青空DAYS   作:Ziz555

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 それは、優しい祈り。


魔女は歌う、誰が為のキリエ(1)

 

 虚妄のサンクトゥムの攻略が成され、赤く染まっていた空は元の青さを取り戻して行く。

 

 その光景に生徒達は歓喜し、互いを労い、そして。

 

 

 

────空間に『孔』が空いた。

 

 

 

 シャーレの司令室に、突如ぽっかりと空いた『孔』から、なにかが降り立った。

 

 ()()姿()を皆はよく知っていた。だが、()()を知るものは誰も居ない。

 

 

 ()()にセンジョウはポツリと言葉を漏らす。

 

 

「────白い、『Nuill-Vana』……?」

 

 

 何者かが、『Nuill-Vana』と思わしきパワードスーツを装着し、そこへ存在していた。

 

 しかし、それはありえない事なのだ。

 

 『Nuill-Vana』の2機目がある等という話はセンジョウ自身も聞いたことはないし、『Nuill-Vana』のコアユニット以外の装甲はその殆どがミレニアムで製造されている。そして、そのそれらの製造履歴に『2機目』を建造するほどの余裕も無い。

 何より、センジョウの纏う『Nuill-Vana』は黒と灰の装甲を持つ。……だが、目の前に存在する『それ』の装甲は混じりけ一つない、純粋な『白』だった。それも、現在の『Spec2』になる前の姿の。

 

 

「君は……誰だ?」

 

 

 バイザーと装甲で隠された、()()を纏う正体が解らぬ中、先生が問いかけた。

 

 『Nuill-Vana』はキヴォトスの生徒には動かせない。動かせるのは『センジョウ』だけのはずだ。

 

 だとすれば。目の前に居るのは────

 

 

 

「────ここまでは計算通り。貴方が先生なら、ここまではたどり着くわよね」

 

 

 

 その声に、センジョウの息が止まる。

 

「計算はしていても、実際に見ると感慨深いこともあるけれど────」

 

────だって。それは。その、声は。

 

 白い『Nuill-Vana』のバイザーが外れ、搭乗者の素顔が露になる。

 

 そこに、居たのは。

 

 

 

「……………………ユウ……カ…………?」

「…………久しぶりね。センジョウ」

 

 

 

 『早瀬ユウカ』が、『白いNuill-Vana』を纏い……彼らの前に現れた。

 

 

 

「なん、で。どうして、お前が……?それに、なんだよ、そのヌィルは……?」

「その答えは教えられないわ。……そして、答える意味もない」

 

 ユウカは静かに首を横に振る。

 

「貴方達がどれだけ足掻こうと、結末は変わらない。この物語は、破局を迎える。……それはもう、定義されてしまったの」

 

 冷たく、淡々と言葉を告げるユウカに、先生は一歩前へ出る。

 

「ユウカ、君は────」

「貴方のその考えは見当違いよ」

 

 その言葉を言いきるより先に、ユウカはその先を読んで言葉を返す。

 

「私は、色彩に操られてなんていない。……これが、私達の『本質』」

 

 ユウカはその身に纏う、『白いNuill-Vana』を一瞥する。

 

「……この『物語(せかい)』を狂わせ、変容させ。終焉へと導く。……その役割を、私が担っただけ。『色彩』は、その行程における通過点よ」

 

 まるで、淡々と結果を述べるかの様に彼女は言葉を並べる。

 

「あるべき姿を否定し、掻き乱し、反乱した無秩序の中で。新たな『定義』を定める。……それが、私」

「本気なのか。ユウカ」

「解答はもうでているでしょう」

 

 男の問いにユウカは即答する。

 

「ただ───」

 

 ふと。ユウカの視線がセンジョウを捉えた。

 

「─────センジョウ。貴方はキヴォトスから離れなさい」

 

 その言葉に、センジョウは目を見開く。

 

「私は。貴方を撃ちたくはない」

「俺に……俺に、全てを捨てて、全てを残して、立ち去れって言うのか?」

「ええ、そうよ。────あの時と、同じように」

 

 その言葉に、センジョウはユウカと別れた……決別した『晄輪大祭(あの日)』の事を思い出す。

 

「…………」

「どうして、どうして。私だったのかしらね。なぜ、貴方の始まりが。私、だったのか。……貴方の終わりが、私なのか」

 

 ユウカは少し寂しそうに、センジョウの顔を見つめていた。

 

「……その答えだけは。私にも見つからない」

 

 

 だけど。

 

 

「私の答えは。変わらない」

 

 

 

 その言葉と共に、緊急事態を知らせるアラートが鳴り響く。

 

「エネルギー反応が……復活した!?」

「……くっ!センジョウ!!」

 

 男は、呆然と立ち尽くす我が子へと手を伸ばし。そして。

 

 

「センジョウ。私は、貴方を────」

 

 

 ユウカが彼に言葉を告げる。

 

 センジョウは、ただ。彼女を見つめ、そして──

 

 

 

 

 

 

 

 

