忘れないでね。始まりは、優しい願いだったこと。
「……若いっていいねぇ」
センジョウとユウカのやり取りを、彼は後方で腕を組みながら、静かに頷きながら見守っていた。
周囲を見れば、あまりに情熱的な愛の告白に、生徒達がつられて顔を赤く染めている。見てて恥ずかしくなってしまったらしい。
ただし、一人を除いて。
「ふふ、やっぱり二人はこうあってこそ。ですね」
生徒達の内、ノアだけは二人のやり取りを、彼と同じように暖かな瞳で見守っていた。
「ノアは二人の仲が良いのは肯定派なのか?」
「ええ。……すこし、回り道が過ぎましたけど、今日の二人がみられたなら、私は満足です」
「……ノアがユウカの相手として許す程の事って。中々じゃないか……?」
「あら、2人の間に何があったか。お聞きしますか?その為にはすこし……一夜では事足りないかも知れませんが」
「帰ったら今度聞かせて貰おうかな。……俺が寝てる間、センジョウがどんな風に頑張ってたのかも含めて、な」
「私の記憶していることの全てであれば、いつでもお話ししますよ」
なんて、そんな話をしながら、二人はセンジョウとユウカの映るモニターを見上げていた。
「……さ、て。次が最後の区画だな」
画面の向こうの二人も、『この先』への決意を固めた表情を浮かべている。
──アトラ・ハシース、第4区画。
中央部に位置するこの区画のエンジンを制圧することが出来れば、アトラ・ハシースの制御をウトナピシュティム側に引き込むことが出来る。
そうなれば、自爆シークエンスを用いて、アトラ・ハシースを破壊。修理の完了したウトナピシュティムで離脱をすれば、彼らは『
なにやらリオとヒマリが『奥の手』を確保してくれている様子だった事も含め。勝利まで、あともう少しだという確信があった。
しかし、敵もそれを理解しているだろうし、油断するつもりもない。
「先生、スッゴい数の敵がこっちに来てるよ。……向こうも必死みたい」
「だろうな。…………防衛は任せて良いかな?俺は──」
「息子の事が気になる、のでしょう?」
リンが、彼の言葉の先を読む。
「構いません。行ってください……ウトナピシュティムの防衛は、私たちに任せてください」
「リンちゃん……」
「………………そうでしたね。今の貴方は、『先生』であるより以前に、『父親』。でしたね」
一向に呼び方を変える気配の無い彼に、リンは呆れたようにため息をつき、ついに根負けをした。
「なぜ生徒会長が『貴方』を呼んだのか。なぜ、貴方が『彼』を呼んだのか。……その答えは、私には全く解りません」
「ですが、その『選択』の先に、今の私たちがいることも事実です。……ですから、私達は貴方の『選択』を、貴方を信じます」
「……すまん!ありがとう!!」
リンの言葉に、男は大きく頭を下げて、謝罪と感謝を告げると、タブレットを片手にブリッジを飛び出していった。
「『先生』。……どうか、ご無事で」
そうして、ついに戦況は最終局面へと突入した。
ウトナピシュティムの防衛を船に残った生徒達に任せ、センジョウは合流した父と共に、ユウカの元へと急いでいた。
立ちはだかる障害をものともせず、その壁を時に乗り越え、時にぶち抜き、困難という困難を蹴っ飛ばし。
瞬く間に、センジョウ達は『第4区画』の制圧を完了する。
そうして、ついに。
「ユウカ!!」
彼女が待つ、その扉をこじ開けた。
「センジョウ……!」
扉の先にいた少女が、自分の名を呼ぶ。聞き慣れていた筈のその声が、今はこれ以上無い程に嬉しかった。
「ユウカ、俺────」
言いたいことが、沢山あった。伝えたい想いが、溢れて止まらない。
しかし。
『──ゆ、ユウカさんがこちらにも……!?』
事態は。それを許さない。
