どれだけ大人びた態度をとっていても、中身は年相応の子供だ。
だからこそ、朔也様の成長を妨げるこの家の風習が憎い。
親が自分の子供に、『感情を表に出すな』なんて言う事自体おかしいんだ。
僕は、朔也様の笑顔に救われた。
もう一度…もう一度だけでいいから…
あの時と同じ笑顔を、僕に見せてほしい。
「……クリア…?なぜ、泣いている?どこか、痛いのか?」
……ッ…!?
朔也様に言われて、慌てて自分の頬を触る。
手が濡れているのを見て、初めて自分が泣いていると自覚した。
無自覚で流した涙だからか、何度目を擦っても止まってくれない…
「…………ッ……何でも、ないんです…ちょっと、目にゴミが入っちゃって…」
我ながら、苦しい言い訳だ。
誰が、そんな事信じると…
「……擦っては、駄目だ。目薬か何かで…母屋へ行こう」
信じちゃったよ!
どこまで、純粋なのさ…
もしここで、足早に歩き出した朔也様を引き止めたら…
僕の信用が、更になくなってしまう。
大人しく、朔也様に付いて行くしかないな…
バレないように、左目を閉じて歩く。
母屋に入って、すぐの廊下で…
「あら…?どうか、なさいましたの?」
そうだった…
大和が部活でいなくても、楓ちゃんがいるんだった…
「……目薬を、貰いに来た。クリアの目に、ゴミが入ったらしい…」
「まあ…大変!すぐに、お持ちします。あちらの縁側で、お待ち下さい」
仕事熱心だなぁ…
走って行く楓ちゃんの後ろ姿を見ながら、『これが大和なら、一蹴されて終わりだろうな』と考えてしまう。
アイツはこんな事で、朔也様の手を煩わせるのを良しとは思わない。
「……涙は、止まったみたいだな。もう、痛くないのか?」
「そうですね。今は、目を閉じてますから…開けたら、また痛くなると思います」
嘘を嘘で塗り固めるとは、正しくこの事だね。
元々ゴミなんて入ってないんだから、目を開けても痛くない。
「……そうか…風の強くなる時間に、風下に立たせて……すまなかったな…」
え…?
えっと…今、謝られた?
「い、いや…これは、その…!」
「お待たせしました。クリア様、目薬でございます」
弁解する前に、目薬が来ちゃった…
「……部屋に戻る」
「はい。お食事が出来ましたら、お呼びに参ります」
はぁ…嘘つき通しちゃったよ…
「どうしよう…」
「『どうしよう』では、ありませんよ!なぜ、こんな嘘を!」
あ…やっぱり、バレてた…
そうだよなぁ…
「あれ?何で、朔也様にはバレなかったんだろ…?」
「朔也様は、人を疑う事を知りません。ですから…傷付かぬように、私達がお守りしているのです」
うわぁ…随分、箱入りに育ててるなぁ…
こんなんで、大丈夫か?
「それで、あの世間知らずの出来上がりか?」
言うべきか言わざるべきか、散々悩んでたけど…
「せ…世間知らず!?クリア様と言えども、聞き捨てなりません!」
聞き捨てなくて、いいんだよ。
大和と楓ちゃんの考え方から変えないと、朔也様はいつまでもこの家に縛られてしまう。
「世間知らずは、世間知らずでしょ。…って言うかさ、2人がいなきゃ生きられなくしたいの?」
要は、そういう事だよね。
「身の回りのお世話をするのは、私達の仕事です。朔也様がお1人になりたい時は、今のように一緒にはおりません」
ついさっきの事を、もう忘れたのか?
仕方ない、分からせてやる。
「さっき、何で声かけたの?」
あまりに不自然なタイミングで、現れた事を自覚してるかな。
「あ、あれは…!滅多に母屋へ来られない朔也様が、なぜ来られたのかと思って…」
苦しい、言い訳だな。
「滅多に来ないと言っても、ここは朔也様の家だよ?どこに行かれようと、そんなの朔也様の勝手じゃないの?」
結局のところ、朔也様の行動を監視したいだけだろ…
自分の家でさえ、自由に行動出来ないなんて地獄だ。
「ですが、何かあってからでは遅い…」
「いい加減にしろ!目薬取りに来ただけで、どんな事が起きるって言うんだ!」
思わず、大きな声で怒鳴ってしまった。
楓ちゃんは、肩を震わせながらも涙を堪えている。
「……ッ…こ…これが、私の仕事なんです!大和みたいに、朔也様の身をお守り出来ない私は…こうする事しか…!」
ここにも、忌まわしい因習の犠牲者がいたか…
「楓ちゃん、何かやりたい事とかないの?」
大和は、自分のやりたい事を見付けた。
楓ちゃんにも、絶対やりたい事はあるはずだ。
「出来ません。私まで、朔也様から離れる訳には…」
仕事熱心も、ここまで来ると病気だ…
「離れるんだ。このままだと、3人共壊れてしまう。他の奴が何か言うなら、僕が黙らせてやる。しばらく、朔也様から離れろ」
何でも1人でやりたい年頃の朔也様に、四六時中引っ付いてたら今度は《反抗期》になる。
目の端で、楓ちゃんが頷くのを確認した。