青空DAYS   作:Ziz555

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魔女は歌う、誰が為のキリエ(2)

 

「センジョウくん、来たんだ」

 

 

 ミカは、屋上へと現れたセンジョウの姿を見て、照れ隠しの笑みを浮かべる。

 

「恥ずかしいなぁ。あんまり歌うの得意じゃないのに、聞かれちゃった」

「……俺は上手かったと思うけどな」

「本気にしちゃうよ?」

 

 センジョウの称賛に、ミカは苦笑を浮かべながら冗談めかした言葉を返す。

 

「本心だよ」

 

 センジョウは、ミカにそう返すと、ミカは、少し寂しげに笑う。

 

「相変わらず、その気にさせるのが上手いんだから」

 

 センジョウは、静かに歩みを進め、そんな言葉を呟くミカの隣を通りすぎ、外縁の冊へと背を預けた。

 

「ミカは、どうしてここに?」

 

 シャーレ奪還作戦以降、ミカがトリニティには帰らず、シャーレの居住区に寝泊まりをしているのは、センジョウも知っていた。

 故に、ここにいることその物は不自然とは、感じない。

 

「んー。……なんだか眠れなくって」

「……まあ。こんな大きな話になれば、それもそうか」

 

 世界が終わるかもしれない、最後の夜。なんて、そんな言い方もできる状況を、センジョウは軽く笑いながら流す。

 

「センジョウくんは?」

「俺か?俺は……」

 

 センジョウは、顎に手を当てて、少し考え込む。

 

 『感傷に浸るため』。と言うべきなのだろうか。……しかし、それとはどうにも、違う気がする。

 

 まだ、胸の内に残る『熱』は。確かに存在している。

 

 そうして、ふと思い至る。

 

「夜風を浴びたくてな」

 

 そんな熱を、夜の街の、冷たい風に吹き飛ばして貰おうと。そう思っているのだろう。なんて。

 

「カッコつけちゃって」

 

 センジョウの気取った返しに、ミカは苦笑を浮かべ、彼の隣へ並んで、夜空を見上げた。

 

 

「…………お父さんと一緒には、行かないんだって?」

 

 

 ミカの言葉に、センジョウは思わずため息をつく。

 

 また、この話か。

 

「ああ。……俺がいても、足手纏いなだけで。仕方ないだろ?」

 

 センジョウは再び、解りきった『答え』を返す。

 

「……ふーん」

 

 ミカなら、言わずとも解るだろう。彼女は、誰よりも『蒼井センジョウ』の弱さを知っている。『蒼井センジョウ』の考えを知っている。『蒼井センジョウ』の臆病を知っている。

 

 だから、センジョウは。

 

 

「どうして?」

 

 

 彼女の問いに、動揺した。

 

「どう、して……って」

 

 思わず、ミカの問いを繰り返す。

 

「俺は、お前達みたいな力もないし、オヤジみたいな指揮もできないし……」

「そうだね。『Nuill-Vana』のないセンジョウ君なんて、キヴォトスの生徒の誰よりも弱いと思うよ」

「なら」

 

 

「ううん。私はね、そんな理由を聞いてるんじゃないんだよ?」

 

 

 

 ミカは、センジョウの言葉を否定する。

 

 

 

「どうして、そんな言葉を言うの?」

 

 

「そんなの、仕方ないって」

「どうして?」

 

「……だって、俺は、弱くて」

「どうして?」

 

「…………俺は、先生には、なれなくて」

「どうして?」

 

「………………俺は────」

 

 

 

 

 

 

「どうして、そんな『諦めた』みたいな言葉を言うの?」

 

 

 

 

 

 

「──────ッ!?」

 

 

 その言葉に、心が煮えた。

 

 

 

「諦めた、『みたい』!?ちげぇよ!!!俺は!俺は諦めたんだ!!!」

 

 

「これまで俺は!俺なりに考えてきた!!!」

 

 

「もがいて、あがいて。叫んで!苦しんで!!嘘をついて!!!目を反らして!!!!それでもと抗って!!!!!」

 

 

「必死にやって来たんだ!必死にやって、『コレ』なんだよ!!!!」

 

 

 

「誰も救えず!何も守れず!ただ、できることはその場しのぎの時間稼ぎ!!信用も、信頼も!絆も!挙げ句の果てに力まで失って!!!」

 

 

 

「努力の、その結果がこんな終わりなら!!!もう、諦めるしかねぇだろうがよ!!!!!」

 

 

 

 

 少年の嘆きを。懺悔を。後悔を。

 

 少女は静かに聞き届け。

 

 優しく、笑う。

 

 

 

 

「やっぱり。嘘つきだ」

 

 

 

 

 

 その言葉に、センジョウはミカに飛びかかり、彼女を押し倒す。

 

 

「誰が、嘘つきだって言うんだよ。あぁ!?」

「嘘つきだよ。センジョウくんは、嘘つきでしょ」

 

 

 

 だって。

 

 

 

「────本当に『諦めた』人は。そんなに熱くなれないもん」

 

 ミカの言葉に、センジョウは息を飲む。

 

 

 押し倒されながらミカは、笑顔のまま彼の顔を見つめていた。

 

 

 やっぱり。私とセンジョウくんは、違うんだな。なんて、そんなことを考えながら。

 

 

「あの日の。全部を諦めた私に、それでも『逃げ(諦め)るな』って。そう、手を引っ張ってくれたのは、センジョウ君くんだよ」

 

