処に!」
「電子化してミレニアムの管轄に回してくれ」
「センジョウさん、ゲヘナB-6地区の備蓄が……」
「Δの備蓄庫を確認しろ。データが正しければ分配に余裕がある」
「センジョウさん!百鬼夜行陰陽部から先生へ面会の希望が出ています!」
「書類回せ。スケジュールは俺が管理する」
慌ただしく人の行き交うシャーレの一席に座りながら、彼は無数のタスクを捌いていた。
現在のセンジョウに任された役職は、マネージャーとでも言うべきだろうか。
『先生』を中心とした、総指令部に上げるべき情報を精査し、整理する。そして、逆に『総指令部』の決定や意思を正しく受け取り、適切な部署や部門に割り振り、作戦の円滑な情報伝達と、方々の詳細な業務の統括を行っていた。
『虚妄のサンクトゥム』を攻略するためにはまだ情報が少なく、キヴォトス中の有能な生徒達が集まった指令部であっても、その攻略作戦のためには相応の時間を要する。
しかし、『虚妄のサンクトゥム』のキヴォトスへの影響は、現在も進行しており、各自治体の避難と、塔から不定期に出現する敵性存在への適宜対応も行う必要があった。
故に。センジョウは、父の背中を支えるべく、彼からはなれ、彼の足元を固めることを選んだ。
『父が己の仕事に専念するために、書類と向き合い。その支えとなる。』
それは、まるで。キヴォトスに来たばかりの、あの頃のようで────
「センジョウ君」
「用件は──うおぅッ!?」
思考の海と、仕事の山に埋もれた彼の首筋に、突如として冷たいナニカが触れる。
「な、なんだ……ミカか……」
「そろそろ休憩、しよ?」
そこには、冷えた缶コーヒーを片手に微笑むミカが立っていた。
その言葉に時計をみれば、朝から続けていた仕事の結果、時計は14時を回っていた。
センジョウは、差しだされたコーヒーを受け取ると、短く感謝を述べてからプルタブを起こし、口の中に流し込む。
「ご飯まだでしょ?」
「適当にレーションで済ませる。この状況で呑気に飯を食える程俺は肝が座ってはない」
「こういう時こそ。だよ、センジョウ君」
ミカの言う言葉にも一理はあるが。センジョウはそれでも、目を閉じて首を横にふる。
「ダメだ。俺がこの席を開ければ、それだけタスクが滞る。そうなれば、オヤジにも迷惑が────」
「ですので。僭越ながら私がセンジョウ先生の代わりを務めさせていただきます」
「──は?」
聞き覚えのある声に、センジョウが目を開くと。そこには、トリニティの制服を着た少女が、一人。
「また。……お久しぶりですね。センジョウ先生」
自らを『センジョウ先生』と呼ぶ、その声に聞き覚えがないわけがない。
ナギサの側近であり、ミカの外出申請書類を幾度と無くやり取りした生徒、『柳木シュウコ』が、そこ立っていた。
「ナギちゃんに言って、借りてきちゃった☆」
「借りてきたって……。お前な」
ミカはいたずらっぽく笑い、センジョウはそれを信じられないような目で見る。
「今はトリニティ……ティーパーティーだって忙しいだろ。そんな中、側近を勝手に引き抜いて来てどうする」
「お言葉ですが、ナギサ様の側近はいずれも優秀な生徒ばかり。……私一人が抜けたところで、そう簡単に崩れたりしませんよ」
それとも。とシュウコは続ける。
「センジョウ先生は、生徒の事を信じられませんか?」
「う…………」
シュウコの強かな主張に、センジョウは喉が詰まる。
「私も、センジョウ先生程ではありませんが……『中間管理職』としての経験はあります。お食事の間ぐらい、持たせられますよ」
「…………わかった。わかったよ、食べてくる」
ついにセンジョウが観念し、両手を上げて降参の意を示す。
「ただ」
「ただ?」
仕事を中断するため、シュウコに回す仕事を片手まで選別しながら、センジョウは彼女の顔を、眉間にシワを寄せながら眺めた。
「俺は『先生』じゃないぞ」
その言葉に、シュウコは不思議そうな顔をし。ふと、なにか思い当たった様に目を見開くと、次にクスクスと笑い始めた。
「何が可笑しいんだよ……」
「だって、そうじゃないですか」
シュウコは、笑顔のままセンジョウへ言葉を返す。
「『先生』がいたとしても、『センジョウ先生』は『センジョウ先生』ですよ?」
センジョウは、その言葉の意味を、イマイチ理解できなかった。
現在、シャーレに併設されたカフェは、中央指令部たるシャーレで活動する全ての生徒達の食事を管理する食堂となっていた。