ウトナピシュティムのブリッジに、孔が開き──『早瀬ユウカ』が、現れた。
「正直、ここまで来るのは計算違いだった。貴方達の力を、『絆』を舐めていた事。認めるわ」
蒼く輝く『Nuill-Vana Period』を纏ったユウカは、虚ろな眼で生徒達を一瞥する。
「──けれど。どれだけ足掻こうと、結果は変わらない。貴方達の『物語』は、必ず終わる」
パチン。とユウカが指を鳴らす。
瞬間、世界にノイズが走った。
ウトナピシュティムのモニターが、全て赤く染まる。
「これは……!?」
「……!!ウトナピシュティムのシステムが、ハッキングされた……!?一体、いつの間に────」
ヒマリを初めとしたオペレーター達は、事態の変化に動揺し、その手が止まる。
「何をしたんですか。ユウカちゃん」
ノアは、『早瀬ユウカ』を力強い視線で見つめたまま、そう問いかける。
「……今の『ノイズ』が走った瞬間、ウトナピシュティムの計器の数値が、変動を伴わずにその情報だけが書き変わりました。そんなこと、普通はあり得ません」
「さすがはノアね。良くみてるわ」
「ええ。私の役割は……記録すること、ですから」
この状況であっても、『間違えた道を歩む友』を咎めるように自分を見つめるノアの視線に、『早瀬ユウカ』は、小さくため息をつく。
「……『Period』の力で、ウトナピシュティムの情報を、多次元解釈の内の一つと入れ換えた。今のウトナピシュティムは……『
「情報を……入れ換え……?」
「そんなことが出来るなら、最初から私たちに勝ち目はなかった……?」
衝撃的な事実に、動揺と不安が広がって行く。
「言ったでしょう?『結果は変わらない』と」
「…………どうして、こんなことをするんですか。ユウカちゃん」
「ノア。私は、貴方のよく知る『早瀬ユウカ』ではないのよ」
『早瀬ユウカ』の言葉に、ノアは小さく首を横に振った。
「いいえ、その言い方も、その声も。私のよく知る『ユウカちゃん』です。例え、過ごしてきた時間が違おうとも、貴方は『ユウカちゃん』です。……でも、だからこそ、どうしてユウカちゃんがこんなことをするのか……それが解りません」
きゅっと、胸元で小さく掌を握りしめる。
「ユウカちゃんは、優しいのに。どうして」
「…………」
『早瀬ユウカ』は、ノアの言葉に、視線に、その表情を暗くする。
後悔と、無念のこもった。そんな顔で。
「────苦しむだけの『物語』が続くなら。すこしでも早く、それを終わらせる。ただ、それだけよ」
「ユウカちゃん──!!」
『早瀬ユウカ』は、そんな言葉だけを残して、再び『孔』の中へと消えていった。
「────不味い!ウトナピシュティムの自爆シークエンスが起動してる!!」
静寂を挟む間もなく、カヨコの警告がブリッジに
響いた。
「みんな、伏せて──!!」
船が、大きく揺れた。
「みんな!!」
通信越しに、ブリッジの混乱を聞いていた男は、生徒達の安否を心配し、声をあらげた。
『──此方はなんとか、無事です。『先生』』
「リンちゃん……!」
背後から聞こえる騒音の中から、リンの声が聞こえ、男は表情を明るくする。
だが、事態は深刻だった。
『申し訳ありません……。ウトナピシュティムの演算装置が、アトラ・ハシースの多次元解釈の手助けをする形になってしまいました……』
「脱出は!?今すぐ安全の確保を……」
『それも出来ません。ハッキングを遮断するため、アトラ・ハシースとの接続解除を試みていますが……システムを掌握されているため、要請が拒否されてしまいます』
「くそっ……!!」
『……加えて、アトラ・ハシースの多次元解釈演算が復活したことで、『虚妄のサンクトゥム』が、再びキヴォトスに出現しようとしています……!!』
「そんな……!」