 ミカは、怒りと、後悔と、驚きに歪み、今にも泣き出しそうなセンジョウの頬に、右手を添える。

 

 

「────俺に、俺に。『逃げ(諦め)るな』って、言うのかよ」

「うん。そうだよ」

「お前は、まだ俺に苦しめって言うのかよ」

「うん。それでも、ダメだよ」

 

 

 

 

 

「私はね。センジョウくんを。…………信じてるから」

 

 

 

 

 

「もし。……もし、それでも。それでも、俺が。『逃げ(諦め)』たら。お前はどうするつもりなんだよ」

 

 

 

「お前の信じる俺が。自分を騙して、諦めて、嘘の言葉で慰めて。納得したフリをするような、そんな。そんな、ズルい大人になるとしたら。……どうするんだよ」

 

 

 

 

 

「……それでも、私は。君のそばにいるよ」

 

 

 

 

 

「君のそばで、私も一緒に。君と一緒に、『ズルい大人』になるよ。騙されてあげる。ずっと、ずっと、君の事を慰めてあげる」

 

 

 

「一緒に『大人』に。なろ?」

 

 

 

 そっと、左手をセンジョウの頬に添え。ミカはセンジョウの瞳を、逃がさぬように見つめた。

 

 

 

 

「私は────いいよ」

 

 

 

 

 その言葉に。

 

 

「…………俺は」

 

 

 その瞳に。

 

 

「俺は…………」

 

 

 視線が、吸い込まれていく。

 

 

 

「俺は───────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────俺は。毎日毎日。学校が終わったら、迷わず家に帰っていた。

 

 幼い頃の俺は、自分の母と父が、姉と兄で。それが周りと違うんだと言うことだけは、何となく解っていた。

 

 周りの奴らからはお前は変だとからかわれたし、授業参観の日には、居心地の悪い視線を向けられる事が当たり前だった。

 

 だから、学校に友達なんて出来たことはなかったし、誰かと一緒に遊ぶなんて経験は、したことがなかった。

 

 

 それでも、俺は構わなかった。

 

 

 姉さんは母さんで。他の人の二倍以上に大好きだった。

 兄さんは父さんで。他の人の二倍以上に格好よかった。

 

 

 それが。それだけが。俺の世界の全てだった。

 

 

 それで。幸せだった。

 

 

 母である姉と、父である兄と。三人で笑っていられれば、あとは何も要らなかった。

 

 

 

 

 なのに。

 

 

 

 

────あの日。姉さんが死んだ。

 

 

 

 弱っていく姉さんを見て。兄さんは、『責任』にとり憑れたかのように仕事に向かい。

 

 姉さんは、そんな兄さんを思って。寂しそうに空ばかり見上げるようになった。

 

 

 

 

 ただ、三人で笑っていたかっただけなのに。

 

 

 

 俺の『世界』は、バラバラに砕け散った。

 

 

 

 

 そうして、姉さんが死んで。兄さんは、姉さんの夢だった『先生』に、なることが出来た。

 

 俺は、せめて。姉さんが。兄さんが守ろうとした二人の笑顔を守りたくて。必死に努力した。

 

 ただ、あの日を取り戻したくて。

 

 守りたかった世界を。もう一度見たくて。

 

 

 

 そうして、俺はいつの間にか。オヤジの仕事を支えられる程の知識を得て──キヴォトスへ来た。

 

 

 

 失った毎日を。あの日々を取り戻したくて。必死に追いかけていた。

 

 

 

 そんな時、俺は。『彼女』に出会った。

 

 

 

 頑固なくせに、他人思いで。

 計算高いくせに、感情的で。

 大人びてるくせに、どこか子供で。

 

 そんな彼女と、毎日を過ごすのが、いつの間にか楽しくなっていた。

 

 

 

 何気ない事で喧嘩をしたり。

 一人じゃ無理な困難を協力して乗り越えたり。

 気になる場所を見つけて遊びに行ったり。

 他愛のないことを相談したり。

 日常の些細な時間に、幸せを、見つけたり。

 

 

 俺は。君に出会って。いろんな事を学んだ。

 

 

 喧嘩の仕方も。本音の話し方も。人への頼り方も。誰かのために頑張れる事も。護りたいという想いも。

 

 

 

 

 誰かを好きになる。と言うことも。

 

 

 

 

 全部。全部。君から教わった。

 

 君が教えてくれた事だから。

 

 

 

 いつの間にか、三人だけだった俺の『世界』は。砕け散って、バラバラになっていた筈の『世界』は。

 

 俺の知る『みんな』を覆い尽くすぐらいに。ずっと、ずっと。広がっていたんだ。

 

 

 その始まりは。君だから。

 

 

 

 俺は。

 

 

 

 

 

──────ユウカ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 吐息が唇で感じられる程の距離で。それでも、ミカは。静かにセンジョウの頬から手を離した。

 

 

 センジョウは、ゆっくりと身体を起こす。

 

 

 

 

「…………『答え』。見つかった?」

 

 

 

 その問いに、センジョウは。

 

 

 

「─────ああ」

 

 

 短く。力強く頷いた。

 

 

「…………そっか」

 

 ミカは、自分からセンジョウが離れていくと、満足げに呟いて、身体を起こす。

 

「ありがとな。ミカ」

 

 センジョウは、まっすぐな瞳で、空の先を見つめる。

 

 

 

 

 

「俺は────────」

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