『こんな時だからこそ、食事の時ぐらい安らぎを』をモットーに働くスタッフ達の尽力により、ここで提供される食事は、普段通り。いや、普段以上に力が漲るものばかりが提供されていた。
「はい、あーん」
「いらんわ」
「えーーーー!折角二人で食べてるんだからやーろーうーよー」
そんな食堂の一席で、ミカは自分のオムライスをスプーンに掬い、センジョウへと差し出していた。
所謂『あーん』である。
まあセンジョウはそれを拒んだわけだが。
センジョウはそんな彼女を無視しつつ、提供されたカレーを食べ進めていく。
安らぎを。というスタッフのもてなしと、その心意気には感謝をしている。いや、してもしきれない程だ。
だが、今のセンジョウにそんな余裕はない。
いち早く食事を済ませ、『
─────強制排出された、あの日以降。センジョウは『Nuill-Vana』を起動できなくなっていた。
戦う力を失い、彼に残されたのは、キヴォトスにくる以前に身に付け、シャーレの日々の業務の中で磨いたデスクワーク技術だけだった。
今の自分にできることを。一つでも、とにかく。
それが、今のセンジョウの突き動かす原動力だった。
黙々とカレーを口へ運び、咀嚼し、飲み込む。
そんな、誰でもやっているようなことを。静かに、けれど、必死に。
「……あれ、センジョウ。お前も休憩中か」
その声にセンジョウが振り向けば、そこにはトレーの上にカレーをのせた、父親の姿があった。
そして、その隣には、ノアの姿があった。
「奇遇ですね、センジョウ君。……と」
「ノアちゃん、久しぶり~」
いつの間に仲良くなっていたのだろうか。ミカは親しげにノアへ手を振ると、ノアは苦笑を浮かべてミカを見下ろした。
「センジョウ君、私ちょっと、ノアちゃんと女の子同士の大事なお話してくるから、待っててね」
「飯食い終わったら仕事戻るわ」
「えぇ…………。そこは待ってようよ……」
「………………」
センジョウは、ミカの不満そうな顔をみて、視線をそらす。
「…………あんまり長話し過ぎるなよ」
「……!……うん!いこっ、ノアちゃん」
「わかりました。……それでは、先生。また後程……」
「ん。ゆっくり話しておいで」
ミカはトレーを持ち上げると、ノアと共にセンジョウ達から離れて行き、二人の男がその場に残された。
「ここ、座るな?」
「ああ」
男は、少年の前に腰を下ろすと、トレーの上のカレーに手を合わせる。
「いただきます」
そうして一礼を済ませると、静かに食事を始める。
その光景が、どこか懐かしかった。
「センジョウ。調子はどうだ?」
「どうって。……そんな会話する状況かよ」
「いいから。どうなんだ?」
キヴォトス滅亡のカウントダウンが始まっているというのに、呑気にそんなことを聞いてくる父の姿に、センジョウは眉をひそめながらも言葉を選ぶ。
「……べつに。いつも通り」
「隠す必要はないぞ」
「隠してねぇよ。…………ただ、昔に戻った。それだけだ」
センジョウは頬杖をつき、不満げな表情のまま、父から視線を逸らす。
「……そうか」
父は、少し困ったように笑うと、俺の顔を見る。
「お前、ミカと付き合ってるんだって?」
「…………誰に聞いた」
「ノアから。……まさか、お前に彼女ができるなんてな……」
センジョウは、勝手に自分の話を漏らしたノアを恨めしく思った。
「…………」
「…………」
会話が、途切れる。
昔は、こんなことはなかったはずだった。
何をせずとも、どちらともなく会話は浮かんだし、弾んでいた。
けれど、どうしてだろうか。……今のセンジョウには。どうにも、父とのコミュニケーションに、前向きになれなかった。
「迷ってるのか?」
突然の言葉に、それが自分へ向けられた問いだと言うことに気づくまで、センジョウは僅かな間を要した。
「迷ってる?俺が?」
「ああ」
父の問いに、センジョウは幾ばくかの沈黙を経て、言葉を返す。
「迷ってなんてない。そんな暇なんてないだろ」
迷うことも、考えることもなく。最短で、最速で、ただ『答え』を選ぶ。
情報を押し並べて、自分にできることを取捨選択して、最高率のものを選ぶ。
そうやって、彼はここまできた。
「そうか。………………俺は、迷ってばかりだよ」
「オヤジが……?」
センジョウの疑問に、父は深く、ゆっくりとうなずく。
「自分のしてきた選択に、歩んできた道に、確信なんて一つもなかった。ただ、必死に。自分が『正しい』と思った道を進んできた」
「母さんの死も。先生という仕事も。キヴォトスに来たことも」
「……お前を、キヴォトスに迎えたことも」
「なんども迷って、迷って。悩んで、疑って、間違えて、考えて」
