アトラ・ハシースは、大きく分けて4つの区画で構成されている。そして、そのブロック事に核となる『次元エンジン』があり、それを破壊することができれば、アトラ・ハシースの機能を停止させることができる。──それが、ナルが分析した内容だ。
そして、次元エンジンを破壊し、アトラ・ハシースの機能を停止させて行けば、当然船のセキュリティ機能が低下して行き……『ユウカ』が何処にとらわれているのか、ナルのスキャンで割り出すことができる。
「先ずは……一つ!!」
そして、センジョウは今まさにその一つ目の『次元エンジン』の破壊を完了した。
立ちはだかる有象無象のマシーンを破壊し、蹂躙し、次元エンジンの防衛システムと思われる異形の化け物を切り裂いたセンジョウは、ナルの指示の元でエンジンの制御システムを破壊し、その機能を停止させる。
『エリア制圧完了です!』
「よし、次に──」
瞬間、アトラ・ハシース全体が大きく揺れた。
「爆発……?」
『わかりません。ただ……今の振動は、アトラ・ハシースその物が起こしたものというよりは、アトラ・ハシースに何かが起こった物のように感じられます』
「……となると、あり得そうなのはひとつ、か」
センジョウはナルの言葉を聞き、ニヤリと口許を歪める。
直後、一本の通信が入る。
『センジョウ!無事か!?』
通信からは、聞きなれた男の声が届き、センジョウは予感が正しかったことをさとる。──『先生』が、そこにいた。
「遅ぇよオヤジ!先始めてるぜ!!」
『これでもみんなの力を借りて全速力で来たんだぞ!』
まさに死地にいると言うのに、いつもと変わらぬ──いや、『以前と同じように』しゃべる父の姿に、センジョウは笑みを押さえられなかった。
「いいのかよ、『先生』らしく格好つけなくて」
『いいんだよ。今の俺はバカやる息子の面倒見に来た父親なんだからな』
「そうかよ」
『そうだよ』
「……ククククッ」
『フフフフ』
「『はーっはっはっはっはーッ!』」
『お、お父さん……?』
『せ、先生……?』
突然、二人揃って笑いだした親子に、周囲の人々は困惑を露にする。
「ナル。これが笑わずにいられるか?」
『そうだよ、リンちゃん。……これまでずっと、お互い肩肘はって喧嘩してたような俺達が。ようやく、ここにきて、何にも気にすること無く、『同じ目的』に向かって突き進めるんだよ?』
「『負ける気がしねぇ!』」
二人は、子供のように、友人のように、けれど、親子のように声を揃えて言い切った。
「ナル、アトラ・ハシースのスキャン内容をオヤジに送信してくれ」
『りょ、了解です!』
『リンちゃん。私はこれから、先行していたセンジョウを指揮下に加えて作戦を開始するよ。船の方は任せるね』
『リンちゃんは……はぁ。承知しました。……御武運を』
今ここに、キヴォトス史上初の、『シャーレの親子による共同制圧作戦』が、展開される。
「指揮は任せるぞ、オヤジ」
『戦果は期待しておくよ、センジョウ』
男達は、互いを煽るように鼓舞をする。
『これより、アトラ・ハシース占領戦を──開始するッ!』
「蒼井センジョウ、『Naill-Vana』。…………未来を切り開く!」
アトラ・ハシース第4エリア、その次元エンジンルームから繋がる一室。……そこが、『早瀬ユウカ』の囚われている場所だった。
ナルの助けを求める声に、全てを忘れて走り出した彼女は、『
囚われた彼女は、痛め付けられるでもなく、なにをされるでもなく、ただ、この一室に閉じ籠られていた。
そして、彼女は、ただ、泣いていた。
膝を抱え、蹲り、静かに震え。
ただ。
────自分の無力と、後悔の念に押し潰され、声を殺して、泣き続けていた。
結局。彼女はなにもできなかった。
大事だと、大切だと思っていた『彼』が、戦いの果てに傷つき、擦り減り、歪んでいくことを、ただ、見ていることしかできなかった。
誰かの為に、自らの犠牲を厭わず、ただ戦い続ける彼を引き留めることはできない。
彼に『戦うな』と言ったところで、彼はきっと、『なにもできない自分』への疑念と後悔に押し潰され、壊れてしまう。
だからせめて。彼が帰るべき『日常』であろうと。彼の居場所であろうと考えていた。
それなのに。本当に彼が『居場所』を求めた時に。
私は、歪に磨耗し、痛々しく傷ついていく彼の姿を──見て、いられなかった。
だから、逃げたのだ。
大切だからこそ、大切な『彼』が傷つく姿を、見ていられなかった。
そうして、そんな自分の『弱さ』に、吐き気が出る程の嫌悪感を覚えた。
狡くて、自己中心的で、自分勝手で。
『大切な人の為』と謡いながら、その実、『彼のとなり』にいる心地よさに酔っていただけだった自分が。
嫌いだった。
そんな自分が、彼のとなりに居たところで、『救い』になんて、『日常』になんて、なれはしない。
私が憧れた。好きだった、『青空の下で二人で過ごす日々』は。もう。帰ってこないのだ。
それを拒んだのは、切り捨てたのは。傷つけて、壊したのは────
────他の、誰でもない、『
だから、これ以上彼に傷ついてほしくなくて、彼を傷つけたくなくて。彼と別れた。彼を突き放した。彼を……あきらめた。
でも。それでも、ナルに、彼女の助けの声を聞いたとき。
センジョウを救ってほしいと、言われた時。
身体は勝手に動き出していた。
