「センジョウくん、来たんだ」
ミカは、屋上へと現れたセンジョウの姿を見て、照れ隠しの笑みを浮かべる。
「恥ずかしいなぁ。あんまり歌うの得意じゃないのに、聞かれちゃった」
「……俺は上手かったと思うけどな」
「本気にしちゃうよ?」
センジョウの称賛に、ミカは苦笑を浮かべながら冗談めかした言葉を返す。
「本心だよ」
センジョウは、ミカにそう返すと、ミカは、少し寂しげに笑う。
「相変わらず、その気にさせるのが上手いんだから」
センジョウは、静かに歩みを進め、そんな言葉を呟くミカの隣を通りすぎ、外縁の冊へと背を預けた。
「ミカは、どうしてここに?」
シャーレ奪還作戦以降、ミカがトリニティには帰らず、シャーレの居住区に寝泊まりをしているのは、センジョウも知っていた。
故に、ここにいることその物は不自然とは、感じない。
「んー。……なんだか眠れなくって」
「……まあ。こんな大きな話になれば、それもそうか」
世界が終わるかもしれない、最後の夜。なんて、そんな言い方もできる状況を、センジョウは軽く笑いながら流す。
「センジョウくんは?」
「俺か?俺は……」
センジョウは、顎に手を当てて、少し考え込む。
『感傷に浸るため』。と言うべきなのだろうか。……しかし、それとはどうにも、違う気がする。
まだ、胸の内に残る『熱』は。確かに存在している。
そうして、ふと思い至る。
「夜風を浴びたくてな」
そんな熱を、夜の街の、冷たい風に吹き飛ばして貰おうと。そう思っているのだろう。なんて。
「カッコつけちゃって」
センジョウの気取った返しに、ミカは苦笑を浮かべ、彼の隣へ並んで、夜空を見上げた。
「…………お父さんと一緒には、行かないんだって?」
ミカの言葉に、センジョウは思わずため息をつく。
また、この話か。
「ああ。……俺がいても、足手纏いなだけで。仕方ないだろ?」
センジョウは再び、解りきった『答え』を返す。
「……ふーん」
ミカなら、言わずとも解るだろう。彼女は、誰よりも『蒼井センジョウ』の弱さを知っている。『蒼井センジョウ』の考えを知っている。『蒼井センジョウ』の臆病を知っている。
だから、センジョウは。
「どうして?」
彼女の問いに、動揺した。
「どう、して……って」
思わず、ミカの問いを繰り返す。
「俺は、お前達みたいな力もないし、オヤジみたいな指揮もできないし……」
「そうだね。『Nuill-Vana』のないセンジョウ君なんて、キヴォトスの生徒の誰よりも弱いと思うよ」
「なら」
「ううん。私はね、そんな理由を聞いてるんじゃないんだよ?」
ミカは、センジョウの言葉を否定する。
「どうして、そんな言葉を言うの?」
「そんなの、仕方ないって」
「どうして?」
「……だって、俺は、弱くて」
「どうして?」
「…………俺は、先生には、なれなくて」
「どうして?」
「………………俺は────」
「どうして、そんな『諦めた』みたいな言葉を言うの?」
「──────ッ!?」
その言葉に、心が煮えた。
「諦めた、『みたい』!?ちげぇよ!!!俺は!俺は諦めたんだ!!!」
「これまで俺は!俺なりに考えてきた!!!」
「もがいて、あがいて。叫んで!苦しんで!!嘘をついて!!!目を反らして!!!!それでもと抗って!!!!!」
「必死にやって来たんだ!必死にやって、『コレ』なんだよ!!!!」
「誰も救えず!何も守れず!ただ、できることはその場しのぎの時間稼ぎ!!信用も、信頼も!絆も!挙げ句の果てに力まで失って!!!」
「努力の、その結果がこんな終わりなら!!!もう、諦めるしかねぇだろうがよ!!!!!」
少年の嘆きを。懺悔を。後悔を。
少女は静かに聞き届け。
優しく、笑う。
「やっぱり。嘘つきだ」
その言葉に、センジョウはミカに飛びかかり、彼女を押し倒す。
「誰が、嘘つきだって言うんだよ。あぁ!?」
「嘘つきだよ。センジョウくんは、嘘つきでしょ」
だって。
「────本当に『諦めた』人は。そんなに熱くなれないもん」
ミカの言葉に、センジョウは息を飲む。
押し倒されながらミカは、笑顔のまま彼の顔を見つめていた。
やっぱり。私とセンジョウくんは、違うんだな。なんて、そんなことを考えながら。