「自分を見失って。見つけて、また、見失って」
「それでも、俺は────俺の感じたことを、学んだことを、『経験』を信じて、ここまできた」
男は、己の過去を振り返り。想いだし、後悔し、反省し、噛み締めるようにして、言葉を紡ぐ。
「センジョウ。……一つだけ、覚えていてほしい」
そうして、彼は。子へと語る。
「もし、これから。君が道を間違えて、見失って。どうしようもなく、困り果てて。迷った時は」
「俺の信じるお前じゃなく」
「お前の信じる俺でもなく」
「────お前の信じる、お前を信じろ」
男は。ただ、澄んだ瞳で、我が子を見つめていた。
「…………なんだよそれ。意味わかんねぇよ」
「はは……っ。まあ、難しいか。そうだよな、そりゃそうだ」
狂言回しの様な言い回しに、センジョウは父へと疑いの視線を向ける。
しかし、父はそんな彼の様子を軽く笑うと、残っていたカレーを一気に口の中へと掻き込んだ。
「センジョウ。お前の力は、必ず必要になる。その時はよろしくな」
「え、あ、オヤジ?」
勝手に納得した様子で、空になった食器を持って、父は席を立つ。
「お互い、仕事頑張ろうな」
じゃ。と、それだけの言葉を残して、すたすたと先へ歩いていってしまう父の姿を見て。センジョウは無意識にその背中へ手を伸ばしていた。
当然、その手は届くはずもなく、遠ざかるばかりの父の背中に、行き場を失ったその手を、センジョウはゆっくりと下ろす。
「…………なんだってんだよ。全く」
並んだはずの父の姿は、センジョウの横には、いなかった。
そして、幾ばくかの時が過ぎ。
『虚妄のサンクトゥム』への攻撃作戦の日が訪れる。
第1から、第6までのサンクトゥム、および守護者への同時攻撃。
それが、攻撃作戦の概要だ。
そして、『先生』はシャーレの中央司令室から、全ての部隊の統率を同時に行う。
ここが。正念場だった。
「悪いな、オヤジ。無理言って」
「問題ないさ。……とは言え、俺もここまでの指揮、さすがに気を配れる余裕は──」
「解ってるよ。……ただ、見てるだけだ」
そんな司令部の中に、センジョウはいた。
本来──『Nuill-Vana』が動かせる時──であれば、センジョウも、いずれかの攻撃隊へと配属されていただろう。
しかし、今の彼に出来ることは、ただその結果を見守るばかりだ。
ただ。……せめて、父の姿を、その目に、心に、脳に、刻んでおきたかった。
「先生。そろそろ」
「ああ。わかった。……センジョウ」
「……頑張れよ。オヤジ」
センジョウは、静かに右手を上げて、ヒラヒラと父を見送る。
……そして、彼は。無意識に、その首にかけた、白い羽根のアクセサリーを握りしめた。
攻撃が始まると、途端に司令室は修羅場となった。
目まぐるしく変わる戦況と、立て続けに届けられる報告。
攻勢と防勢の変化。
攻撃部隊と、防衛部隊の指揮。
それら全てが、一人の男の采配で、切り抜けられて行く。
────そして。
「第1~5サンクトゥムの守護者、攻略完了!第6サンクトゥムの守護者の出現を確認!……これより、第6サンクトゥムへの攻撃を────」
生徒達の力により。塔は破壊される。
だが、それでは終わらない。
「これは……!第1.2.3.4.5サンクトゥム!反応が再出現……!倒したはずの守護者が、また──!」
死力を尽くした作戦の果て。消耗した彼女達の前に、絶望が立ちはだかる。
「オヤ────」
その光景に、センジョウは思わず声を上げる。
「まだだ!まだ諦めるな!」
しかし、『先生』は怯まない。
そうして、彼に支えられ、恐怖へと、絶望へと立ち向かう『生徒達』へと、それは伝播し。広がり、大きな『希望』へと変化して行く。
その光景を。センジョウは。ただ、眺めることしか出来ない。
そうして。気づく。
────ああ。
その光景と、自分の成してきた光景の違いに。
────なんだ、俺。
一人で立ち向かい。敵をこの手で打破することしか出来ない自分と。
大勢の人に囲まれ。彼女達の心を、希望を支える、そんな『先生』の姿に。
────言葉だけまねて。大人になった気になって。
「────全サンクトゥム!消滅を確認……!!」
「虚妄のサンクトゥム、攻略、完了です…………!!!」
互いの苦労を称え。努力を称賛し、『みんなで』迎える。そんな結末に。
センジョウは。
────全然、『先生』になんて、なれてなかったんだ。
どこか、安堵したように笑いながら。静かに涙をこぼした。
俺はまだ。大人になんて、なれなかった。