「少し見ない間に、ずーいぶんイメチェンしたんだね?ユウカちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウカの言葉を遮るどこか挑発的な声に、その場の視線が集まる。

 

「髪の毛までバッサリ切ってショートヘアーなんて。大丈夫?失恋でもした?」

 

 緊迫と困惑に支配された空間のなかで、ただ1人。己が儘の姿て構えて立つその少女に、ユウカは静かに目を細めた。

 

「…………聖園、ミカ」

「ミカで良いって……言わなかったっけ?イメチェンついでに過去も捨てちゃったアピールだとしたら、これっぽっちも面白くないよ」

 

 一寸の迷いも見せない立ち居振る舞いで、彼女はつかつかと靴を鳴らしてセンジョウとユウカの間に割り込んだ。

 

「悪いけど。今のユウカちゃんには、センジョウくんはあげられないな」

「…………いつから貴方の物になったのかしら」

「さぁて。いつからでしょう?」

 

 ミカはいつもの様子で、笑顔を浮かべたまま、しかし一歩も退くことなく、ユウカを睨み付ける。

 

「…………」

 

 そんなミカをユウカは不機嫌そうに見つめると、バイザーを展開して踵を返した。

 

 そうして、彼女は再び孔へと戻っていく。

 

 

「────待ってくれ!ユウカ!!」

 

 

 そんな彼女の背中に、センジョウは勝手に身体が動いていた。

 

 目の前にあるミカの背中を押し退け、ユウカへと手を伸ばし、孔へと飛び込んで行く。

 

「センジョウ君!ダメっ!!」

 

 ミカの制止も虚しく、センジョウはユウカの消えた『孔』へと飲み込まれた。

 

 

 

 

 『ナニか』に。見られていた。

 

 イメージが、脳に流れ込む。

 

 空に浮かぶ、巨大な物体。

 

 不気味な白装束の人影。

 

 泣き崩れる、ユウカの姿。

 

 

 

 そして。

 

 

 

 自分の──姿。

 

 

 

 

 

 

 センジョウは、気がつけばどこか開けた無機質な空間にたどり着いていた。

 

「ここ、は……」

 

 前を向けばそこにユウカがいる。……だが、人影はそれだけではない。

 

 

 全身を仰々しい服で包み、その顔すらデスマスクで覆い隠した不気味な存在が、そこに存在していた。

 

「お前は……」

 

 センジョウが立ち上がり、その存在へ向き合おうとした瞬間。不思議な力が働く。

 

「ぐ……っ!ァッ!!」

 

 センジョウをここから押し出さんとするその斥力に、どうにか飛ばされまいと足に力を込めるが、その抵抗に意味はなく、センジョウの身体は『孔』へと吸い込まれていく。

 

「ユウ……カぁッ!!」

 

 距離が離れていく中、センジョウはユウカへと手を伸ばす。

 しかし、ユウカはそんな彼の姿を空虚な瞳のまま見送った。

 

 

 

 

 

 

「センジョウ!!」

 

 

 孔から弾き出された我が子を父は全身で受け止める。

 

 

 そうして、異物を吐き出した『孔』はその口を閉じた。

 

 

 

「────ユウカーーーーーーッ!!」

 

 

 

 センジョウの叫びが……悲しく響き渡った。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 キヴォトスに再び発生した高密度のエネルギー。つまり、虚妄のサンクトゥムの発生源は空にあった。

 キヴォトスの上空、75000メートル。そこに存在する巨大な飛行建造物……それが『色彩の嚮導者(倒すべき敵)』の拠点、『アトラ・ハシースの方舟』。

 

 しかし、その拠点は『多次元解釈』で守られた不可侵の領域。『存在の有無』すら操る技術の前に、既存の武器では太刀打ちができなかった。

 

 

 先生はその状況に対し打開の手だてを求め、敵対する黒服の元を訪ねる。

 

「全ての事象を解釈の上から塗り替える力を持つ、完全覚醒した『Nuill-Vana』であれば多次元解釈の突破はおろか、方舟そのものの完全破壊も容易でしょう」

 

「しかし、その手だてを使わないのであれば──」

 

 

 黒服は、男へカイザーコーポレーションの発掘した『宇宙戦艦』の存在を伝える。

 

 

 それこそがキヴォトスに、シャーレに残された最後の希望。

 

 

 『ウトナピシュティムの本船』だった。

 

 

 生徒達は船に希望を乗せ、未来を託し。『先生』と共に、アトラ・ハシースへと乗り込むことを決める。

 

 

 

 

 ただ、一人の少年を残して。

 

 

 

 

「俺は乗らないぞ?」

 

 センジョウのその言葉に、ゲーム開発部の面々は驚愕の表情に染まる。

 

「な、なんで!?どうして!?だって、あそこにはユウカも居るんだよ!?迎えにいかなくて良いの!?!?助けにいかなくて良いの!??!?!」

「ちかい、近いぞモモイ」

 