『仕方がない』と、割りきって、飲み下したはずの後悔が、ずっと自分のなかでくすぶって。重くのし掛かって。
わがままなんて、言うつもりはなかったのに。
割りきれてなかった事を。大人になりきれなかった事を。突きつけられた気分だった。
決意もなく。
覚悟もなく。
道理もなく。
ただ、己の欲望のままに、自分の幸せのために『彼』を利用している自分の姿を見て。後悔と、嫌悪と、絶望で、心が埋め尽くされた。
──『
どうしようもなく、彼の事を愛しているから。
どうしようもなく、彼の事を欲しているから。
どうしようもなく、彼の事を忘れられないから。
だから、もう。彼の前から消えるしかない。
私は、彼に必要とされてない。いや、必要とされるべきではない。
だから。彼の『愛』を、求めることは。許されない。
二度と彼を傷つけたくないから。二度と彼を不幸にしたくないから。二度と、二度と、二度と…………
「貴方に…………会えなくても……いい、から…………」
嫌われたっていい。否定されたっていい。忘れられたって、構わない。
ただ。私は。『
「貴方は…………幸せに、なってね…………」
『ユウカーーーーーーーーーーッ!!!!』
声が。聞こえた。
「第3エリア!攻略完了!!」
『先生』の指揮を受け、作戦の為に思考を割かずとも良くなったセンジョウは、文字通りの破竹の勢いで侵攻を続けていた。
一騎当千、天下無双。
それが、今の『蒼井センジョウ』だった。
だが、その胸の内は──表面からはわからない程に、燻っていた。
怖かったのだ。
ユウカに会ったとき。一体どんな風に声をかければいいのだろうか。
自分は、この気持ちをどう言葉にすればいいのだろうか。
そもそも、それを本当にユウカに拒絶されたらどうすればいいのだろうか。
もし、本当に。彼女が自分の事を見限っていて、嫌っていて。二度と会いたくないとすら思っていたら。
言葉を、手を、想いを。拒まれたなら。
そんな恐怖が、胸の奥に巣くっていた。
『……第4エリア!次元エンジン内に、ユウカさんの反応を確認!』
ヒマリの声が響く。
『映像、出ます!』
ユウカが、いる。
ただ、会いたくて。ここまで来た。
そんな彼女の、すぐそこまでたどり着いた。
センジョウは、息を飲む。
心臓はこれまでに無い程にバクバクと煩く鳴り響き、考えがこれっぽっちも纏まらない。
どんな声をかけようか、どんな話をすれば、彼女に許して貰えるだろうか。どんな自分なら、彼女に受け入れて貰えるだろうか。
そんな考えが、浮かんでは消えていく。
通信が繋がるまでの一瞬が。やけに長く感じた。
そうして、モニターが開き。『ユウカ』の姿が目に飛び込んできて────
「ユウカーーーーーーーーーーッ!!!!」
全部の考えが吹き飛んだ。
「ユウカ!助けに来たぞ!!!!」
張り裂けんばかりの声をあげ、センジョウは真っ白な頭で言葉を紡ぐ。
「俺は……俺は!お前に会うために、ここまで来たんだ!!全部、全部乗り越えて!全部ぶっ飛ばして!!ここまで、来たぞ!!!!」
『…………せん、じょう…………?』
ユウカの、震えるような声が、微かに聞こえる。
「ああ、俺だ!俺だよ!蒼井センジョウだ!間違いない、他の誰でもない!俺は……『蒼井センジョウ』だ!!」
『なん、で…………?』
「なんでも糞もあるか!!俺は……俺は!!お前に言いたいことがたっっっっっくさん!!まだ!沢山残ってるんだ!!」
「俺は、お前に出会って、お前と過ごして、お前に、教えられて!お前に、助けられて!!お前と一緒にここまで来たんだ!!これまで歩いてきたんだ!!」
「俺のとなりにいたのは!俺を側でずっと支えてくれてたのは!お前なんだよ!!」
「だから、お前がいなくなるなんて、俺は耐えられない……、許せない、満足できない納得できない我慢できない!!俺は、俺の『ワガママ』を押し通す!!!!」
「ユウカ!!俺は────」
「俺は!!お前が、好きだ!!お前を、愛してる!!……お前が──欲しい!!!!」
「だから…………だから!俺の元に来い!!俺と一緒に行こう!!今日も、明日も、明後日も!これからずっと!!二人で歩いて行きたいんだ!!!!」
「それが、俺の欲しい『
「だから……だから!ユウカーッ!!」
『────あーーーーもうッ!!うるさいうるさいうるさい!!聞こえてるわよ!もう!!そんなに何度も名前呼ばれなくても!聞こえてます!!!!』
画面の向こうで、ユウカが、涙と羞恥で顔を真っ赤にしながらこちらを睨み付けていた。
『恥ずかしいでしょ!?何よ『お前が欲しい』って!?しかもこの通信誰が聞いてるかも解らないのにそんな大声で言ったらどうなるかの予想もできないの!?』
『だいたいいつもいつも自分勝手でこっちの都合も考えないで突っ走って後悔して!その結果手を焼いてるのは私なの!!』
『私だってね!!あんたに言いたいことがまだまだ沢山あるのよ!!だから─────』
『────助けが遅れたら……承知、しないから……!!!!』
ユウカは、涙を溢しながら、笑顔でセンジョウにそう言った。
それ以上の言葉は、必要なかった。
センジョウは、これまで以上に、心の底から力が溢れてくるのを感じた。
やるべき事と、やりたいことが。一つになった。
「ああ!!すぐそこに行く!!」
『望んだ未来』は。すぐそこに。