【朔也side】
《友達》…
……分からない…
『友達とは何をするもの』と桐生に聞いた時、凄く驚いた顔をされた。
特別に、何かをするものではないという事か?
「では、皆さん。辞書は、持って来ていますね?この単語…“interest”を、辞書で引いてみましょう」
辞書…一応は、手に取ってみるが…
この程度の英語…アメリカのカリフォルニアに、6年以上住んでいた俺にとっては簡単過ぎる。
適当に英和辞典のページを捲っていた手を止めて、ふ…と考える。
《友達》とは、どういう意味なのだろうか…
幸い窓際の後ろの席という事もあって、教師の目は届きにくい。
英和辞典を机にしまい、代わりに国語辞典を取り出した。
“と”…“と”…“とも”……“とも―だち”…
とも―だち【友達】
互いに心を許し合って、対等に交わっている人。
一緒に遊んだり、喋ったりする親しい人。
この場合…俺にとって、高木や水無月は《友達》という事になるのか…?
いや…そもそもあの2人は従者なのだから、《友達》には当てはまらないか…
今頃、桐生は何を考えているのだろう…
5限目が終わったら、どんな答えをくれるのかな…
桐生が『友達に…』と言った時、俺は『不可能だ』と答えた。
《友達》の意味が分からない俺には、誰かと《友達》になる事が想像も出来なかったから…
教師が黒板に文字を書いている間に、国語辞典と英和辞典を取り換えた。
ーーーーーーー………………
ーーキーンコーンカーンコーン……
ーーーザワザワッ…!
授業終了のチャイムが鳴って教師が出て行った後は、教室中が騒がしくなるのはいつもの事…
「……桐生、先程の答えを聞きたい」
「あ…ちょ、ちょっと…こっち来て!」
右腕を引っ張られて、誰かが開け放した扉から教室を出る。
そのまま階段を登り、屋上に続くドアの手前で立ち止まる。
「……教室では、話せない事か?」
「い、いや…その…教室だと、みんなが聞き耳立ててるから…」
聞かれたらいけない会話など、していたか…?
「まぁ、いい…それより、答えを聞きたい。友達とは、何をするものなんだ?」
「う~ん…何も、しなくていいと思うよ。一緒にいて楽しいと思えたら、それだけで友達と言えるんじゃないかな?」
一緒にいて…楽しい…?
“一緒に遊んだり、喋ったりする親しい人”
辞書に、書かれていた言葉…
「つまり…一緒に、遊びたいという事か?」
「ん?遊びたいって?」
違うのか…
「……ならば、喋ったりする方か…?」
これも違うと言われたら、どうしようかな…
「うん…間違いではないよ?間違いではないけど、それ…どこからの情報?」
「……国語辞典から。5限目に、調べてみた」
素直に答えたのに、桐生はなぜか不思議そうな顔をした。
《友達》という言葉を、辞書で調べた事がやはり変だったのだろうか…
「国語辞典って…さっきの時間、英語の授業だったはずなんだけど?」
「最初は、英和辞典を捲っていたんだが…途中で思い付いて、《友達》という単語を調べてみた。全員が辞書を開いていたし、調べるなら今しかないと思って………どうした?」
桐生は、笑いを堪えていた。
「…ふッ……ご、ごめん。英語の授業中に、国語辞典で調べ物する人…初めて見た」
特別面白い話をした覚えはないが、俺との話で笑ってくれた事が嬉しい。
『嬉しい』…?
今まで誰かと話してて、こんな感情を抱いた事はない。
「……こういう事か…」
「こういう事って?」
桐生に問われて、自分の考えを口に出していた事に気付いた。
「いや…桐生が言っていた『一緒にいて楽しい』というのは、こういう事かと思ったんだ。今まで、俺と対等に接してくれる人間がいなかった。身近にいる人間ですら、高木や水無月といった者達だけだから…」
ずっと一緒にいたあの2人とさえ、対等に話した事など全くない。
「先輩達とは、いつもどんな話をしてるの?」
どんな話を……
「基本は、連絡事項。後は…俺がして欲しい事を命令して、あの2人が実行する……大抵、そんな感じだ」
……自分で言ってて思ったが、これは話をしてると言えるのか…?
対等かどうか以前に、まともな会話すら交わせていないではないか…
「そっか…先輩達は、従者なんだもんね…対等な会話って、難しいよね…」
普通に、話せている…
こちらから命令する訳でもなく、相手から敬語が返ってくる訳でもない。
普通の会話がこんなにも嬉しいものだとは、今の今まで知らなかった。
これが、《友達》…?
ーーキーンコーンカーンコーン……
チャイムが鳴る中、教室に戻る為に階段を降りる。
「……桐生、また話せるか…?」
「もちろん!さっきの場所、屋上に鍵が掛かってるから…普段、誰も来ないんだよ。また、あそこで話そうね」
1983年4月28日…
この日、俺に産まれて初めての友達が出来た。