 センジョウは怒りと驚きのままに自分へ詰め寄るモモイを手で押し返しつつ、苦笑を浮かべる。

 

「武器も、力もない俺がいっても邪魔になるだけだろ」

「そんなことありません!マスターは勇者です!先生だって──」

「……買い被りだよ。全部。……オヤジの言葉だって、俺が息子だから贔屓してるだけさ」

 

 アリスの言葉に、センジョウはやつれたような笑みを浮かべ、言葉を続ける。

 

「今の俺は、みんなと違って戦うことはできない。それどころか、銃弾一発で足手まといに早変わりだ。……俺が船に乗る価値はないよ」

「そんなの、試してみなきゃ────」

「なら、試してみるか?」

 

 センジョウは懐から一発の小さな拳銃を取り出す。キヴォトスに生きる彼女達にとっては玩具とさほど変わらないような、そんな一丁。

 

 センジョウは銃身を掴み、そのグリップをモモイへと差し出した。

 

「試しに撃てば良い。答えはすぐにわかる」

「…………!」

「撃てない。じゃ試しにならないぞ?敵は容赦はないからな」

 

 センジョウの言葉に、モモイは静かにセンジョウを見上げ、睨み付ける。……そんなモモイの視線に、センジョウは自嘲の笑みをこぼす。

 

「……ほらな。試さなくても、少し考えればわかる事だ。…………仕方ないんだよ」

 

 センジョウは拳銃を懐へしまうと、羽織っているシャーレのコートを整えた。

 

「出発。明日なんだろ?みんなしっかり休んでおけよ」

 

 そうして、彼は来た道を引き返す。

 

「ユウカによろしくな」

 

 最早ここに()()()は必要がない。後はきっと、彼らが全てを終わらせる。だから──

 

 

 

──そろそろ……父から預かり受けたものを全て返す時だ。

 

 

 


 

 

 

 シャーレが寝静まった夜。センジョウは1人、『先生』の執務室へ足を運んでいた。

 

「…………」

 

 座りなれたその椅子も、そこから見える見慣れた景色も。元はと言えば借り物だった。

 

 ただ、全部元に戻るだけ。それだけの話だ。

 

 

 センジョウは羽織っていた『シャーレの先生』のコートを脱ぎ捨てる。

 

 

 制服ではない、ただの地味なパーカーを着込んだ少年が暗い部屋の中で立ち尽くしていた。

 

 

「…………ありがとな」

 

 

 その感謝は誰へ向けたものなのか。

 

 惜別の念と共に、センジョウはコートを椅子の背に掛けると、優しくそのテーブルを撫でる。

 

 沢山の思い出がつまったこの場所を、彼は──

 

 

「────すこし、風でも浴びるか」

 

 

 何となく、胸の内に込み上げる熱を冷ましたかった。

 

 

 

 

 

 

 センジョウは、敢えてエレベーターではなく階段を通じてビルを上る。

 

 普段は使われず、非常階段としての役割を持つその薄暗い道をゆっくりと上っていく。

 

 日の光も当たらないようなその空間は妙に静かで、ひんやりとしていた。

 

 一歩、また一歩。

 

 センジョウは、振り返ることなく、上を向くこともなく。

 ただ、足を踏み外さないように、誰も居ない階段を上る。

 

 ふと、微かに耳をくすぐるような感覚があった。

 

 

 

 歌だ。

 

 

 

「……こんな時間に、歌?」

 

 いったい誰の歌だろうか。聞こえる歌に耳を傾けても、小さすぎて判別はできなかった。

 

 ただ、屋上から聞こえてくるのは確かだ。

 

 センジョウは疑問に思いながら再び階段を上り始める。

 

 屋上が近づくに連れてその声はだんだんと鮮明さを帯びて来た。

 

 

 讃美歌……だろうか?

 

 センジョウ、宗教にはあまり詳しくはない。ただ、教会で歌を歌う事があるというのは知っているが、その区別をつけられる程の知識もなかった。

 

 だが、知識はなくとも、感想は産まれる。

 

 

 その歌声には……優しさと、慈しみと、寂しさと、悲しさがつまっていた。

 

 

 いつの間にか、センジョウは屋上の扉の前へとたどり着いていた。

 

 

「…………」

 

 

 彼は静かにその扉へ手を掛ける。

 

 なぜか、胸が締め付けられるような感覚がした。

 

 

 

 がちゃりと、扉の開く音がした。

 

 

 

 

「────あ」

 

 

 

 

 その先の光景に、センジョウは思わず声を漏らす。

 

 

 

 

 街の灯に星を消された、孤独な月に照らされて。

 無機質な街の、最も空に近い場所で。

 一人の少女が天へとその歌を捧げていた。

 

 

 少女は扉の開く音に気づいたのか、こちらへ視線を向ける。

 

 

 

「…………センジョウくん、来たんだ」

 

 

 

 

 ミカが、小さく微笑んだ






 先生をやめ。

 生徒をやめ。

 夢を諦め。

 想いを捨てて。


────少年は、何を見る。
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