「あの日の。全部を諦めた私に、それでも『
ミカは、怒りと、後悔と、驚きに歪み、今にも泣き出しそうなセンジョウの頬に、右手を添える。
「────俺に、俺に。『
「うん。そうだよ」
「お前は、まだ俺に苦しめって言うのかよ」
「うん。それでも、ダメだよ」
「私はね。センジョウくんを。…………信じてるから」
「もし。……もし、それでも。それでも、俺が。『
「お前の信じる俺が。自分を騙して、諦めて、嘘の言葉で慰めて。納得したフリをするような、そんな。そんな、ズルい大人になるとしたら。……どうするんだよ」
「……それでも、私は。君のそばにいるよ」
「君のそばで、私も一緒に。君と一緒に、『ズルい大人』になるよ。騙されてあげる。ずっと、ずっと、君の事を慰めてあげる」
「一緒に『大人』に。なろ?」
そっと、左手をセンジョウの頬に添え。ミカはセンジョウの瞳を、逃がさぬように見つめた。
「私は────いいよ」
その言葉に。
「…………俺は」
その瞳に。
「俺は…………」
視線が、吸い込まれていく。
「俺は───────」
───────俺は。毎日毎日。学校が終わったら、迷わず家に帰っていた。
幼い頃の俺は、自分の母と父が、姉と兄で。それが周りと違うんだと言うことだけは、何となく解っていた。
周りの奴らからはお前は変だとからかわれたし、授業参観の日には、居心地の悪い視線を向けられる事が当たり前だった。
だから、学校に友達なんて出来たことはなかったし、誰かと一緒に遊ぶなんて経験は、したことがなかった。
それでも、俺は構わなかった。
姉さんは母さんで。他の人の二倍以上に大好きだった。
兄さんは父さんで。他の人の二倍以上に格好よかった。
それが。それだけが。俺の世界の全てだった。
それで。幸せだった。
母である姉と、父である兄と。三人で笑っていられれば、あとは何も要らなかった。
なのに。
────あの日。姉さんが死んだ。
弱っていく姉さんを見て。兄さんは、『責任』にとり憑れたかのように仕事に向かい。
姉さんは、そんな兄さんを思って。寂しそうに空ばかり見上げるようになった。
ただ、三人で笑っていたかっただけなのに。
俺の『世界』は、バラバラに砕け散った。
そうして、姉さんが死んで。兄さんは、姉さんの夢だった『先生』に、なることが出来た。
俺は、せめて。姉さんが。兄さんが守ろうとした二人の笑顔を守りたくて。必死に努力した。
ただ、あの日を取り戻したくて。
守りたかった世界を。もう一度見たくて。
そうして、俺はいつの間にか。オヤジの仕事を支えられる程の知識を得て──キヴォトスへ来た。
失った毎日を。あの日々を取り戻したくて。必死に追いかけていた。
そんな時、俺は。『彼女』に出会った。
頑固なくせに、他人思いで。
計算高いくせに、感情的で。
大人びてるくせに、どこか子供で。
そんな彼女と、毎日を過ごすのが、いつの間にか楽しくなっていた。
何気ない事で喧嘩をしたり。
一人じゃ無理な困難を協力して乗り越えたり。
気になる場所を見つけて遊びに行ったり。
他愛のないことを相談したり。
日常の些細な時間に、幸せを、見つけたり。
俺は。君に出会って。いろんな事を学んだ。
喧嘩の仕方も。本音の話し方も。人への頼り方も。誰かのために頑張れる事も。護りたいという想いも。
誰かを好きになる。と言うことも。
全部。全部。君から教わった。
君が教えてくれた事だから。
いつの間にか、三人だけだった俺の『世界』は。砕け散って、バラバラになっていた筈の『世界』は。
俺の知る『みんな』を覆い尽くすぐらいに。ずっと、ずっと。広がっていたんだ。
その始まりは。君だから。
俺は。
──────ユウカ。
「…………」
吐息が唇で感じられる程の距離で。それでも、ミカは。静かにセンジョウの頬から手を離した。
センジョウは、ゆっくりと身体を起こす。
「…………『答え』。見つかった?」
その問いに、センジョウは。
「─────ああ」
短く。力強く頷いた。
「…………そっか」
ミカは、自分からセンジョウが離れていくと、満足げに呟いて、身体を起こす。
「ありがとな。ミカ」
センジョウは、まっすぐな瞳で、空の先を見つめる。
「俺は────────」