【大和side】
お茶を淹れて縁側へ来ると、クリア様は何かを考えておられるのか…真剣なお顔をなさっていて、話しかける事を躊躇ってしまう。
そのまま、背を向けて歩き出そうとした時…
「大和、どうした?」
「あ…お茶を淹れたので、お持ちしたのですが…」
邪魔を、してしまったかもしれない…
「おぉ、ありがとう。丁度、喉が渇いてたんだ。頂くよ」
クリア様の手が、盆に載せた湯飲みを持ち上げる。
「少々、冷めてしまいました。淹れ直して、参りましょうか?」
お茶を一口飲んで、クリア様は首を横に振られた。
「その必要はないよ。僕、猫舌だし…これくらいが、丁度いい…ねぇ、ちょっと話しない?」
ご自分の隣を指差して、私に提案されている。
その提案に従い、隣に座った。
「お話というのは…?」
「うん…あのさ、朔也様って…いつから、笑わなくなったの?アメリカ行ってからだよね…?」
朔也様が、笑わなくなった理由は…
「あの事件の夜、御前様が朔也様に仰ったのです。『心を、表情に出すな。感情を、見せればつけ込まれる』と…」
「……何て、無茶な…朔也様は、当時5歳だぞ…親が、子供に言う言葉じゃないだろ…」
私も、そう思います。
しかし、朔也様は…
「御前様のお言葉を守って、感情を消す努力をアメリカでなさっておりました。日々、表情を消されていく朔也様は…いつの間にか、その性格まで変えられてしまわれました…」
話し方や私達への接し方が急激に変わり過ぎて、私達の方がどうすればいいのか分からなくて困った程だった。
「あんなに、可愛かったのに…勿体ないなぁ…」
「クリア様…それは、朔也様には言わないで下さい…」
私の言葉に、クリア様が怪訝な顔をされた。
「ん…?可愛いって、褒め言葉なのに…」
朔也様が女性であったのなら、褒め言葉になるのでしょうが…
「それは…男性に対する表現では、ありませんよ…」
「もしかして…朔也様にとって、コンプレックスだったりする?」
コンプレックス…
それだけなら、まだよかったかもしれない…
「はっきり、申し上げます。朔也様にとって、『可愛い』は地雷です…アメリカにいた時に私が言った際は、1週間…口を利いてもらえませんでした…」
「…………マジか…」
私は頷いて、ゆっくり立ち上がった。
そろそろ、大人達の酒盛りも落ち着く頃だろう。
クリア様に一礼して、その場を離れた。
ーーーーーーーー………
ーー1983年5月1日・昼休み…
ここは、屋上へと続く階段の踊り場…
朔也様は今、クラスメイト様とお食事中で…私と楓は、その時間を利用して本日の予定を確認している。
「今日が、美空君の誕生日!?」
突然、響いた声に思わず振り返る。
「……そうだが、何を驚く必要がある?誕生日など、誰にでもあると思うが…」
確かに、誕生日は誰にでもある。
驚いた理由は、そこではないと思いますが…
「う、うん…あるけど…それが、今日だって知らなかったからさ…」
それは、そうだろう。
3日前まで朔也様とは、会話した事すらなかったのだから…
「……ただ単に、1つ歳をとっただけだ。珍しくも、何ともない」
「珍しくはないけど、めでたい事だよ」
……ッ…!?
この方は、朔也様に何を言うつもりだ。
「……めで…た…い?」
やめろ…
それ以上、何も言うな…
「うん!めでたいよ。おめ……ッ…!?」
余計な事を喋るクラスメイト様の口を、私の手で塞いだ。
「……高木…?」
「朔也様、申し訳ございません。クラスメイト様を、お借りします」
朔也様からの返答を聞く前に、クラスメイト様の腕を持って引き摺るように階段を降りる。
「ちょっと、大和!あなた、何して…」
「お前は、朔也様から離れるな。すぐに、戻る」
幸い昼休みのこの時間は、階段近くの視聴覚室前の廊下に人気はない。
その場所まで来てから、手を離した。
「た、高木先輩?どうしたんです?」
この者が何も知らないのは当たり前なのに、私はなぜこんなにも苛ついているのか…
「あなた様は、どういうつもりで『めでたい』などと仰られたのですか?」
「え…?だって、誕生日はめでたい事ですよね?」
誕生日という事だけを見れば、確かにめでたい事だ…
「朔也様にとって、ご自分の誕生日とは…お母様の命日なのです。『めでたい』や『おめでとう』など、苦しめるだけです」
「……ッ…!そんな…命日だなんて…俺、何も知らなくて…」
知らなかったからといって、何を言ってもいい訳ではない。
言った本人にそんな気はなくても、言われた方が傷付く場合もある。
「朔也様も私達従者も、5月1日は喪に服す日としております。この事を知った以上は、もう…朔也様の前で、誕生日の話題はなさらないで下さい…」
過保護と言われようが、別に構わない。
何人たりとも、朔也様を傷付ける事は許さない。