『絶望的』
そんな言葉が、男の頭をよぎる。
どうして。なんで。もし、たら、れば。
後悔と反省が、頭の中をグルグルと回る。
それでも。
「行くぞ、オヤジ」
────『
「行くぞって……まさか」
「決まっているでしょう、先生。……ハッキングされているなら、その元を叩けば解決する。簡単な証明よ」
ユウカは、ロジック&リーズンの動作を確認しながら、そう返す。
「俺の憧れた『先生』は────」
少年は。大人の背中に『夢』を見る。
「────そんな簡単に、諦めないだろ?」
そんな言葉に。そんな姿に。そんな想いに。
恥じない自分であろうと思ったのは。
ずっと、昔から。
「────」
だから、俺は。
大人として。
「"そうだったね。センジョウ"」
子供の夢のためにも。『格好つけ』無きゃならない。
「"リンちゃん。聞いての通りだよ。私達はこれから、アトラ・ハシースの管制室にむかって、攻撃を仕掛ける。それまで、なんとかみんなで耐えて欲しい"」
『……先生』
「"大丈夫。……みんなとなら、必ず乗り越えられるから"」
『…………』
先生の言葉に、リンは。
『解りました。引き続き、船の方はお任せください』
彼を、信じ続けることにした。
「"ありがとう。……よし、行こう!!"」
そうして、三人は決戦の場へと向かう。
長いようで、短いような。そんな通路を駆け抜け、彼らはアトラ・ハシース際深部の管制室へとたどり着く。
センジョウは。その景色に見覚えがあった。
いつか、『早瀬ユウカ』を追って、孔の先でみた、閑散とした空間。
そこには、一人の『大人』が立っていた。
「標的を確認、距離至近!」
ユウカが武器を構え、『大人』へと距離を詰める。
「無駄な抵抗はやめて、おとなしく投降しなさい。さもなければ、撃つわ。……もう、おしまいよ。ここには、先生も、センジョウもいる。万に一つも貴方に勝ち目はない」
『大人』は、ユウカの警告を無視し、懐へと手を伸ばす。
「……手を上げなさい!それ以上は抵抗の意思と見なして、撃つわ!!」
しかし、『大人』は、その行動をやめない。
「警告を無視したなら──!!」
「ユウカ!待て!」
異変を感じ取ったセンジョウが、制止の声をかける。
『
「"……我々は望む、ジェリコの嘆きを。"」
『彼女』は、唱える。
「"……我々は覚えている、七つの古則を。"」
その言葉に、声に。
子と父は。目を見開いた。
「くっ……!!」
ユウカがトリガーを引くと。弾丸が放たれる。
しかし、その全てが、歪にねじ曲げられたかのように、プレナパテスから逸れていった。
「弾丸が……当たらない?この、距離で?」
「そんな……今の、声は。いや、だって…………」
「なんで…………なんで、その言葉を、君が……」
その場にいる3人が、それぞれの驚きを示す。
「────『キョウカ先生』の生体認証、完了」
いつの間にか、黒いセーラー服の少女が、そこに立っていた。
「この『シッテムの箱』に常駐しているシステム管理者であり、メインOS。A.R.O.N.A、命令待機中」
「アロナ……?アロナが、なぜ、いや、それ以前に──だって、その名前は……」
淡々と状況を確認し、アトラ・ハシースのシステムを復旧していく、『黒いアロナ』と、そして。『いる筈の無い人』の名前に、父は動揺していた。
「だから、言ったでしょう」
そんな最中、上からゆっくりと、ぼろぼろになるほど痛み、裾は朽ち、袖はボロボロとなった『血濡れたシャーレのコート』を纏い、その上から『白いNuill-Vana』を装備した、『早瀬ユウカ』が降りてくる。
「この物語は、ここで終演を迎える」
「私達の…………『キョウカ先生』」
失われた筈の、その名前と共に。
その『絆』が、呼び寄せた運命。